ケイナとユージーは地形図の出たモニターを必死になって睨みつけていた。
目が痛くなるような細かい数字がびっしりと点滅している。
そのふたりの後ろでハルドも目を細め、腕組みをして画面を見つめていた。
「北から順番にしらみつぶしに探査波を呼応させているんだが、このあたりは全然反応しない」
ユージーは画面の上を指差して言った。すでに無数の数字がうごめいている。
コンピューターを操っているのはケイナだ。
正直に言ってケイナがいてくれたからこそ作業は予定以上に早く進んでいる。訓練を積んだ軍のオペレーターよりもケイナのほうがはるかに仕事が速い。
「今、どこを調べてるんだ?」
「Fー1からGー3にかけてです」
ハルドの言葉にユージーは画面を指して答えた。
「たぶん、今日中には半分の地域は見ることができると思う」
「この波形はなに」
ケイナはモニター上の一点を見て、拡大画面を映して言った。
「一定周波で来てる」
「何か計器類が作動している波動だと思う。氷の中を伝わってくるから、まだ位置を特定できない。氷の下にあるっていうのが厄介だ」
ユージーは言った。
「場所が特定できたとしても、そうやすやすと入れる場所でもなさそうだな。入り口が海の中だったらお手上げだ」
ハルドはつぶやいた。
「位置を特定したら、いったん兵士は帰します。。海の中から入るような建物になってたら、その準備を整えさせます」
そう言って後ろのハルドを振り返ったユージーは部屋の隅に座っているセレスが視界に入って思わず口を歪めて笑った。ハルドがユージーのその表情を見て顔を巡らせた。
「ごめん!」
セレスは手で口元を押さえていた。どうやら大欠伸をしていたらしい。
「退屈で、つい……」
ユージーはやれやれ、というように首を振ってケイナを見たが、ケイナは振り返りもせずまるきり無視状態でモニターを見つめている。
「シャワーでも浴びて来い。どうせ順番にひとりずつしか入れないんだから」
ハルドが言ったので、セレスは肩をすくめた。
「おれにも、なんか手伝えること、ないの?」
「ないよ」
ユージーとケイナが声をそろえてすかさず答えた。それを聞いてハルドが吹き出した。
「おまえが今できることは、さっさとシャワーを浴びるってことだな」
セレスは歯を剥き出してしかめっツラをすると、中指を突き立てて見せて部屋を出ていった。
「下品なやつ」
ユージーがそんなセレスを見送ってつぶやき、保護者がそばにいることに気づいて肩をすくめた。
「失礼」
ハルドは少しユージーに笑ってみせたあと、ちらりとセレスの出ていったあとを振り返り、少しため息をついた。ケイナはやはり無視のままだ。興味の範疇ではないのだろう。
何やら不穏な音がしたのは、それから5分ほどたったときだった。
「わー!」とも「きゃー!」ともつかない叫び声だ。
3人は思わずぎょっとして顔を見合わせた。音の発信源がセレスであることは容易に察しがついた。
「なにやってんだ、あいつは……?」
ハルドは不審気にそう言うと、顔をしかめて様子を見に出ていった。ユージーはそれを見送り、ケイナが再び画面に目を戻しているので自分も仕事に戻ることにした。
おおかた転びでもしたのだろう。ふたりともそう思っていた。ハルドももちろんそんなふうに思っていた。
しかし、ハルドがシャワー室を覗き込むと、セレスは大きな目を見開いて床にへたりこんでいた。
「どうした」
呆れたようにハルドは言ったが、セレスは目を見開いたままだ。
その表情があまりにも異常でハルドは目を細めた。
「セレス?」
「かお……」
セレスはかすれた声でつぶやいた。
「かお?」
ハルドは身をかがめると、訝し気にセレスの顔を覗き込んだ。
「顔がどうした。怪我でもしたのか?」
「かお……」
セレスは兄のほうにゆっくりと目を向けた。混乱してどうしたらいいのか分からないといった表情だ。
「おれの…… 顔……」
「え?」
ハルドはもう一度セレスの顔をまじまじと見た。特に怪我をしたような部分は見られない。
セレスは慌てたように自分の髪を触った。
「ち、違うよね、長くない……」
「何言ってんだ?」
ハルドは困惑して弟を見つめた。いったい何にこんなに驚いているんだ?
