「仮死保存されているかもしれない、『グリーン・アイズ』の娘を『ノマド』に返して欲しい。彼女の母親は『ノマド』だ」
トリの言葉にカインは無言でトリを見つめた。
「彼女はたぶん長くは生きられないかもしれない。目覚めさせたら死ぬかもしれない。もう何十年もたってるんです。だけど、彼女が保存されている限り、『グリーン・アイズ』の血を引いた人間は作られる。負の遺伝子を抱えたまま」
「負の遺伝子?…… ケイナとセレスのような、ということですか……?」
カインは眉をひそめた。
「あなたはあのふたりの存在を否定しているんですか」
トリは表情を変えなかった。冷たいとも言える目でカインを見つめている。
「幾重もの人格を作り、自分の耳を切り落とし、誰からも制御されない、彼の目に見えるものは死しかない、そんな人間は普通じゃない」
それを聞いたカインが思わず殺気だって立ち上がったので、リンクは慌ててカインの腕を掴んだ。
「あなたはケイナをそんなふうに思ってたんですか」
カインはリンクの腕を払い除けた。
「ち、ちょっと……!」
リンクは仰天して言ったがカインはそれを無視した。
「ケイナがどれだけ苦しんで来たかあなたは知らないのか。どれほど自分に怯えて、どれほど……」
「分かっているならルートを断て。あなたがリィの息子だ」
トリの言葉にカインはびくりと体を震わせた。
「あなたが動かないのなら、われらがやるぞ。『ノマド』はもう決心している」
「決心……。」
カインはトリの言葉をつぶやいた。
「ケイナは必ず助ける。一度目の前に現れた命、誰にも代わりはできない。誰にも断つことはできない。だが、彼らが次に生み出す次のケイナも誰にも断つことはできない」
カインはトリの顔を見つめた。
なんだこれ……?
ふいに真っ白な視界が広がった。一気に気温が下がったような気がする。
白い、白い、白い…… 白ばかりだ。
視界の先に小さな黒い影を見つけた。
それに目を凝らそうとした途端、額に衝撃を感じてカインははっと我に戻った。
トリが手を伸ばして自分の額を掴んでいた。
「それ以上見ると動けなくなるよ」
トリは言った。さっきとうって変わって穏やかな笑みを浮かべている。
「アライドの血を引くカイン・リィ。あなたは見える人かもしれないけれど、これは見てはいけない。なんでも知ることがいいとは限らない」
そっとトリが手を放すと、カインはそのまま後ろに揺らいだ。
リンクが手を差し出したので、カインは危うく床にひっくり返ることを免れて椅子に脱力したように座り込んだ。
「記憶は閉じた。日がたつごとにさっき見たことは忘れていくと思うよ……」
「動けなくなるって……」
カインは呆然としてトリを見つめた。
「それがラストシーンだからだよ」
トリは言った。
「苛立たせて申し訳なかったね…… きみにどこまでのことが見えるのか確認させてもらったんだ……」
カインは視線を泳がせると、息をついて自分の額を押さえた。
まだトリの手がそこにあるような感覚だ。
「人は勝手に遺伝子をいじってはいけない。自分も自然の中のひとつの遺伝子であるということを忘れてはいけない。あなたが決心するのなら、『ノマド』はあなたの味方になるだろう」
(4つの点のうちのひとつが消える…… あなた、見てた?)
別れ際にジェニファの言った言葉がふと頭に浮かんだ。
トリも見ているのだろうか。
ぼくなら、全然後悔しない。ぼくだったら、いいのに……。運命はどっちなのだろう。決心をすればみんなが助かるのだろうか。それとも……。
「大丈夫ですか?」
トリがテントを出て行ったあと、リンクはカインの顔を心配そうに覗き込んだ。
「カンパニーを潰さないといけないのかな……」
カインはつぶやいた。少し声が震えている
「ぼくはトウに会って、説得すればなんとかなるって思っていたところがある……。カンパニーを潰すなんて…… ぼくにそんな勇気があるんだろうか。ぼくが動かないとあなたたちはテロでも起こすつもりですか……」
リンクはそれを聞いてため息をついてかぶりを振った。
「ぼくは個人的には暴力行為は好きじゃありません。だけど…… 約束を破ったのはカンパニーのほうだ」
カインは口を引き結んだ。
どんなに頭が良くても、次期社長だと言われても、彼はまだ20歳にもならない子供だ。
彼に決断を迫るのは、なんと酷なことだろう。リンクはそう思ったが口には出さなかった。
彼にはしっかりしてもらわなくてはならない。
「ケイナの遺伝子治療にベクターが必要なんです」
リンクの言葉にカインは目をあげた。
「遺伝子治療用のRNA系ウィルスは『リィ・ホライズン』ががっちり管理していて入手が困難なんです。リィ系列の病院か、研究所でないといくつものチェックが入る。あなたの知っているところで、Rt9というベクターが入手できる先か、もしくはそれに遺伝子情報を与えられる先はありませんか」
まっ先に頭に浮かんだのは、ドクター・レイの顔だった。しかし、彼にそんな危ない橋は渡らせるわけにはいかない……。
次に浮かんだのはレジー・カートの顔だった。
彼はもっとだめだ。カートはトウがレイよりも見張っているだろうからだ。
やはりレイしかいない……。
「協力してもらえるかどうかは分からないけれど…… ひとりぼくの知り合いの医者がいます。……脳医学が専門です。治療計画のデータを作ってくれた人です」
カインはしかたなく重い口を開いた。
「だけど、彼は今はリィとは関係ない。危険な目に遭わせるのは……」
「協力してくれるのなら、『ノマド』は彼らを守ります。信用してもらえませんか」
カインは迷った。しかし選択肢はそれ以外に見つからなかった。
