「セキュリティを壊しますか」
リンクはカインの顔を見て言った。
「あなたたちの技術なら破れるのかもしれないけれど、ぼくの前でそれをするのは危険でしょう?」
カインはリンクに目を向けずに冷ややかに言い放った。
リンクは思わずトリを見上げたが、トリは無言のままだ。
『ホライズン』で洋服を奪った彼のIDはいくつだっただろう……。いや、だめだ。レイのところでも一応試してみてだめだった。一研究員のIDで極秘情報のファイルに侵入できるはずがない。そもそも限られたところとしかアクセス権を持っていないはずのところに知らないやつが侵入しようとしているのだ。下手なものを入れると一気に追跡にかかってくる。
「何か…… 紙と書くものはありませんか?」
カインの言葉にリンクは腕を伸ばしてディスプレイの上に乗っていた紙とペンを取った。
『ホライズン』のIDはナンバーそのままがプレートに刻印はされていない。普通は別の模様に置き換えられて、機械で読み込む。ナンバーとして覚えられているのは本人の頭だけだ。
カインはその規則性と解読法をだいぶん前に勉強して覚えたことがあった。半分は遊びだ。自分に覚えられるものがほかで解読されないはずはないのにと、ちょっとバカにしていたものだ。
模様といっても英文字をひっくりかえしたり、線のようなものを引いたりそれを組み合わせたりといったもので、カインは紙に思いつく限りの模様を羅列していった。
いろんなIDを見て、自分の目がその中から「予見」してくれれば有り難い。
しかしそれも保証の限りじゃない。未熟な自分の目は肝心な時にはいつも動かない。
「トリ、すみませんが、見ていて気にかかるナンバーがあったら言ってください」
カインは声をかけた。同じような能力を持つなら彼にも賭ける。トリはその真意を悟ったのかうなずいた。
「それ……」
一緒に覗き込んでいたセレスが思わず口を挟んだ。
「どこかで見たことがある……」
「まさか」
カインはセレスの顔を見た。
「これは『ホライズン』でしか使わないID変換方式だよ」
「いや…… 見たことあるよ…… どこでだったかな……」
セレスは首をかしげた。
「そうだ。おれの母さんの形見のブレスレットに刻印されてた」
「ブレスレット?」
カインは驚いたような声をあげた。セレスはうなずいた。
「どんな模様だったかは覚えてないけど……」
セレスはカインの驚きように戸惑いを覚えて答えた。
「ケイナの持っていたネックレストップにもあったよ。同じようなのが。前にふたりで一緒に見たことがあるんだ」
「それ……! 今、持ってるか?」
カインは思わず立ち上がって言った。
「おれは…… 『ライン』に置いてきちゃった……。でも、ケイナはいつも首にかけてたから…… もしかしたら……」
「ケイナはどこに!」
「こっち」
カインの怒声にリンクが立ち上がった。
「ど、どうしたんですか?」
ケイナの様子を見ていたクレスの母親が、血相を変えて飛び込んで来たカインとリンクを見て目を丸くした。
「ケイナは……!」
「ま、まだ眠ってます……」
カインの剣幕に戸惑いながら、彼女はベッドに横たわっているケイナを指差した。
カインはベッドに駆け寄った。そして一瞬硬直した。
頭に包帯を巻かれ、目を閉じているケイナ。
そうだ、ここに来てケイナをまともに見るのは今が初めてだ……。
クレスの母親は同じく駆け込んできたセレスとアシュアを訝しそうに見た。
「いったい何があったんですか……?」
彼女の言葉にセレスは分からない、というように首を振った。
「ケイナ…… ごめんよ」
カインはそう言うとケイナの首元に手を入れた。細い紐を手繰り寄せると、小さな銀色のプレートが出て来た。
「あった……」
カインは彼の首にかけてあったネックレスを取り出して震える声でつぶやいた。
「Toy Child SDT4KCVBKQW……S0052URLNITL」
アシュアとリンクはぎょっとしてカインを見た。
『トイ・チャイルド』の言葉をカインが知っているはずがなかった。
カインはセレスを振り向いた。
「これがきっと『ホライズン』の…… 実験ナンバーだ……」
全員が凍りついた。
「Toy Child SDT4KCVBKQW……」