顔をあげると、小さな洗面台についた鏡が目に入った。
鏡で自分の顔を見て驚いたのか? そんなばかな。
確かにセレスは数カ月の間に変な成長を遂げている。
もう少し男っぽくなるはずの顔だちは顎の骨格も鼻梁も細くなってかえって弱々しくさえ見える。それでも何も仰天するほどではない。
レジー・カートから『グリーン・アイズ』の両性のことは聞いていたが、小さい頃のセレスを見ているハルドにとっては、セレスは身長が伸びて体は大きくなったが、むしろ幼いときの小さな弟のまま、というイメージが強い。
「いったい、どうしたんだ?」
ハルドは両手で自分の顔をごしごしこすっているセレスに再び目を向けて言った。
セレスは手を止めると兄の顔を見た。
「ねえ、おれ、顔、変じゃないよね?」
「変って…… 別になんともないぞ」
困ったように言うハルドにセレスはすがるような表情になった。
「鏡見たら違うんだ。おれの顔じゃないよ。いや…… おれの顔だけど、でも違うんだ」
ハルドは再び鏡を見上げた。セレスはいったい何を見たんだろう。
立ち上がって鏡を覗き込んだが、そこに映ったのはハルド自身の顔だ。
下に目を映すと、鏡の中に床に座り込んだセレスがいる。目に見えているセレスと同じだ。
「ちょっと落ち着いてちゃんと見てみろ。痩せこけちゃってるが、おまえの顔だよ」
ハルドは手を伸ばすとセレスの腕を掴んだ。途端にセレスの顔がこわばった。
「や、やだ……」
この怯えかたは普通じゃない。なんでこんなに自分の顔を怖がるんだろう。
無理矢理立たせて一緒に小さな鏡の前に立った。
「ほらな。大丈夫だろ」
セレスの細い肩に手を置いてハルドは言ったが、セレスは目を見開いたままだ。
やがて細い体ががくがくと震え、セレスは再び大声で叫び始めた。
ユージーはいきなりケイナがびくりと身を震わせると画面から体を遠ざけたのでびっくりした。
「どうしたんだ?」
そう言って彼の顔を見たが、ケイナは青い目を見開いてモニターを凝視している。
身構えるように左腕を顔の前にあげていた。その視線を追って画面を見たが、さっきと同じ地形図が映っているばかりだ。
訝し気にケイナの顔に再び目を向けたとき、気が狂ったようなセレスの叫び声が聞こえた。
なんだ? いったい何があった?
ユージーがそう思うと同時にケイナは立ち上がって身を翻していた。
「ケイナ!」
パニック状態で叫んでいるセレスを必死でなだめようとしていたハルドは、シャワー室に走って来たケイナを見てほっとしたような顔をした。
セレスはケイナの顔を見るなり、助けを求めるように手を伸ばしてきた。
「離せ!!」
ケイナがそう怒鳴ってハルドを押し退けたので、ハルドはびっくりした。
ケイナは自分の腕にすがりついてくるセレスをかばうように抱きかかえると鏡を睨みつけた。
「帰れ!!」
彼は再び怒鳴った。
「出てくんな!!」
いったい何がこのふたりには見えているんだろう。ハルドは様子を見に来たユージーに困惑の目を向けた。ユージーも何が何やらさっぱり分からないといった表情だ。
「ちくしょう……」
ケイナは息をきらしてつぶやいた。
「いったいどうしたんだ」
ユージーの声にケイナは彼に目を向けた。
「『グリーン・アイズ』。あいつ、呼んでるんだ……」
ハルドとユージーは顔を見合わせた。
『グリーン・アイズ』が呼んでいる?
