「彼女以外の音声を受信することはできないんですか!」
 画面を見据えながらカインは怒鳴った。
「無理です! 音声装置も全部ダウンしたままなんです!」
 怒鳴り返す声が聞こえた。
「ウィルスがしつこい!」
 カインは口を引き結んだ。

「ケイナ!!」
 セレスが叫んだとき、ケイナは彼女の剣を弾き飛ばして床に組み伏せた彼女の首に剣の切っ先をつきつけていた。セレスは剣の柄が自分の目の前に床の上を滑ってくるのを見た。
「憎いでしょう?」
 セレスと同じ顔をした『ケイナ』は言った。
「ずっとこうしたかったはずじゃない。どうしてしなかったの……」
 ケイナは息をきらして彼女の首元に剣をつきつけたまま、かすかにかぶりを振った。
 この光景も前に見た。森で。セレスを組み伏せて殺そうとした。
 左足が痛む。ずっと脈打つような痛みが響いている。
 この痛みが自分の正気を続かせてくれることを願った。
「わたし、『ケイナ』よ。『ケイナ』は『おとうさん』を殺したい。『おとうさん』はあのひと、同じ顔の私もあなたより上」
 床の上で彼女はセレスを指差した。
「やめろ……」
 ケイナは呻いた。
 見ない。絶対彼女の指の先を見ない。見れば混乱する。
 自分と同じ名前の彼女、彼女と同じ顔のセレス。
「わたしを助けてよ……」
 『ケイナ』はつぶやいた。
「もう、解放して……」
 カインは必死になっていた。どうすればいい。この状況をどう脱すればいい。
「このままケイナ・カートが彼女を殺せばいい。力なら圧倒的差だ」
 バッカードが言った。
「ケイナに人殺しがさせられるか!」
 カインは怒鳴った。
「それにこっちの声が彼らに届かないのに、伝えられるわけがないだろう! ボロな設備使いやがって……!」
「それはそっちの責任でしょう!」
 怒鳴り返すバッカードからカインはいまいましげに目を放した。こんな低俗な言い争いをしている時間はない。
「タイムリミットまであとどれくらいです!」
「45分です!」
 カインの声に誰かが叫んだ。45分……。カインは唇を噛んだ。
「あの人は…… 『おとうさん』……」
 『ケイナ』はセレスを指差した。
「『おとうさん』…… だめだよ……もう、眠らなきゃ……」
 カインは彼女の声の異変に気づいてはっとした。暗示じみてないか?
 セレスは自分を見つめる少女を見た。
 頭の中が氷のように冷たい。彼女の目、おれの目だ……。
「剣を拾って……」
 ケイナが顔をあげた。

「ノー」

(『ケイナ』!)

「セレス! だめだっ!」

 カインが彼女に叫ぶのと、ケイナが彼女から身を放して剣の柄を拾おうとするセレスに飛びかかろうとしたのが同時だった。
 しかしケイナの左足は急激にかかった体重を支えてくれなかった。
 床に倒れたケイナが顔をあげると、剣の柄を掴んだまま呆然と立ち尽くしているセレスの姿が目に入った。
「セレス、だめだ。彼女の声に惑わされるな!」
 痛む足に耐えながらケイナは言った。
「ケイナ…… おれに死んで欲しいの……?」
 セレスは剣の柄を見つめてつぶやいた。
「そうよ」
 『ケイナ』が答えた。
「黙ってろ!」
 ケイナは大声をあげて立ち上がると剣を振り上げた。
 セレスが自分に突き立てようとしていた剣はすんでのところで弾き飛ばされたが、切っ先はセレスの頬をかすっていった。
 その飛び散った血と激しい足の痛みに、ケイナは彼女が後ろで再び剣を拾ったことに気づかなかった。
 彼女が剣を振り上げたことを知ったときには、セレスを抱いて自分の体でかばう余裕しかなかった。
 肩に熱い痛みが走る。
 画面に釘付けになっていたカインは身をすくませた。
 ちくしょう、あの場所にいたら……。画面越しでなければ。……悔しい。
 ケイナの口から思わず漏れた小さな悲鳴にセレスは我に返った。
「それは…… 変よ……」
『ケイナ』は言った。
 セレスはケイナの腕の中に抱き締められながら、顔の前にある彼の肩がみるみる赤く染まっていくのを見た。
「そんなことできないはずよ……。決まってるのに……」
「何が決まってンだよ……!」
 ケイナは彼女を振り返って言った。
「『おとうさん』は下が上って言った……。下が上を助けるなんてことない」
 『ケイナ』は声を震わせた。
「遺伝子なんか、くそくらえ!」
 ケイナは左手の剣を握り直し、セレスから身を離した。
「死にたいなら自分だけで行け!」
 ケイナが剣を振り上げたので、セレスは思わず目を閉じた。
 画面を見つめていたカインたちも同じだった。
 ケイナの剣の切っ先は、彼女の首を切り落とす位置だった。