しばらくしておそるおそる目をあけたセレスは、ケイナの剣が彼女の首の間際でとめられているのを見た。
「どうしてわたしをそんな目で見るの」
『ケイナ』の持つ剣はだらりと床に向けられたままだった。
「わたしを殺したくないの?」
ケイナは無言で彼女から剣をそらせた。
「どうして反対のことできるの?!」
「間違ってるよ……」
ケイナは足を引きずりながら彼女から数歩下がって言った。
「声を届かせるのは相手を殺すためだけじゃないだろ……。おれ、あんたを殺せないよ」
ケイナは手に持っていた剣の柄を見つめたあと、それを部屋の隅に投げた。
モニターで見ていたカインたちはぎょっとして息を呑んだ。
「殺せるわけないじゃないか……」
ケイナの体がぐらりとかしいだので、セレスは慌てて彼に駆け寄って支えた。
「血、ちょっと出過ぎたかも……」
青い顔でケイナはつぶやいた。
「下が上なら、あんたにはおれは殺せない。でも、おれはセレスを殺せない。セレスと同じ顔のあんたも殺せない」
セレスの肩を借りてかろうじて立ちながらケイナは『ケイナ』に言った。
「セレスはいつも呼んでくれたんだ。生きるために呼んでくれた。おれ、好きなんだよ、セレスが」
セレスは思わずケイナの顔を見た。
「好きな人が生きろと呼び戻してくれるんだ。できないよ……」
ケイナの体が小刻みに震えているのをセレスは感じた。出血量が多すぎたのかもしれない。 肩から腰のあたりまで、ケイナの体は血で染まっていた。
「あんたの『おとうさん』は暴走したんだ。それをあんたは呼び戻し違えたんだ……」
「呼び戻し…… 違えた?」
『ケイナ』は目を丸くした。
「なんで『ノー』と言ったんだ……。どうしてほかの言葉で呼ばなかったんだよ……」
カインは『ケイナ』の言葉を呆然として聞いていた。
呼び戻し違えた?。
『ケイナ』は父親に『ノー』と言った。
そうだ。セレスはいつもケイナが生きることを望んで声を届かせていた。
ケイナは自分が死ぬことを望んでいても、セレスを殺すことは望んでいなかった。
同じ遺伝子だからこそ威力を持つ声。
死にたいと死なせたいが一致すると? そんな危うく単純なことだったのか……?
「遺伝子が生き残る方法……」
カインはつぶやいた。
(『ケイナ』…… きみはどうして『おとうさん』の死を願ったんだ……。『おとうさん』が好きだったはずだろう……)
カインの声に『ケイナ』は泣き出した。
「『おとうさん』はお母さんを殺してしまった……。でも、お母さんがいけないの。お母さんは『おとうさん』を信じてあげられなかったの……。緑の目が優しくて怖いって……。『おとうさん』は苦しんでたの。名前を呼んで欲しかったのに、お母さんは呼ばなくなった。お父さんは死にたがっていたの。気持ちが荒んだときに、呼んで欲しかったのに、お母さんが呼ばなかったの……。お母さんのこと、大好きだったのに……」
『ケイナ』の目から涙があふれて、剣の柄が床に落ちた。
「わたしは、もう、『おとうさん』に苦しんで欲しくなかったの」
「施設の外に人影が見えます! 誰か出て来たみたいだ!」
カインははっとして声のほうに目を向けた。
「モニター、どれ!」
「こっちです!」
カインの言葉に近くに座っていた男が自分のデスクのモニターを指差した。カインはデスクをひとつ飛び越えると駆け寄った。
距離が遠いのでよく見えないが、ふたつの人影が軍機に向かって走っているのが見える。おそらくハルド・クレイとユージーだ。
「軍機に直接連絡を入れる! 回路開いて!」
カインは怒鳴った。
「5時30分……」
カインは時刻を見て呻いた。30分で何ができる。ケイナ……!
