時間としては5分かそこらだったのかもしれない。刺すような寒さがセレスを我に返らせた。厭な予感がする。
セレスは兄から身を放すと振り返った。
不安に見舞われ、呼吸が荒くなった。
ケイナの姿がなかった。数歩踏み出してあたりに顔を巡らせた。ケイナ、どこにいるんだよ。
思わず兄を見た。ハルドの顔は険しくなっていた。そしてセレスは覚えのあるエンジン音を聞いた。
嘘つき! ケイナは操縦できないって言ってたじゃないか!
離陸の準備に入ろうとしているユージーの個人艇に向かってセレスは再び走り出した。それを見たハルドが慌ててあとを追った。
「ケイナ! ふざけんな!」
セレスは怒鳴った。白い息が空中に散った。
「降りろ!」
そう叫びながらセレスは手袋をかなぐり捨てると剣の柄を引き抜いていた。
「セレス! 危ない! それ以上近づくな!」
そう言って飛びかかろうとした途端、振り向いたセレスの剣の切っ先をハルドは仰天してよけた。いや、正しくは切っ先があると思ったから避けたのだ。なんだ、この剣は……。刃が見えない。
「一緒でなきゃ、いやだ!」
セレスは個人艇の前に立ちはだかると、コクピットの前のガラスを睨みつけた。ガラスの向こうにケイナがいるのは分かっていた。
「降りて来い! ケイナ!」
個人艇は相変わらず離陸の音をたてていた。セレスは口を歪めた。
ケイナに剣を向けたくない……。こんな剣が軍用機に立ち向かえるはずもない。
それでもセレスは唸りをあげている機に向かって行った。
「危ない……!」
ハルドが飛びかかったので、緑色の髪とともに鮮血がぱっと氷の上に散った。殺気まみれの剣の刃は、セレスの頬をかすっていた。
兄に組み伏せられたままセレスは大声で意味不明の言葉を喚き散らしていた。
顔の前に見慣れた靴を見てやっと喚くのをやめた。目をあげるとケイナが不機嫌そうな顔で立っていた。
「……ケイナ、諦めろ」
組み伏せていた手を緩めるとハルドは荒い息を吐きながら言った。
「こいつは…… きみと一緒じゃなきゃだめだよ……」
ケイナの顔がかすかに歪んだ。セレスは身を起こすと怒っているような彼の顔を睨んだ。
「おれを置いてく気なんかないくせに!」
叫ぶセレスの言葉にケイナは目をそらせた。
「おまえを守れないよ……」
「おれがケイナを守るんだよ!」
絶対いやだ。ケイナと離ればなれになるなんて。そんな苦しいことできない。
「ケイナ、こっち見てよ」
セレスの手が顔に伸びてきたので、ケイナは逃れるように顔をそらせた。
いつものセレスならケイナがそこまで拒むともう何もしなかった。伸ばした手も引っ込めただろう。
だから、彼の手が思いきり自分の髪と耳を掴むなんて、予想もしていなかった。
「つっ……」
顔をしかめて引き寄せられたケイナの額に自分の額を突き合わせるようにして、セレスはケイナの顔を正面から睨みつけた。
「おれを置いて行くな。ひとりになろうとしないで。ケイナ、お願い」
表情とは裏腹にセレスの口調は懇願するようだった。
ハルドはケイナの肩がかすかに震えているのを見た。
「やだよ…… おれ、ケイナと離れるの、厭だ……。一緒にいたい……」
「おまえ、治療してもらわないと…… だめだ……」
かすれた声でケイナは言ったが、セレスは手を放さなかった。
「それはケイナだって一緒じゃん。終わってないだろ」
「いつか…… おまえを殺してしまう……」
「そんなことしない」
セレスはきっぱりと言った。
「ケイナはもう誰も殺さない」
どうして。
どうして、こいつはこんなにおれのことを追うの。
どうしておれはこいつと離れるのが辛い?
なぜ、諦めきれない……?
出会ったときからずっと。
ずっと、守りたい、守られたい、一緒にいたい、触れたい、話したい…… 声が聞きたい。
ケイナは歯をくいしばって、洩れそうになる嗚咽と涙をこらえた。
もう、無理だよ……。ひとりになれない。セレスが愛おしい。苦しいほど愛おしい。
たくさんの命を奪っておいて、人を好きになる資格なんかない。
でも、こいつと一緒にいることを許して……。生きることを許してください。お願い……。
誰に乞うでもなく、ケイナはそう心の中でつぶやいていた。
セレスはケイナのくちびるが自分の口の端をかすめたあと、その腕に力一杯抱き締められるのを感じた。
ケイナの精一杯の勇気の親愛のキス。できることなら自分も返したかった。
こんなときでも、おれたちまだ勇気がない。
でも、おれ、ケイナが大事で、大切で。
彼の耳を掴んでいた手をセレスはケイナの首に回してしがみついた。
「凍傷になるぞ」
ハルドは言った。
「仲間も来た。船に戻ろう」
ふたりが顔をあげると、小さな機体が数体空を舞っていた。
軍機だ。その中にユージーがいることを、ケイナはぼんやり感じていた。
(ケイナ)
また誰かが呼んだ。セレスじゃない。誰が呼んでいるのか何となく分かる。
……そう、きっと、『グリーン・アイズ』だ。
ケイナは思った。
セレスは兄から身を放すと振り返った。
不安に見舞われ、呼吸が荒くなった。
ケイナの姿がなかった。数歩踏み出してあたりに顔を巡らせた。ケイナ、どこにいるんだよ。
思わず兄を見た。ハルドの顔は険しくなっていた。そしてセレスは覚えのあるエンジン音を聞いた。
嘘つき! ケイナは操縦できないって言ってたじゃないか!
