ふいに白い光が走ってアシュアとリアは別々に身を伏せた。
「来た……! こっちに気づいたわ!」
 リアはかすれた声でつぶやいた。アシュアが必死になって自分の近くに走りよって来るのを見た。
「間違いない。軍の関係か、カンパニーだ」
 アシュアは周囲に目を配りながら言った。
「どうする?」
 リアは剣を握り直して尋ねた。
「攻撃してきたってことは敵意を持ってるってことだ。やるっきゃねえ」
 アシュアは答えた。
「これまでおれが教えてきたことを忘れるな」
「うん」
 リアはごくりと唾を飲み込んでうなずいた。

 セレスはケイナのあとに続いて走りながら、手に持った剣から脈打つような感覚を覚えていた。
「剣に暴走させるな! 使うのはおまえだからな!」
 ケイナは叫んだ。
 そう、おれだ。 セレスは思った。
 アシュアとリアを助けなきゃ!
 走り抜ける木立の影がまるで速回しの映像のように後ろに飛んで行く。
 おれ、まるで風になったみたい。
 セレスは頭の片隅でそう思った。

 リアは足元に転がった全身真っ黒な服を着た男を見た。
 アシュアはケガをさせることをためらうなと言ったが、リアはとても血を見る気にはなれなかった。
 しかし両刃の剣では柄で殴るか、ほかの方法で相手を気絶させるしかない。
 甘いことを考えていられないことはすぐに分かった。
「いったい、何人いるのよ!」
 リアは荒い息でつぶやいた。
 体力があるうちはいいが、とてもではないがもう相手のことを考える余裕はなくなっていた。
 リアは振り向きざまに剣を振り下ろした。苦痛の声がして腕から血を流して倒れる同じ黒服を来た男を見た。
 頭はヘルメットで覆われているので顔が分からない。いったい何者……?
 次の瞬間、右肩に鋭い痛みを感じて草の上に転がった。
「つう……!」
 思わず当てた左手が血で真っ赤に染まった。撃たれたのだ。
「剣……! あたしの剣……!」
 リアは慌ててあたりを見回し、数メートル先に転がっている自分の剣を見つけた。
 それに近づこうとした瞬間、自分を狙う銃口に気づいて凍りついた。
「アシュア……」
 思わずつぶやいた。
 もう、だめだ……。人数が多すぎる。
 相手がねらいを定める気配を感じてリアは目を閉じた。
 こんなところで死ぬなんて……!
 そう思ったとき、自分の体がふわりと宙に浮いたような気がした。
 そしてどさりと再び地面に落ちた。肩の傷が飛び上がるほど痛んだ。
 彼女は自分を庇うようにして銃を構える見知らぬ者の姿を見た。
「大丈夫か」
 落ち着いた声だった。少し兄の話し方に似ている。
 黒いキャップ式の帽子を目深にかぶっているので顔がよく見えない。
「撃たれたのか」
 そう言って彼が自分のほうに身をかがめた途端、アシュアが雄叫びとともに彼に飛びかかるのを見た。
 男はすんでのところで身をよけたが、アシュアの剣は彼の帽子をかすり飛ばした。
「カイン……!」
 アシュアが仰天したような声をあげた。
「カイン?」
 リアはびっくりして、あんぐりと口を開けたままアシュアが凝視する少年を見た。
 育ちの良さそうな品のいい顔をしている。ケイナとはまたタイプの違う整った顔だ。
 しかし、カインは黒髪ではなかったか……。今、目の前にいる少年は栗色の髪をしていた。
「なんだ…… その恰好…… 全然分からなかった……」
「カンパニーに見つからないようにしようと思った」
 カインは冷静に答えた。
「だけど…… ハメられたよ。ぼくは自分で気づかないうちに彼らを誘導してしまったみたいだ」
「誘導?」
 アシュアは目を細めた。カインが口を開こうとすると、いきなり彼らの背後で声がした。
「しゃべくってる時間なんかねえぞ!」
 全員が硬直した。そこに立っていたのがケイナだったからだ。
「なんで……!」
 リアが呆然としてつぶやいた。
「カイン、銃を持ってるなら、リアをコミュニティに連れていけ!」
 そう叫ぶケイナの背後からセレスが3人を飛び越えて反対側に立っていた男に剣を振り下ろした。
 男はあっという間に地面に転がった。
「あの子……」
 リアはセレスの持っている剣を見てつぶやいた。
「あの子、あの剣を持ってるわ!」
「リア!」
 アシュアは言った。
「カインとコミュニティに戻れ。行けるな」
 リアはうなずいた。それを見たアシュアはカインを振り向いた。
「リアを頼む。道は彼女が教えるから」
「分かった」
 カインは素早くリアを助け起こすと茂みの奥に消えていった。
 アシュアはそれを見送ると再び剣を握り直した。
 セレスとケイナの動きは尋常ではなかった。ふたりともお互いに相手の動きを知らせ合っているように連携して確実に相手を倒していく。
 あっけないほど銃を弾き飛ばしている。
 いつの間にセレスは剣の扱いを覚えたのだろう。相手に致命傷を与えない程度の傷を負わせる術をどこで覚えたというのだろう。
 アシュアはぞっとした。あのふたりは普通じゃない……。もし、これが本当に相手を殺す手段で動いていたとしたら……。こんなに恐ろしい戦士はいない。有無を言わさず瞬時に確実に相手を死に至らしめるだろうからだ。カンパニーの目的はこれじゃないのか……?
 1時間後、3人は静まり返った森の中に立っていた。
 アシュアは肩で息をしていたが、ケイナとセレスは少しも息が乱れていない。
「いったい、何人いたのかな……」
 セレスはつぶやいた。
「ざっと…… 4、50人はいたかもな……」
 アシュアは額を拭って答えた。
「35人だ」
 ケイナは言った。
「銃にカンパニーのIDがついている。私設部隊かなんかだな……」
「ケイナ」
 アシュアはケイナを見た。
「おまえ、耳をどうした」
 ケイナはかすかに笑みを浮かべた。
「動けるのは今だけだよ。ピアスは片方小さいのが残ってんだ。悪いけど、帰りはおれをちゃんと連れ帰ってくれよな」
 アシュアは訳が分からずケイナの顔をまじまじと見つめた。
「それよりも……」
 ケイナは言った。
「みんなも、カインも無事で……」
 彼はそう言うと剣を取り落とし、アシュアの腕の中に倒れた。
 アシュアはケイナの口元にかすかに安堵の笑みが浮んでいるのを見た。