「こんなカフェに呼び出すの、珍しいね」



私がそう言うと、彼は静かに微笑む。



「そうだな」



彼が何を言いたいのか、私は知っている。彼のまとう空気から伝わる、悲しい匂い。

私は覚悟した。無理やり口角を上げ、目尻を細める。マグカップに添えていた手をゆっくりと膝の上に下ろす。



「……俺たち、別れよう」



ああ。やっぱり。そう言われると思ったよ。

覚悟していたけれど、やっぱり胸が痛くなる。泣き出したくなる感情を必死に抑えることに精一杯で、私は口を開くことすらできなかった。

口角を上げたまま、静かに頷く私。

……分かったよ。あなたがそう言うなら別れよう。

私の頷きを“肯定”と受け取った彼は、席を立ちカフェを出て行く。私はその後姿を見送ることもなく、目の前にある珈琲を見つめた。


テーブルに置かれたままの珈琲。彼は最後まで飲み切ることなく、ここを出て行った。

別れ話をするためにここへ呼び出したなら、カフェ代くらい置いていってくれてもいいじゃんか。呼び出したのはそっちでしょう。

マグカップ以外、なにも置かれていないテーブルが腹立たしい。それに、私を振ったあいつのことが腹立たしい。