そう言うと、桃ちゃんは泣きそうな顔で唇を噛みしめて何度も肯いた。
……在義兄さんの結婚の話を聞いてから、私は家に居つかなくなった。
桃ちゃんと逢うのは楽しみだったけど、在義兄さんと逢いたくなかった。
家に居れば、必然、在義兄さんと顔を合わせなくちゃいけない。
だから、在義兄さんが仕事でいない隙に桃ちゃんに逢いに行った。
桃ちゃんは記憶喪失からか不安定なところがあったけど、芯は強くて、知らないこと――憶えていないこと――も、自分から学ぼうとする気概のある子だった。
桃ちゃんの素性が気にならなかったわけではない。
どこぞの行方知れずのお嬢様かと思ったくらいだわ。
母さんは、私の行動を咎めはしなかった。
けど、受け容れているわけでもなく、どう対応したらいいのかわからなかったのでしょう。
家で顔を合わすたびにもの言いたげな顔をしていたけど何も言わなかった。
あ、ちゃんと夜には家にいたわよ? 箏子母さんの評判も、在義兄さんの評判も落とす気はなかったから。
……まあ、そんな日が続いて。
いつものように学校が終わっても家に帰る気になれずに、時間つぶしに公園にいたとき。
いきなり私の前に在義兄さんが現れた。
「夜々ちゃん――見つけた」
「あ、……ありよし、にいさん……」
何故か肩で息をしている在義兄さんは、公園のベンチに座って何をするでもない私を『見つけた』と言った。
いや、家出しているわけでもないし、隠れているわけでもないんだけど……。
在義兄さんは私の隣に座って、怒っている顔で私を見て来る。
「夜々ちゃん。気に食わないことがあるなら言いなさい」
「へ? なんの話?」
気に食わないこと? 別にそんなこと……。
と言うか、在義兄さんの方が気に食わないことがある顔をしているような……。
「俺が桃と結婚するって言ってから、ずっと俺のこと射殺しそうな目で見てるだろ」
「………」
射殺しそうな目って……。可愛さ余って憎さ百倍というやつかしら……。
「別にそんなこと――」
「夜々ちゃんは」
言わせようとしたくせに、在義兄さんは私の言葉を遮った。一体何がしたい――
「夜々ちゃんはいい子だよ。人から好かれる子だ。だから……普通の幸せの方へ行ってほしい」
――――。
「………」