「無理にそう呼ばなくていいよ、煌くん。来た事はないよ。小路の若君がうちに突撃したことがあって、知り合いになったくらいで、直接行き来のある流派でもないから。――だから私、今すっごい緊張してる。心臓吐きそう」
心臓を押さえる碧人は紫の顔色をしている。
ここでも似ている親子だ。
「だ、大丈夫ですよ、月音ちゃんもここにいるんだし」
「それが問題なんだよ。普段から問題行動の多い娘が、御門邸内にいて何も問題を起こしていない自信がない」
「う……」
煌、碧人の言葉を否定出来なかった。
白桜に言われてとどまっているのだから、そう心配はないと思いたいが……。
不安が加速する煌と碧人を見てきた黒藤がため息をつく。
「心配なのは百合姫の方だろ。月音に何してるかわかんねえ」
「えっ、水旧って何かあるんすか?」
「まあ……な」
(えっ!?)
答えたのが白桜だったので、煌、心配になってきた。
しかも白桜は逃げるように視線を煌と碧人から逸らしている。
な、なにがあるんだ……!?
「は、早く行きましょうっ」
煌が焦って促すと、先頭を歩く黒藤が「ここだ」と言ってふすまを開けた。
「月音ちゃん大丈夫――、?」
「あっ、小田切くん」
振り返った月音は、背中の中ほどまでの、いつもはおろしているだけの髪を編み込んで結い上げられ、化粧も施された顔だった。
「可愛い!」
「えっ?」
「あ、ごめんつい……」
思わず叫んでしまった煌は、決まり悪そうにうつむく。
「月音、待たせてすまない。百合姫、楽しそうだな」
白桜が言うと、月音の唇に紅(べに)を載せていた百合緋がにこーっとした。
「ええ。月音ちゃん、本当いじり甲斐があるわ。どんな髪型も似合うんだもの」
百合緋が、ほくほくした顔で言う。
「天音(あまね)、留守をありがとう」
「いえ。わたくしも楽しく拝見させていただきました」
白桜に答えるように聞いたことのない声が耳に届いて、煌は顔をあげた。