「それしかねーな。無月(むつき)、冬芽のとこに送るまでは時間がない。一時的に追い払うだけでいい。ひとつ頼むわ」

黒藤の言葉に応じるように、パン、と、静かながらはっきりと、手を叩くような音が煌の耳に届いた。

その音を聞いた赤い眼のあやかしは、慌てて散るように去っていった。

月音の指から顔をあげた煌は黒藤の背後に、黒藤とよく似た面差しの何かを見た気がしたが、それもすぐに消えてしまった。

小妖が散るのを確認するような間を開けて、白桜が煌と月音を見てきた。

「すまない、ちょっとした緊急事態が出来てしまった。さすがにすぐには帰せないから、一度うちに来てもらっていいか? 小田切は真っ青だし、月音も状態を見てから家に送り届けよう」

白桜は緊急事態の詳細は言わなかったが、煌は月音が傷を負ったため、それが完治しているか確認したいのだろうと思った。

真っ青な自覚も、あった。





白桜が示した『うち』とは、御門流当主・白桜が現在の住まいとしている御門別邸(みかどべってい)だった。

御門流は京都に本邸があることを月音は知っていたが、別邸の前にすら来たことはなかった。

さすがに登下校までつきまとっていなかったから。

御門別邸と呼ばれる白桜の居住の着いた煌と月音は、あんぐり口を開けた。

「うわ……」

「え……ここどこ……?」

目の前にそびえるのは、ひとつ森を作れそうな、異空間じみた敷地を擁する長く連なる壁と大きな門だった。

「御門本邸はこれよりでかいよ」

黒藤はさすがここに入り浸っていると己の式に言われるだけはあるようで、当たり前の顔で告げる。

「すげえ」

「すげえしかないです」

当然のような顔でここへ案内した白桜と黒藤は、やはり普通に門を開けて敷地内に入っていく。