「時間がかかるな……」
ユージーがモニターを見つめながらつぶやいた。
セーターの糸がほどけるのと逆のような動きで画面に建物の姿がわずかずつできあがっていく。
それでも今はまだごく一部しかないことは見てとれた。
横のケイナに目を向けると眠そうな顔で頬杖をついて画面を見つめていた。
「じっと見てたってしようがねえ。あと数時間はかかるぜ。少し休んでおくか」
ユージーの言葉にケイナはため息をついた。
「入り口は氷の下に埋まってるみたいだな」
ハルドがふたりの後ろでうんざりしたようにつぶやいた。
「まあ、予想したとおりです」
ユージーは立ちあがると、テーブルの上に置きっぱなしだった自分のカップに手を伸ばした。
「機械が動いてるってことは定期的に外からのコンタクトがあるってことだろうけど、ここ10年くらいでこの土地は相当冷えてる。来たときは氷を掘って中に入ってたのかもしれない。ご苦労なこった」
カップの中身をすすって小さな窓の外に目を向けた。
「夏はあっという間に過ぎる。すぐに厳しい冬が訪れる。早いことカタつけないとな。……あと一、二週間もすればオーロラが見られるかもしれない」
ケイナは顔をあげると、ユージーの見ていた窓に目を向けた。
「見たいか? オーロラ」
ユージーが言うと、ケイナは笑った。
「別に」
「かわいくねえ返事だな」
ユージーは苦笑した。
「大雑把な建物の形状は確認できてるんだが、たぶん、南東に入り口があるんじゃないかと思う。まあ、船に乗せられるマシンの精度だとこれくらいが精いっぱいかな……」
ユージーは画面の右下を指して言った。
「堀ればもちろん入り口には辿りつけるだろうが、問題は簡単に入れるかどうか」
ハルドがそれを聞いて思案するように腕を組んだ。
「当然ロックはかかっているだろうな。建物自体は70年近くたってて、相当老朽化してるだろうが、中の設備は入れ替えで最新式のものになってる可能性はある。セキュリティも最新式になっててもおかしくない。解除コードが分からなくちゃ扉は開かない」
ユージーはカップの中身をひとくちすすり、肩をすくめた。
「一発ぶち込めば全部破壊されますよ」
「中に人は……」
ケイナが言いかけて首を振った。
「いるわけないか。いればとっくに頭の上でやってることに気づく」
「生体反応は……」
言い淀んでケイナに向けた目が合って、ユージーはすぐ目をそらせた。
「一つ、建物の一番奥らしいところに」
『グリーン・アイズ』か……。ケイナは画面に目を向けた。
ひとりで眠っている。氷の下にたったひとりで、物言わぬ機械に囲まれて。
「仮死保存といっても生体反応がある限りは生きてる。ぶち込んだら、崩壊する建物とともに死ぬ」
伺い見るような表情で言うユージーにケイナはかぶりを振った。
「彼女は元の時間に戻るべきだ。でも、できれば自分の手で静かに葬りたい」
ケイナならそう言うだろうことは予想していた。ハルドもそんな荒々しいことは望んでいないだろう。
「とりあえず、証拠で映像を残してカンパニーには言い訳できないようにしたほうがいい。人体仮死保存は違法だ。その前に見つかったらアウトだけどな。今んとこ、あっちは全く気づいていないようだが」
「でも、時間の問題だろ」
ケイナが言うとユージーはうなずいた。
「ここ数日が限界。こっちからバリア出してるから気づかないだけだ。オーロラを見ることはできないよ」
ケイナは無言で彼から目をそらせた。
もとよりオーロラが見たいわけじゃない。セレスなら見たがるだろうが。
「おそらく建物の中に入った時点でカンパニーには知られる。向こうが慌ててこっちに飛んで来るか、何らかの防御に出る時間はいいところ数時間。早けりゃ数十分」
「じゃあ、防御に出られないようにすればいい」
ユージーはそれを聞いて笑った。
「効くかどうか分からない。試したわけじゃないんだし」
「何のためのウィルスだよ」
ケイナは言った。
「『ホライズン』に送ればいいのか?」
「いや、送るんなら、カンパニー全部」
ユージーは言った。
「パニックが起こるな。場合によったら人が死ぬかも」
「そんなリスクはだめだ」
