1. 殺し屋の仕事


殺す事を躊躇(ちゅうちょ)しなくなったのは、いつからだろうか。

最近はそんな事すら思わなくなった。

「フゥ…。」

男は車の窓を少し開けて、煙草の白い煙を外に出した。

電灯の光に照らされた水色に染められた髪、病弱みたいな白い肌に黒い瞳と沢山のピアスがよく目立つ。

覇気を感じられない黒い瞳は、不気味さを感じさせる。

皮のライダースをカジュアルな服装に合わせているが、右手に彫られた沢山のタトゥーの方が目に入ってしまう。

ブーッ、ブーッ。

男のタブレットに画像付きのメッセージが届いた。

男は慣れた手付きでパスワードを打ち、タブレットを開いた。

タッタッタ…。

メールボックスを開き画像付きのメッセージを開いた。

メッセージを開くと、50代の中年男性の写真と、男性のプロフィール、現在地などが事細かく書かれていた。

[ 名前は田辺裕之(たなべひろゆき)、職業は国会議員。

人身売買のパーティーの常連であり未成年の子供を買い、子供達を自宅とは別の家で住まわせ薬漬けにし、性奴隷のように扱っている。 ]

男はメッセージを読んだ後、吸っていた煙草を灰皿に捨てた。

「気持ち悪りぃ、糞爺(くそじじい)だな。」

男はそう呟いた。

そして、パーキングからドライブに変え車を走らせた。



CASE 四郎

カーナビに入れた目的地周辺に車を止めた。

車から降りた俺はトランクを開けた。

開かれたトランクの中には大きめのアタッシュケースが入ってあった。

いつものように俺はアタッシュケースを開けた。

パカッ。

アタッシュケースを開けると沢山の銃と銃弾、ナイフが何個か入っていた。

俺はアタッシュケースの中から愛銃のトカレフTT-33を取り出し、銃弾を詰めて行く。

カチャッカチャッカチャ。

ジーンズのポケットに何本かナイフを仕込む。

準備が出来た所で俺のスマホが鳴った。

スマホを取り出し着信相手を確認すると、"BOSS"と表示されていた。

通話ボタンを押しスマホを耳に当てた。

「何ですかボス。」

ボスは、俺が所属している殺し屋団体[ Hero Of Justice ](ヒーロオブジャスティス)を指揮している男の事だ。

意味は正義の味方である。

正義の味方って…、俺がしてる事は殺しなんだけど。

「目的地には着いたか四郎(しろう)。」

四郎とは俺の殺し屋Nameだ。

「はい。今、到着しました。」

「子供はいつも通りに回収に向かう。ターゲットは殺せ。」

「了解。」

俺がそう言うと、電話が切れた。

Hero Of Justiceは、如何なる理由で連れて来られた
子供や大人の男女は保護して、ターゲットは殺す。

殺す方法は自分達の好きなやり方でやる。

もし、依頼者がターゲットを捕獲して自分の手で殺したい場合は捕獲だ。

今回の依頼は殺しだったのでターゲットは殺す。

マップをスマホの方に移し替え、俺は目的地に向かった。

目的地は歌舞伎町にあるクラブ。

そのクラブの地下に子供達を飼っているらしい。

クラブの入り口には黒人のガードマンが2人立っていた。

俺はポケットから偽装のクラブの会員カードを取り出し、クラブの入り口に立った。

黒人のガードマンが「STOP!!」と言うので、偽装したクラブの会員カードを見せた。

コイツ等はただ、立っているだけでカードの事なんか詳しく見ていない。

黒人のガードマンはカードを適当に見て、扉を開けた。

扉を潜ると、爆音の音楽が流れ込んで来た。

露出度の高い服を着ている女共と、女目当て来てい
る派手な格好をした男共が行き交っていた。

色々な種類の香水が混じった空気が吐き気を誘う。
嫌な空気だな…。

さっさと仕事を終わらせてここを出たい。

フロアに出てターゲットを探す事にした。

奴はVIPルームに向かう為にこのフロアを通らなければならない。

だから必ず奴はこのフロアに現れる。

