「だめだ。びくともしない」
ハルドは額を拭った。防護壁は手ではどうすることもできなかった。後ろも前も壁で区切られている。
「ケイナたちは奥に向かってます」
ユージーは腕のナビを見て言った。
「こいつが邪魔してるみたいで通信が飛ばない。繋がれば待ってろと言うんだが……」
いまいましげに防護壁を蹴るユージーにハルドは目を向けた。
「ケイナの足が気になる。相当傷めてるんじゃないかと思うんだ」
ハルドの言葉にユージーはうなずいた。
「さっきの動きでまた傷めた可能性もある……」
「小型爆弾はあといくつだ?」
「出口までの防護壁は3つ。奥までは4つ。爆薬の数は足りても酸素がもたない。いったん外に出て軍機からコの字の凹みの部分に小型のミサイルを撃ち込めば、施設はふたつに分かれる。それが一番速い方法だと思います」
ハルドはそれを聞いて口を引き結んだ。
「一歩間違えば全部吹っ飛ぶ」
「酸素の残りを考えると…… あなたしかできない」
ユージーは答えた。ハルドは息を吐いた。
「積んでるミサイルの型は?」
「SS-52型です」
破壊力抜群じゃないか。ハルドは顔をしかめた。ユージーは本気で全部をぶち壊すつもりだったらしい。この破壊力を半減して撃つのは相当技術がいる。
「迷ってる暇はないな」
しかたなくハルドは言った。ユージーはうなずくと、壁を破壊するために身をかがめた。
「何をしているの?」
リアは円陣を組んでいる夢見たちに声をかけた。
「しっ……」
夢見のひとりが指をたててみせた。
「大事なこと」
「大事なこと?」
リアは目を細めた。エリドのコミュニティは夢見がとても多いけれど、こんなことをしている姿はこれまで見たことがなかった。
「いろんなところにいる仲間も今こうしているよ」
「何なの? 大事なことって……」
「星に声をかけている」
「……」
それを聞いてもリアには分からなかった。星に声をかけるの? なに、それ……。
それきり何も教えてくれなくなったので、リアは諦めてテントに戻った。
「アシュア……」
眠るアシュアの手をとった。
「みんなが変なの。わたし、分からないわ」
「……ナ……」
アシュアの口がわずかに動いた。リアはびっくりしてアシュアを見た。
「アシュア、わたしよ、分かる? ねえ、起きて、リアよ」
「お…… れ…… の……」
握った手にかすかに力が入った。
「アシュア! ねえ!起きて!」
リアは思わず彼の手を握り返して叫んだ。
「ひと……」
「アシュア……」
リアはアシュアの目から流れる涙を呆然として見つめた。そしてテントの外を振り返った。
なんだろう。気持ちがざわめく。いったい何が起こってるの? 何が始まろうとしているの?
―― リア。アシュアの手をしっかり握ってろ。彼を向こうに行かせるな ――
トリの声が聞こえたような気がした。
「トリ、何をしているの?」
―― 星に頼んでる ――
「何を? 何を頼んでるの? アシュアのことなの?」
しかし答えはなかった。
「それとも…… ケイナたちのことなの……?」
リアは手を伸ばしてアシュアの涙を拭った。
「わたしは『おとうさん』を眠らせてあげたの」
目の前の『ケイナ』が腕を突き出すのを見てセレスはぎょっとした。おれの剣……! いつの間に。
彼女はさっき抱きついたときにセレスの腰から抜き取ったらしい剣の柄を握っていた。ケイナがかすかに舌打ちをした。
「うるさいなあ……」
『ケイナ』は眉をひそめると、剣の柄を持っていないほうの手の甲で額を押さえた。
「頭の中で話しかけないで……」
彼女はかぶりを振った。
「だって、『おとうさん』がいるのよ。『おとうさん』はいちゃいけないでしょう?」
「お兄さん、助けてよ。わたし、こんなことしたくないの」
「『おとうさん』はだめよ。『おとうさん』は……」
まるでひとりで二役をしているように話す彼女の姿をケイナとセレスは見つめた。
「誰としゃべってるの?」
小声で言うセレスにケイナは首を振った。
「知るかよ……」
「わたしに話しかけないで!」
『ケイナ』は叫んだ。
(『ケイナ』、きみはもう誰も殺す必要なんかない。剣を捨てるんだ)
彼女の頭の中に呼び掛けるカインは必死だった。
(目の前にいるのはきみの『おとうさん』じゃない)
「じゃあ、わたしは誰が眠らせてくれるの? 『おとうさん』は言ったのよ。私の下は誰?」
彼女はケイナを見た。
「あなたじゃないの。早く役目を果たしてよ!」
「つ……!」
振り上げられた彼女の剣の切っ先をケイナは慌てて自分の剣で受けた。
細い腕からは想像もつかない衝撃が伝わってきた。
まずい……。『ノマド』の剣が彼女の力以上の威力を発揮してる。
彼女が非力でも剣が勝手に力を作っている。
(『ケイナ』! やめろ! そんなことしている時間はないんだ!)
