迅さんと出会ってから、二週間ほどが経った。
あれからわたしたちはずっとあの場所で絵を描いているし、わたしは想いを伝えていない。
迅さんとの関係は変わることはなかったし、お互いそこに干渉しようとしなかった。
そして、夏が終わろうとしている頃ーー。
「完成したんだ」
ビートルの中で、さらりと迅さんは言った。
あぁ、そう言えばあれやってたんだよね、みたいな軽いテンションで。
「……良かったです」
内心良かったとは思っていなかった。
絵が完成してしまったら、もう迅さんと会う必要がなくなる。会わなくていいよ。そう言われてしまうかも、と思っていたから。
いつもの場所に車を止めて、完成したというのに迅さんはいつものようにキャンバスに向かう。
そして。
「見る?」
「……っ、はい」
わたしは立てかけられたキャンバスに向かった。
その瞬間、圧倒された。
青、赤、黄、緑ーーそんなありふれ色の名前じゃ言い表せないほど色彩豊かな絵。森も海も空も、みんな生き生きしていて、瑞々しくて、今にも動き出しそう。
「タイトルは、『蒼』。くさかんむりに倉で、『蒼』」
その瞬間、わたしの目から勝手に涙が出てきた。
真ん中で今にも駆け出そうとしているのは、わたしだ。両腕に傷を負いながらも、前を向いて、笑顔で空へ飛び出している。
ありえないけれど、わたしはその子の背中に、翼のようなものが見えた気がした。
きっとこの子は今から駆け出していくんだ。
自由という翼を持って、蒼空へと。世界へと。
「……迅さん」
今だ。唐突にそう思った。
今言わなきゃ、一生伝えられない気がする。
もう、画家とそのモデルという関係は終わったのだから。
「好きです。わたし、迅さんのことが、大好きです。本当に、好きなんです」
涙で視界が悪い。
迅さんは今どんな顔をしているのだろう。
「だから……どこにも行かないで」
迅さんが、動いた気配がした。
引かれたかな。嫌われちゃったかな。
俯いたわたしの視界に映ったのは、迅さんの笑顔で。
「先越されちゃった」
おどけた調子で、そう言った。
「俺も好きだよ、依茉」
「……迅、さん」
一瞬、状況が理解できなかった。
でも。今わたしは、きっと世界で一番しあわせだ。
迅さんに、これまでより強く、優しく、抱きしめられた。
「依茉の苦しみを、俺にも共有させて。二人なら何でもできるから」
その言葉が、わたしの凍った心を溶かしていく。
迅さんはわたしから二、三歩離れて、手を差し出した。
「依茉、いつも俺の一歩後ろ歩くよな」
「……?」
「今日からは並んで歩こう」
わたしは立ち上がる。迅さんの大きな手を取る。
大好きな、暖かくて、大きな手。
迅さんの、太陽みたいな笑顔。匂い。
「わたしを見つけてくれてありがとう」
そう言うと、迅さんは照れ臭そうに笑った。
あれからわたしたちはずっとあの場所で絵を描いているし、わたしは想いを伝えていない。
迅さんとの関係は変わることはなかったし、お互いそこに干渉しようとしなかった。
そして、夏が終わろうとしている頃ーー。
「完成したんだ」
ビートルの中で、さらりと迅さんは言った。
あぁ、そう言えばあれやってたんだよね、みたいな軽いテンションで。
「……良かったです」
内心良かったとは思っていなかった。
絵が完成してしまったら、もう迅さんと会う必要がなくなる。会わなくていいよ。そう言われてしまうかも、と思っていたから。
いつもの場所に車を止めて、完成したというのに迅さんはいつものようにキャンバスに向かう。
そして。
「見る?」
「……っ、はい」
わたしは立てかけられたキャンバスに向かった。
その瞬間、圧倒された。
青、赤、黄、緑ーーそんなありふれ色の名前じゃ言い表せないほど色彩豊かな絵。森も海も空も、みんな生き生きしていて、瑞々しくて、今にも動き出しそう。
「タイトルは、『蒼』。くさかんむりに倉で、『蒼』」
その瞬間、わたしの目から勝手に涙が出てきた。
真ん中で今にも駆け出そうとしているのは、わたしだ。両腕に傷を負いながらも、前を向いて、笑顔で空へ飛び出している。
ありえないけれど、わたしはその子の背中に、翼のようなものが見えた気がした。
きっとこの子は今から駆け出していくんだ。
自由という翼を持って、蒼空へと。世界へと。
「……迅さん」
今だ。唐突にそう思った。
今言わなきゃ、一生伝えられない気がする。
もう、画家とそのモデルという関係は終わったのだから。
「好きです。わたし、迅さんのことが、大好きです。本当に、好きなんです」
涙で視界が悪い。
迅さんは今どんな顔をしているのだろう。
「だから……どこにも行かないで」
迅さんが、動いた気配がした。
引かれたかな。嫌われちゃったかな。
俯いたわたしの視界に映ったのは、迅さんの笑顔で。
「先越されちゃった」
おどけた調子で、そう言った。
「俺も好きだよ、依茉」
「……迅、さん」
一瞬、状況が理解できなかった。
でも。今わたしは、きっと世界で一番しあわせだ。
迅さんに、これまでより強く、優しく、抱きしめられた。
「依茉の苦しみを、俺にも共有させて。二人なら何でもできるから」
その言葉が、わたしの凍った心を溶かしていく。
迅さんはわたしから二、三歩離れて、手を差し出した。
「依茉、いつも俺の一歩後ろ歩くよな」
「……?」
「今日からは並んで歩こう」
わたしは立ち上がる。迅さんの大きな手を取る。
大好きな、暖かくて、大きな手。
迅さんの、太陽みたいな笑顔。匂い。
「わたしを見つけてくれてありがとう」
そう言うと、迅さんは照れ臭そうに笑った。