「どれだけ寝てるの。……もう待ちくたびれたんだけど」
降谷くんが昏睡状態に陥ってから二年。
降谷くんと最後に会話した日から二年___。
「みんな打ち上げに行っているみたいだけど……よかったのかしら?」
「はい。……降谷くんだってみんなに会いたいはずだから。せめて私だけでもと思って」
私は、病院の一室にいた。
「ねえ降谷くん。……もうみんな成人しちゃったよ……」
降谷くんのお母さんが病室を出て行ってから、私は背もたれのない丸椅子に座り、降谷くんの手を握った。
あれから無事に手術は成功したものの、降谷くんは昏睡状態に陥った。それからというもの、二年間で目を覚ましてはいない。
「まだやらなきゃいけないこと、たくさんあるんでしょ……?早く教えてよ」
気持ちよさそうに眠る降谷くんを見ていると、今にも飛び起きそうにも思えてくる。
「おはよう!」なんて元気に挨拶しちゃって、それで……「俺寝てた?」なんて言って笑うの。
きっとそう。
でも、そう思って名前を呼び続けたけど、目を覚ましてはくれない。
「もう委員長も卒業したよ。お酒だって飲めるようになった。……もう降谷くんができることなんて無限大なんだから……っ。早く目開けなよ……」
つい最近、髪が伸びたからと眠ったまま散髪された降谷くんのサラサラの髪を撫でる。
「降谷くん」
わかってる。名前を呼んでも起きることなんてないことは承知の上。だけど、どうしても呼んでしまう自分がいる。
___……。
「え……?」
一瞬、降谷くんの口から何かが聞こえた気がした。まるで、何かを呟くような。
それと同時に、手が握り返される感覚。
「降谷くん……?」
もう一度呼びかける。
もしかしたら起きてくれるんじゃないか、もしかしたら、反応してくれるんじゃないか。
もしかしたら……!
「し……お、り……?」
酸素マスクが付けられた彼の唇から、かすかに漏れた。それでもはっきりと聞こえた。私を呼ぶ声。
「降谷くん……っ!聞こえる!?」
思わず立ち上がって、降谷くんの顔を覗き込む。
降谷くんの両目尻から、大きな涙が一粒、頬を伝った。
あの時と同じように、降谷くんの目が私をしっかりと捉える。
「……また、会えたな……」
降谷くんは、何も変わらない、あの笑顔を私に向けた。
***
「俺のやりたいこと……詩織が全部叶えてくれるんだよな?」
「え……うん、そう言ったけど……」
私が叶えられるものじゃないかもよ?……と言うより先に、唇に触れたあたたかいもの。
もう外は暗かった。病室の窓からは、さらに散りばめられる星がちらほらと見える。
降谷くんが目を覚ましてから、医者が来たり、いろんな検査を受けたりと、ドタバタな時間が過ぎて一段落ついた頃だった。
彼は優しく微笑んで、自分の唇と重ね合わせる。
「こんなカッコ悪い姿なんだけどさ。……言わせてよ」
降谷くんは、大きく深呼吸をしたかと思うと、私と目線を合わせた。
そして、あの時となにひとつ変わらない笑顔で。声で。
「詩織のことが好き。俺と、付き合って」
世界が一瞬だけ、淡く光った。
そんな気がした___。
「っ、ばか……!待ちくたびれたの……っ!」
ポロポロと溢れる涙はそのままに、勢いよく降谷くんに抱きつく。
「ははっ、待たせすぎたか」
降谷くんは、優しく私を抱きしめ返すと、短く笑った。
「ずっとずっと……好きだった……っ」
「うん、俺も。……遅くなってごめんな」
夢みたいだ、そう思った。
「今の世界の景色。___今度は詩織が見せてくれるんだろ?」
二年前。初めて見せてもらえたあの景色は、今まで見てきたどんなものより百倍も輝いて見えたから。
今度は、私が君に見せてあげたい。
___この世界を。この景色を。
真っ黒な世界には、いつのまにか純白の花びらが舞い落ちていた___。
『ただ君にもう一度、あの世界を見せて欲しかった』〜Fin〜