お母さんと和解した次の日。
わたしは、しばらく学校を休みたいと話した。
お母さんは、何も言わずに、許してくれた。
今からでいい。ゆっくりでいい。
このこじれた関係性を、戻せたらいいと思う。
ただ、わたしは新たな悩みに直面していた。
ーーわたしは、空っぽなのだ。
今までは全て、お母さんに従って生きてきた。でもいざそれがなくなった瞬間、何をすればいいのか分からくなってしまった。
ぼーっとしている。気がついたら、また手にカッターを握りしめていた。
「……はぁ」
ため息をつく。何度目だろう。
窓の外には、青い空が広がっていた。
ーー迅さんに会いたい。
不思議と、そう感じた。

家を出た。
自転車に乗って駅を目指しながら、あの黄色いビートルを探す。
もしかしたら会えないかもしれない。もう、わたしのことを嫌いになってしまったのかもしれない。
だけれども、会いたい。
お礼を言いたい。ありがとうって。救われたことを、お母さんと和解できたことを、伝えたい。
そしてまた絵を描いて欲しい。わたしをモデルにした、あの卒業制作の続きを。
迅さんーー。
「よっ、依茉」
首が痛くなるほどのスピードで振り返る。
そこには、迅さんと、あの黄色いビートルが。
「……迅さん!」
わたしは思わず駆け寄る。
迅さんは、そんなわたしの頭をまた撫でた。
「迅さん、ありがとう」
「お母さんと和解できた?」
「うん!」
へへっ、と照れ隠しのように笑うと、迅さんも笑ってくれた。そして。
「乗ってく?」
「はい……!」
ビートルに乗り込む。
車の中は、まだ、絵の具の匂いがした。

「冴えない顔してるね」
迅さんは言った。
あの花畑の公園で、卒業制作の続きをしているときだった。
「……そうですか?」
どうして、迅さんは細かなわたしの変化に気づいてしまうのだろう。
ーーわたし自身、まだ悩みが何なのか、明確に分かっていないのに。
「昔の俺のおんなじ顔してる」
「……昔の?」
「あぁ。いろいろあった時期の」
それってどんな顔なんですか?“昔”って、迅さんに何があったんですか?
聞きたいことは山ほどあるけれど、聞けない。
これ以上の関係になることが、怖い。
「迅さんも、悩むんですね」
わたしは、核心から離れたことを言った。
踏み込んでほんでほしくない気持ちと、いっそ全部曝け出したい気持ちが、心の中で喧嘩している。
「悩まないと人じゃねぇだろ」
自信たっぷりにそう言う迅さんの瞳は、真剣で、何の翳りもなく、ただ、綺麗だと思った。
世間一般ではそれを、“見惚れる”と言うのかもしれない。
ひとつ言えることは、わたしは、迅さんに強く、惹かれていた。
「依茉は偉いよ、これまで耐えてきたんだから」
傲慢かもしれないけれど、常に笑顔を浮かべるあなたの奥底にある寂しさを、取り除きたいの。
「あの……」
踏み出そう。迅さんのことを知りたいから。
「教えて、くれませんか?迅さんの、過去のお話を」