カインはかすかに震える指でキイを叩いた。
画面にずらりと数え切れないほどの立方体の小さなビジュアルが並んで、カインは思わず目をそらせた。
「なに、この箱みたいなの……」
セレスがカインに尋ねたが、カインはこわばった表情で答えない。代わりにリンクが口を開いた。
「これまで…… やってきた実験体のデータ……」
「実験体?」
セレスはそれでも分からないらしい。
こりゃひどい……。さすがにアシュアには察しがついた。
膨大な箱は遺伝子操作をした実験体の数だ。この中に…… ケイナとセレスの計画書がある……。
「無駄な周り道をしてしまった……」
カインは唇を噛んでつぶやいた。
「S0052URLNITL」
カインはキイを叩いた。ひとつの箱がクローズアップされ、膨大な数の書類が展開された。
「XX19年…… NO.0032、卵子ナンバー0056…… 使用試薬…… lot.22、媒体ハウリングハーブ、タイプ32変異体……」
「ひゅう……」
リンクは思わず口を鳴らした。
「すさまじいな……」
「全部を見てる時間がない。まるごとダウンロードします」
カインは呆然としているリンクにせっついた。リンクははっとしてうなずいた。
「時間勝負。もう数分見てる。あと1分以内で」
「了解」
リンクは慌ただしく席を立った。
「あとはこっちでやるよ。カイン、少し休んで」
トリの言葉にカインは少し躊躇したが、うなずいて立ち上がった。
テントを出ると、ほっとしたのと疲労でカインは一瞬ふらりとした。
「大丈夫か」
アシュアが慌ててカインの体を支えた。カインは力なくうなずいた。
疲れた……。とりあえずぼくは役目を果たせたんだろうか。助けられるんだろうか……。
「カイン……」
セレスが心配そうに顔を覗き込んでいることに気づいた。
「きみの計画書もきっとあの中にあるよ……。どれをきみのと特定するかが大変だけど、きっと……」
そこまで言って初めてカインは気づいた。
「は……」
思わず手の甲を目に押し当てた。ばかだ。ぼくは泣いてる……。
「カイン、ケイナに会いに行こう。ちゃんと会ってないだろ」
セレスは言った。
ケイナは目を覚ましていた。
「たった今なんです。まだぼうっとしてますけど……」
クレスの母親が3人を振り向いて言った。
「クレスが待ってるんでしょう? もうあとおれたちがいるからいいよ」
セレスが言うと、彼女は笑みを浮かべてテントから出て行った。
カインはゆっくりとベッドに横たわったままのケイナに近づいた。それに気づいたのか、ケイナは目を開けた。
「腕…… だいじょうぶか……」
ケイナはカインを見て少し笑みを浮かべた。カインは何も答えられずに無言でうなずいた。
ケイナ、痩せた……。顔色が悪くて肌が透けそうだ……。
「ピアスついてないときで良かった」
ケイナの言葉にセレスとアシュアはカインの背後で顔を見合わせた。
「今…… 『ホライズン』のデータを取って来た…… きみは治療してもらえるよ。きっと助かる」
カインは掠れた声でケイナに言った。
「セレスは?」
カインはセレスをちらりと見た。
「うん…… セレスのもある」
アシュアは目を伏せて額をこすった。
こういう時にセレスのことを気にするケイナを見るのは辛いだろうな、カイン……。
「カイン…… 頼みたいことがあるんだ」
思わぬケイナの言葉にカインは目を細めた。
「なに?」
「死なないでくれる?」
3人の顔が硬直した。
「おれも死なないから…… 生きててくれる?」
「それは……」
……こっちのセリフだ、と言おうとして、カインは言えなかった。声を出したら泣き出しそうだ。
「いやなんだよな…… おれたち、生きてていけないはずないだろ……」
ケイナはだるそうに目を閉じた。まだ薬が切れていないのかもしれない。
「おれ、生きてく夢、見たい…… 螺旋はきっと……」
半分は夢の中の言葉だったのかもしれない。
螺旋はきっと未来を夢見てる。死に絶える夢ではなくて、生き残る夢。
DNAは負の遺伝をそぎ落して生き残る道を選ぶ。でなければ命を続かせる意味がない。
そう、ケイナ、きみにもきっと生き残るための螺旋がある。
カインは心地良さそうに寝息をたてるケイナを見つめた。
