「はーぁっ」
わたしは大きくため息をついた。
お母さんと大喧嘩してしまい、しばらく部屋にこもっておけと言われたのだ。
わたし自身、言いたかったことを初めて言葉にできたから良かったのだが、流石に閉じ込められるのは納得いかない。
そう思いながら、わたしはふと、お父さんのことを思い出した。
わたしのお父さんは、わたしが小学三年生の時に、病気で亡くなってしまった。
お父さんはいつも笑っているような人で、常に家族のことを考えていた。「家族のためにお金を使いたいから」と自分の健康診断を怠り、そのせいで、病気が発覚したときにはもう手遅れと言われた。
お父さんとお母さんは絵に描いたようなおしどり夫婦で、わたしの家は常に笑い声で溢れていて、とにかく幸せだった。
でも、お父さんが亡くなったあと、お母さんは人が変わったように笑わなくなってしまった。
それからだ。何があったのかは分からないけれど、お母さんがわたしに厳しく当たるようになったのは。
『何やってるの⁈勉強しなさい!』
四六時中、勉強。勉強。勉強。
友達と遊ぶことも許されず、ただ机に向かって鉛筆を走らせる毎日。
今まで抵抗してこなかった。抵抗しようと思わなかった。当たり前だと諦めていたから。
でもそれは違うと、迅さんと過ごしているうちに、分かった。
「お父さん……」
わたしは呟きながら机の引き出しを開ける。
その中には、家族写真と、カッターが。
わたしはカーディガンを捲り上げ、傷だらけの腕をじっと見つめた。
自分に嘘をつくように。何かから逃げるように。必死につけてきた傷跡たち。
わたしは跡が消えたところを探して、また、カッターの刃を腕に押し当てた。
部屋にこもるようになってから何日が経ったのだろうか。
わたしが部屋から出ることもなく、お母さんと顔を合わせることもなく、ただ時間が過ぎるのを待つ日々を過ごしていた。
ーー迅さんに、会いたい。
そう思いながら、わたしは窓の外を見る。もちろん迅さんはいない。
「はぁーっ」
またため息をつきながら、わたしは当たり前のようにカッターを取り出し、腕に押し当てる。と、その時。
コンコン、と音がした。
窓の方を見ると、切なく苦い顔をした迅さんの姿が。
「迅、さん……!」
迅さんは鍵の方を指差し、「開けて」と口を動かしている。
わたしは指示の通り窓を開ける。
その瞬間、ふわりと、迅さんに抱きしめられた。
「辛かったよな、一人で溜め込んで。今までよく頑張ったな」
迅さんの大きな手が、わたしの頭を優しく撫でる。
「話してみな、お母さんと。家族なんだから、生きてるうちは、大切にしなきゃ」
ーー生きてるうちは。
その言葉が、わたしの心に響いた。
「でも……」
「依茉なら、できる。真剣な思いが通じないことは、ないから」
そう言いながらわたしの頭を撫でる迅さん。
頭を撫でるのは、お父さんのくせだったな、なんて思い出して、また泣けた。
「お母さん」
その日。わたしは部屋を出て、リビングで掃除をしていたお母さんに話しかけた。
「部屋に入っててって言ったでしょう⁈」
怖い。また、痛い思いをしないといけないのかな。
でも、お母さんとわたしは、家族だから。
それに、わたしは変わりたいからーー。
「もう、やめよう。こんなこと」
言った。
掃除機を動かしていたお母さんの手が、止まる。
「辛いよ。わたしも、お母さんも。家族なんだから、幸せで、笑顔でいようよ」
きっと、お母さんはわたし以上に苦しんでいるんだと思う。
周りの視線に。自分の気持ちに。
それに気付けたのは、さっき、迅さんの、あの表情を見たときだった。
「戻ろう。普通の家族に」
その瞬間、お母さんが崩れ落ちた。
「ごめんね……お母さん、ダメだったね……ほんと、ごめんね…………」
その後お母さんが話した後悔や、苦悩は決して許されるものではないと思う。けれど。
「偉かったね、ごめんね、依茉」
その一言で、わたしは苦しさから解放された。
全て、迅さんのおかげだと思った。
でも、解放されたその瞬間。
わたしの中には何もないのだと気づき、ただ、虚しくなった。
