「遺伝子の問題だって言われたら他にいろいろ調べるわよ。そんなこと、どうして『ホライズン』が情報として持っているのって。そして顔も知らない父親とおじいさまと……。知ったのは知りたくもなかった自分の出生のことだったわ。孫娘だとばかり思っていたのに、娘だったなんてね」
トウはカインではなくユージーに目を向けた。
「あなたのお父さまはずいぶんいろいろ揉み消そうと苦慮なさったようね。戻ったら伝えて。私はプロジェクトを止めるつもりはないわ。だって……」
そしてカインの顔をちらりと見た。
「そのおかげでこんなに立派な息子を得ることができたんだから」
カインの眉がひそめられた。その顔を見てトウは笑みを浮かべた。
「結婚すれば子供を作ることができる。病気もしない。安定したアライドの血のおかげで不十分でも予見の力を持つ。経営者として申し分ないわね、カイン。プロジェクトあればこその幸運よ。アライドのボルドーでなければあなたは今頃生きていなかったかもしれない。次はあなたと誰の子供を作るかよね」
おぞましい思いがよぎって、カインは目を見開いてトウを見つめた。
「アライドの遺伝子はそれでもまだ不十分だわ。もっと安定した遺伝子が得られればもう子供ができない、生きられないって泣く人はいなくなるわよ」
「違うだろう」
カインは言った。
「トウ、あんたの計画はそんなきれいごとじゃないだろう。何を考えてるんです」
「どうして? 人類の夢じゃない? ケイナとセレスのふたりを見なさいよ。相手によってコロコロ性別を変えることができて、苦しい事があればそれから逃れるために別の人格を作る。優れた知能と美しい肢体と。何が不満なのよ。もう何も泣くこともなくなるわ」
「泣かないわけがないでしょう。自分の意思表示をまともにすることができないってことがどれほど大変なことか、あなたは分かってない。知らないうちに作ってしまう自分の人格がどれほど恐ろしく思えるか。ケイナほどの能力を持つ人間が負の人格を作ってしまったら、いったいどうなると思ってるんです。いや、実際彼はそれで大変だったんだ。赤いピアスがどれほど彼の負担になったか分からないんですか」
カインは知らず知らずのうちに語気が荒くなるのを押さえることができなかった。しかし、トウの表情は変わらなかった。
「それは彼の遺伝子がまだ不安定だからよ。未完成なんだからしかたがないじゃない」
カインは呆然としてトウを見つめた。
「ケイナは…… 人間だぞ……」
「分かってるわよ!」
トウはじろりとカインを見た。
「彼の遺伝子はどんなに治療しても今の技術じゃ治らないわ。『グリーン・アイズ』の遺伝子が入っているとだめなのよ。だから仮死保存して治療法を探そうとしたんじゃない。それをあんたが邪魔したのよ」
「嘘だ」
カインは険しい目でトウを睨みつけた。
「ケイナは何にも治療されていなかった。それをいまさら治療するつもりだったなんて言えるんですか」
「むやみに治療すると、『グリーン・アイズ』の負の遺伝子の影響が大きく出るからよ」
「……」
『グリーン・アイズ』の負の遺伝子?
「『グリーン・アイズ』は生命力が強いの。あの遺伝子が一番今の地球人に欲しい遺伝子なのよ。だけど、自然淘汰を受けないということをこの星は許さなかった。一定の年齢が来ると『グリーン・アイズ』は死しか見ない。そして自分が死ぬときにはできるだけ多くの命を引き連れていくの」
息が止まりそうだった。
『ノマド』の大量虐殺は『グリーン・アイズ』の種の特性で引き起こされた事件だったのか……。
「じゃあ…… セレスは……」
かすれた声でつぶやくカインにトウはかすかにうなずいて目を伏せた。
「そうね。危ないかもしれないわね」
「ケイナは…… いったい誰の子どもなんです……」
「それを知ったのは私もつい最近」
トウはカインを見据えた。
「ケイナ・カートは『グリーン・アイズ、ハーフ』の子供よ。ハルド・クレイから何度か分岐させた遺伝子を使ってね。ハルド・クレイは『グリーン・アイズ』の遺伝子をかなりいじられて作られた人間よ。彼の持つ遺伝子はもともと『グリーン・アイズ』の遺伝子の緩衝剤として作られたものだわ。だから緑の目も緑の髪も持たない。だけど、失敗したのよ。ケイナ・カートの遺伝子の状態は不安定過ぎた。人の許容量を能力が超え過ぎた。何ごともほどほどに、ということを知らないといけないわ」
ユージーが身を強張らせた。その彼の手は今まさにカインと同じナイフを取り上げようとしていた。
それがトウの咽に突きつけられることは明白だった。
怒りに燃えたユージーの目をカインは悲痛な顔で見た。
「ユージー…… ぼくはこれでも特別に訓練を受けた人間なんだ……」
「おまえはやっぱりそっちかよ」
ユージーの言葉にカインは顔をゆがめると、テーブルの白いクロスを掴んで思いきり引いた。皿とグラスが大きな音をたてて床に落ちて割れた。
じゃあ、どうしろっていうんだ。
ユージーがナイフをトウの首に突き立てるのを黙って見ていろというのか?