ターゲットが現れたら後をつける。

それまではこのフロアで待機しなければならない。

俺はフロアの隅の壁に体をもたれさせた。

男と女が踊りながら体を寄せ合わせ、楽しそうにしている。

男は女を求め、女は男を求める。

それは人間の本能だと言うが、俺的には相手に依存しているだけだと思う。

俺は他人と肌を重ね合わそうとか、側にいて欲しいと言う感情がないらしい。

仕事の為に女を抱いた事があるが、性欲剤を飲まなければ女を抱けない。

仕事だから女を抱く。

その程度にしか女を抱く事に意欲が湧かないのだ。

「欲望の塊だなここは。」

俺はそう呟いて、暗いフロアを見渡した。

カツカツカツ。

「ねぇ、そこのお兄さん。」

ヒールの音と共に女の猫撫で声が聞こえてきた。

声のした方に視線を向けると、金髪の髪をグリグリに巻いた露出度の高い服を着た女が酒の入ったグラスを持って立っていた。

「すっごぉくイケメンだね。あたしの好みなんだよねぇ。」

何だこの女。

「どっか行け。」

「あー!!冷たいなぁー。もっと構ってくれても良くない?あたし、けっこー可愛い方だと思うんだけど。」

そう言われて俺は女の顔を見た。

確かに、このクラブにいる女の中では可愛い方だ思う。

「そんな嫌そうな顔しないでよね。今さ、待ち合わせしてる人を待ってる訳よ。お兄さんにはお話相手をして欲しいの。」

女はそう言って、俺の横に立って壁にもたれかかった。

ブブッ。

片方の耳に嵌めていたインカムの音が鳴った。

「四郎、聞こえる?」

少し幼い男の声が耳に届いた

「何だ七海(ななみ)。」

七海とは、俺と同じHero Of Justice のメンバーである。

七海の仕事は情報収集と俺達の仕事をインカムを通してサポートするのが仕事だ。

「今、四郎の隣にいる女。田辺裕之の新しいターゲットだよ。」

この女の待ち合わせ相手は田辺裕之だったのか。

「アプリで知り合ったその女を地下室で買う気だよ。四郎、女の確保も追加で頼むね。」

「了解。」

俺がそう言うと、インカムが切れた。

「何か喋ってた?今。」

「いや、何も喋ってねーよ。それより、お前の待ち合わせしてる奴ってどんな奴なの。」

「え、何?あたしに興味を持ち始めたの?」

「別に。」

「アハハハ!!面白いねお兄さん。良いよ話しても。待ち合わせ相手って言うのは、おじさんだよ。」

「おじさん?」

「そう。あたしってこんなんだから親から毛嫌いされてんの。家で居場所がないからこうやってクラブに来て男漁りしてるの。で、たまたま出会い系アプリをやったら良いおじさんと出会ったの。」

女はそう言って酒を口の中に流し込んだ。

「あたしが必要なんだってさ。そんな事、言われた事なかったから凄く嬉しかったんだ。なんか日本の未来に役立つ事?みたいな?こんなあたしでも誰かの役に立てるんだって思ってさ。」

田辺裕之がこの女に言った事は全部が嘘だ。

田辺裕之はこうやって、親から見放された子供や未成年の男女を誘い出していたのか。

この女も未成年だろう。

女の前に黒人のガードマンが立ち、女の耳元で何か話した。

女は俺の方を向き手を振り黒人のガードマンと一緒に歩き出した。

田辺裕之が来たんだな。

暗いフロアの中に5人のガードマンを引き連れている田辺裕之の姿を発見した。

一応、ガードは固めてる訳か。

銃にサイレンサーを着けといて正解だったな。
さて、まずは後ろを歩いてる奴からだ。

騒がしいフロアから抜け、赤い壁が広がる廊下に出た。

真ん中にいる田辺裕之と女を囲むようにガードマンが歩いている。

田辺裕之と女がVIPルームに入った瞬間に、ガードマンを殺(や)る。

田辺裕之と女とガードマン2人がVIPルームに入って行った。

残された3人のガードマンが後ろを向いた瞬間、扉から離れているガードマンの首筋を鋭いナイフで切った。

ブジャァァァァ!!

