リアはかなり深い傷を負っていて、上半身を包帯で巻き上げられて窮屈そうに息を吐いた。
少し顔をしかめながら服を肩まで引き上げたとき、カインがテントに入って来た。
「あなたはどこも怪我していませんか?」
リアを手当てし終わったリンクはカインに尋ねたが、カインはかぶりを振った。
リンクはカインの左腕を指した。
「腕は?」
動かし辛そうにしているので怪我をしていると思ったのだろう。
「大丈夫です。これはだいぶん前の傷で、手当てしてありますから」
カインが答えると、リンクは少し心配そうな顔をしたがうなずいた。
「ねえ、リンク、トリは?」
いつもなら飛んで来るだろう兄の姿が見えないので、リアは不安そうな目をリンクに向けた。
「ちょっと具合を悪くして休んでる。大丈夫だよ」
リンクはリアに笑ってみせた。
本当はとても大丈夫とは言えなかった。自分のテントで起き上がることもできないでいる。
トリのショックは大きく、目の前でケイナが耳を切り落としたことよりも、彼の殺気に怯えてしまったといったほうがいいかもしれない。
いくら心臓が弱いといっても、トリはちょっとやそっとのことで動じるタイプではない。よほどトリにしか感じられない危険な波をケイナが出したということだろう。
リンクはケイナの様子を見ていないだけに、彼が帰って来ることが恐ろしくもあった。
「カイン・リィ?」
リアはベッドに横になると、カインの顔を見上げた。
「はい」
カインは彼女を見た。
「あの…… 連れて帰ってくれて、ありがとう」
少しはにかみながら言うリアにカインはかすかに笑みを浮かべた。
「歩かせてしまって、すみません。辛かったでしょう」
「たいしたことないわ。全然平気」
リアは笑った。
この人の目、どうしてこんなに悲しそうなんだろう。リアはカインの顔を見つめて思った。
リィの血縁者なら何不自由なく育って来ただろうに、切なくなるほど悲しそうな目をしている。
「あの」
「帰って来たかな」
リアが再び口を開きかけた言葉とリンクがふとテントの外を振り向いた声がかぶさって、カインは顔をリンクに向けてしまった。ケイナたちが戻って来たらしい。
リアはもう少しカイン・リィという少年と話してみたい気がしていたが諦めた。
どことなく兄に雰囲気が似ているせいかもしれない。切なそうな目の意味を知ってみたかったのだが……。
リンクが外に出たので、カインもそれに続いた。
帰って来た3人の姿はカインの予想を外していた。ケイナはアシュアが背負って来ていたからだ。
セレスがリンクの顔を見て駆け寄ってきた。
「ケイナの耳!」
「分かってる。こっちに運んで」
リンクはケイナを背負っているアシュアを促して別のテントに走っていった。
「耳?」
カインは目を細めた。
「耳がどうしたんだ?」
あとに続こうとするセレスの腕を掴んでカインは言った。その言葉にセレスは困惑したように視線を泳がせた。
「よく…… 分からないけど、自分で切り落としたらしいんだ」
「え……?」
カインは呆然としてセレスを見た。
ケイナは頭に血の滲んだ布を巻いていたから怪我をしたのかとは思っていたけれど、耳を切り落としただなんて……。
「ケイナはまた抑制装置をつけてたんだ。もう、今度は両耳に。威力が『ライン』にいたときとは全然違って、自分で意志表示できないようになってたんだよ。だから口で言う代わりに自分で耳ごと取って、アシュアとリアを助けに行ったみたいなんだ」
セレスの言葉にカインは悲痛な表情を浮かべた。
「大丈夫だよ。リンクはちゃんとケイナの耳をくっつけてくれる」
そういう問題じゃない、と言おうと思ったがやめた。
「ケイナはカインが無事で嬉しそうだったよ」
セレスは言った。
「意識失っちゃったけど、そんなことを言いかけてた。ケイナはずっとカインのことを心配してた。おれ、そのことは一緒にいて感じてたよ」
セレスがさらに口を開きかけたとき、ケイナを運んだアシュアがテントの入り口で声を張り上げた。
「カイン! セレス!」
ふたりは振り向いた。
「ケイナに輸血したいってリンクが言うんだ。出血してるの2度目だし……」
「輸血?」
セレスはびっくりしてアシュアを見た。
「血液型、合うの? おれ、O型だよ」
