2人で木のテーブルを挟むように座っていた。
 話すといいながら、結局は10分以上こうしている。理樹もずっと黙ったままだ。きっと私が話し出すのを待ってくれてるのだろう。ほんとに優しい人なんだな。

「りっくん……小座内陸斗(おざないりくと)は、私の幼なじみだった。そして、私のせいで死んだ人。」
 私の話はそこから始まった。
 理樹は一瞬ハッとしていたが何も言わず、私の話を聞いていた。


 生まれた時から一緒だった。親同士が仲良かったからだ。
 そして、 誕生日は1日違い。
 でも、生まれた時間はほぼ差がないの。ちょうど12時をまたぐように生まれたんだって。
 親同士も仲良くて、運命みたいだね、きっと2人も仲良くなるってそう話していたらしい。
 実際、私と陸斗はものすごく仲良しでずっと一緒に居て、いつも遊んでいたの。
 この秘密基地も2人で見つけて、それからはここに通いつめた。ありとあらゆるものをここに持ち込んでいつも遊んでいた。  
 ここは2人だけの秘密だったの。親も砂浜に行ってることは知っていても、秘密基地があることはきっと知らなかった。まぁ、バレてたかもしれないけどね。
 状況が変わったのが小学3年生の時だった。陸斗のことを好きっていう子が現れたの。
 陸斗はかっこよかったからさ、元々こういうことはよくあったんだけど、陸斗は告白を断っていた。もちろん今回の子も例外なく……それでも、その子は陸斗のことをずっと付きまとっていて、私を嫌った。それからしばらくして、陸斗はその子と付き合った。告白の時、その子が私とは遊ばないで欲しいって陸斗に言ったらしい。陸斗は私に謝ってきた。
 私は泣いてしまった。
 ショックだった。
 本当は、彼女が出来たこと、喜ばなきゃいけないのに……。
 私は私も知らないうちに陸斗に恋してたみたいだった。いつからかなんてわからない。物心ついたときにはもう好きだった気もするし、最近な気もする。
 でも、今にも泣きそうな顔を陸斗がしていることに気づいた私は、その子じゃなくて私にしてよなんてそんなこと言えるわけがなかった。わかったってそう答えるほかはなかった。
 それから、ほんとに遊ばなくなった。喋ることもなかった。きらきらで、鮮やかだった海や空が、光を失い、雲はほとんどなくて、太陽はあんなにも輝いてるはずなのにその輝きを私は感じれなくなったみたいだ。
 私は、当時は名前も知らない嫉妬という感情を抱き続け、いつのまにか疲れていた。毎日が味気なかった。
 陸斗の誕生日が近づいて来ていた。
 今こんな状況にあるからどうお祝いするのか何日も何日も迷った結果、プレゼントだけは渡すことにした。
 小さなテディベアのストラップに赤い折り紙に手紙を書いてハート型に折ったものを渡した。陸斗が好きって言いたいけど言えない私なりの抵抗って感じだったかな。
 でも陸斗は、ほんとに喜んでくれたの!
 寂しそうに笑う最近の陸斗じゃなくて本能のままに笑う私の知ってる陸斗。
 ただ、ほんとにたまたまその場面を見られてたの。例の女の子。陸斗の彼女だった。
 次の日は私の誕生日。陸斗は私にプレゼントをくれた。シャープペンだった。うさぎの柄の可愛いやつだった。ほんとに嬉しかった。
 その時後ろからその子が出てきて、私に言ったんだ。
 それ、昨日一緒に選びに行った時に私にも買ってくれたんだぁ!おそろいだね!麗々愛ちゃん!ってね、
 この言葉で、さっきまで昂っていた私の心は冷めていた。どうしようもなく苦しくて、私は逃げたんだ。
 学校の放課後だったから、私はランドセルを持って一目散に走り出した。