離陸の準備に入ろうとしているユージーの個人艇に向かってセレスは再び走り出した。それを見たハルドが慌ててあとを追った。
「ケイナ! ふざけんな!」
セレスは怒鳴った。白い息が空中に散った。
「降りろ!」
そう叫びながらセレスは手袋をかなぐり捨てると剣の柄を引き抜いていた。
「セレス! 危ない! それ以上近づくな!」
そう言って飛びかかろうとした途端、振り向いたセレスの剣の切っ先をハルドは仰天してよけた。いや、正しくは切っ先があると思ったから避けたのだ。なんだ、この剣は……。刃が見えない。
「一緒でなきゃ、いやだ!」
セレスは個人艇の前に立ちはだかると、コクピットの前のガラスを睨みつけた。ガラスの向こうにケイナがいるのは分かっていた。
「降りて来い! ケイナ!」
個人艇は相変わらず離陸の音をたてていた。セレスは口を歪めた。
ケイナに剣を向けたくない……。こんな剣が軍用機に立ち向かえるはずもない。
それでもセレスは唸りをあげている機に向かって行った。
「危ない……!」
ハルドが飛びかかったので、緑色の髪とともに鮮血がぱっと氷の上に散った。殺気まみれの剣の刃は、セレスの頬をかすっていた。
兄に組み伏せられたままセレスは大声で意味不明の言葉を喚き散らしていた。
顔の前に見慣れた靴を見てやっと喚くのをやめた。目をあげるとケイナが不機嫌そうな顔で立っていた。
「……ケイナ、諦めろ」
組み伏せていた手を緩めるとハルドは荒い息を吐きながら言った。
「こいつは…… きみと一緒じゃなきゃだめだよ……」
ケイナの顔がかすかに歪んだ。セレスは身を起こすと怒っているような彼の顔を睨んだ。
「おれを置いてく気なんかないくせに!」
叫ぶセレスの言葉にケイナは目をそらせた。
「おまえを守れないよ……」
「おれがケイナを守るんだよ!」
絶対いやだ。ケイナと離ればなれになるなんて。そんな苦しいことできない。
「ケイナ、こっち見てよ」
セレスの手が顔に伸びてきたので、ケイナは逃れるように顔をそらせた。
いつものセレスならケイナがそこまで拒むともう何もしなかった。伸ばした手も引っ込めただろう。
だから、彼の手が思いきり自分の髪と耳を掴むなんて、予想もしていなかった。
「つっ……」
顔をしかめて引き寄せられたケイナの額に自分の額を突き合わせるようにして、セレスはケイナの顔を正面から睨みつけた。
「おれを置いて行くな。ひとりになろうとしないで。ケイナ、お願い」
表情とは裏腹にセレスの口調は懇願するようだった。
ハルドはケイナの肩がかすかに震えているのを見た。
「やだよ…… おれ、ケイナと離れるの、厭だ……。一緒にいたい……」
「おまえ、治療してもらわないと…… だめだ……」
かすれた声でケイナは言ったが、セレスは手を放さなかった。
「それはケイナだって一緒じゃん。終わってないだろ」
「いつか…… おまえを殺してしまう……」
「そんなことしない」
セレスはきっぱりと言った。
「ケイナはもう誰も殺さない」
どうして。
どうして、こいつはこんなにおれのことを追うの。
どうしておれはこいつと離れるのが辛い?
なぜ、諦めきれない……?
出会ったときからずっと。
ずっと、守りたい、守られたい、一緒にいたい、触れたい、話したい…… 声が聞きたい。
ケイナは歯をくいしばって、洩れそうになる嗚咽と涙をこらえた。
もう、無理だよ……。ひとりになれない。セレスが愛おしい。苦しいほど愛おしい。
たくさんの命を奪っておいて、人を好きになる資格なんかない。
でも、こいつと一緒にいることを許して……。生きることを許してください。お願い……。
誰に乞うでもなく、ケイナはそう心の中でつぶやいていた。
セレスはケイナのくちびるが自分の口の端をかすめたあと、その腕に力一杯抱き締められるのを感じた。
ケイナの精一杯の勇気の親愛のキス。できることなら自分も返したかった。
こんなときでも、おれたちまだ勇気がない。
でも、おれ、ケイナが大事で、大切で。
彼の耳を掴んでいた手をセレスはケイナの首に回してしがみついた。
「凍傷になるぞ」
ハルドは言った。
「仲間も来た。船に戻ろう」
ふたりが顔をあげると、小さな機体が数体空を舞っていた。
軍機だ。その中にユージーがいることを、ケイナはぼんやり感じていた。
(ケイナ)
また誰かが呼んだ。セレスじゃない。誰が呼んでいるのか何となく分かる。
……そう、きっと、『グリーン・アイズ』だ。
ケイナは思った。