「話しかけないでって言ってるじゃない!」
頭の中のカインの声に『ケイナ』は怒鳴り返した。
再び振り上げられた剣を避けようとしてケイナは顔をそらせた。
「セレス、どいてろ!」
ケイナの顔が険しくなり、次の瞬間にはセレスはケイナに突き飛ばされて部屋の隅に吹っ飛んでいた。
どうして? なんでこの子とケイナが戦わなくちゃならないの? どうやって止めればいい?
セレスは激しく剣を打ち合わせるふたりを呆然として見つめた。
見つめているうちに妙な感覚に襲われた。彼女の姿が自分に見える。
そしてその感覚はケイナも感じていた。動きがセレスと全く同じだ。手加減なんかできない……。何より彼女は本能的にケイナが左足を傷めていることを悟っていた。防御しづらい左ばかりを狙ってくる。
ケイナは剣を左手に持ち替えた。左足に重心を変えた途端に鋭い痛みが響く。
でも…… この場面はどこかでやったことないか?
そう、『ノマド』の中で。リアに見せるためにセレスと手合わせした。
あのときはセレスの頬を傷つけて戦意を失った。
セレスを傷つけたくない。傷つけたくない。目の前の同じ顔をした少女……。
『ケイナ』の持つ剣の切っ先が思うように動けないケイナの腕をかすっていった。その瞬間、ケイナの目が怒りを帯びた。
ハルドは額を拭った。防護壁は手ではどうすることもできなかった。後ろも前も壁で区切られている。
「ケイナたちは奥に向かってます」
ユージーは腕のナビを見て言った。
「こいつが邪魔してるみたいで通信が飛ばない。繋がれば待ってろと言うんだが……」
いまいましげに防護壁を蹴るユージーにハルドは目を向けた。
「ケイナの足が気になる。相当傷めてるんじゃないかと思うんだ」
ハルドの言葉にユージーはうなずいた。
「さっきの動きでまた傷めた可能性もある……」
「小型爆弾はあといくつだ?」
「出口までの防護壁は3つ。奥までは4つ。爆薬の数は足りても酸素がもたない。いったん外に出て軍機からコの字の凹みの部分に小型のミサイルを撃ち込めば、施設はふたつに分かれる。それが一番速い方法だと思います」
ハルドはそれを聞いて口を引き結んだ。
「一歩間違えば全部吹っ飛ぶ」
「酸素の残りを考えると…… あなたしかできない」
ユージーは答えた。ハルドは息を吐いた。
「積んでるミサイルの型は?」
「SS-52型です」
破壊力抜群じゃないか。ハルドは顔をしかめた。ユージーは本気で全部をぶち壊すつもりだったらしい。この破壊力を半減して撃つのは相当技術がいる。
「迷ってる暇はないな」
しかたなくハルドは言った。ユージーはうなずくと、壁を破壊するために身をかがめた。
「何をしているの?」
リアは円陣を組んでいる夢見たちに声をかけた。
「しっ……」
夢見のひとりが指をたててみせた。
「大事なこと」
「大事なこと?」
リアは目を細めた。エリドのコミュニティは夢見がとても多いけれど、こんなことをしている姿はこれまで見たことがなかった。
「いろんなところにいる仲間も今こうしているよ」
「何なの? 大事なことって……」
「星に声をかけている」
「……」
それを聞いてもリアには分からなかった。星に声をかけるの? なに、それ……。
それきり何も教えてくれなくなったので、リアは諦めてテントに戻った。
「アシュア……」
眠るアシュアの手をとった。
「みんなが変なの。わたし、分からないわ」
「……ナ……」
アシュアの口がわずかに動いた。リアはびっくりしてアシュアを見た。
「アシュア、わたしよ、分かる? ねえ、起きて、リアよ」
「お…… れ…… の……」
握った手にかすかに力が入った。
「アシュア! ねえ!起きて!」
リアは思わず彼の手を握り返して叫んだ。
「ひと……」
「アシュア……」
リアはアシュアの目から流れる涙を呆然として見つめた。そしてテントの外を振り返った。
なんだろう。気持ちがざわめく。いったい何が起こってるの? 何が始まろうとしているの?
