決闘の朝、ギルバートは私の手の甲に口づけた。
「勝ったらプロポーズしますので、覚悟していてくださいね」
 闘技場へと向かう力強い背中に、私は何も言うことが出来なかった。
 国王は筋骨隆々の狼男で体躯がギルバートより二回り大きく、牙も爪も怪しく光っていた。幾百幾千もの敵を屠ってきたような禍々しいオーラを感じた。
 決闘には純度100%の銀の刃の刀剣が用いられる。斬られれば即死する。審判の合図で、激しく二人の剣がぶつかり合って、高い金属音が幾度も響いた。
 体格差もあり、ギルバートは劣勢だ。ついに防戦一方となった。
「なぜ参ったと言わないのだ!死にたいのか!我が息子であろうと、容赦なく殺すぞ!」
 国王の声は、どんな音よりも恐ろしかった。
「愛する人を守りたいからですよ!父上には分からないでしょうけど」
 けれども、ギルバートは全く怯むことなく、愛を知らない国王を煽るように強い口調で言い返した。
「ならば死ね」
 国王はとどめとばかりに剣先をギルバートの心臓をめがけて振り下ろした。嫌だ。死なないで。

 私は、ギルバートが好きだ。

「ギル、勝ってよ!勝って私と結婚してよ!」
 私の声が届いたのか、ギルバートは不敵に笑った。
「その言葉だけで千人力ですよ、ミサ」
 彼の呟きが確かに聞こえた。
 次の瞬間、ギルバートの遠吠えが国中に響き渡った。彼は大きく刀を振るった。とても力強い一振りで、国王の剣を弾き飛ばした。
 国王は予想外の反撃に対し、慌てて剣を拾うが形勢は逆転した。ギルバートの鬼気迫る猛攻に国王はたじろいだ。狼の動体視力といえども目にも止まらぬ速さの剣さばきに国王はついに追い詰められた。国王の首筋にほんの少し触れてかすかに血が流れた。国王はついに降参を宣言した。
「ミサ、勝ちましたよ!」
 ギルバートが言い終わるや否や、私は闘技場に降り、駆け寄って抱きついた。今までで一番強い力で、苦しいくらいに抱きしめ返された。
「もう二度と貴女を離しません。一生愛することを誓います。ミサ、私と結婚してください」
「はい」
 もう、迷いはなかった。