「ぼくんち、運送会社なんです」
 運搬用のコンテナを操りながらジュディは言った。
「大昔はそれなりの規模もあったみたいだけど、今はもう全然です。『リィ・カンパニー』に指名してもらっても、シェアは全体の5%にも満たない。ほとんどは儲けにもならない一般家庭の荷物運びばかりで」
 カインは無言だった。『ライン』を除名され、行く当てのない彼には家を継ぐ道しかなかったのだろうが、『ライン』にいたときよりははるかに大人びた表情になっていた。
「だけど、これがぼくの仕事だから最初っから勉強してるんです」
 ジュディはそう言うと、カインの顔を見て自嘲気味に笑った。
「今からどこに行く?」
 出し抜けに言ったカインの言葉にジュディは目を細めた。
「968エリアのほうだけど……」
「じゃあ、一緒に乗せてくれないかな」
 カインは大きな運搬用のプラニカを見て言った。ジュディは警戒の色をあらわにした。
「『ホライズン』に行くつもりだったんだ。968ならそこでおろしてもらえば歩いてもすぐだ」
 訝しそうな目をしていたジュディはしばらくして肩をすくめた。
「送りますよ。『ホライズン』まで」
 彼は答えた。
「その代わり、少し荷物をうちに回るよう善処してもらえませんか。御曹子さま。あと2%でも売り上げが伸びるとだいぶんうちも助かるんだけど」
 カインは笑みを浮かべた。
「商談成立」
 カインはジュディの肩をたたくと先に大型プラニカに乗り込んだ。
「あなたがリィの後継者だって知ったのは『ライン』を辞めてからでした。びっくりしました。 ……こっちに戻ってるってことは、休暇ですか?」
 プラニカを発進させたあと、ジュディは言った。大きな車体をうまく操っている。
「うん…… まあ、そんな感じかな」
 ジュディは一瞬不審気にカインの顔を見たが、すぐに目をそらせた。
「そうですね。ちょうどそんな時期だ」
 カインは眼下に広がるシティを眺めた。一見活気に溢れるこの町も、長い年月の先には人口の減少で廃虚になっていくのだろうか。
「ぼくね、本当は『ライン』を辞めてほっとしてるんです」
 ジュディは言った。
「父さんは何とかして中央の仕事に就かせたいって思ってたみたいで、ぼくもそれに応えなきゃってずっと気負ってた。本当は辛かった」
 カインはジュディの横顔を見た。ジュディはその顔をちらりと見返してかすかに笑った。
「何とか試験には合格したけど、入ってすぐにぼくには修了は難しいって思いましたよ。特にあいつに会ったとき、ああ、だめだ、って思った」
「あいつ?」
 カインは目を細めた。
「セレス・クレイです」
 ジュディは答えた。
「空気が違うんだもん。周りのロウライン生と全然。あいつの目、怖かった。ぼくには何の能力もないってこと、見透かしてんじゃないかと思った」
 カインは無言でジュディから目をそらせた。
「ケイナ・カートとちょっと雰囲気が似てたかな……。ケイナと違うのは、あいつは自分がすごいんだってこと、全然自分で分かってないことだった。なんか、それがすごくうざったいと思いましたよ」
 ジュディは少しため息をついた。
「でも、今でも不思議なんだけど、あいつのことうっとうしいとは思ってたけど、殺したいとか、そんなこと考えてなかったと思うんです。なんであんなことしたか自分でもよく分からない。薬に手を出しちゃったからかな。まあ、今となっちゃ言い訳でしかないけど」
 薬が原因だったのか、ケイナの暗示が原因だったのか、今はもう分からない。カインは目を伏せた。
「傷は大丈夫だったってのは聞いたんだけど、あいつ、元気でやってますか?」
 ためらいがちなジュディの問いにドキリとした。気取られぬよう、無理矢理笑みを浮かべた。
「元気だよ。あと一年か二年でラインは修了するかもしれないな」
「そうですか」
 ジュディは安心したような笑みを見せた。
「ぼくのせいで、どうにかなってたら……」
 ジュディは一瞬言葉を切った。
「たぶん、それが一番辛い……」
 心配するな、ジュディ。セレスはきみにはきっと何の恨みもないよ。……あいつはそういうやつだ。きみの身を案じこそすれ……。
 カインは心の中でつぶやいた。
「あ、そこ」
 ジュディはふいに眼下の建物を指差した。
「あの、白いやつ、トニ・メニの家ですよ」
「え?」
 カインは顔をあげた。
「トニ・メニ。覚えてます? ぼくと同室だったやつ」
 覚えているもなにも。
「どこだ?」
 カインの慌てた口ぶりにジュディは戸惑った顔をした。
「そこ。白い建物。一度だけ荷物を運んだことがあって」
「悪い、おろせるか?」
 ジュディはびっくりしたようにカインを見た。
「え、ええ。おろせるけど…… 今日はここには配送ないよ」
 そう言いながらプラニカを降下させた。
 トニ・メニ。本人はいないかもしれない。でも、連絡をとりたい。セレスのブレスレットを持っているかもしれない。
 ジュディは住宅街の指定降下先にプラニカを降ろすとカインの顔を見た。
「彼になんか用なんですか?」
「ジュディ」
 カインは不思議そうな顔をするジュディに言った。
「頼まれてくれないか。一緒に降りてトニを呼び出して欲しいんだ」
 それを聞いてジュディの顔がみるみるこわばった。