リンクはカインの顔を見て言った。
「あなたたちの技術なら破れるのかもしれないけれど、ぼくの前でそれをするのは危険でしょう?」
カインはリンクに目を向けずに冷ややかに言い放った。
リンクは思わずトリを見上げたが、トリは無言のままだ。
『ホライズン』で洋服を奪った彼のIDはいくつだっただろう……。いや、だめだ。レイのところでも一応試してみてだめだった。一研究員のIDで極秘情報のファイルに侵入できるはずがない。そもそも限られたところとしかアクセス権を持っていないはずのところに知らないやつが侵入しようとしているのだ。下手なものを入れると一気に追跡にかかってくる。
「何か…… 紙と書くものはありませんか?」
カインの言葉にリンクは腕を伸ばしてディスプレイの上に乗っていた紙とペンを取った。
『ホライズン』のIDはナンバーそのままがプレートに刻印はされていない。普通は別の模様に置き換えられて、機械で読み込む。ナンバーとして覚えられているのは本人の頭だけだ。
カインはその規則性と解読法をだいぶん前に勉強して覚えたことがあった。半分は遊びだ。自分に覚えられるものがほかで解読されないはずはないのにと、ちょっとバカにしていたものだ。
模様といっても英文字をひっくりかえしたり、線のようなものを引いたりそれを組み合わせたりといったもので、カインは紙に思いつく限りの模様を羅列していった。
いろんなIDを見て、自分の目がその中から「予見」してくれれば有り難い。
しかしそれも保証の限りじゃない。未熟な自分の目は肝心な時にはいつも動かない。
「トリ、すみませんが、見ていて気にかかるナンバーがあったら言ってください」
カインは声をかけた。同じような能力を持つなら彼にも賭ける。トリはその真意を悟ったのかうなずいた。
「それ……」
一緒に覗き込んでいたセレスが思わず口を挟んだ。
「どこかで見たことがある……」
「まさか」
カインはセレスの顔を見た。
「これは『ホライズン』でしか使わないID変換方式だよ」
「いや…… 見たことあるよ…… どこでだったかな……」
セレスは首をかしげた。
「そうだ。おれの母さんの形見のブレスレットに刻印されてた」
「ブレスレット?」
カインは驚いたような声をあげた。セレスはうなずいた。
「どんな模様だったかは覚えてないけど……」
セレスはカインの驚きように戸惑いを覚えて答えた。
「ケイナの持っていたネックレストップにもあったよ。同じようなのが。前にふたりで一緒に見たことがあるんだ」
「それ……! 今、持ってるか?」
カインは思わず立ち上がって言った。
「おれは…… 『ライン』に置いてきちゃった……。でも、ケイナはいつも首にかけてたから…… もしかしたら……」
「ケイナはどこに!」
「こっち」
カインの怒声にリンクが立ち上がった。
「ど、どうしたんですか?」
ケイナの様子を見ていたクレスの母親が、血相を変えて飛び込んで来たカインとリンクを見て目を丸くした。
「ケイナは……!」
「ま、まだ眠ってます……」
カインの剣幕に戸惑いながら、彼女はベッドに横たわっているケイナを指差した。
カインはベッドに駆け寄った。そして一瞬硬直した。
頭に包帯を巻かれ、目を閉じているケイナ。
そうだ、ここに来てケイナをまともに見るのは今が初めてだ……。
クレスの母親は同じく駆け込んできたセレスとアシュアを訝しそうに見た。
「いったい何があったんですか……?」
彼女の言葉にセレスは分からない、というように首を振った。
「ケイナ…… ごめんよ」
カインはそう言うとケイナの首元に手を入れた。細い紐を手繰り寄せると、小さな銀色のプレートが出て来た。
「あった……」
カインは彼の首にかけてあったネックレスを取り出して震える声でつぶやいた。
「Toy Child SDT4KCVBKQW……S0052URLNITL」
アシュアとリンクはぎょっとしてカインを見た。
『トイ・チャイルド』の言葉をカインが知っているはずがなかった。
カインはセレスを振り向いた。
「これがきっと『ホライズン』の…… 実験ナンバーだ……」
全員が凍りついた。
「Toy Child SDT4KCVBKQW……」