 砂浜まで止まらなかった。走り続けてようやくたどり着いた。1人になりたかった。
 でもすぐ陸斗がきた。どうやら追いかけて来てくれたようだった。
 でも私は逃げた。さっき抜けたばかりの獣道の方へ引き返した。
 それでも追いついた陸斗にそんなことをする陸斗が嫌いだってそういった。
 陸斗は傷ついた顔をしていた。
 考えれば傷つくのなんて当たり前だった。
 だけど、それ以上話す気はなかったから私は走って獣道を抜けた。
 クラクションの音とりぃちゃんって呼ぶ声が聞こえたの。
 私は後ろにグイっと引っ張られて草むらに突っ込んでいた。
 次の瞬間、私の目に映っていたのは血だらけの陸斗だった。
 私はパニックだった。
 でも陸斗が私を呼ぶから、私は近づいていった。救急車を呼ばなきゃって、医者を呼ばなきゃって走り出そうとした。
 でも陸斗は私を呼び止めた。
 そして、陸斗はこういったんだ。
「りぃちゃん、怪我してない?」
 そういう陸斗が怪我してるんだ。私のことなんかどうでもいいのに、陸斗の周りには血が地面に広がり出していた。
 なんでこんなに優しいんだろう。
 痛いのは、苦しいのは、陸斗なのに……。
 真っ先に出てくるのは私を心配する言葉。
 私はこくこくと頷くだけで精一杯だった。
 目の前が涙で歪んでいて、目の前の陸斗がどんな顔をしていたのかよく分からなかった。
 そして陸斗はこう続けた。
「良かったぁ。あのね、りぃちゃん、ホントの誕生日プレゼントはあれじゃないんだよ。僕がこっそり用意したんだ。ほんとは自分で渡したかった。でも叶わないみたいだ。だから絶対見つけてね。りぃちゃんなら絶対にわかるとこにあるから。最後のお願い。そして約束ね」
 やだ……最後とか言わないで。
「や、やだ……ゃだ」
「りぃちゃん、僕はね、りぃちゃんが1番好きなんだ。彼女にするならりぃちゃんが良かった。ずっと、寂しかった。りぃちゃんと喋りたかった」
 え、なんで、彼女いたのに……。
 でも、
「私、もだよ……寂しかった」
 もっと早く聞きたかった。私だって、ずっとずっと好きだったのに、もっと陸斗と過ごしたかった。大好きだから、愛してるから。
「ごめんね、遅くなって」
 そういう陸斗はさっきよりも苦しそうだった。そうしている間にも血は陸斗からどんどん抜けていっていて、限界が近づいているのだろう。幼い私にもそのくらいわかった。
「遅いよ……遅すぎる。もっと早く知りたかった。嫌だよ。居なくならないで。死なないで。ちゃんと、プレゼント渡してよ!」
 目の前の状況はどうにもならない。
 私も分かってる。
 陸斗も分かってる。
 だからずっと、ごめんねって繰り返してた。
「いや、だ……ゆるさない。生きてくれなきゃ嫌だ。プレゼント渡してよ……りっくんが」
 私は血を流しながら寝転がる陸斗に抱きついた。服が汚れるとかどうでもよかった。少しでも一緒にいたい。そう思っていた。
 どのくらい時間が経っただろうか。
 陸斗の息は最初より随分荒くなって、苦しげだった。トラックの運転手が多分救急車を呼んでくれた。警察にも連絡したんだろう。陸斗や私にも話しかけてた。そんな余裕なくて全部無視したけど。
 きっと残り少ない陸斗との時間は私のもの。
 誰にも邪魔させない。
 でも、その時間は私が思ってたよりも短かった。
「ねぇ、りぃちゃん。これが最後」
「りっくん……」
「りぃちゃんと出会えて、幼なじみで幸せだった。良かったぁ……最後に言えてほんとによかった、ありがとう。大好きだよ。愛してる。約束忘れないでね。幸せになって……」
「りっくん。私も、大好きだよ。愛してる。ほんとにありがとう」
 それを聞いてから、りっくんは動かなくなった。眠るように……死に顔なのに微笑んでるみたいだった。