トウは音と同時に開いた部屋のドアに冷静に目を向け、入ってきた兵士たちを手で制した。
「なんでもないわ。銃をおろして」
仁王立ちになっているカインに殺気まみれのユージーを見て、なんでもないとは思えない空気だ。そのまま銃を構えている兵士たちにトウは怒鳴った。
「なんでもないから下がって!」
やっと兵士たちが銃をおろしたことを見たトウはふたりに目を向けた。
「……少しでも『グリーン・アイズ』の血を引いてると危ういのよ。ハルド・クレイもセレス・クレイもケイナ・カートも。危険性はゼロじゃないわ。そこを取り除かない限りはプロジェクトも成功じゃない」
トウは自分の膝に飛んだ破片を見つけてつまみあげるとテーブルに置いた。
「何が正しくて何が正しくないか、私はそんなことどうでもいい。レジー・カートがプロジェクトの破棄に躍起になったのは、彼自身もプロジェクトを利用していたからよ。それはそれで私は別に構わないわ。カートにとってはそれが正義だったんでしょう? 私は私が正義と思えることを信じるわ」
「カートがプロジェクトを利用していた?」
ユージーの目が細められた。トウは冷静に彼の顔を見た。
「利用しないわけがない。カートだって自分の血筋を残したい。あのとき関わっていた十数社はみんな同じよ。何より欲しかったのは自分の血筋じゃなかったの?」
ユージーの顔に不安が浮かんだのを見て、トウはかぶりを振った。
「あなたが『グリーン・アイズ』だと言っているわけじゃないわ。いいじゃないの。命がそこにあるんだから。私は自分のこともそう思うようにしているわ。生まれた命に代わりはないのよ。ユージー・カート、あなたももちろん」
カインは思わずトウの顔を見た。
代わりのない命……。どうして……。どうしてあんたの口からそんな言葉が出る……。
「仮死保存は今できる一番の方法だわ。あと、何十年もたてば 彼らももう一度目覚めて生きられるかもしれない。あんたはそれを引き継がないといけないのよ」
トウは座ったまま、立ち尽くしているカインを見上げた。
「人はどうして生きられないと泣くの? どうして子供ができないと泣くの? なぜ苦しむの。もともとプロジェクトはそれを乗り越えるためのものだったでしょう。それを勝手な実験に仕上げたのは誰よ。『人』は残らないといけないんじゃないの? 子供の笑顔、人の笑顔、私たちはそれを守らないといけないのよ」
分からない……。どうすればいいのか分からない……。何が本当で何が間違っているのか。
カインは視線を泳がせた。
「あんたの言う通り、おれはカートを継ぐための代わりのない命だ。そのための命だからな。あんたがカインを生まれさせたように、おれも必要だからここにいる」
ユージーがふいに口を開いた。
「あんたはあんたの信念を持ってやってるんだろう。だけど一番大事なことを忘れてる。ケイナは遠い未来に目覚めることも、自分が知らない次の世代を作られることも望んじゃいない。あいつは今この時間に生きて死ぬことを願ってるよ」
カインはそれを聞いて思わず顔を歪めた。ユージーは立ち上がるとそんな彼の顔を見た。
「残念だな、カイン・リィ。おれはおやじがケイナを仮死保存じゃない形で助けたがってるんだからそれに従う。おれが自分の父親を信じるように、おまえも母親を信じるんだろう」
そしてトウを見た。
「あんたはちょっと強引過ぎた。あんたがもう何を言ってもカートはリィには協力しない。ケイナを取り戻そうとするのなら、カートは全力で抵抗する。あんたの論理は自然淘汰に逆らうことだ。『ノマド』やカートを説得できやしないよ」
トウの表情は変わらなかった。
「おれは自分の命の責任を果たすよ。次に顔を合わせたら、もう銃は渡さないし、容赦しない」
ユージーはそう言い捨てるとテーブルから離れ、大股で部屋を出ていったが、カインもトウも身動きしなかった。
しばらくしてトウが口を開いた。
「サエは……」
カインはトウに目を向けた。
「代わりに子供を生んであげると言ったのに、生まれたらあなたを渡してくれなかった……」
トウはテーブルの上の破片を見つめていた。
「そのままアライドに連れて行きそうになったのよ」
彼女は何を言おうとしているのだろう。カインは目を細めた。
