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 009_リーンの場合2
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「このバカ者がっ!」
 お父様に呼ばれ執務室に入った瞬間に、わたくしは怒鳴られました。

「リーン! 余はお前に失望した。しばらく謹慎しておれ!」
「お待ちください、お父様。なぜわたくしが謹慎しなければいけないのですか」
「そんなことも分からぬのか! この痴れ者が!」
 お父様は顔を真っ赤にして怒っています。こんなお父様は、初めて見ました。

「陛下、落ちついてください」
「これが落ちついていられるか! 断り続けるボルフェウス公爵に無理を言って、やっと婚約できそうだったんだぞ。それなのに、このバカ娘が台無しにしてくれたわっ」
 え? 無理を言ってきたのはボルフェウス公爵のほうでは……?

「姫様。何故にスピナー殿にあのようなことを申したのでしょうか?」
「丞相は彼の噂を耳にしたことがありますか?」
「なるほど、噂を聞いたわけですね。どのようなものでしたか?」
 丞相は厳しい顔をして、問いただしてきた。

「どんなって───」
 性格がかなり歪んでいて、癇癪持ち。ちょっと気に入らないことがあったらメイドなどの使用人を鞭打ち、時にはやり過ぎて使用人を殺してしまうこともあると教えてあげました。
 これで彼の評価は下がるでしょう。お父様もお怒りを収めてくれますわ。

「まさかそんなデマを信じるとは……」
 お父様が頭を抱えて、丞相に何かを取るように命じました。
 丞相が書類を持ってきて、お父様が受け取ります。

「これを見よ。我が手の者が調査を行った報告書だ」
「調査……ですか?」
「可愛い娘を嫁に出すのだ。相手を徹底的に調べるのが当然であろう」
「………」
 その報告書を手にして目を通します。
 なんですか、これは?

 1歳の時に読み書き算術を覚え、2歳の時には古代魔法文字を解読。4歳の時に古代魔法文字解読書を著して、賢者マグワニス殿がスピナーに弟子入り? 賢者殿がそんなことするわけがない……。

 5歳の時に……え、シャンプーを開発した? わたくしも使っているものだわ。あれを使い出してから、髪に艶が出て張りがあるとお母様が仰っていました。

 9歳の最近まで色々なものを開発し、それらの商業特許を得ていることから資産は国家予算の2年分を上回る。え、国家予算の2倍以上? 本当なの?

 性格は温厚で誰もがスピナーの専属使用人になりたいと言うほど……わたくしが聞いていたことと反対です。

 武術の稽古は3歳の時に始め、6歳の時には騎士と互角に打ち合う。あの小さな体でどうやって騎士と互角に打ち合うのでしょうか?

 この報告書はおかしいです。信じられないことばかり記載されています。

「それは余の手の者が丁寧に調査し、事実に基づいて書かれた報告書だ。未確認なことは記載されてない」
「これが全部確認されていることなのですか?」
「そうだ」
 もしこれが本当なら……いえ、お父様がそこまで仰るのですから本当のことなのでしょう。
 つまり、わたくしが聞いていた話のほとんどは嘘。わたくしは嘘に踊らされて、彼にあのようなことを言ってしまった。

「分かったであろう。スピナーはこの国に必要な人材だ。本人は成人したら冒険者になると言っておるようだが、できれば国の中枢で働いてほしい。それがかなわず冒険者になったとしても、この国に繋ぎとめなければならない」
「………」
「天才故か、突飛もない言動があるようだが、その結果はそこに書かれている通りだ。変人かもしれないが、他者を蔑んだり貶めるようなことはない」
 わたくしが軽率だったということですね。

「公爵には余から謝罪をしておく。少し冷却期間を置く。リーンはしばらく謹慎していろ。だが、学園が始まったらすぐにスピナーに謝罪するのだ。いいな」
「……はい。申しわけございませんでした」
 わたくしは力なく謝罪するのが精一杯でした。