「回路、開きました! 通信可能です。こっちで!」
カインはマイクにしがみついた。
「どうしてわたしをそんな目で見るの」
『ケイナ』の持つ剣はだらりと床に向けられたままだった。
「わたしを殺したくないの?」
ケイナは無言で彼女から剣をそらせた。
「どうして反対のことできるの?!」
「間違ってるよ……」
ケイナは足を引きずりながら彼女から数歩下がって言った。
「声を届かせるのは相手を殺すためだけじゃないだろ……。おれ、あんたを殺せないよ」
ケイナは手に持っていた剣の柄を見つめたあと、それを部屋の隅に投げた。
モニターで見ていたカインたちはぎょっとして息を呑んだ。
「殺せるわけないじゃないか……」
ケイナの体がぐらりとかしいだので、セレスは慌てて彼に駆け寄って支えた。
「血、ちょっと出過ぎたかも……」
青い顔でケイナはつぶやいた。
「下が上なら、あんたにはおれは殺せない。でも、おれはセレスを殺せない。セレスと同じ顔のあんたも殺せない」
セレスの肩を借りてかろうじて立ちながらケイナは『ケイナ』に言った。
「セレスはいつも呼んでくれたんだ。生きるために呼んでくれた。おれ、好きなんだよ、セレスが」
セレスは思わずケイナの顔を見た。
「好きな人が生きろと呼び戻してくれるんだ。できないよ……」
ケイナの体が小刻みに震えているのをセレスは感じた。出血量が多すぎたのかもしれない。 肩から腰のあたりまで、ケイナの体は血で染まっていた。
「あんたの『おとうさん』は暴走したんだ。それをあんたは呼び戻し違えたんだ……」
「呼び戻し…… 違えた?」
『ケイナ』は目を丸くした。
「なんで『ノー』と言ったんだ……。どうしてほかの言葉で呼ばなかったんだよ……」
カインは『ケイナ』の言葉を呆然として聞いていた。
呼び戻し違えた?。
『ケイナ』は父親に『ノー』と言った。
そうだ。セレスはいつもケイナが生きることを望んで声を届かせていた。
ケイナは自分が死ぬことを望んでいても、セレスを殺すことは望んでいなかった。
同じ遺伝子だからこそ威力を持つ声。
死にたいと死なせたいが一致すると? そんな危うく単純なことだったのか……?
「遺伝子が生き残る方法……」
カインはつぶやいた。
(『ケイナ』…… きみはどうして『おとうさん』の死を願ったんだ……。『おとうさん』が好きだったはずだろう……)
カインの声に『ケイナ』は泣き出した。
「『おとうさん』はお母さんを殺してしまった……。でも、お母さんがいけないの。お母さんは『おとうさん』を信じてあげられなかったの……。緑の目が優しくて怖いって……。『おとうさん』は苦しんでたの。名前を呼んで欲しかったのに、お母さんは呼ばなくなった。お父さんは死にたがっていたの。気持ちが荒んだときに、呼んで欲しかったのに、お母さんが呼ばなかったの……。お母さんのこと、大好きだったのに……」
『ケイナ』の目から涙があふれて、剣の柄が床に落ちた。
「わたしは、もう、『おとうさん』に苦しんで欲しくなかったの」
「施設の外に人影が見えます! 誰か出て来たみたいだ!」
カインははっとして声のほうに目を向けた。
「モニター、どれ!」
「こっちです!」
カインの言葉に近くに座っていた男が自分のデスクのモニターを指差した。カインはデスクをひとつ飛び越えると駆け寄った。
距離が遠いのでよく見えないが、ふたつの人影が軍機に向かって走っているのが見える。おそらくハルド・クレイとユージーだ。
「軍機に直接連絡を入れる! 回路開いて!」
カインは怒鳴った。
「5時30分……」
カインは時刻を見て呻いた。30分で何ができる。ケイナ……!
「回路、開きました! 通信可能です。こっちで!」
カインはマイクにしがみついた。