カインはかすかに震える指でキイを叩いた。
画面にずらりと数え切れないほどの立方体の小さなビジュアルが並んで、カインは思わず目をそらせた。
「なに、この箱みたいなの……」
セレスがカインに尋ねたが、カインはこわばった表情で答えない。代わりにリンクが口を開いた。
「これまで…… やってきた実験体のデータ……」
「実験体?」
セレスはそれでも分からないらしい。
こりゃひどい……。さすがにアシュアには察しがついた。
膨大な箱は遺伝子操作をした実験体の数だ。この中に…… ケイナとセレスの計画書がある……。
「無駄な周り道をしてしまった……」
カインは唇を噛んでつぶやいた。
「S0052URLNITL」
カインはキイを叩いた。ひとつの箱がクローズアップされ、膨大な数の書類が展開された。
「XX19年…… NO.0032、卵子ナンバー0056…… 使用試薬…… lot.22、媒体ハウリングハーブ、タイプ32変異体……」
「ひゅう……」
リンクは思わず口を鳴らした。
「すさまじいな……」
「全部を見てる時間がない。まるごとダウンロードします」
カインは呆然としているリンクにせっついた。リンクははっとしてうなずいた。
「時間勝負。もう数分見てる。あと1分以内で」
「了解」
リンクは慌ただしく席を立った。
「あとはこっちでやるよ。カイン、少し休んで」
トリの言葉にカインは少し躊躇したが、うなずいて立ち上がった。
テントを出ると、ほっとしたのと疲労でカインは一瞬ふらりとした。
「大丈夫か」
アシュアが慌ててカインの体を支えた。カインは力なくうなずいた。
疲れた……。とりあえずぼくは役目を果たせたんだろうか。助けられるんだろうか……。
「カイン……」
セレスが心配そうに顔を覗き込んでいることに気づいた。
「きみの計画書もきっとあの中にあるよ……。どれをきみのと特定するかが大変だけど、きっと……」
そこまで言って初めてカインは気づいた。
「は……」
思わず手の甲を目に押し当てた。ばかだ。ぼくは泣いてる……。
「カイン、ケイナに会いに行こう。ちゃんと会ってないだろ」
セレスは言った。
ケイナは目を覚ましていた。
「たった今なんです。まだぼうっとしてますけど……」
クレスの母親が3人を振り向いて言った。
「クレスが待ってるんでしょう? もうあとおれたちがいるからいいよ」
セレスが言うと、彼女は笑みを浮かべてテントから出て行った。
カインはゆっくりとベッドに横たわったままのケイナに近づいた。それに気づいたのか、ケイナは目を開けた。
「腕…… だいじょうぶか……」
ケイナはカインを見て少し笑みを浮かべた。カインは何も答えられずに無言でうなずいた。
ケイナ、痩せた……。顔色が悪くて肌が透けそうだ……。
「ピアスついてないときで良かった」
ケイナの言葉にセレスとアシュアはカインの背後で顔を見合わせた。
「今…… 『ホライズン』のデータを取って来た…… きみは治療してもらえるよ。きっと助かる」
カインは掠れた声でケイナに言った。
「セレスは?」
カインはセレスをちらりと見た。
「うん…… セレスのもある」
アシュアは目を伏せて額をこすった。
こういう時にセレスのことを気にするケイナを見るのは辛いだろうな、カイン……。
「カイン…… 頼みたいことがあるんだ」
思わぬケイナの言葉にカインは目を細めた。
「なに?」
「死なないでくれる?」
3人の顔が硬直した。
「おれも死なないから…… 生きててくれる?」
「それは……」
……こっちのセリフだ、と言おうとして、カインは言えなかった。声を出したら泣き出しそうだ。
「いやなんだよな…… おれたち、生きてていけないはずないだろ……」
ケイナはだるそうに目を閉じた。まだ薬が切れていないのかもしれない。
「おれ、生きてく夢、見たい…… 螺旋はきっと……」
半分は夢の中の言葉だったのかもしれない。
螺旋はきっと未来を夢見てる。死に絶える夢ではなくて、生き残る夢。
DNAは負の遺伝をそぎ落して生き残る道を選ぶ。でなければ命を続かせる意味がない。
そう、ケイナ、きみにもきっと生き残るための螺旋がある。
カインは心地良さそうに寝息をたてるケイナを見つめた。