「きみが厭なのは分かる。だけど、頼まれて欲しいんだ。きみは運送会社の制服を着てる。トニがいなかったら、本人直の受け渡し荷物だから出直すと言えばいい。そのとき、ぼくからの荷物だと言ってくれ。連絡先はここ。本人の手に渡れば必ず連絡してくるはずだ」
 カインは目の前にあったチケットの切れ端を取ると、座席に転がっていたペンで手早く連絡先を書いてジュディに突き出した。
「頼む」
 ジュディは腑に落ちない様子だったが、渋々うなずいた。そしてカインの手からチケットの切れ端を受け取ると、被っていた帽子をさらに深く被った。
 彼はプラニカから降りるとトニの家に向かって歩いていった。
 そのあとに続きながらカインはトニの自宅の白い壁を見た。家の扉までに厳重なセキュリティゲートがついている。
 ジュディはゲートの上のカメラを一瞥して少しため息をついたあと、カインをちょっと振り向いた。カインはカメラの範囲から逃れるためにジュディから離れた。
 ジュディが呼び出しを押すとすぐに声が聞こえた。
「はい」
 まさかと思った。トニの声だ。
「ファー・システムです。お荷物が届いてます」
 ジュディはかすかに緊張しながら言ったが、トニはジュディには気づかなかったようだ。帽子で顔が分からないだろうから無理もない。
「ちょっと待って」
 しばらくして離れたドアから見覚えのある姿が見えた。
 何の警戒もしていないトニは相変わらずのそばかすだらけの顔で、手に大きなパイの切れ端を持っていた。それをほおばりながらこっちに歩いてくる。
「大きい荷物だったら運んでもらっていいですか?」
 そう言いながらゲートまで来たトニの目が大きく見開かれた。
「……うそ……」
 トニの手からパイが落ちた。

「セレスは?」
 カインの姿を見てトニの口から最初に出たのはその言葉だった。
「セレスはどうしてるの?」
 そう言って、トニは周囲を見回した。セレスが一緒にいるのだと思ったようだ。
 その様子を見てジュディが怪訝な顔をするのがカインには分かった。
「トニ? なに? 荷物が大きいの? 運べないんだったら……」
「大丈夫!」
 家の中から母親の声がしたので、トニは慌てて声をはりあげた。
「荷物は間違いだったみたい! 友達が来たからちょっと外に行って来る!」
 そう叫ぶやいなや、カインの腕を掴んで険しい顔のまま早足で歩き始めた。そのあとを慌ててジュディも追った。
 2ブロック先まで来たとき、ようやくトニはカインの腕を離した。
「カインさん、ぼくたち、何にも教えてもらえないんだ! セレスはどうしたの? ケイナは?」
「ちゃんと生きてるよ」
 顔を真っ赤にして息をきらすトニにカインは言った。
「生きてる……?」
 トニは戸惑ったようにカインの顔を見つめた。
「生きてるってどういうこと? もしかしたら死んでたかもしれないってこと?」
「トニ」
 カインは彼を落ち着かせるようにその肩を掴んで顔を覗き込んだ。
「教えて欲しいことがあるんだ」
「聞きたいのはぼくらのほうだよ!」
 トニはカインの手を振り払うと苛立たしそうに叫んだ。
「今ここで詳しくは言えないんだ」
 カインは泣き出しそうなトニを見据えて言った。
「セレスの所持品をまとめてるね。アル・コンプと」
「う、うん……」
 トニは不安そうにうなずいた。
「その中にブレスレットがなかったか?」
「それはアルが持ってます」
 即座にトニは答えた。
「プレートについてた記号がどこかで見たことあるって言ってた。きっと大事なものだからセレスに会えるまで自分が持ってるって」
「アルが?」
 カインは目を細めた。アルがあの記号を見たことがあるというのはどういうことだろう。
 トニは顔を歪めた。
「ねえ、カインさん、今セレスはどうしてるんですか? なんでケイナと『ライン』を出ちゃったんですか? あいつもケイナも逃げ出すようなやつじゃないよ。ぼくらずっと行方不明だって聞いてるんだ」
「逃げ出した?」
 ジュディがつぶやいた。トニが彼に気づいて顔を向けた。
「逃げ出したって、どういうことだよ」
 トニの口があんぐりと開いた。やっとジュディだと気づいたようだ。
「逃げたのは『ライン』からじゃない」
 カインは言った。
「彼を助けるためにあのブレスレットが必要なんだ」
「明日、アルがこっちに来るんです。ぼくんちに」
 トニは震える声で言った。
「あいつにも説明してください。アルのやつ、げっそり痩せちゃったんだ。セレスのこと、すごく心配してるんだ。知ってるんなら教えてください。ブレスレット持って来るように言うから」
 カインはうなずいた。
 明日の午後に会う約束をしたあと、トニは半分茫然自失の状態で家に戻って行った。その後ろ姿を見送ってジュディがカインに言った。
「『ライン』にいないんですか? あいつ」
 カインはジュディから目をそらすとうなずいた。
「だまして悪かったよ」
 ジュディは小さくかぶりを振った。
「じゃあ、もしかしてあなたも今、『ライン生』じゃないってこと?」
 カインは無言で目を伏せた。ジュディはそれをイエスの意味だと悟ったようだ。
「『ホライズン』までお送りしますよ」
 ジュディは言った。
「ご子息さま」
 ジュディはカインに鋭い一瞥をくれると歩き出した。カインは無言でそれに続いた。