ハルドがすぐに口を挟んで言った。
「中から必ず何か情報を飛ばしているはずだ。それをキャッチできれば後追いできる」
「それはこっちの設備では難しいんです」
ユージーは首を振った。
「フォル・カートに言ってみる。ぼくらは今、施設の真上にいるから案外読めるかもしれない」
ハルドは立ち上がり、部屋を出ていった。それを見送ってユージーはケイナに目を向けた。
「終わったらすぐにアライドに行けよ。あとのことはおれに任せろ」
「リィにひとりで対峙できるのか?」
ケイナが言うと、ユージーは笑った。
「ひとりじゃない。カート、としておれはいる。元気なときのようなわけにはいかないが、おやじもまだいる。おれの何倍も何十倍も組織運営について知っている人もいる。おれはみんなを信用しているし、みんなもおれのことを信用してくれてる」
ケイナはユージーの顔を見た。
この人は小さな頃からずっとカートという名前を背負って一度も弱音を吐かなかった。そのために自分が生きることを受容してきた……。
「カートはカンパニーの業務から一切手を引くことを表明してるんだよ」
ユージーは言った。
「いまごろ、トウ・リィはその通達を受けているだろう。彼女はノーとは言えない。残念だけど、リィの重役の半分以上はカートの側についた。全部根回ししてる」
ユージーは窓の外に目を向けた。
「彼女は客観的に見て才能のある経営者だったと思うよ。人間的におれは好きじゃないけど、そうなんだろう。そうでなきゃ、ここまでリィ・カンパニーが大きくなるはずがない。でも、このプロジェクトだけは彼女の最大の失策だ。こんなプロジェクトがある限り笑う人より泣く人間のほうが多くなるような気がするよ。最初から関わった責任をカートはとらないといけない。大丈夫。ちゃんとやり遂げる」
そして再びケイナに目を向けて笑みを浮かべた。
「アライドで治療を終えたら…… カートに戻って来てくれないか。おまえと一緒に仕事がしたい」
ケイナはしばらくその顔を見つめたあと、笑顔を見せた。いつもとは違う優しい笑みだった。
しかしそのあと彼がかぶりを振ったので、一瞬期待を持ったユージーは顔を曇らせた。
「カイン・リィと競合するのは嫌か?」
「そうじゃないよ……」
ケイナは答えた。
「『ノマド』に帰る…… 『グリーン・アイズ・ハーフ』の半分は『ノマド』の血だ。遺髪を持って戻るよ。『ノマド』の慣習通りに森に埋める。父親の近くに。彼女にとってはそれが一番いいし…… おれは『ノマド』で生きるのがきっと一番いい……」
ユージーは目をしばたたせた。
「分かった」
それだけ言った。
泣いてるなぁ……。
セレスはそう思って目を開けて身を起こした。
ジープから船に戻って来てから声は聞こえなくなったが、頭に映る彼女のイメージが変わった。
……ずっと泣いてる。寂しそうに肩をふるわせて。
それでも、それに意識を凝らすと彼女の態度は豹変する。
前ほど禍々しいものではないにしても、鋭い目を向けてくる。
『下が上』という言葉が時々ちらつく。『下が上』ってどういうことだろう。
「はー……」
息を吐いて壁によりかかった。
狭い船室の壁につくりつけられた三段ベッド。
一番上に寝てみたい気持ちもあったが、 寝ぼけて転がり落ちるのが分かっていたので一番下に潜り込んだ。
なんだか頭がまだ混乱してるなあ。
ケイナの唇の感触を思い出すとまだ顔に血が昇る。
ずるいよ、あんなの。身構える間もなかった。
そのあとのケイナが全く変わらない態度なのも少し腹が立った。
でも、リアに親愛のキスをもらったときのように、気持ちがあったかくなった。
ありがとうって言いたくなった。
もっと怖いものだと思ってたけど……。
―― オトウ サァン…… ――
目を閉じるとまた頭に浮かぶ。
また泣いている。
お父さんって何? 最初に死んでしまった『グリーン・アイズ』のこと?
そうだ、彼女が殺したんだっけ……。
下が上……。……次世代が上の世代を殺すの?
待って。
セレスははっとして目を開いた。
順番…… どうだったっけ?
アシュアは何と言ってたっけ?
おれって誰の遺伝子使ってたっけ? ケイナは?