「連絡してみます……。通信機を貸してください」
リンクはうなずいた。
トリの言葉にカインは無言でトリを見つめた。
「彼女はたぶん長くは生きられないかもしれない。目覚めさせたら死ぬかもしれない。もう何十年もたってるんです。だけど、彼女が保存されている限り、『グリーン・アイズ』の血を引いた人間は作られる。負の遺伝子を抱えたまま」
「負の遺伝子?…… ケイナとセレスのような、ということですか……?」
カインは眉をひそめた。
「あなたはあのふたりの存在を否定しているんですか」
トリは表情を変えなかった。冷たいとも言える目でカインを見つめている。
「幾重もの人格を作り、自分の耳を切り落とし、誰からも制御されない、彼の目に見えるものは死しかない、そんな人間は普通じゃない」
それを聞いたカインが思わず殺気だって立ち上がったので、リンクは慌ててカインの腕を掴んだ。
「あなたはケイナをそんなふうに思ってたんですか」
カインはリンクの腕を払い除けた。
「ち、ちょっと……!」
リンクは仰天して言ったがカインはそれを無視した。
「ケイナがどれだけ苦しんで来たかあなたは知らないのか。どれほど自分に怯えて、どれほど……」
「分かっているならルートを断て。あなたがリィの息子だ」
トリの言葉にカインはびくりと体を震わせた。
「あなたが動かないのなら、われらがやるぞ。『ノマド』はもう決心している」
「決心……。」
カインはトリの言葉をつぶやいた。
「ケイナは必ず助ける。一度目の前に現れた命、誰にも代わりはできない。誰にも断つことはできない。だが、彼らが次に生み出す次のケイナも誰にも断つことはできない」
カインはトリの顔を見つめた。
なんだこれ……?
ふいに真っ白な視界が広がった。一気に気温が下がったような気がする。
白い、白い、白い…… 白ばかりだ。
視界の先に小さな黒い影を見つけた。
それに目を凝らそうとした途端、額に衝撃を感じてカインははっと我に戻った。
トリが手を伸ばして自分の額を掴んでいた。
「それ以上見ると動けなくなるよ」
トリは言った。さっきとうって変わって穏やかな笑みを浮かべている。
「アライドの血を引くカイン・リィ。あなたは見える人かもしれないけれど、これは見てはいけない。なんでも知ることがいいとは限らない」
そっとトリが手を放すと、カインはそのまま後ろに揺らいだ。
リンクが手を差し出したので、カインは危うく床にひっくり返ることを免れて椅子に脱力したように座り込んだ。
「記憶は閉じた。日がたつごとにさっき見たことは忘れていくと思うよ……」
「動けなくなるって……」
カインは呆然としてトリを見つめた。
「それがラストシーンだからだよ」
トリは言った。
「苛立たせて申し訳なかったね…… きみにどこまでのことが見えるのか確認させてもらったんだ……」
カインは視線を泳がせると、息をついて自分の額を押さえた。
まだトリの手がそこにあるような感覚だ。
「人は勝手に遺伝子をいじってはいけない。自分も自然の中のひとつの遺伝子であるということを忘れてはいけない。あなたが決心するのなら、『ノマド』はあなたの味方になるだろう」
(4つの点のうちのひとつが消える…… あなた、見てた?)
別れ際にジェニファの言った言葉がふと頭に浮かんだ。
トリも見ているのだろうか。
ぼくなら、全然後悔しない。ぼくだったら、いいのに……。運命はどっちなのだろう。決心をすればみんなが助かるのだろうか。それとも……。
「大丈夫ですか?」
トリがテントを出て行ったあと、リンクはカインの顔を心配そうに覗き込んだ。
「カンパニーを潰さないといけないのかな……」
カインはつぶやいた。少し声が震えている
「ぼくはトウに会って、説得すればなんとかなるって思っていたところがある……。カンパニーを潰すなんて…… ぼくにそんな勇気があるんだろうか。ぼくが動かないとあなたたちはテロでも起こすつもりですか……」
リンクはそれを聞いてため息をついてかぶりを振った。
「ぼくは個人的には暴力行為は好きじゃありません。だけど…… 約束を破ったのはカンパニーのほうだ」
カインは口を引き結んだ。
どんなに頭が良くても、次期社長だと言われても、彼はまだ20歳にもならない子供だ。
彼に決断を迫るのは、なんと酷なことだろう。リンクはそう思ったが口には出さなかった。
彼にはしっかりしてもらわなくてはならない。
「ケイナの遺伝子治療にベクターが必要なんです」
リンクの言葉にカインは目をあげた。
「遺伝子治療用のRNA系ウィルスは『リィ・ホライズン』ががっちり管理していて入手が困難なんです。リィ系列の病院か、研究所でないといくつものチェックが入る。あなたの知っているところで、Rt9というベクターが入手できる先か、もしくはそれに遺伝子情報を与えられる先はありませんか」
まっ先に頭に浮かんだのは、ドクター・レイの顔だった。しかし、彼にそんな危ない橋は渡らせるわけにはいかない……。
次に浮かんだのはレジー・カートの顔だった。
彼はもっとだめだ。カートはトウがレイよりも見張っているだろうからだ。
やはりレイしかいない……。
「協力してもらえるかどうかは分からないけれど…… ひとりぼくの知り合いの医者がいます。……脳医学が専門です。治療計画のデータを作ってくれた人です」
カインはしかたなく重い口を開いた。
「だけど、彼は今はリィとは関係ない。危険な目に遭わせるのは……」
「協力してくれるのなら、『ノマド』は彼らを守ります。信用してもらえませんか」
カインは迷った。しかし選択肢はそれ以外に見つからなかった。
「連絡してみます……。通信機を貸してください」
リンクはうなずいた。