「当時、航空事故は多かった。どうしてか分かる?」
「……」
「『トイ・チャイルド・プロジェクト』に関わった人間が次々にアライドに亡命しようとしていたのよ。亡命して遺伝子研究の技術が流出するとね、大変だってことくらいあなたにも分かるわよね。だから…… 殺されたのよ」
「誰が…… そんなことを……」
厭な予感がした。トウは破片を見つめたまま肩をすくめた。
「亡命しようとしてたのは命を狙われていたからだわ。『ノマド』? おじいさま? カート? それは私も知らない。私も命を狙われるのかしらね。サエとボルドーが事故機に乗ったのは偶然だったわ。でも、私はそれを喜んだ」
トウはかすかに口をゆがめた。
「人の死を喜ぶなんて、私にはそんな気持ちもあるのね。でも、私はそのおかげで自分の子供をやっと手元におくことができた……」
彼女は顔をあげるとカインを見た。
「操作じゃないわ。治療、よ。新しい人間を作るんじゃないわ。今いる人間が変わるんだって考えたらどうなの。あの子たちの遺伝子が安定したら、それが何千何万という人を救うのよ。遺伝子治療に使えるのよ。私の体は治らなくても、治療の技術があったから、あなたは五体満足に生まれて来れたのよ」
カインは言葉をなくしてトウの顔を見つめた。
「プロジェクトはやめないわ」
トウは静かにそう言うと立ち上がった。
それを見てもカインは言葉を返すことができなかった。
トウはカインではなくユージーに目を向けた。
「あなたのお父さまはずいぶんいろいろ揉み消そうと苦慮なさったようね。戻ったら伝えて。私はプロジェクトを止めるつもりはないわ。だって……」
そしてカインの顔をちらりと見た。
「そのおかげでこんなに立派な息子を得ることができたんだから」
カインの眉がひそめられた。その顔を見てトウは笑みを浮かべた。
「結婚すれば子供を作ることができる。病気もしない。安定したアライドの血のおかげで不十分でも予見の力を持つ。経営者として申し分ないわね、カイン。プロジェクトあればこその幸運よ。アライドのボルドーでなければあなたは今頃生きていなかったかもしれない。次はあなたと誰の子供を作るかよね」
おぞましい思いがよぎって、カインは目を見開いてトウを見つめた。
「アライドの遺伝子はそれでもまだ不十分だわ。もっと安定した遺伝子が得られればもう子供ができない、生きられないって泣く人はいなくなるわよ」
「違うだろう」
カインは言った。
「トウ、あんたの計画はそんなきれいごとじゃないだろう。何を考えてるんです」
「どうして? 人類の夢じゃない? ケイナとセレスのふたりを見なさいよ。相手によってコロコロ性別を変えることができて、苦しい事があればそれから逃れるために別の人格を作る。優れた知能と美しい肢体と。何が不満なのよ。もう何も泣くこともなくなるわ」
「泣かないわけがないでしょう。自分の意思表示をまともにすることができないってことがどれほど大変なことか、あなたは分かってない。知らないうちに作ってしまう自分の人格がどれほど恐ろしく思えるか。ケイナほどの能力を持つ人間が負の人格を作ってしまったら、いったいどうなると思ってるんです。いや、実際彼はそれで大変だったんだ。赤いピアスがどれほど彼の負担になったか分からないんですか」
カインは知らず知らずのうちに語気が荒くなるのを押さえることができなかった。しかし、トウの表情は変わらなかった。
「それは彼の遺伝子がまだ不安定だからよ。未完成なんだからしかたがないじゃない」
カインは呆然としてトウを見つめた。
「ケイナは…… 人間だぞ……」
「分かってるわよ!」
トウはじろりとカインを見た。
「彼の遺伝子はどんなに治療しても今の技術じゃ治らないわ。『グリーン・アイズ』の遺伝子が入っているとだめなのよ。だから仮死保存して治療法を探そうとしたんじゃない。それをあんたが邪魔したのよ」
「嘘だ」
カインは険しい目でトウを睨みつけた。
「ケイナは何にも治療されていなかった。それをいまさら治療するつもりだったなんて言えるんですか」
「むやみに治療すると、『グリーン・アイズ』の負の遺伝子の影響が大きく出るからよ」
「……」
『グリーン・アイズ』の負の遺伝子?
