目が覚めるとベッドの上だった。ギルバートが私を見守っていた。右手に火傷をしたような痛みがある以外は体に異常は無い。ギルバートはほっと息をつくと、状況を説明し始めた。
少女が私の唇に押し当てた花は人間界でいうトリカブトの亜種で、人間にとっては猛毒だという。しかも人間界の毒よりも濃縮されて即効性のあるものだ。解毒剤はない。しかし人狼はトリカブトの毒に対して耐性がある。人狼の血は血清のようなものだ。人狼の血を大量に摂取すれば、解毒剤の代わりとなるらしい。中毒症状を起こした私を目にしたギルバートは反射的に自らを斬りつけ、大量の血を流した。彼が服をはだけると、包帯の上からでも分かるくらいに深い傷が切り刻まれていた。
「私のためにそんなに危険なことをしたのですか」
「この剣は純銀ではありませんから、相当深く斬らない限り死には至りませんよ」
ギルバートは微笑みながら私の髪を撫でた。嘘。どう見ても、相当深く斬っているくせに。
「私を心配してくださったのですか?困りますね。ますますミサが愛おしくなってしまいます」
強い眼光で見つめられると、赤面してしまう。
「顔が赤い。熱があるのですか?人狼の血を受け入れて体質が変わったのだから、ゆっくり休んだ方が良い」
ギルバートが私を労る。血清には副作用があるらしい。私も半分ほど人狼の体質になったと言える。今後私はトリカブトの毒で死ぬことはなくなった代わりに、私の体は銀を受け付けなくなった。右手をふと見ると、あの人にもらったシルバーリングが外れていて、薬指の付け根にその形にくっきりと火傷のような跡があった。銀に対してアレルギーに近い反応が出ているらしい。
「大切な物なのでしょう?ですから、銀を身につけられなくなるこのような方法はあまりとりたくなかったのですが、背に腹は代えられませんから。これ、ここに置いておきますね」
しかし、もうこの指輪に未練が残っていない自分に気がついた。ギルバートの手に視線を移すと、彼の指先にも包帯が巻かれていた。人間の私より、遥かに銀に対しての拒否反応が強いはずのギルバートが、鋭い爪で私を傷つけることなく丁寧に指輪を外してくれたのだろう。
私の体が火照っているのは決して副作用などではない。ギルバートの顔が直視できない。
「ギルバート様にキスされる夢を見ました」
言う必要があったかは分からない。けれども、なぜだか告白してしまった。
「申し訳ない。貴女の息を吹き返すために、無我夢中でした」
人工呼吸をしたのか、血を口移しで飲ませたのかは定かではないが、救命行為の一環で私にキスをしたことをギルバートは詫びた。命の恩人であることを差し引いても、私はそれを嫌だとは感じなかった。
「助けてくれてありがとうございます、ギルバート様」
沈黙。付き合いたての恋人のような絶妙な気まずさだ。静寂を破ったのはギルバートだった。
「ミサ、私は明日、父と決闘します」
「へ?」
間抜けな声で反応する私に、ギルバートは続ける。
「貴女が人間であることが、父に知られてしまいました」
公衆の面前でトリカブト中毒を起こし、あんな大騒ぎになれば無理もない。いよいよ、人間界に帰らなくては。次の満月はいつだっただろうか。
「人間の女に現を抜かすなど、王位継承者としてふさわしくないと」
「国王陛下はギルバート様の王位継承権を決闘によって剥奪しようとしているのですか」
「いいえ、決闘は私から申し込みました」
どういうことだか分からなかった。狼男の生命力は知らないが、人間の目からは瀕死の重体にしか見えない傷だ。
「どうして、そんなボロボロの体で」
「愛する女性を侮辱されて、怒らない男がいるとお思いで?」
彼は私の頬を撫でた。
「私が勝てば、現国王は退位し、私が新たな王として即位します。私の願う、人間も人狼も魔物も皆が平等な世界では貴女は自由です。そうすればもう、貴女は仮面でその美貌を隠す必要も無い」
「負けたら、ギルバート様はどうなってしまうのですか」
「どうなるのでしょうね。国王に決闘を挑むだなんて前代未聞ですから。ただ、私は王位継承権をチップとしてベットしました。負ければ全てを失うでしょう。処刑されるかもしれませんね」
「なんで、そんなに飄々としているのですか」
「私は法で民を縛ることは好きではありませんが、貴女を守るための法となれるのならば、手段は選びません。大丈夫です。私は必ず勝つと誓います」
ああ、この人は。相手は史上最強の狼男なのでしょう?優しい貴方が実の父に刃を突きつけられるのですか?どこからその自信は来るのですか?それでも、ギルバートが勝つと言ったのだから彼は勝つのだろうと、なぜか私は信じることが出来る。
ただ、一つ気がかりなことがあった。
「ギルバート様、一つだけお願いがあります」
私のためにここまでしてくれるギルバートのことだ。ギルバートが法となれば、私を誤って殺しかけたあの子はどうなってしまうのだろうか。
「あの女の子を許してあげてください。きっとわざとではないと思うから」
「やっぱり、ミサは心優しいですね。私が見込んだとおりだ」
ギルバートは慈愛に満ちた笑みを浮かべて、私の髪を撫でた。
「もちろんですよ。今回のことは貴女をお守りできなかった私の落ち度であり、あの少女のせいではありません」
私はほっとした。
「では、私からも一つだけわがままを」
勝ったら恋人になってほしいと言われたらきっと受け入れてしまうかもしれない。
「私が勝ったら「ギル」と呼んでいただけますか?」
思わず拍子抜けしてしまった。