ハルドはおぼろげな声をずっと聞いていて、それがその『グリーン・アイズ』だというのは、誰に言われなくても自然に分かっていた。でも、それだけだ。このふたりは自分以上に何かを見たか聞いたりしたのかもしれない。
「引き連れて行く人間を…… 呼んでるんだ」
ケイナはそう言うとセレスを抱きかかえたままシャワー室をあとにした。
「おれの首、絞めようとしやがった」
ケイナは部屋に戻ってハルドの手にセレスを渡すと苦々し気に言い、再びコンピューターの前に座った。
セレスはケイナから離れるときに抗ったが、ハルドが腕を掴んだので諦めた。しかし、大きな目を見開いたままケイナを見ている。こんなに近くにいるのに、ケイナの姿から目を離さない。
「絶対何か入れてる」
ケイナは猛然とキイを叩き、しばらくして手を止めた。
次に彼が手を動かしたとき、ユージーとハルドにもはっきりと聞こえた。
――― ツレテ イク ―――
セレスは小さな悲鳴をあげた。
「この声の発信源を探したほうが…… 早いかもしれない……」
ケイナはつぶやいた。
弱々しい少女の声。
めずらしくユージーがぶるっと身を震わせた。
目が痛くなるような細かい数字がびっしりと点滅している。
そのふたりの後ろでハルドも目を細め、腕組みをして画面を見つめていた。
「北から順番にしらみつぶしに探査波を呼応させているんだが、このあたりは全然反応しない」
ユージーは画面の上を指差して言った。すでに無数の数字がうごめいている。
コンピューターを操っているのはケイナだ。
正直に言ってケイナがいてくれたからこそ作業は予定以上に早く進んでいる。訓練を積んだ軍のオペレーターよりもケイナのほうがはるかに仕事が速い。
「今、どこを調べてるんだ?」
「Fー1からGー3にかけてです」
ハルドの言葉にユージーは画面を指して答えた。
「たぶん、今日中には半分の地域は見ることができると思う」
「この波形はなに」
ケイナはモニター上の一点を見て、拡大画面を映して言った。
「一定周波で来てる」
「何か計器類が作動している波動だと思う。氷の中を伝わってくるから、まだ位置を特定できない。氷の下にあるっていうのが厄介だ」
ユージーは言った。
「場所が特定できたとしても、そうやすやすと入れる場所でもなさそうだな。入り口が海の中だったらお手上げだ」
ハルドはつぶやいた。
「位置を特定したら、いったん兵士は帰します。。海の中から入るような建物になってたら、その準備を整えさせます」
そう言って後ろのハルドを振り返ったユージーは部屋の隅に座っているセレスが視界に入って思わず口を歪めて笑った。ハルドがユージーのその表情を見て顔を巡らせた。
「ごめん!」
セレスは手で口元を押さえていた。どうやら大欠伸をしていたらしい。
「退屈で、つい……」
ユージーはやれやれ、というように首を振ってケイナを見たが、ケイナは振り返りもせずまるきり無視状態でモニターを見つめている。
「シャワーでも浴びて来い。どうせ順番にひとりずつしか入れないんだから」
ハルドが言ったので、セレスは肩をすくめた。
「おれにも、なんか手伝えること、ないの?」
「ないよ」
ユージーとケイナが声をそろえてすかさず答えた。それを聞いてハルドが吹き出した。
「おまえが今できることは、さっさとシャワーを浴びるってことだな」
セレスは歯を剥き出してしかめっツラをすると、中指を突き立てて見せて部屋を出ていった。
「下品なやつ」
ユージーがそんなセレスを見送ってつぶやき、保護者がそばにいることに気づいて肩をすくめた。
「失礼」
ハルドは少しユージーに笑ってみせたあと、ちらりとセレスの出ていったあとを振り返り、少しため息をついた。ケイナはやはり無視のままだ。興味の範疇ではないのだろう。
何やら不穏な音がしたのは、それから5分ほどたったときだった。
「わー!」とも「きゃー!」ともつかない叫び声だ。
3人は思わずぎょっとして顔を見合わせた。音の発信源がセレスであることは容易に察しがついた。
「なにやってんだ、あいつは……?」
ハルドは不審気にそう言うと、顔をしかめて様子を見に出ていった。ユージーはそれを見送り、ケイナが再び画面に目を戻しているので自分も仕事に戻ることにした。
おおかた転びでもしたのだろう。ふたりともそう思っていた。ハルドももちろんそんなふうに思っていた。
しかし、ハルドがシャワー室を覗き込むと、セレスは大きな目を見開いて床にへたりこんでいた。
「どうした」
呆れたようにハルドは言ったが、セレスは目を見開いたままだ。
その表情があまりにも異常でハルドは目を細めた。
「セレス?」
「かお……」
セレスはかすれた声でつぶやいた。
「かお?」
ハルドは身をかがめると、訝し気にセレスの顔を覗き込んだ。
「顔がどうした。怪我でもしたのか?」
「かお……」
セレスは兄のほうにゆっくりと目を向けた。混乱してどうしたらいいのか分からないといった表情だ。
「おれの…… 顔……」
「え?」
ハルドはもう一度セレスの顔をまじまじと見た。特に怪我をしたような部分は見られない。
セレスは慌てたように自分の髪を触った。
「ち、違うよね、長くない……」
「何言ってんだ?」
ハルドは困惑して弟を見つめた。いったい何にこんなに驚いているんだ?
