オークション会場フロア

椿が離れて行った後、一郎と二郎のインカムが振動した。

七海から報告を受けた一郎は、兵頭雪哉に耳打ちをした。

「どうしますかボス。三郎と六郎の方に人を送りますか?」

一郎はそう言って、兵頭雪哉に尋ねた。

「三郎達なら大丈夫だろう。それよりも三郎達を狙ってるスナイパーを誰が派遣させたのかが気になる。」

「俺達の他にも殺し屋団体が来ているのかもしれませんね。そろそろ騒ぎが起きる頃ですが、どうしますかボス。」

「二郎は騒ぎに紛れて四郎と合流だ。」

「承知しました。」

二郎はそう言って、兵頭雪哉の言葉に返答をした。

ドタドダドタドタ!!!

「会場にお越しの皆様はオークション会場から避難して下さい!!」

フロアに会場の責任者の声が響き渡った。

「どう言う事?」

「何が起きたのか説明をしろ!!こっちはJewelry Pupilが目的なんだぞ!?」

「オークションはどうなるだ!?」

フロアにいる客達が騒ぎ出し、責任者の周りに人の群がりが出来た。

二郎はそのまま人の波に身を任せながらフロア会場を出た。

「貴方の仕業ですか?雪哉さん。」

兵頭雪哉に声を掛けたのは、椿だった。

「さぁな。」

「確かに、Jewelry Pupilを持つアルビノの少女を欲しがる人達は腐る程いますしね。お付きの人が1人いないようですが?」

椿はそう言って、二郎がいた場所に視線を向けた。

「椿には関係ないだろ。」
「はは、伊織も相変わらず僕に冷たいね。君、見た事ないけど新入りさん?」

椿に話し掛けられた一郎は短く「はい。」と答えた。

「新入りが付き添いが出来るのって、滅多にないんだよ?よっぽど雪哉さんに気に入られてるんだね。」

「恐縮です。」

椿の後ろから黒いスーツを着た男数人が歩いて来た。

「椿さん。」

1人の男が椿に何かを耳打ちしていた。

「誰かがここを襲撃しに来たみたいだね。Jewelry Pupiを連れ出す為に。」

「それで?お前はどうするんだ椿。誰よりもJewelry Pupiに執着してるだろ。」

「そうですね…。今日は帰りますよ。いずれ僕の元
に来ますから。」

「へぇ…、大人しく帰る時もあるんだなお前。」

「それじゃあ、失礼しますよ。君もまたね。」

椿はそう言って、一郎の肩をポンッと叩いてからフロアを出て行った。

「椿の奴、大人しく帰って行くとは思いませんでした。ただ、何か企んでる事はあると思いますが。」

「いずれにせよ奴が大人しく帰ったのは好都合だ。さっさとフロアから出るぞ。」

「承知しました。」

「兵頭雪哉!!」

フロアから出ようとする兵頭雪哉達を呼び止めたのは、数十人の男達だった。

「お前等が仕組んだんだろ!?」

「Jewelry Pupiを独り占めする気だろう?!!」

「Jewelry Pupiを貰うのはこっちの組だ!!」

呼び止めて来たのは、兵頭会を妬んでいる下っ端の組の人間だった。

「どうしますかボス。」

「無論、殺せ。伊織、一郎を手伝ってやれ。」

「分かりました。」

岡崎伊織はそう言って、愛銃のコルト・パイソンを構えた。

一郎も同様にデザートイーグル50AEを構えた。



CASE 四郎


カチャッ。

トカレフTT-33の銃口の先には、写真で見た少女が
立っていた。

いや、写真よりも遥かにもっと綺麗だった。

黒いフリルのドレスに、黒いレースのヴェールに包まれた少女はまるで人形のようだった。

真っ白な肌、アパタイトの宝石の瞳。

これは誰が見ても手を止める。

綺麗だ。

少女はそうさせる程の美貌を持っていた。