「おかしかったですか?愛する女性には敬称でなく、愛称で呼ばれたいものですよ」
キョトンとする私にギルバートが微笑んだ。
少女が私の唇に押し当てた花は人間界でいうトリカブトの亜種で、人間にとっては猛毒だという。しかも人間界の毒よりも濃縮されて即効性のあるものだ。解毒剤はない。しかし人狼はトリカブトの毒に対して耐性がある。人狼の血は血清のようなものだ。人狼の血を大量に摂取すれば、解毒剤の代わりとなるらしい。中毒症状を起こした私を目にしたギルバートは反射的に自らを斬りつけ、大量の血を流した。彼が服をはだけると、包帯の上からでも分かるくらいに深い傷が切り刻まれていた。
「私のためにそんなに危険なことをしたのですか」
「この剣は純銀ではありませんから、相当深く斬らない限り死には至りませんよ」
ギルバートは微笑みながら私の髪を撫でた。嘘。どう見ても、相当深く斬っているくせに。
「私を心配してくださったのですか?困りますね。ますますミサが愛おしくなってしまいます」
強い眼光で見つめられると、赤面してしまう。
「顔が赤い。熱があるのですか?人狼の血を受け入れて体質が変わったのだから、ゆっくり休んだ方が良い」
ギルバートが私を労る。血清には副作用があるらしい。私も半分ほど人狼の体質になったと言える。今後私はトリカブトの毒で死ぬことはなくなった代わりに、私の体は銀を受け付けなくなった。右手をふと見ると、あの人にもらったシルバーリングが外れていて、薬指の付け根にその形にくっきりと火傷のような跡があった。銀に対してアレルギーに近い反応が出ているらしい。
「大切な物なのでしょう?ですから、銀を身につけられなくなるこのような方法はあまりとりたくなかったのですが、背に腹は代えられませんから。これ、ここに置いておきますね」
しかし、もうこの指輪に未練が残っていない自分に気がついた。ギルバートの手に視線を移すと、彼の指先にも包帯が巻かれていた。人間の私より、遥かに銀に対しての拒否反応が強いはずのギルバートが、鋭い爪で私を傷つけることなく丁寧に指輪を外してくれたのだろう。
私の体が火照っているのは決して副作用などではない。ギルバートの顔が直視できない。
「ギルバート様にキスされる夢を見ました」
言う必要があったかは分からない。けれども、なぜだか告白してしまった。
「申し訳ない。貴女の息を吹き返すために、無我夢中でした」
人工呼吸をしたのか、血を口移しで飲ませたのかは定かではないが、救命行為の一環で私にキスをしたことをギルバートは詫びた。命の恩人であることを差し引いても、私はそれを嫌だとは感じなかった。
「助けてくれてありがとうございます、ギルバート様」
沈黙。付き合いたての恋人のような絶妙な気まずさだ。静寂を破ったのはギルバートだった。
「ミサ、私は明日、父と決闘します」
「へ?」
間抜けな声で反応する私に、ギルバートは続ける。
「貴女が人間であることが、父に知られてしまいました」
公衆の面前でトリカブト中毒を起こし、あんな大騒ぎになれば無理もない。いよいよ、人間界に帰らなくては。次の満月はいつだっただろうか。
「人間の女に現を抜かすなど、王位継承者としてふさわしくないと」
「国王陛下はギルバート様の王位継承権を決闘によって剥奪しようとしているのですか」
「いいえ、決闘は私から申し込みました」
どういうことだか分からなかった。狼男の生命力は知らないが、人間の目からは瀕死の重体にしか見えない傷だ。
「どうして、そんなボロボロの体で」
「愛する女性を侮辱されて、怒らない男がいるとお思いで?」
彼は私の頬を撫でた。
「私が勝てば、現国王は退位し、私が新たな王として即位します。私の願う、人間も人狼も魔物も皆が平等な世界では貴女は自由です。そうすればもう、貴女は仮面でその美貌を隠す必要も無い」
「負けたら、ギルバート様はどうなってしまうのですか」
「どうなるのでしょうね。国王に決闘を挑むだなんて前代未聞ですから。ただ、私は王位継承権をチップとしてベットしました。負ければ全てを失うでしょう。処刑されるかもしれませんね」
「なんで、そんなに飄々としているのですか」
「私は法で民を縛ることは好きではありませんが、貴女を守るための法となれるのならば、手段は選びません。大丈夫です。私は必ず勝つと誓います」
ああ、この人は。相手は史上最強の狼男なのでしょう?優しい貴方が実の父に刃を突きつけられるのですか?どこからその自信は来るのですか?それでも、ギルバートが勝つと言ったのだから彼は勝つのだろうと、なぜか私は信じることが出来る。
ただ、一つ気がかりなことがあった。
「ギルバート様、一つだけお願いがあります」
私のためにここまでしてくれるギルバートのことだ。ギルバートが法となれば、私を誤って殺しかけたあの子はどうなってしまうのだろうか。
「あの女の子を許してあげてください。きっとわざとではないと思うから」
「やっぱり、ミサは心優しいですね。私が見込んだとおりだ」
ギルバートは慈愛に満ちた笑みを浮かべて、私の髪を撫でた。
「もちろんですよ。今回のことは貴女をお守りできなかった私の落ち度であり、あの少女のせいではありません」
私はほっとした。
「では、私からも一つだけわがままを」
勝ったら恋人になってほしいと言われたらきっと受け入れてしまうかもしれない。
「私が勝ったら「ギル」と呼んでいただけますか?」
思わず拍子抜けしてしまった。
「おかしかったですか?愛する女性には敬称でなく、愛称で呼ばれたいものですよ」
キョトンとする私にギルバートが微笑んだ。