「画面を早く切り替えろ!!」
 カインは怒鳴った。不穏な彼女の声だけがヘッドホン越しに耳に響く。この声はもちろん部屋にいる全員が聞いている。
 セレスとケイナが彼女に会った。彼女の姿がカメラの前から消えた途端、頭の中で警鐘が鳴り響く。
「早く!」
「待ってください! 今、受信してます!」
 男が怒鳴った。
「10年前に入れ替えしただけの設備なんですよ!」
 カインは手元にあった図面をいまいましげに床に叩きつけた。
「ご子息、もう無理ですよ! 会ってしまったらどうしようもない!」
 バッカードがカインの腕を掴んで叫んだ。
「『グリーン・アイズ』が死に絶える。これであなたの目的は果たせるでしょう! あの防護壁で彼ら自身がもう出られないんですよ!」
 カインはバッカードの胸ぐらを掴んだ。
「彼らは死なせない! 絶対に助ける!」
「それでまた研究を続けるんですか?!」
 バッカードの言葉にカインはぎくりと身をすくませた。
「……違う!」
「じゃあ、なぜ、生かすんだ! 繰り返されるんだぞ! 遺伝子の宿命は彼らが生きてる限り! それを乗り越えるための研究だったじゃないですか!」
「ケイナたちはそんな宿命に縛られたりしない! 彼らは生きようとしてるんだ!」
「それはあなたの身勝手な思いだ! こんなことになったら、もう全員始末するしかないんですよ!」
「始末……」
 カインは思わずこぶしを振り上げた。もう我慢ならなかった。この馬面殴り飛ばす! そう決心したとき、慌ただしく部屋に入って来る足音がした。
「所長! まずいです!」
 短冊のような紙をばらばらと引きずりながら駆け込んで来た男が言った。
「地震が起こる! あの島はもうすぐマグネチュード8.5規模以上の地震に見舞われます!」
「地震?」
 カインは呆然として男を見た。
 男は急いで手近のコンピューターを操作すると、波形を表示したモニターを開いた。
「い、一ヶ月くらい前から微弱なエネルギーが出てたんです。それが急に大きくなった。わずか30分の間に!」
 男は青ざめた顔で言った。
「津波起こりますよ! 周辺のドームには警戒が出ました!」
「なんで、急にそんな……」
 バッカードはモニターを凝視した。
「分かりません! 島の西側のほうからエネルギーが集まってるんです」
「施設の耐震性はどうなってる!」
 カインが言うと、バッカードは首を振った。
「マグネチュード8規模だとほとんど崩壊します。ただ、彼らのいるあの一番奥の部屋だけはシェルターになってて強度が違う。うまくいけば箱で残るかもしれない。それでも氷の下だ。どこまでもつか分からない。だいたい、地震の起こる確率なんて、コンマ数%だった!」
「地震の発生予測時刻は?」
 カインは男を睨み据えて言った。
「い、一時間後…… こっちの時間で午後6時です……。30分前は…… まだ数十年後のはずだった……」
 頭が動かない……。一時間後だなんて…… どうすれば。カインはまだ白いままの画面を見た。
 ケイナ…… どうすればいい。
「もう諦めたほうがいい。無理だ」
 バッカードは言った。
「死だけを望む遺伝子なんてあり得ない。遺伝子は必ず生き残る道を残す。必ず彼らが生きる方法がある」
 バッカードが口を開く前にカインはさらに言い募った。
「諦めない。嫌なら出ていってもらって構わない。ぼくは命を諦めるのは嫌だ。最後まで彼らを助ける努力をする」
「それは“研究”と同じことでしょう! ここでどんなに努力しても起こるはずのない場所で地震が起ころうとしている! それは運命ですよ! 自然は彼らが生き残ることを容認していない!」
 カインは唇を噛んで耐えた。
 分からない。ぼくのやろうとしていることは正しいのか間違っているのか……。
「映像が受信できました」
 声が響いた。顔をあげると、全員が自分の顔を見つめていた。ただ、彼らに席を立つ気配はなかった。それだけは分かった。