「『グリーン・アイズ』は生命力が強いの。あの遺伝子が一番今の地球人に欲しい遺伝子なのよ。だけど、自然淘汰を受けないということをこの星は許さなかった。一定の年齢が来ると『グリーン・アイズ』は死しか見ない。そして自分が死ぬときにはできるだけ多くの命を引き連れていくの」
息が止まりそうだった。
『ノマド』の大量虐殺は『グリーン・アイズ』の種の特性で引き起こされた事件だったのか……。
「じゃあ…… セレスは……」
かすれた声でつぶやくカインにトウはかすかにうなずいて目を伏せた。
「そうね。危ないかもしれないわね」
「ケイナは…… いったい誰の子どもなんです……」
「それを知ったのは私もつい最近」
トウはカインを見据えた。
「ケイナ・カートは『グリーン・アイズ、ハーフ』の子供よ。ハルド・クレイから何度か分岐させた遺伝子を使ってね。ハルド・クレイは『グリーン・アイズ』の遺伝子をかなりいじられて作られた人間よ。彼の持つ遺伝子はもともと『グリーン・アイズ』の遺伝子の緩衝剤として作られたものだわ。だから緑の目も緑の髪も持たない。だけど、失敗したのよ。ケイナ・カートの遺伝子の状態は不安定過ぎた。人の許容量を能力が超え過ぎた。何ごともほどほどに、ということを知らないといけないわ」
ユージーが身を強張らせた。その彼の手は今まさにカインと同じナイフを取り上げようとしていた。
それがトウの咽に突きつけられることは明白だった。
怒りに燃えたユージーの目をカインは悲痛な顔で見た。
「ユージー…… ぼくはこれでも特別に訓練を受けた人間なんだ……」
「おまえはやっぱりそっちかよ」
ユージーの言葉にカインは顔をゆがめると、テーブルの白いクロスを掴んで思いきり引いた。皿とグラスが大きな音をたてて床に落ちて割れた。
じゃあ、どうしろっていうんだ。
ユージーがナイフをトウの首に突き立てるのを黙って見ていろというのか?
トウは音と同時に開いた部屋のドアに冷静に目を向け、入ってきた兵士たちを手で制した。
「なんでもないわ。銃をおろして」
仁王立ちになっているカインに殺気まみれのユージーを見て、なんでもないとは思えない空気だ。そのまま銃を構えている兵士たちにトウは怒鳴った。
「なんでもないから下がって!」
やっと兵士たちが銃をおろしたことを見たトウはふたりに目を向けた。
「……少しでも『グリーン・アイズ』の血を引いてると危ういのよ。ハルド・クレイもセレス・クレイもケイナ・カートも。危険性はゼロじゃないわ。そこを取り除かない限りはプロジェクトも成功じゃない」
トウは自分の膝に飛んだ破片を見つけてつまみあげるとテーブルに置いた。
「何が正しくて何が正しくないか、私はそんなことどうでもいい。レジー・カートがプロジェクトの破棄に躍起になったのは、彼自身もプロジェクトを利用していたからよ。それはそれで私は別に構わないわ。カートにとってはそれが正義だったんでしょう? 私は私が正義と思えることを信じるわ」
「カートがプロジェクトを利用していた?」
ユージーの目が細められた。トウは冷静に彼の顔を見た。
「利用しないわけがない。カートだって自分の血筋を残したい。あのとき関わっていた十数社はみんな同じよ。何より欲しかったのは自分の血筋じゃなかったの?」
ユージーの顔に不安が浮かんだのを見て、トウはかぶりを振った。
「あなたが『グリーン・アイズ』だと言っているわけじゃないわ。いいじゃないの。命がそこにあるんだから。私は自分のこともそう思うようにしているわ。生まれた命に代わりはないのよ。ユージー・カート、あなたももちろん」
カインは思わずトウの顔を見た。
代わりのない命……。どうして……。どうしてあんたの口からそんな言葉が出る……。
