大急ぎで手紙の配達を終えた私は、すっかり星が輝く夜空を見上げながら祖母の君江(きみえ)が入院している病院へと向かっていた。私は学校の帰り道、時々君枝のところへ顔を出し、たわいもない話をしてから帰る事が放課後の楽しみの一つだった。
 病室扉の横の『早瀬君江(はやせきみえ)様』と記載されたプレートを確認してから私はノックをする。すぐに君江の「どうぞ」という穏やかな声が返ってきた。
「おばあちゃん、調子どう?」
「ののちゃん、今日も配達お疲れさま」
 以前よりもまた少し痩せた君江が点滴の管を二本つけた腕をひょいと上げながら、にこりと微笑んだ。私は鞄を床に置くとベッドサイドの簡易な丸椅子に腰かけた。
「今日もすごい数の手紙だったの。来月で三年生の先輩が卒業しちゃうから告白ラッシュみたい」
やれやれと肩をすくめた私を見ながら君江が小さく頷く。
「そうねぇ、おばあちゃんの頃から二月から三月にかけては三年生の先輩宛のラブレターは多かったからね」
「でもおじいちゃんは、卒業間近の三年生の時に一年生だった、おばあちゃんに手紙をだしたんだよね?」
 君江は目を細めると嬉しそうに笑った。
「初めは驚いたわ。だって話したこともない男の子から手紙をもらったんだもの。でもとっても嬉しかった。生真面目な文字が並んでいて実直な人柄が伝わってきて気づけばすぐに返事を書いていたの」
「で、おじいちゃんの卒業と同時に二人は付き合い始めたんだよね? 」
「えぇ。そのあと高校を卒業した私を正史(まさふみ)さんがお嫁さんに貰ってくれてね」
君江の恋物語は何度も聞かされているが、祖父との思い出を、まるで少女のような顔で生き生きと話す君江を見れることが私は嬉しかった。
「結婚して三年後に、ののちゃんのお父さんが生まれて、貴子(たかこ)奈津子(なつこ)が生まれて……家族五人、本当に幸せだった……」
 君江は窓辺に飾られているカスミソウを眺めながら小さくため息を吐き出した。
「綺麗だね」
「ふふ……裕介(ゆうすけ)が昨日持ってきてくれたのよ」
「お父さん、おばあちゃんの好きな花、よくわかってるね」
「裕介も私と正史さんの話を、小さなころからたんまり聞かされて育ってるからね」
 私の父が十五歳の頃、トラックの運転手をしていた祖父の正史が事故で亡くなり、君江は商店街の惣菜屋で朝から晩まで働いて三人の子供を立派に育て上げた。