「さあ……。リンクが今、ケイナの血液型を確かめてる。前に血を取ったときはAB型だったらしいけど」
「AB型って誰があげられるんだっけ?」
「おれに聞くな」
アシュアが顔をしかめた。
「リンクがとにかくそこいらにいる人間適当に呼んで来いって言うから……」
「ケイナはAB型! Rhはプラスだ。間違いないよ。万能受血者だから誰だっていい」
いきなりリンクが顔を出した。そしてカインの顔を見て首を振った。
「あなたは怪我したあとでしょう。血を取るのはやめといたほうがいい。セレスもね」
「じゃ、おれしかないじゃねえか」
アシュアが仏頂面でつぶやいた。
「なんで? おれの血、とっていいよ」
セレスは憤慨したようにリンクを見た。
「きみは体内のウィルスの関係が……」
リンクはそこでふと言葉を切った。
「ウィルス…… 水と木…… 螺旋の相性……」
リンクはつぶやいた。セレスはその顔を凝視した。ケイナが言った言葉だ。水と木。螺旋の相性。
「……どうしてこれに気づかなかったんだろう……」
リンクは目を輝かせた。
「セレス、輸血はいいから血を取らせて。50cc程度でいいから」
セレスは自分の腕を掴むリンクの表情に戸惑いながらうなずいた。彼は何に気づいて喜んでるんだろう。リンクはそんなセレスを無視してアシュアを見上げた。
「きみからとらせてもらうよ。血が有り余ってるでしょう」
「大きなお世話だ」
アシュアは口を尖らせた。
3人がテントに入って行くのを見送って、カインは妙に疎外感を感じた。
いったい何があったんだろう……。自分がいない間にいったい何が。
再びついたケイナの抑制装置。出血したのは2度目? いったい何が……。
ふと背後に気配を感じて振り向くと、物静かな表情の男が立っていた。
見覚えのある顔。そうだ、送ってきたあの女性と同じ顔だ……。
「すみません、出迎えられなくて。トリといいます。ここの長老です」
トリは少し青ざめた顔に笑みを浮かべて言った。
「よろしければ、お話を」
カインはうなずいた。
「すみません…… こんなことになるとは…… たぶん、ぼくが彼らを誘導してしまったんだと思うんです」
カインはトリに勧められた椅子に腰をおろして目を伏せた。
トリはカインを安心させるように笑みを浮かべてみせた。
「きみは…… 何かノマドの印を持っているんだね」
「ノマドの印?」
カインは目を細めた。そしてはっとしてポケットの中の水晶の玉を出した。
「これですか?」
トリは水晶を手に取った。彼が手にした途端、水晶はぼろぼろに砕け散った。それを見てカインは目を丸くした。
「何も感じなかったはずだよ。水晶が必死になって結界を作っていたんだ。だから彼らはあそこからここには近づけなかった。そしてきみも。ぼくは二重に張られたバリヤで何も見えなくなっていた」
「見えなくなったって……」
カインはトリの顔をまじまじと見た。
なんだろう、この感覚。トリと出会ったのが初めてじゃないような気がする。
「ぼくは夢見なんです。予見能力があって。きみも同じような力があるんだね」
トリはカインの前の椅子に腰をおろして答えた。その動作は緩慢で、少し体の調子が悪いような感じだ。若者の顔をしていながら年寄りのように見える。
「でも、ケイナは危険を感じてたんだ。……彼には予見も夢見の能力もないのに」
「あの……」
カインはためらいがちに口を開いた。
「ケイナは…… 今、どういう状態なんですか」
「何かあるたんびに耳を切り落とされたんじゃたまらないからピアスは諦めるか、もっと効果を落したものを気休め程度につけてもらうしかないね……」
答えにならない返事をひとりごとのように返すと、トリはテーブルの上のポットをとりあげた。飲み物が入っているらしい。
カップに注ぐとハーブの甘い香りがテント中に広がった。トリはそれをカインの前に押しやった。
「ケイナの治療計画を入れたディスクを預かっているんです。有効かどうか検証してもらいたい」
カインは押しやられたカップをちらりと見たあと言った。トリはカインに目を向けた。
「……会ったから分かる。きみは、敵じゃない。でも、敵になるかもしれない。……それでもきみの力が必要だと思う……。今までのことを話します」