わたしは大きくため息をついた。
お母さんと大喧嘩してしまい、しばらく部屋にこもっておけと言われたのだ。
わたし自身、言いたかったことを初めて言葉にできたから良かったのだが、流石に閉じ込められるのは納得いかない。
そう思いながら、わたしはふと、お父さんのことを思い出した。
わたしのお父さんは、わたしが小学三年生の時に、病気で亡くなってしまった。
お父さんはいつも笑っているような人で、常に家族のことを考えていた。「家族のためにお金を使いたいから」と自分の健康診断を怠り、そのせいで、病気が発覚したときにはもう手遅れと言われた。
お父さんとお母さんは絵に描いたようなおしどり夫婦で、わたしの家は常に笑い声で溢れていて、とにかく幸せだった。
でも、お父さんが亡くなったあと、お母さんは人が変わったように笑わなくなってしまった。
それからだ。何があったのかは分からないけれど、お母さんがわたしに厳しく当たるようになったのは。
『何やってるの⁈勉強しなさい!』
四六時中、勉強。勉強。勉強。
友達と遊ぶことも許されず、ただ机に向かって鉛筆を走らせる毎日。
今まで抵抗してこなかった。抵抗しようと思わなかった。当たり前だと諦めていたから。
でもそれは違うと、迅さんと過ごしているうちに、分かった。
「お父さん……」
わたしは呟きながら机の引き出しを開ける。
その中には、家族写真と、カッターが。
わたしはカーディガンを捲り上げ、傷だらけの腕をじっと見つめた。
自分に嘘をつくように。何かから逃げるように。必死につけてきた傷跡たち。
わたしは跡が消えたところを探して、また、カッターの刃を腕に押し当てた。
部屋にこもるようになってから何日が経ったのだろうか。
わたしが部屋から出ることもなく、お母さんと顔を合わせることもなく、ただ時間が過ぎるのを待つ日々を過ごしていた。
ーー迅さんに、会いたい。
そう思いながら、わたしは窓の外を見る。もちろん迅さんはいない。
「はぁーっ」
またため息をつきながら、わたしは当たり前のようにカッターを取り出し、腕に押し当てる。と、その時。
コンコン、と音がした。
窓の方を見ると、切なく苦い顔をした迅さんの姿が。
「迅、さん……!」
迅さんは鍵の方を指差し、「開けて」と口を動かしている。
わたしは指示の通り窓を開ける。
その瞬間、ふわりと、迅さんに抱きしめられた。
「辛かったよな、一人で溜め込んで。今までよく頑張ったな」
迅さんの大きな手が、わたしの頭を優しく撫でる。
「話してみな、お母さんと。家族なんだから、生きてるうちは、大切にしなきゃ」
ーー生きてるうちは。
その言葉が、わたしの心に響いた。
「でも……」
「依茉なら、できる。真剣な思いが通じないことは、ないから」
そう言いながらわたしの頭を撫でる迅さん。
頭を撫でるのは、お父さんのくせだったな、なんて思い出して、また泣けた。
「お母さん」
その日。わたしは部屋を出て、リビングで掃除をしていたお母さんに話しかけた。
「部屋に入っててって言ったでしょう⁈」
怖い。また、痛い思いをしないといけないのかな。
でも、お母さんとわたしは、家族だから。
それに、わたしは変わりたいからーー。
「もう、やめよう。こんなこと」
言った。
掃除機を動かしていたお母さんの手が、止まる。
「辛いよ。わたしも、お母さんも。家族なんだから、幸せで、笑顔でいようよ」
きっと、お母さんはわたし以上に苦しんでいるんだと思う。
周りの視線に。自分の気持ちに。
それに気付けたのは、さっき、迅さんの、あの表情を見たときだった。
「戻ろう。普通の家族に」
その瞬間、お母さんが崩れ落ちた。
「ごめんね……お母さん、ダメだったね……ほんと、ごめんね…………」
その後お母さんが話した後悔や、苦悩は決して許されるものではないと思う。けれど。
「偉かったね、ごめんね、依茉」
その一言で、わたしは苦しさから解放された。
全て、迅さんのおかげだと思った。
でも、解放されたその瞬間。
わたしの中には何もないのだと気づき、ただ、虚しくなった。