俺は急いで山を降りながら口笛を吹いた。

「ピュー!!」

ボボボボッ!!!

煙を焚きながら雲が現れたので、俺は雲に飛び乗った。

「び、美猿王!?なんですかその術は?!」

「さっさと乗れ!!」

「は、はい!!」

丁が雲に乗った事を確認し、雲を上空させた。

筋斗雲を使いこなせるようになってから召喚した雲を自由自在に操れるようになった。

俺は最大限の速さで花果山の方向に向かった。

「す、すごいです!空を飛んでます!!」

「振り落とされねーようにしとけよ。」

「はい!!それに美猿王の雰囲気が変わったような気がするのですが…。」

「俺の名前は…美猿王じゃなくなったんだよ。」

俺がそう言うと丁は目を丸くした。

「どう言う事…ですか?」

「混世を片付けてから話す。速度上げるぞ!!」

「え、わ、あ、はい!!」

俺は再び速度を上げ急いで向かった。



一方その頃、須菩提祖師達は

孫悟空となった美猿王を見送った須菩提祖師は違和感を察知していた。

「須菩提祖師殿。どうかしましたか?」

才が心配そうな顔をして須菩提祖師に近付いた。

「才、建水、楚平、寺周辺に結界札を貼りなさい。」

「え!?」

「な、何かあったんですか?」

建水と楚平が慌てた声を出して須菩提祖師に尋ねた。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。

恐ろしい音を鳴らしながら白色の雲が灰色のに染まり、肌寒い風が吹いた。

空気が一瞬で冷たくなり大粒の雨が降り出した。

「寺にいる者達と協力し結界札を貼りなさい!!それと術を支える様に準備を!!」

須菩提祖師が大きな声で指示をすると、才達は走って結界札を貼りに行った。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

雷の落ちる音が空に響いた。

「嫌な天気じゃ…。それに妖の気配がする。」

須菩提祖師には弟子達を守る義務があった。

ここにいる者達だけで対処出来るかどうかを考えていた。

「悟空の方は無事か…。」

雨の降る空を見上げながら須菩提祖師は呟いた。



火山島 花果山にてー

孫悟空 十八歳

空から状況を見ようとしたが、雨が降っているせいでまったく見えなかった。

降りてみないと、混世が引き連れて来た仲間の数も分からない。

「降りるぞ丁。」

「はい。」

雲に乗ったまま俺達は花果山に降りた。

沢山の猿達の死体が転がっていた。

「ゔっ。」

丁が口を押さえながら木の影に隠れた。

普通の猿じゃ妖を相手に勝てないだろうな。

「おい!!こっちに誰かいるぞ!」

俺達を見つけた妖がこっちに向かって来た。

「丁。動けるか。」

「は、はい…。なんとか。」

「敵が来るぞ。」

俺は短くなった如意棒を長くし、いつでも戦えるように体勢を整えた。

丁も腰に下げていた短剣を構えた。

ダダダダダダダッ!!

足音からして15人ぐらい…か?

木の影から現れたのはやはり、混世の手下である妖達だった。

「おい!美猿王がいたぞ!!」

「奴の首を狙え!!」

混世が率いている妖達はどうやら俺の首を狙っているようだった。

妖達が俺と丁に向かって一斉に飛びかかって来た。

俺は素早く指を動かし「分身術!!」と大きな声で叫んだ。

ポポポポポッ!!

煙を焚きながら50人程の数を出した。

「な、!?」

「美猿王が沢山いるぞ!?」

「どれが本物なのか分からないぞ?!!」

妖達は困惑していた。

分身術は俺の動きをそのまま真似出来て、戦闘力も
同じだ。

つまり、俺自身が50人いると言う事だ。

俺が動き出すと分身術で出した50人の俺も動き出した。

俺は素早く15人の妖を倒した。

「大した事ねぇな。丁、ちゃんと猿達を教育しろよ。」

「いやいや!美猿王がさらに強くなったんですよ!!」

「そうか?まぁ爺さんに色々教わってるからな。それのおかげかもしんねぇな。それより、混世はどこにいんだ。」

「水簾洞に向かって行きました…。」

水簾洞に?

