「くそっ、くそっ!」

男は自らの操っていた人形と繋がりが切れたことを悟ると逃げ出す準備をする。
苛立ちを隠すことなく必要なものを鞄に詰め込んでいく。
失敗した事を悟ったタイミングで繋がりを強制的に絶ったからすぐにバレることはないだろう。
だが、相手が噂になっているあの祓い屋なら用心に越したことはない。

「くそっ、簡単な依頼だと思っていたのに!」

悪態をつきながら逃げる為の準備を終えて外に出ようとした時。

「はーい、そこまで」
「なっ!?」

外に出たタイミングでニコリと笑顔を浮かべるスーツの男がいた。

「警察です。なんで俺達がここにいるかなんて理由は言わなくても理解できているよなぁ?」
「くそっ」

目の前の警察を名乗る男を潰そうと懐へ手を伸ばした時。

「ギギッ!?」

横から手が伸びてきて、視界がぐるんと回転して地面へ叩きつけられる。

「浅倉!?乱暴すぎるだろ」
「うっせーよ。こっちは寝起きで機嫌が悪いんだ」

頭上から聞こえる二つの声。
一つは目の前にいた警察の男だろう。
だが、もう一人は声からして女のようだ。

「えっと、21時10分かな?怪異を利用した特別犯罪により現行犯逮捕!浅倉、手錠」
「面倒、アンタがやって」
「じゃあ、手柄はもらうでいいかな?」
「そもそも、あのチビの情報だろ、オレはどうでもいい。てか」

ガツンと軍用ブーツが逃げようとした男の前に叩きつけられる。

「こんな雑魚、相手にする気分じゃない」
「はいはい、逃げるなよ」

ガチャンと手錠を取り付けられるとフッと力が抜けていく事に男は気づく。

「これは」
「アンタらのような奴らの為に用意された特別な手錠だ。これで怪しい術は使えないからな?」

暴れようとするも先ほどのダメージで満足に動けない。
男は術を操る術はあっても体術を身に着けてはおらず、一撃で動ける力を奪われていた。

「さ、詳しい話は別の場所で聞かせてもらおうかね」

二人の警察官によって怪異を用いて犯罪をしていた男は逮捕される。
しかし、事件は表立って報道されることはない。
何故なら世間は怪異を認知していない。
怪異は認知されればされるほど、力を増す。
今はその存在が弱まっているが学校の七不思議や都市伝説をはじめとした噂によって猛威を振るっていた怪異も存在していた。
そのため、怪異に関する部署が警察内に存在するが知っている者はほんの一握りしかいない。
怪異を利用して人を手に掛けようとしたその者も決して表に出ることはないだろう。













「連絡がきたな。これで俺達の仕事も終わりだ」

携帯端末を見て伝えてくる新城凍真(しんじょうとうま)からの言葉に僕は安堵の声を漏らす。
僕達がいる場所は都会から離れた所にある廃墟のホテル。
立地も悪く買い取り手もないことから長い間、放置されてきた場所。
調べれば現在の土地の持ち主はわかるだろうけれど、問題はここが若者の心霊スポットとして有名になっていた。
多くのカップルが怖いもの見たさでこの地へ訪れる。
僕達の足元に倒れているこの一組もそういった興味本位で足を踏み入れた、いや、踏み入れてしまった哀れな人達だった。
この地は悪巧みをしている人の実験場にいつからかなっていた。
立ち入れば最後、女性は拉致され、男は呪いの人形によって始末される。

「これで、貸し借りゼロだ。ったく、こんな遠くまでいかせやがって」

無事に生き残ったとしても現地の警察はまともに取り合ってこなかった。
事件としても扱われない案件を偶然にも長谷川さんが聞いて、依頼として僕達のところでやってきた。
長谷川さんは警察で怪異を専門としている部署に所属している。
一応、遠方故に交通費は出してくれたけれど、それ以外は実費だった事から新城はずっと不機嫌だった。
怪異の討伐を新城と僕、人間側の逮捕を長谷川さんが引き受けて、後は実行に移すのみ、というところで心霊スポットへ一組のカップルがやってきてしまう。
怪異に襲われて男の方は命を奪われてしまうという場面に僕達は駆け付けた。
その後、僕と新城の手によって怪異は祓われて、犯人の男を長谷川さん達が逮捕。
これで事件は解決といったところだろう。
新城は携帯端末をポケットにしまうと顔を上げた。

「さて、後はここの始末だな」

そういいながら新城は足元で倒れている人達の頭を蹴る。
怪異を目撃してしまい、二人は恐怖のあまり意識を失ってしまった。
普通の人は怪異を視ることが出来ない。
だが、祓った怪異は人が視ることが出来るように調整されていたらしい。

「ちょっと、人の頭を蹴っちゃダメだよ」
「俺達がこなかったら男は首の骨を折られ、女は国外へ販売、そんな最悪な事態から救ったんだ。そもそも、怖いもの見たさというわけのわからない理由で立ち入り禁止になっている場所へ来るのが悪い」

正論だ。
実際、廃墟は倒壊の危険があることから立ち入り禁止の札やテープが貼られていた。
しかし、怖いもの見たさ、心霊スポットの興味が強すぎる若者の手によってテープは破られている。

「怪異を視たいなんて、理解できないね」
「仕方ないよ。怪異の存在を知っている人なんていないんだから」
「フン」

彼氏の頭を蹴ることを辞めた新城は携帯電話を奪う。
いつか見た黒い機械を携帯電話へ接続する。

「いつも思うんだけど、その機械はなに?」
「怪異のデータを抹消する機械だ。長谷川からうばっ……譲り受けた」
「今、奪ったと聞こえたって、聞いていないし」

彼女さんの方の携帯端末に機械を接続する新城。
唯我独尊というわけじゃないけれど、新城って我が強い時があるんだよなぁ。
機械を懐にしまうと新城は僕を見た。

「そこの二つ、外に運び出すぞ、後は帰りやすい場所へ適当に捨てる」
「わかった」

新城の言葉に異を唱えるつもりはない。
怪異に関する記憶が残っていると変なものを呼び寄せかねない為、携帯電話や術で巻き込まれた人達のデータや記録を消している。
あまりその手の術が得意じゃない新城の手を受けている人達は怪しいけいれんをしているけれど、命が助かったんだからこれくらい我慢してほしいものだ。

「ほら、運ぶぞ」

新城の呼ぶ声に僕は未だに痙攣をしている彼氏の足を掴む。
引きずる際にゴンゴンと頭をぶつけるような音をしているけれど、決して、彼氏が重たいというわけじゃない。
うん、多分、違う