トリは言った。
少し顔をしかめながら服を肩まで引き上げたとき、カインがテントに入って来た。
「あなたはどこも怪我していませんか?」
リアを手当てし終わったリンクはカインに尋ねたが、カインはかぶりを振った。
リンクはカインの左腕を指した。
「腕は?」
動かし辛そうにしているので怪我をしていると思ったのだろう。
「大丈夫です。これはだいぶん前の傷で、手当てしてありますから」
カインが答えると、リンクは少し心配そうな顔をしたがうなずいた。
「ねえ、リンク、トリは?」
いつもなら飛んで来るだろう兄の姿が見えないので、リアは不安そうな目をリンクに向けた。
「ちょっと具合を悪くして休んでる。大丈夫だよ」
リンクはリアに笑ってみせた。
本当はとても大丈夫とは言えなかった。自分のテントで起き上がることもできないでいる。
トリのショックは大きく、目の前でケイナが耳を切り落としたことよりも、彼の殺気に怯えてしまったといったほうがいいかもしれない。
いくら心臓が弱いといっても、トリはちょっとやそっとのことで動じるタイプではない。よほどトリにしか感じられない危険な波をケイナが出したということだろう。
リンクはケイナの様子を見ていないだけに、彼が帰って来ることが恐ろしくもあった。
「カイン・リィ?」
リアはベッドに横になると、カインの顔を見上げた。
「はい」
カインは彼女を見た。
「あの…… 連れて帰ってくれて、ありがとう」
少しはにかみながら言うリアにカインはかすかに笑みを浮かべた。
「歩かせてしまって、すみません。辛かったでしょう」
「たいしたことないわ。全然平気」
リアは笑った。
この人の目、どうしてこんなに悲しそうなんだろう。リアはカインの顔を見つめて思った。
リィの血縁者なら何不自由なく育って来ただろうに、切なくなるほど悲しそうな目をしている。
「あの」
「帰って来たかな」
リアが再び口を開きかけた言葉とリンクがふとテントの外を振り向いた声がかぶさって、カインは顔をリンクに向けてしまった。ケイナたちが戻って来たらしい。
リアはもう少しカイン・リィという少年と話してみたい気がしていたが諦めた。
どことなく兄に雰囲気が似ているせいかもしれない。切なそうな目の意味を知ってみたかったのだが……。
リンクが外に出たので、カインもそれに続いた。
帰って来た3人の姿はカインの予想を外していた。ケイナはアシュアが背負って来ていたからだ。
セレスがリンクの顔を見て駆け寄ってきた。
「ケイナの耳!」
「分かってる。こっちに運んで」
リンクはケイナを背負っているアシュアを促して別のテントに走っていった。
「耳?」
カインは目を細めた。
「耳がどうしたんだ?」
あとに続こうとするセレスの腕を掴んでカインは言った。その言葉にセレスは困惑したように視線を泳がせた。
「よく…… 分からないけど、自分で切り落としたらしいんだ」
「え……?」
カインは呆然としてセレスを見た。
ケイナは頭に血の滲んだ布を巻いていたから怪我をしたのかとは思っていたけれど、耳を切り落としただなんて……。
「ケイナはまた抑制装置をつけてたんだ。もう、今度は両耳に。威力が『ライン』にいたときとは全然違って、自分で意志表示できないようになってたんだよ。だから口で言う代わりに自分で耳ごと取って、アシュアとリアを助けに行ったみたいなんだ」
セレスの言葉にカインは悲痛な表情を浮かべた。
「大丈夫だよ。リンクはちゃんとケイナの耳をくっつけてくれる」
そういう問題じゃない、と言おうと思ったがやめた。
「ケイナはカインが無事で嬉しそうだったよ」
セレスは言った。
「意識失っちゃったけど、そんなことを言いかけてた。ケイナはずっとカインのことを心配してた。おれ、そのことは一緒にいて感じてたよ」
セレスがさらに口を開きかけたとき、ケイナを運んだアシュアがテントの入り口で声を張り上げた。
「カイン! セレス!」
ふたりは振り向いた。
「ケイナに輸血したいってリンクが言うんだ。出血してるの2度目だし……」
「輸血?」
セレスはびっくりしてアシュアを見た。
「血液型、合うの? おれ、O型だよ」