俺の住処を狙う理由が分からない。

そもそも、俺の事を嫌うだけで花果山を襲う者なのか?

何かがおかしい。

「長老達も水簾洞にいるんです!!」

丁が俺の服の袖を掴んで大きな声を出した。

黎明の連中が戦力にならない爺さんや猿達を水簾洞に匿ったのだろう。

「つまり、爺さん達を人質に取ったって事か。」

「は、はい。私だけは混世大魔王に見つからずに花
果山を出て来れました…。だけど、私以外の黎明の仲間はもう…。」

丁の反応を見てすぐに察知が出来た。

"死んだ"と言う事だろう。

確かに、この花果山の中で混世達とまともにやり合
える奴はいない。

「つまり、戦力になるのは俺と丁だけって事か。」

「は、はい…。」

「さっさと片付けるぞ。俺が来た事は相手も分かってる筈だ。」

「だけど、どうして混世大魔王は花果山を攻めて来たのかわからないんですよね。」

「アイツ本人に聞いてみねーと分かんない話だ。急ぐぞ。」

「はい!!」

俺達は急いで水簾洞に向かった。


水簾洞ー

水簾洞には長老を含め数十匹の猿達が混世大魔王に捕まっていた。

混世大魔王は美猿王の寝床に堂々と座っていた。

「混世様。奴が花果山に到着したようです。」

手下の妖が混世大魔王の耳元で囁くと、混世大魔王は立ち上がった。

「奴を殺せば…、俺は、俺は…。牛魔王に認められる!!」

混世大魔王は大声で叫んだ。

長老は混世大魔王の言葉を聞いて驚いた。

混世大魔王が花果山を攻めて来たのは牛魔王に認められる為と言う事を。

混世大魔王は牛魔王の意のままに動かされていると。

「美猿王よ…。来てはなりませぬ。」

長老は誰にも聞こえない声で呟いた。


孫悟空 十八歳

水簾洞の入り口に着くと、見張り役であろう妖が何人かいた。

「やはり、混世大魔王は水簾洞を拠点にしたようですね。」

俺は素早く指を動かした。

見張り役の妖の人数に合わせて自分の分身を出した。

俺が手を軽く振り下ろすと、俺の分身達が素早く妖
達の背後を取り首を絞めた。

「ゔっ。」

「グハッ!!」

分身術は便利なモノで本人が出て行かなくても自分の分身達が動いてくれる。

意識がない妖達を木の影や茂みに隠した。

ボボボボボッ!!

煙を焚きながら分身が消えた。

コソコソしてもしょうがないので、俺達は水簾洞の中に入った。

「ギャアアアアア!!」

「や、やめて!!」

水簾洞の中が悲鳴や奇声が響き渡った。

声だけで良くない事が起きているのが分かる。

「美猿王!!急ぎましょう!!」

「おい!!勝手に動くな!!!」

俺の言葉を聞かずに丁は走り出した。

「はぁぁ…。これだから誰かと行動すんのは苦手なんだよ。」

俺は頭を掻きながら奥に進んだ。

奥に進むと、俺が住処にしていた場所に堂々と混世が座っていた。

「やっと来たか美猿王。」

混世の周りには殴り殺された猿達の死体があった。

「長老様!!」

長老を見つけた丁が長老の所に駆け寄った。

「丁!!美猿王を連れて来てしまったのか?!」

爺さんは丁を怒鳴り付けた。

俺もまさか長老が丁を怒鳴り付けるとは思わなかった。

「え、え?」

「お前は何をしてるんだ!!」

「え、ちょ、長老様?何を言っているのですか?どうして美猿王を連れて来ては駄目だったのですか!?」

長老と丁が口論になっている中、俺と混世の間には冷たい空気が流れていた。

「お前…。雰囲気が変わったな。」

「それは良い意味で受け取っていいんだよな。」

「弱くなったって意味だ!!」

混世はそう言って拳を振り上げた。

ドゴォォォーンッ!!

混世の拳が地面に当たり物凄い勢いで割れた。

割れた衝撃で暴風が吹き、長老や丁達を吹き飛ばした。

俺と混世だけが水簾洞に残された状態になった。

「これで誰にも邪魔をされずに済むな美猿王よ。」

「お前じゃ俺に勝てねーよ混世。」

そう言って俺は如意棒を構えた。

「ハッ!!そんな棒で俺様に勝てっ。」

ゴキッ!!