顔をあげると、小さな洗面台についた鏡が目に入った。
鏡で自分の顔を見て驚いたのか? そんなばかな。
確かにセレスは数カ月の間に変な成長を遂げている。
もう少し男っぽくなるはずの顔だちは顎の骨格も鼻梁も細くなってかえって弱々しくさえ見える。それでも何も仰天するほどではない。
レジー・カートから『グリーン・アイズ』の両性のことは聞いていたが、小さい頃のセレスを見ているハルドにとっては、セレスは身長が伸びて体は大きくなったが、むしろ幼いときの小さな弟のまま、というイメージが強い。
「いったい、どうしたんだ?」
ハルドは両手で自分の顔をごしごしこすっているセレスに再び目を向けて言った。
セレスは手を止めると兄の顔を見た。
「ねえ、おれ、顔、変じゃないよね?」
「変って…… 別になんともないぞ」
困ったように言うハルドにセレスはすがるような表情になった。
「鏡見たら違うんだ。おれの顔じゃないよ。いや…… おれの顔だけど、でも違うんだ」
ハルドは再び鏡を見上げた。セレスはいったい何を見たんだろう。
立ち上がって鏡を覗き込んだが、そこに映ったのはハルド自身の顔だ。
下に目を映すと、鏡の中に床に座り込んだセレスがいる。目に見えているセレスと同じだ。
「ちょっと落ち着いてちゃんと見てみろ。痩せこけちゃってるが、おまえの顔だよ」
ハルドは手を伸ばすとセレスの腕を掴んだ。途端にセレスの顔がこわばった。
「や、やだ……」
この怯えかたは普通じゃない。なんでこんなに自分の顔を怖がるんだろう。
無理矢理立たせて一緒に小さな鏡の前に立った。
「ほらな。大丈夫だろ」
セレスの細い肩に手を置いてハルドは言ったが、セレスは目を見開いたままだ。
やがて細い体ががくがくと震え、セレスは再び大声で叫び始めた。
ユージーはいきなりケイナがびくりと身を震わせると画面から体を遠ざけたのでびっくりした。
「どうしたんだ?」
そう言って彼の顔を見たが、ケイナは青い目を見開いてモニターを凝視している。
身構えるように左腕を顔の前にあげていた。その視線を追って画面を見たが、さっきと同じ地形図が映っているばかりだ。
訝し気にケイナの顔に再び目を向けたとき、気が狂ったようなセレスの叫び声が聞こえた。
なんだ? いったい何があった?
ユージーがそう思うと同時にケイナは立ち上がって身を翻していた。
「ケイナ!」
パニック状態で叫んでいるセレスを必死でなだめようとしていたハルドは、シャワー室に走って来たケイナを見てほっとしたような顔をした。
セレスはケイナの顔を見るなり、助けを求めるように手を伸ばしてきた。
「離せ!!」
ケイナがそう怒鳴ってハルドを押し退けたので、ハルドはびっくりした。
ケイナは自分の腕にすがりついてくるセレスをかばうように抱きかかえると鏡を睨みつけた。
「帰れ!!」
彼は再び怒鳴った。
「出てくんな!!」
いったい何がこのふたりには見えているんだろう。ハルドは様子を見に来たユージーに困惑の目を向けた。ユージーも何が何やらさっぱり分からないといった表情だ。
「ちくしょう……」
ケイナは息をきらしてつぶやいた。
「いったいどうしたんだ」
ユージーの声にケイナは彼に目を向けた。
「『グリーン・アイズ』。あいつ、呼んでるんだ……」
ハルドとユージーは顔を見合わせた。
『グリーン・アイズ』が呼んでいる?
ハルドはおぼろげな声をずっと聞いていて、それがその『グリーン・アイズ』だというのは、誰に言われなくても自然に分かっていた。でも、それだけだ。このふたりは自分以上に何かを見たか聞いたりしたのかもしれない。
「引き連れて行く人間を…… 呼んでるんだ」
ケイナはそう言うとセレスを抱きかかえたままシャワー室をあとにした。
「おれの首、絞めようとしやがった」
ケイナは部屋に戻ってハルドの手にセレスを渡すと苦々し気に言い、再びコンピューターの前に座った。
セレスはケイナから離れるときに抗ったが、ハルドが腕を掴んだので諦めた。しかし、大きな目を見開いたままケイナを見ている。こんなに近くにいるのに、ケイナの姿から目を離さない。
「絶対何か入れてる」
ケイナは猛然とキイを叩き、しばらくして手を止めた。
次に彼が手を動かしたとき、ユージーとハルドにもはっきりと聞こえた。
――― ツレテ イク ―――
セレスは小さな悲鳴をあげた。
「この声の発信源を探したほうが…… 早いかもしれない……」
ケイナはつぶやいた。
弱々しい少女の声。
めずらしくユージーがぶるっと身を震わせた。