「さあ……。リンクが今、ケイナの血液型を確かめてる。前に血を取ったときはAB型だったらしいけど」
「AB型って誰があげられるんだっけ?」
「おれに聞くな」
アシュアが顔をしかめた。
「リンクがとにかくそこいらにいる人間適当に呼んで来いって言うから……」
「ケイナはAB型! Rhはプラスだ。間違いないよ。万能受血者だから誰だっていい」
いきなりリンクが顔を出した。そしてカインの顔を見て首を振った。
「あなたは怪我したあとでしょう。血を取るのはやめといたほうがいい。セレスもね」
「じゃ、おれしかないじゃねえか」
アシュアが仏頂面でつぶやいた。
「なんで? おれの血、とっていいよ」
セレスは憤慨したようにリンクを見た。
「きみは体内のウィルスの関係が……」
リンクはそこでふと言葉を切った。
「ウィルス…… 水と木…… 螺旋の相性……」
リンクはつぶやいた。セレスはその顔を凝視した。ケイナが言った言葉だ。水と木。螺旋の相性。
「……どうしてこれに気づかなかったんだろう……」
リンクは目を輝かせた。
「セレス、輸血はいいから血を取らせて。50cc程度でいいから」
セレスは自分の腕を掴むリンクの表情に戸惑いながらうなずいた。彼は何に気づいて喜んでるんだろう。リンクはそんなセレスを無視してアシュアを見上げた。
「きみからとらせてもらうよ。血が有り余ってるでしょう」
「大きなお世話だ」
アシュアは口を尖らせた。
3人がテントに入って行くのを見送って、カインは妙に疎外感を感じた。
いったい何があったんだろう……。自分がいない間にいったい何が。
再びついたケイナの抑制装置。出血したのは2度目? いったい何が……。
ふと背後に気配を感じて振り向くと、物静かな表情の男が立っていた。
見覚えのある顔。そうだ、送ってきたあの女性と同じ顔だ……。
「すみません、出迎えられなくて。トリといいます。ここの長老です」
トリは少し青ざめた顔に笑みを浮かべて言った。
「よろしければ、お話を」
カインはうなずいた。
「すみません…… こんなことになるとは…… たぶん、ぼくが彼らを誘導してしまったんだと思うんです」
カインはトリに勧められた椅子に腰をおろして目を伏せた。
トリはカインを安心させるように笑みを浮かべてみせた。
「きみは…… 何かノマドの印を持っているんだね」
「ノマドの印?」
カインは目を細めた。そしてはっとしてポケットの中の水晶の玉を出した。
「これですか?」
トリは水晶を手に取った。彼が手にした途端、水晶はぼろぼろに砕け散った。それを見てカインは目を丸くした。
「何も感じなかったはずだよ。水晶が必死になって結界を作っていたんだ。だから彼らはあそこからここには近づけなかった。そしてきみも。ぼくは二重に張られたバリヤで何も見えなくなっていた」
「見えなくなったって……」
カインはトリの顔をまじまじと見た。
なんだろう、この感覚。トリと出会ったのが初めてじゃないような気がする。
「ぼくは夢見なんです。予見能力があって。きみも同じような力があるんだね」
トリはカインの前の椅子に腰をおろして答えた。その動作は緩慢で、少し体の調子が悪いような感じだ。若者の顔をしていながら年寄りのように見える。
「でも、ケイナは危険を感じてたんだ。……彼には予見も夢見の能力もないのに」
「あの……」
カインはためらいがちに口を開いた。
「ケイナは…… 今、どういう状態なんですか」
「何かあるたんびに耳を切り落とされたんじゃたまらないからピアスは諦めるか、もっと効果を落したものを気休め程度につけてもらうしかないね……」
答えにならない返事をひとりごとのように返すと、トリはテーブルの上のポットをとりあげた。飲み物が入っているらしい。
カップに注ぐとハーブの甘い香りがテント中に広がった。トリはそれをカインの前に押しやった。
「ケイナの治療計画を入れたディスクを預かっているんです。有効かどうか検証してもらいたい」
カインは押しやられたカップをちらりと見たあと言った。トリはカインに目を向けた。
「……会ったから分かる。きみは、敵じゃない。でも、敵になるかもしれない。……それでもきみの力が必要だと思う……。今までのことを話します」
トリは言った。