勢いよく立ち上がりかけて、思いきり頭をぶつけた。
「……ってぇ……」
頭を抱えながらも不安が押し寄せた。
彼女に会うの、危ないんじゃないだろうか。
最初の『グリーン・アイズ』は彼女の『ノー』のひとことで自分の首を切ったんじゃないだろうか。
じゃあ、おれって……。
ユージーがモニターを見つめながらつぶやいた。
セーターの糸がほどけるのと逆のような動きで画面に建物の姿がわずかずつできあがっていく。
それでも今はまだごく一部しかないことは見てとれた。
横のケイナに目を向けると眠そうな顔で頬杖をついて画面を見つめていた。
「じっと見てたってしようがねえ。あと数時間はかかるぜ。少し休んでおくか」
ユージーの言葉にケイナはため息をついた。
「入り口は氷の下に埋まってるみたいだな」
ハルドがふたりの後ろでうんざりしたようにつぶやいた。
「まあ、予想したとおりです」
ユージーは立ちあがると、テーブルの上に置きっぱなしだった自分のカップに手を伸ばした。
「機械が動いてるってことは定期的に外からのコンタクトがあるってことだろうけど、ここ10年くらいでこの土地は相当冷えてる。来たときは氷を掘って中に入ってたのかもしれない。ご苦労なこった」
カップの中身をすすって小さな窓の外に目を向けた。
「夏はあっという間に過ぎる。すぐに厳しい冬が訪れる。早いことカタつけないとな。……あと一、二週間もすればオーロラが見られるかもしれない」
ケイナは顔をあげると、ユージーの見ていた窓に目を向けた。
「見たいか? オーロラ」
ユージーが言うと、ケイナは笑った。
「別に」
「かわいくねえ返事だな」
ユージーは苦笑した。
「大雑把な建物の形状は確認できてるんだが、たぶん、南東に入り口があるんじゃないかと思う。まあ、船に乗せられるマシンの精度だとこれくらいが精いっぱいかな……」
ユージーは画面の右下を指して言った。
「堀ればもちろん入り口には辿りつけるだろうが、問題は簡単に入れるかどうか」
ハルドがそれを聞いて思案するように腕を組んだ。
「当然ロックはかかっているだろうな。建物自体は70年近くたってて、相当老朽化してるだろうが、中の設備は入れ替えで最新式のものになってる可能性はある。セキュリティも最新式になっててもおかしくない。解除コードが分からなくちゃ扉は開かない」
ユージーはカップの中身をひとくちすすり、肩をすくめた。
「一発ぶち込めば全部破壊されますよ」
「中に人は……」
ケイナが言いかけて首を振った。
「いるわけないか。いればとっくに頭の上でやってることに気づく」
「生体反応は……」
言い淀んでケイナに向けた目が合って、ユージーはすぐ目をそらせた。
「一つ、建物の一番奥らしいところに」
『グリーン・アイズ』か……。ケイナは画面に目を向けた。
ひとりで眠っている。氷の下にたったひとりで、物言わぬ機械に囲まれて。
「仮死保存といっても生体反応がある限りは生きてる。ぶち込んだら、崩壊する建物とともに死ぬ」
伺い見るような表情で言うユージーにケイナはかぶりを振った。
「彼女は元の時間に戻るべきだ。でも、できれば自分の手で静かに葬りたい」
ケイナならそう言うだろうことは予想していた。ハルドもそんな荒々しいことは望んでいないだろう。
「とりあえず、証拠で映像を残してカンパニーには言い訳できないようにしたほうがいい。人体仮死保存は違法だ。その前に見つかったらアウトだけどな。今んとこ、あっちは全く気づいていないようだが」
「でも、時間の問題だろ」
ケイナが言うとユージーはうなずいた。
「ここ数日が限界。こっちからバリア出してるから気づかないだけだ。オーロラを見ることはできないよ」
ケイナは無言で彼から目をそらせた。
もとよりオーロラが見たいわけじゃない。セレスなら見たがるだろうが。
「おそらく建物の中に入った時点でカンパニーには知られる。向こうが慌ててこっちに飛んで来るか、何らかの防御に出る時間はいいところ数時間。早けりゃ数十分」
「じゃあ、防御に出られないようにすればいい」
ユージーはそれを聞いて笑った。
「効くかどうか分からない。試したわけじゃないんだし」
「何のためのウィルスだよ」
ケイナは言った。
「『ホライズン』に送ればいいのか?」
「いや、送るんなら、カンパニー全部」
ユージーは言った。
「パニックが起こるな。場合によったら人が死ぬかも」
「そんなリスクはだめだ」