「仮死保存は今できる一番の方法だわ。あと、何十年もたてば 彼らももう一度目覚めて生きられるかもしれない。あんたはそれを引き継がないといけないのよ」
トウは座ったまま、立ち尽くしているカインを見上げた。
「人はどうして生きられないと泣くの? どうして子供ができないと泣くの? なぜ苦しむの。もともとプロジェクトはそれを乗り越えるためのものだったでしょう。それを勝手な実験に仕上げたのは誰よ。『人』は残らないといけないんじゃないの? 子供の笑顔、人の笑顔、私たちはそれを守らないといけないのよ」
分からない……。どうすればいいのか分からない……。何が本当で何が間違っているのか。
カインは視線を泳がせた。
「あんたの言う通り、おれはカートを継ぐための代わりのない命だ。そのための命だからな。あんたがカインを生まれさせたように、おれも必要だからここにいる」
ユージーがふいに口を開いた。
「あんたはあんたの信念を持ってやってるんだろう。だけど一番大事なことを忘れてる。ケイナは遠い未来に目覚めることも、自分が知らない次の世代を作られることも望んじゃいない。あいつは今この時間に生きて死ぬことを願ってるよ」
カインはそれを聞いて思わず顔を歪めた。ユージーは立ち上がるとそんな彼の顔を見た。
「残念だな、カイン・リィ。おれはおやじがケイナを仮死保存じゃない形で助けたがってるんだからそれに従う。おれが自分の父親を信じるように、おまえも母親を信じるんだろう」
そしてトウを見た。
「あんたはちょっと強引過ぎた。あんたがもう何を言ってもカートはリィには協力しない。ケイナを取り戻そうとするのなら、カートは全力で抵抗する。あんたの論理は自然淘汰に逆らうことだ。『ノマド』やカートを説得できやしないよ」
トウの表情は変わらなかった。
「おれは自分の命の責任を果たすよ。次に顔を合わせたら、もう銃は渡さないし、容赦しない」
ユージーはそう言い捨てるとテーブルから離れ、大股で部屋を出ていったが、カインもトウも身動きしなかった。
しばらくしてトウが口を開いた。
「サエは……」
カインはトウに目を向けた。
「代わりに子供を生んであげると言ったのに、生まれたらあなたを渡してくれなかった……」
トウはテーブルの上の破片を見つめていた。
「そのままアライドに連れて行きそうになったのよ」
彼女は何を言おうとしているのだろう。カインは目を細めた。
「当時、航空事故は多かった。どうしてか分かる?」
「……」
「『トイ・チャイルド・プロジェクト』に関わった人間が次々にアライドに亡命しようとしていたのよ。亡命して遺伝子研究の技術が流出するとね、大変だってことくらいあなたにも分かるわよね。だから…… 殺されたのよ」
「誰が…… そんなことを……」
厭な予感がした。トウは破片を見つめたまま肩をすくめた。
「亡命しようとしてたのは命を狙われていたからだわ。『ノマド』? おじいさま? カート? それは私も知らない。私も命を狙われるのかしらね。サエとボルドーが事故機に乗ったのは偶然だったわ。でも、私はそれを喜んだ」
トウはかすかに口をゆがめた。
「人の死を喜ぶなんて、私にはそんな気持ちもあるのね。でも、私はそのおかげで自分の子供をやっと手元におくことができた……」
彼女は顔をあげるとカインを見た。
「操作じゃないわ。治療、よ。新しい人間を作るんじゃないわ。今いる人間が変わるんだって考えたらどうなの。あの子たちの遺伝子が安定したら、それが何千何万という人を救うのよ。遺伝子治療に使えるのよ。私の体は治らなくても、治療の技術があったから、あなたは五体満足に生まれて来れたのよ」
カインは言葉をなくしてトウの顔を見つめた。
「プロジェクトはやめないわ」
トウは静かにそう言うと立ち上がった。
それを見てもカインは言葉を返すことができなかった。