噴き出した血を見た2人のガードマンが、インカムを使おうと耳に手を当てようとした瞬間に、俺は2
本ナイフを取り出し2人の頭に投げた。

ビュンッ!!

グサッ!!

投げたナイフが綺麗に2人の頭に刺さった。

俺は愛銃のトカレフTT-33を取り出し、ガードマンの3人の心臓を撃った。

そのままVIPルームの扉を開けると、扉のすぐ側にいた2人のガードの頭を撃ち抜いた。

バタッ、バタッ。

床に倒れたガードマンの頭からどくどくと血が流れていた。

俺はそのまま、誰もいないVIPルームの中に入った。

ブブッ。

VIPルームに入ると再びインカムが鳴った。

「四郎。地下室への扉は右の壁際にある絵の裏にボタンがあるよ。」

「了解。」

「30分後に監視カメラが動き出すから宜しく。」

ブチッ。

七海の指示通りに右の壁際に寄り、飾られている花瓶の絵をずらして見ると赤いボタンが現れた。

これか…。

ポチッ。

ウィーン…。

ボタンを押した瞬間、壁が動き出した。

ガチャンッ。

壁が引きドアのような仕組みに変わり、壁を引いて見ると地下に繋がる階段が現れた。

「へぇ、ちゃんと小細工はしてんだな田辺裕之。」

トカレフTT-33を構え直した俺は階段を降りた。

タンタンタンタンッ…。

階段を降りていると、女の悲鳴声が聞こえて来た。

地下室の扉を開けると嫌な匂いが鼻に届いた。

部屋の中には白い煙が充満していて、小学生くらいの男女が床に寝ていた。

子供達の体はかなり痩せ細っていていた。

「誰だ!!」

黒人のガードマンの2人が銃を構えながら俺の方に
近寄って来た。

「おい!!誰が人を入れて良いって言ったんだ!!さっさと殺せ!!」

「っ!?さっきの…、お兄さんっ。」

田辺裕之は女を後ろから抱き、女の首筋にナイフを当てた。

女は涙を溜めた目で俺を見つめて来た。

薬は打たれていないみたいだな。

「「はっ!!」」

黒人のガードマン2人は返事をした後に、俺の方に向かって銃弾を放って来た。

パンパンパンッ!!!

「あ、危ない!!」

女は俺の方を見て叫んだ。

俺は隠し持ってナイフを4本取り出し、ガードマン2人の銃を持っている方の手に向かって2本ずつ投げ飛ばした。

グチュッ!!

投げ飛ばしたナイフが見事に刺さり、ガードマン2人が怯んだ瞬間にトカレフTT-33を素早く構え、ガードマン2人の頭に銃弾を放った。

バンバンバンッ!!

グチュッ、グチュッ!!

ブシャッ、ブシャッ!!

放たれた銃弾は見事に当たり、倒れたガードマン2人の頭から大量の血が流れ出した。

田辺裕之は足をガタガタと振るわせながら後ろに下がり出した。

「く、来るな!!な、何なんだよお前は!!」

俺は何も言わずにトカレフTT-33を構えながら田辺裕之との距離を詰める。

「来るなァァァァ!!」

田辺裕之はナイフを振り回しながら叫んだ。

俺は田辺裕之の右足の太ももに向かって銃弾を放った。

バンッ!!