 それからも色んなことがあって、私はこの町から逃げた。しばらくはショックすぎて何も出来なかった。


「だけどねやっと、色々落ち着いてきて、気持ちの整理もついてきた気がして、約束を果たしに来たの」
 そう言って私は顔を上げた。
 目の前にいたのは、りっくんだった。私の記憶のまんま、時間が止まったみたいな。不思議な光景だった。
「りぃちゃん、久しぶり。わけわかんないよね、ごめんね、僕もよくわからないんだけどね……」
 ごめんね、って死ぬ間際に何度も何度も繰り返してた。あの頃と変わらなかった。トーン、アクセント、全てにおいて刻まれた私の記憶と同じだった。
「りっくんなの……?」
 だからか、すとんとりっくんの言葉が腑に落ちて、信じることができた。
「そうだよ。僕だ」
「りっくんだ……本物だ」
 思わずギューッと抱きしめた。
 ほんとだ。
 生きてる。
 あったかい。
 私は成長してしまったから、感覚は少し違うけど、柔らかい髪や、行き止まりの見えないくらい澄んだ瞳。全部が昔のまんまで変わらなかった。


「ねぇ、りぃちゃん。あの時、色々我慢させててごめんね。実はあの子のこと全然好きじゃなかったんだ。だけど、あの子が私と付き合ってくれなきゃ、りりちゃんになんかするって、僕は言われたんだ」
「え…?」
「だから、ごめんね。言い訳にしか聞こえないかもしれない。でも当時の僕は、その言葉に従うって方法しかりぃちゃんのことを守る方法が思いつかなかったんだ。未熟すぎて、そういう風にしか守れなかった。でも最後、りぃちゃんにホントの気持ちを伝えられて、ほんとは心残りなんていくらでもあったけど、それだけでも良かった。嬉しかった。そしてもう一度ここに来てくれてありがとう。約束、果たしに来てくれたんでしょ?」
「そうだよ。私は今日。約束を果たしに来た」
 うんうん、りっくんはそうニコニコして、私の前に手を差し出した。
 その手に握られてたのはネックレスだ。
「僕も、約束を果たすため、死んでもなおここにいるんだ。りぃちゃん、受け取ってくれる?」
 こんなにも時間が経ってるのに、こんな気持ちになるなんて、答えは決まっている。
「もちろん!」
「あ、しゃがんで後ろ向いてくれる?」
「わかった」
 私は言われた通り、胸元を見ると、私が持っていたものと片割れのネックレス。これがつけれる日をどれだけ楽しみにしていただろう。心待ちにしていただろう。
 私は幸せに満ちていた。
 それからしばらく、りっくんとおしゃべりした。話を聞くと、あの頃の私たちには伝えきれてない出来事や思いが沢山あったことがわかった。ついでに、楽しかった思い出も沢山思い出した。
 気づくと、水平線が赤く染まり始めていた。
 夜明けが近づいていた。もうすぐ、朝日が昇る。
「りぃちゃん、お別れの時間が来たみたい。」
 そういうりっくんは少し透けていた。
 信じられなかった。
 もう一度手に入れたと思った幸せ。
 また手放すことになるなんて……。
「ありがとう! 大好き! ほんとに楽しかった。りぃちゃんはもう大丈夫だよ。これからは胸張って! そして幸せに生きるんだよ」
 でも、りっくんの最後の願い、それを叶えたいと思った。もう泣かない。怖がらない。りっくんはずっとずっと見ててくれる。だから私は、心から笑って生きたい!
「もう大丈夫! ありがとう。私も大好きだよ」
 そう言うと同時にりっくんは消えた。
 ルーキーもいつの間にかいなくなっていた。
 そこに残ってたのは、首にかかったペアのネックレスと手の中の手紙だった。
 手紙を開けると、大好きの文字。
 私は泣いていた。
 だけど、心はかつてないくらいに満ち足りていた。