俺のこっそり作っておいた分身が混世の頬に回し蹴りを入れた。

混世の大きな体が揺れ、吹き飛ばされていた。

ドゴォォォーン!!

「ペラペラ喋る奴は弱い奴のする事だぜ?混世。」

「美猿王が2人!?ど、どう言う事だ!!」

混世は状況が掴めていない様子だった。

きっと混世は術を使える者と会った事がないのだろう。

「ッフ。2人だけじゃねーぞ。」

俺がそう言うと物陰に隠れていた分身達が現れた。

「さ、お前の目的を聞こうか。」

「う、うるせぇー!!俺様はお前より強いんだ!!」

混世はそう言って拳を振り上げた。

だが、混世の動きは遅く俺の分身達の方が速かった。

分身達は混世の攻撃を避け、殴って蹴るの繰り返し。
混世は弱い。

体だけが一丁前に大きいだけだった。

俺は如意棒を長くに混世の頭上まで高く飛んだ。

「お前じゃ俺に勝てねーよ。」

そう言って力強く如意棒を混世の頭に振り落とした。

「グハッ!!」

ビチャアッ。

混世の口から大量の血が吐き出された。

ドゴォォォーン!!

混世は顔から地面に倒れ込んだ。

「ゔっゔ…。」

混世はもう声を出すのがやっとの状態だった。

「言え混世。何で花果山を襲った。俺が気に入らねーからか。」

「お、俺…さまは牛魔王にめ、命令されたから…。」

「は?」

牛魔王に命令された?

「牛魔王は…、花果山を襲えば美猿王が須菩提祖師から離れざるおえなくな…ゴホッ!!」

牛魔王の目的は花果山を落とす事じゃなく、須菩提祖師が狙いだったのか!!?

じゃあ…、爺さんが持っている不老不死の巻き物を奪う事が狙いか!!

俺はまんまと牛魔王の作戦に乗っかってた事か!!

「爺さん達があぶねー!!!」

俺は急いで水簾洞を出ようとした。

ガシッ!!

混世が俺の足を掴んだ。

「邪魔すんな!!!」

俺は混世の顔を殴り付けた。

「グハッ!!」

混世の息の根を止めない限り爺さんの所に行けな
い。

俺は怒りに身を任せ混世を殴り続けた。

分身達も混世の体や顔をひたすら殴り付けた。

「はぁ…、はぁ…。」

拳にベットリと混世の血が付いた。

もう混世が起き上がって来る事はないだろう。

顔の原型がなくなっていた。

俺は急いで水簾洞を出た。

「美猿王!!」

爺さんと丁達が水簾洞の入り口に集まっていた。

「ご無事ですか!?」

「混世大魔王は!?」

長老と丁が俺に近寄って来た。

「殺した。もう大丈夫だ。」

そう言うと丁達は声を上げて喜んだ。

「俺はもう行く。」

「え、どこに行くのですか美猿王。」

「寺に戻るんだよ丁。」

「花果山に残って下さい美猿王!!私達、美猿王がいないと駄目です…。」

丁が頭を下げながら俺に縋り付いて来た。

「丁。やめなさい。」

止めたのは長老だった。

「長老様!!ですが、美猿王がいないと…。」

「美猿王。」

長老は俺の顔をジッと見つめてきた。

「もう美猿王ではないんですね?」

「あぁ…、俺の名前は孫悟空。名前を貰ったんだ…、あの人から。」

「須菩提祖師殿が美猿王…いや、悟空の名付け親なのですね。」

「その人が危ないんだ。俺は助けに行きたい。もうこの花果山に戻って来る事はない。」

俺がそう言うと長老は抱拳礼(ボウチェンリィ)をした。

「今まで花果山を守ってくださりありがとうございました。孫悟空殿、御武運を。」

長老がそう言うと丁も何かを悟ったらしく、猿達も抱拳礼をした。

「ありがとうな、長老。」

俺はそう言って口笛を吹いた。

現れた雲に飛び乗り、急いで爺さんの元に向かった。