ハルドがすぐに口を挟んで言った。
「中から必ず何か情報を飛ばしているはずだ。それをキャッチできれば後追いできる」
「それはこっちの設備では難しいんです」
ユージーは首を振った。
「フォル・カートに言ってみる。ぼくらは今、施設の真上にいるから案外読めるかもしれない」
ハルドは立ち上がり、部屋を出ていった。それを見送ってユージーはケイナに目を向けた。
「終わったらすぐにアライドに行けよ。あとのことはおれに任せろ」
「リィにひとりで対峙できるのか?」
ケイナが言うと、ユージーは笑った。
「ひとりじゃない。カート、としておれはいる。元気なときのようなわけにはいかないが、おやじもまだいる。おれの何倍も何十倍も組織運営について知っている人もいる。おれはみんなを信用しているし、みんなもおれのことを信用してくれてる」
ケイナはユージーの顔を見た。
この人は小さな頃からずっとカートという名前を背負って一度も弱音を吐かなかった。そのために自分が生きることを受容してきた……。
「カートはカンパニーの業務から一切手を引くことを表明してるんだよ」
ユージーは言った。
「いまごろ、トウ・リィはその通達を受けているだろう。彼女はノーとは言えない。残念だけど、リィの重役の半分以上はカートの側についた。全部根回ししてる」
ユージーは窓の外に目を向けた。
「彼女は客観的に見て才能のある経営者だったと思うよ。人間的におれは好きじゃないけど、そうなんだろう。そうでなきゃ、ここまでリィ・カンパニーが大きくなるはずがない。でも、このプロジェクトだけは彼女の最大の失策だ。こんなプロジェクトがある限り笑う人より泣く人間のほうが多くなるような気がするよ。最初から関わった責任をカートはとらないといけない。大丈夫。ちゃんとやり遂げる」
そして再びケイナに目を向けて笑みを浮かべた。
「アライドで治療を終えたら…… カートに戻って来てくれないか。おまえと一緒に仕事がしたい」
ケイナはしばらくその顔を見つめたあと、笑顔を見せた。いつもとは違う優しい笑みだった。
しかしそのあと彼がかぶりを振ったので、一瞬期待を持ったユージーは顔を曇らせた。
「カイン・リィと競合するのは嫌か?」
「そうじゃないよ……」
ケイナは答えた。
「『ノマド』に帰る…… 『グリーン・アイズ・ハーフ』の半分は『ノマド』の血だ。遺髪を持って戻るよ。『ノマド』の慣習通りに森に埋める。父親の近くに。彼女にとってはそれが一番いいし…… おれは『ノマド』で生きるのがきっと一番いい……」
ユージーは目をしばたたせた。
「分かった」
それだけ言った。
泣いてるなぁ……。
セレスはそう思って目を開けて身を起こした。
ジープから船に戻って来てから声は聞こえなくなったが、頭に映る彼女のイメージが変わった。
……ずっと泣いてる。寂しそうに肩をふるわせて。
それでも、それに意識を凝らすと彼女の態度は豹変する。
前ほど禍々しいものではないにしても、鋭い目を向けてくる。
『下が上』という言葉が時々ちらつく。『下が上』ってどういうことだろう。
「はー……」
息を吐いて壁によりかかった。
狭い船室の壁につくりつけられた三段ベッド。
一番上に寝てみたい気持ちもあったが、 寝ぼけて転がり落ちるのが分かっていたので一番下に潜り込んだ。
なんだか頭がまだ混乱してるなあ。
ケイナの唇の感触を思い出すとまだ顔に血が昇る。
ずるいよ、あんなの。身構える間もなかった。
そのあとのケイナが全く変わらない態度なのも少し腹が立った。
でも、リアに親愛のキスをもらったときのように、気持ちがあったかくなった。
ありがとうって言いたくなった。
もっと怖いものだと思ってたけど……。
―― オトウ サァン…… ――
目を閉じるとまた頭に浮かぶ。
また泣いている。
お父さんって何? 最初に死んでしまった『グリーン・アイズ』のこと?
そうだ、彼女が殺したんだっけ……。
下が上……。……次世代が上の世代を殺すの?
待って。
セレスははっとして目を開いた。
順番…… どうだったっけ?
アシュアは何と言ってたっけ?
おれって誰の遺伝子使ってたっけ? ケイナは?
勢いよく立ち上がりかけて、思いきり頭をぶつけた。
「……ってぇ……」
頭を抱えながらも不安が押し寄せた。
彼女に会うの、危ないんじゃないだろうか。
最初の『グリーン・アイズ』は彼女の『ノー』のひとことで自分の首を切ったんじゃないだろうか。
じゃあ、おれって……。