ハルドとユージーは全速力で軍機に走った。
「酸素がもつのはあとどれくらいだ」
息をきらして言うハルドの言葉にユージーは腕の時計を確かめた。
「時間はまだもう少しあります。35分。飛び立って発射するには充分かと」
「撃ち込む角度を計算する時間がない……。勘だけが頼りだな」
 ハルドはすばやく軍機に乗り込んだ。その後ろからユージーも続いた。
「補助します」
「高度必ず見ててくれ。25メートル。風が吹かないことを祈るよ」
 そう言って操縦席に座りかけたハルドの表情がこわばったのをユージーは見のがさなかった。
「どうしました」
「通信が入ってる」
 慌ててユージーが操縦席に駆け寄った。
「発信元が『ホライズン』だ。まずいな。無視しましょう」
 ユージーの言葉にハルドはうなずいた。

「出ろよ!」
 『ホライズン』ではカインはこぶしでデスクを殴りつけていた。
「こっちからの警告だと思ってたら、出ませんよ」
 バッカードは後ろから言った。
「軍の警戒パスワードを送れ!」
 カインは怒鳴った。
「そんなもの知りません!」
 横に座っていた男が悲鳴をあげた。カインは舌打ちをすると男を押し退けて自分でキイを叩いた。
「どうして……」
 目を丸くする男に14歳から軍事訓練を受けてたからだよと答えたかったが、その余裕すらもなかった。6時まであと20分しかない。
 上昇の準備に入っていたハルドはしつこく点滅する通信ランプに目をやり、画面に映った文字に目を細めた。
「ユージー、『ホライズン』に軍の警戒パスを知っているやつがいるか?」
「……カイン・リィだ。」
 ユージーは顔をしかめた。あの野郎、やっぱり邪魔にかかってきやがる。
「変だ。救助パス、避難パス…… おいおい、やたらめったらいろんなパスを送って来てるぞ」
「クレイ指揮官、ほっときましょう。こっちがやろうとしていることを読んでるんですよ」
「ちょっと待て」
 ハルドは別のランプがついたことに気づいた。
「フォル・カートから連絡が入った」
 受信のスイッチを入れるとすぐにフォル・カートの顔が画面に映った。
「間に合ったか。手後れかと思った」
 切羽詰まったようなフォル・カートの表情にハルドはただならぬものを感じた。
「すぐ、そこを離れろ。地震が起こるぞ。こっちでキャッチするのが遅れた」
「地震?」
 ハルドとユージーが同時につぶやいた。
「地震なんて、なんで急に……」
「たぶん、『ノマド』だ。大勝負をしようとしてるな。とにかく早く離陸しろ。規模からして相当強いやつが来る。5キロ以上は上空にあがれ」
「ちょっと待ってください。ケイナとセレスが施設の中に閉じ込められている」
 ハルドは言った。
「計算ではあと10分から15分の間に第一波が来る。周辺の氷山も崩れるぞ」
「10分……」
 ハルドはいまだ点滅を続けている『ホライズン』からの通信ランプを見た。これだったのか……。
「セレスとケイナが……」
 つぶやいてハルドは後ろを振り向いた。ユージーのこわばった顔がこちらを向いた。
「ユージー……」
 ハルドが言いかけるのをユージーは拒否するようにかぶりを振った。
「ケイナを見殺しになんかできない」
「10分じゃ無理だ。撃ち込んだと同時に地震が来る。助けられない」
「あなたはそれでいいんですか!」
 ユージーは怒鳴った。
「ここに来たのはあいつらを助けるためだ! それを……!」
 そんなことは分かってる。ハルドは離陸準備のできたエンジン音を聞きながら思った。
 セレス……。
「離陸する」
 ハルドがそう言って操縦席に座ろうとしたとき、ユージーが立ち上がってハルドにつかみかかった。たぶんそうするだろうことはハルドは予測していた。
 ユージーはハルドが振り上げたこぶしをまともに顔面にくらって後部座席にぶつかった。
「離陸する。座ってろ。今度立ち上がったら腕をへし折るぞ」
 ハルドは口を引き結んで操縦席に座った。
「あいつらの命と引き換えなら腕くらい……!」
 ユージーは切れた口を手の甲で拭い、そう怒鳴り返したが、再びハルドにつかみかかろうとはしなかった。
 助けられない。助からない。
 ハルドは自分ひとりならぎりぎりまで助けようとするだろう。
 助けられないと分かっていてもここにいるだろう。自分ひとりなら……。
 おれがいるからだ……
 押さえ切れずにユージーが漏らす悔し気な嗚咽がハルドの耳にかすかに聞こえた。