少女の白い額にトカレフTT-33の銃口が当たった。

「私を殺しに来たんですか?」

甘くて高い声が耳に届いた。

「俺はお前を殺しに来たんじゃない。連れ出す為にここに来たんだ。」

そう言って俺はトカレフTT-33を下ろした。

「私を連れ出す?」

「あぁ。ここに転がってる死体はお前がやったのか。」

「この人達は…、勝手に死んだ。」

「勝手に…って。自殺したって事か?」

「私がお願いしたら死んだよ。」

少女は首を傾げながら言葉を放った。

あり得ない。

少女がお願いしたからって、死ぬなんてあり得ない。

「皆んな、私が死んでってお願いしたら死ぬの。私の瞳を見た人は皆んなそう。」

瞳を見たら…って。

それはJewelry Pupiの力…なのか?

「信じられねぇ…。」

スゥ。

少女の白い手が俺の手を掴んで来た。

ビクッ!!

体が大きく跳ねた。

少女が近付いて来た事に気が付かなかった。

いや、違う。

俺の体が少女に触れられる事を拒否しなかったんだ。

何んだ、この少女は…。

体が何かに縛られたみたいに動かない。

この少女から離れようとしない。

「見たら信じてくれる?」

「は?」

「死ぬのを見たら信じてくれる?」

ドタドダドタドタ!!!

廊下から足音がして来た。

俺はトカレフTT-33を構えようとすると、少女が手をグイッと引いて俺の耳元に顔を近付けて来た。

「っな!?」

「見てて。そして、私から離れないで。」

少女はそう言って、俺の前に出た。

「おいっ!?」

「見つけた!!」

「Jewelry Pupiを持ち出そうとしてるぞ!!」

数人の男達が俺を見て叫んだ。

コイツ等、床に転がってる奴等の仲間か。

闇市場の人間じゃなさそーだな…。

どこかの組みの人間か。

「君、こっちに…。」

1人の男が少女に触れようとした瞬間だった。

「死んで。」

少女のJewelry Pupiと目が合った男は、持っていた
銃を頭に突き付け引き金を引いた。

パァァァァン!!

ブシャッ!!

目の前で信じられない光景が起きた。

「嘘…だろ?」

俺は思わず声が漏れてしまった。

信じられない。

本当に死んだ…?

「うわあぁぁぁあぁあ!?」

「な、何が起きたんだ!?」

「ど、どうなってるんだよ!?じ、自殺したのか!?」

男達も今起きた現状を理解出来ていなかった。

だが、少女はそんな事も気にせず一歩前に出た。

「ひ、ひっ!?」

「く、来るな!!!」

カチャッ。

男が少女に銃口を向けたが、少女はもう一度「死んで。」と囁くと、男達は自ら頭に銃口を突き付け同
時に引き金を引いた。

パァァァァン!!

ブシャッ!!

バタッ。

男達は床に倒れ込んだ。

ドクドクと頭から血を流していて、確認しなくても死んだのだと悟った。

「信じてくれた?」

少女はそう言って俺に近付いて来た。

「俺には言わねーの?」

「え?」

「俺には死んでって言わねーの?」

俺の言葉を聞いた少女はキョトンとしていた。

「何で?」

「何で…って、普通は自分を連れ出そうとする奴を
警戒するだろ。」

「お兄ちゃんからはそんな匂いしないよ。」

「匂い?」

「うん。私を殺そうとは思ってない匂い。」

そう言って少女は俺に抱き着いて来た。

ドクンッ。

心臓がドクンッと跳ねたのが分かった。

何だ…?

この感覚は…。

今まで感じた事のない感覚に戸惑った。

何でこの少女は俺に抱き着いて来るんだ?

どうして、俺を殺そうとしない。

どうして、俺に触れるんだ?

俺はどうして、この少女を拒めない…?