「ギャァァァァァァァ!!」

田辺裕之は打たれた太ももを抑えながら床に倒れ込んだ。

「お、俺を誰だと思ってるんだクソガキ!!俺は、俺はなぁぁああ!?」

醜く歪ませた顔で俺を見上げて来た。

この仕事で1番見る表情だ。

大体の金持ちの大人はこの台詞を言うし、顔を歪ませる。

「お前の事なんて知らないし興味もねーよ。ただ、分かってるのは女子供の前でしか威張れない男って事は分かった。」

俺はそう言って田辺裕之の左肩に銃弾を放った。

「あ、あが、あがぁぁぁぁぁあぁあ!!」

左肩を抑えてバタバタと床を転がった。

女は田辺裕之と俺を交互に見ていた。

俺は女の腕を引き、自分の後ろに回した。

「えっ、え?貴方は一体…、何者なの?」

「確認するけど、打たれたり飲まされたりしてねーよな。」

「え?」

「さっさと答えろ。」

「う、打たれてない!!飲まされてもない!!」
女の反応を見て打たれていない事が分かった。
「俺は、俺は何も悪い事はしてないだろぉ!?俺は、俺は役に立たない子供や女に役目を与えていただけだろ!?」

田辺裕之の言葉を聞いた女はかなり引いていた。

「金を払って子供や女を買ったんだから良いだろ!?金を使ってやったんだ。感謝されなきゃ、おかしいだろ!?」

「な、何を言ってんの…?あたしを玩具にしようとして呼び出したわけ…?」

女は涙を流しながら田辺裕之に問い掛けた。

「ハッ、本気にしてたのか?やっぱり女は馬鹿な生き物だな。俺が本当にお前を必要としてと思ってん
のか?笑わせんなよ。」

田辺裕之は笑いながら女を見つめた。

本当によく喋るなー、このオッサン。


「最後の言葉はそれで良いんだな。」

「え?」

バンッ!!

俺の言葉を聞いた田辺裕之は間抜けな顔をしたまま、銃弾を撃たれた。

田辺裕之は頭を撃たれた瞬間、勢い良く床に倒れ込んだ。

「じゃあ、あたしは騙されてたの…?」

女はそう言って、床に座り込んだ。

俺は煙草を咥え火を付けた。

カチッ…。

「そうなるな。」

「あたしって、やっぱり必要とされてなかったのね…。」

「何、このオッサンに飼われたかったの?」

俺がそう言うと、地下室の扉が開かれた。

ゾロゾロと現れたのはガラの悪いチンピラ達が入って来た。

チンピラ達は丁寧に子供達を抱き上げ地下室を出て行った。

このチンピラ達は子供達や女を回収する係で、俺達
の仕事の後始末係でもある。

「飼われたい訳ないじゃん!!」

1人のチンピラが俺と女に近寄り、目で合図して来た。

俺は女に背を向け歩き出そうとした瞬間。

ガシッ!!

女が後ろから抱き着いて来た。

なんとなく女がして来そうな行動は分かっていた。

「助けてくれて、ありがとう。また、会える?」

俺は女の手を振り解き歩き出した。

地下室を出る前に女の方を振り返り口を開けた。

「俺とお前は二度と会う事はねーよ。」

そう言って俺は地下室を後にした。

殺し屋と依頼者は二度と会う事はない。

それは殺し屋に助けられた者の定めであり、殺し屋としての暗黙のルールでもある。

俺の仕事は依頼を受け、ターゲットを殺す。

それが俺の仕事であり日常でもあった。

クラブから出ると、ポケットの中にあるスマホが鳴った。

スマホを取り出すと、ボスからメッセージが届いていた。

「新しい仕事を依頼する。ただし、この依頼はメンバー全員で行う。任務が終わり次第、戻るように。」

メッセージの内容に俺は眉間にシワが寄った。

「メンバー全員…だと?今までこんな事はなかったぞ。」

ボスからの任務はいつも単体行動のものばかりだった。

今回の任務はかなりデカイ任務なのだと悟った。

まさか、この任務が感情を捨てた俺がある出会いによって、変わるとは思ってもいなかった。