―― リア。アシュアの手をしっかり握ってろ。彼を向こうに行かせるな ――
トリの声が聞こえたような気がした。
「トリ、何をしているの?」
―― 星に頼んでる ――
「何を? 何を頼んでるの? アシュアのことなの?」
しかし答えはなかった。
「それとも…… ケイナたちのことなの……?」
リアは手を伸ばしてアシュアの涙を拭った。
「わたしは『おとうさん』を眠らせてあげたの」
目の前の『ケイナ』が腕を突き出すのを見てセレスはぎょっとした。おれの剣……! いつの間に。
彼女はさっき抱きついたときにセレスの腰から抜き取ったらしい剣の柄を握っていた。ケイナがかすかに舌打ちをした。
「うるさいなあ……」
『ケイナ』は眉をひそめると、剣の柄を持っていないほうの手の甲で額を押さえた。
「頭の中で話しかけないで……」
彼女はかぶりを振った。
「だって、『おとうさん』がいるのよ。『おとうさん』はいちゃいけないでしょう?」
「お兄さん、助けてよ。わたし、こんなことしたくないの」
「『おとうさん』はだめよ。『おとうさん』は……」
まるでひとりで二役をしているように話す彼女の姿をケイナとセレスは見つめた。
「誰としゃべってるの?」
小声で言うセレスにケイナは首を振った。
「知るかよ……」
「わたしに話しかけないで!」
『ケイナ』は叫んだ。
(『ケイナ』、きみはもう誰も殺す必要なんかない。剣を捨てるんだ)
彼女の頭の中に呼び掛けるカインは必死だった。
(目の前にいるのはきみの『おとうさん』じゃない)
「じゃあ、わたしは誰が眠らせてくれるの? 『おとうさん』は言ったのよ。私の下は誰?」
彼女はケイナを見た。
「あなたじゃないの。早く役目を果たしてよ!」
「つ……!」
振り上げられた彼女の剣の切っ先をケイナは慌てて自分の剣で受けた。
細い腕からは想像もつかない衝撃が伝わってきた。
まずい……。『ノマド』の剣が彼女の力以上の威力を発揮してる。
彼女が非力でも剣が勝手に力を作っている。
(『ケイナ』! やめろ! そんなことしている時間はないんだ!)
「話しかけないでって言ってるじゃない!」
頭の中のカインの声に『ケイナ』は怒鳴り返した。
再び振り上げられた剣を避けようとしてケイナは顔をそらせた。
「セレス、どいてろ!」
ケイナの顔が険しくなり、次の瞬間にはセレスはケイナに突き飛ばされて部屋の隅に吹っ飛んでいた。
どうして? なんでこの子とケイナが戦わなくちゃならないの? どうやって止めればいい?
セレスは激しく剣を打ち合わせるふたりを呆然として見つめた。
見つめているうちに妙な感覚に襲われた。彼女の姿が自分に見える。
そしてその感覚はケイナも感じていた。動きがセレスと全く同じだ。手加減なんかできない……。何より彼女は本能的にケイナが左足を傷めていることを悟っていた。防御しづらい左ばかりを狙ってくる。
ケイナは剣を左手に持ち替えた。左足に重心を変えた途端に鋭い痛みが響く。
でも…… この場面はどこかでやったことないか?
そう、『ノマド』の中で。リアに見せるためにセレスと手合わせした。
あのときはセレスの頬を傷つけて戦意を失った。
セレスを傷つけたくない。傷つけたくない。目の前の同じ顔をした少女……。
『ケイナ』の持つ剣の切っ先が思うように動けないケイナの腕をかすっていった。その瞬間、ケイナの目が怒りを帯びた。