「おーい、四郎?」

扉から顔を覗かせたのは二郎だった。

少女は現れた二郎を睨み付け口を開けようとしたのを、俺は慌て止めた。

「待てって!!」

「ムグッ。」

俺は少女の口を手で軽く押さえた。

「コイツは俺の仲間だ。だから大丈夫だ。」

俺の言葉を聞いた少女はコクンッと頷いたので、口を離した。

「ど、どうなってるんだ?この状況は一体…。」

「ここに転がってる死体は全部、コイツがやった。」

そう言って俺は少女を指差した。

「嘘でしょ?」

「本当、俺がこの目で直接見たんだから。」

「とりあえずまずは、ここから出るよ。一郎と伊織が他の組とやり合ってるから。」

「やっぱりそうか。」

「2人は問題なくボスを連れて出口に向かってるから合流するよ。モモちゃんだよね?僕も四郎とは仲間だから安心してね。」

「四郎…?」

二郎の言葉を聞いた少女モモは俺に視線を向けて来た。

「あぁ。」

「四郎、抱っこ。」 

「は?」

「抱っこして四郎。」

そう言ってモモは両手を広げた。

何なんだよ…。

俺は溜め息を吐いた後、モモを抱き上げお姫様抱っこをした。

「何?モモちゃんに気に入られたの?四郎。」

「知らねーよ。さっさと行くぞ。」

「はーいはい。」

俺達は階段に向かって走り出した。



その頃、三郎と六郎は一仕事終えた状況になっていた。

数十人の死体が地面に転がっていてる。

「はぁ…、疲れた。」

「ハハハハ!!面白かったねー!!」

グッタリしている六郎を他所に三郎は楽しそうに笑っていた。

「何…、笑ってんのよ。スナイパーの攻撃を避けながら殺るのは疲れんのよ…。」

「ま、コイツ等の仲間じゃないみたいだけどねー。」

「は、はぁ?」

「だって、援護するような射撃じゃなかったし。まぁ、どこの誰かは分からないけどね。」

「アンタでも分かんない事があんの。」

「ハハハハ、俺だって把握してない事ぐらいあるし。」

ブブッ。

2人のインカムが振動した。

「こちら四郎。少女を捕獲し出口に向かってる。三郎達も合流出来そうか?」

「はーい、こちら三郎。粗方片付いたから合流出来るよ。今からそっちに向かうね。」

「了解。」

インカムが切れた後、三郎が六郎に視線を送った。

「四郎が女の子を捕獲したって。」

「じゃあ、ここにいる意味はないね。」

「それじゃあ、最後の仕事しますか。」

三郎と六郎は四郎達と合流すべく、会場の中に戻った。



そんな三郎と六郎を、ライフルスコープで見つめている人物がいた。

パステルピンクに染められた髪は肩までの長さで、毛先は外ハネにされてる。

白い肌にグレーの瞳をした女がM16A2のライフルスコープから目を離した。

「あの男、こっちに気付いてた。ここから会場まで距離はあるのに…。まぁ、殺しの仕事じゃないから別に良いんだけど…。」

女はそう呟いた後、スマホを取り出しどこかに電話を掛けた。

「もしもし椿様。ターゲット達が会場に戻って行きましたがどうしますか?」

女の通話相手は椿だった。

三郎と六郎を見張っていた女は椿が送り込んだスナイパーだったのだ。

「今回は良いよ。少し相手の動きを見たかっただけだからね。」

「男の方はこっちの存在に気付いていました。女の方は気付いていなかったようですが…。」

「へぇ、お前が気付かれるなんて珍しいな。その男やるね。もう、戻って良いよ。」

「分かりました。」

通話を切った女はM16A2を持ち上げ、会場の方に視線を向けた。

「椿様が目を光らせているだけはあるわね。アイツ等の存在を兵頭雪哉は隠しているようだし。それは私達も同じだけどね。」

そう言って女は会場に背を向け歩き出した。