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020_天邪鬼
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久しぶりに学園に通う。なんだか懐かしい……なんて思わないが、入学式以来通ってないから、俺の顔を覚えている生徒は居ないだろう。
ロックと共に音もなくSクラスに入って、席につく。
ロック曰く、たまにこの机に花が飾られるそうだ。誰だよ、そんな気の利いたことをする奴は。
教室の中に居る生徒のほとんどが貴族の師弟だ。
中にはリーン様の姿もあるが、まだ俺のことに気づいていない。それでいい。できれば、そのまま気づかないでほしい。
あ、目が合ってしまった。ヤバい、こっちにやって来る。
「おはようございます。スピナー様」
「おはようございます。リーン様」
立ち上がってリーン様に挨拶を返す。これは学生同士の朝の挨拶。特に深い意味はない。
「リーン様。こちらの方は……?」
リーン様には取り巻きと思われる女生徒が5人居る。その1人が俺を睨みつけて来る。
なんだよ、やるのか? 俺は女性でも敵対者には手加減しないぞ。
「ミランダさん。こちらはボルフェウス公爵家のスピナー様ですよ」
「え、公爵家……?」
1歩後ずさるようなことか? てか、そんなことも知らずに俺を睨んでいたんかよ。
「スピナー様。服装ですよ」
「ん、服装?」
ロックの小さな声に、俺は自分の服を見回す。何も不思議なものはないぞ?
「だらしないからですよ」
ロックがさらに小さな声言ってくる。なんだよ、これくらい大したことないだろ?
「ネクタイが緩んでいます。シャツがはだけています。ベストのボタンも全開です。ローブの紐の結び目が指定のものと違います」
「そんなこと、どーでもいいよ」
ロックが額に手を当てて天を仰いだ。
「うふふふ。スピナー様らしいですわ」
手を口にあてて上品に笑うリーン様だけど、俺らしいって何?
「リーン様は俺の何を知っているのですか?」
俺たち、そんな付き合いがあったわけじゃないよね。滅茶苦茶不愉快なんですけど。
「え……それは……」
「リーン様とお会いしたのは、これで3回目だと思います。たった3回で俺のことを分かったように仰られるのは、不愉快です」
これまで出会った人の多くは、俺のことを理解もしていないのに分かった風な口をきいてくる奴が多かった。
俺が持っている特許や金が目当てで近づいてくる奴らばかりだ。金目当ては構わないが、俺のことを理解した風な口をきく奴らには我慢ならない。お前は俺の何を知っているのかと、何度言ったことか。
「「「「「ちょっと、あなた!」」」」」
「何かな?」
「リーン様に失礼でしょうが!」
「ミランダ嬢は、リーン様の何かな? リーン様がそう言ったのかい? 君の言葉はリーン様の言葉。そういうことなのか?」
「リーン様が言う言わないの話じゃないわ。王女殿下であらせられるリーン様に対して、不遜な物言いは不敬よ!」
「だったら俺を不敬罪で訴えればいい」
「「「「「え……?」」」」」
「リーン様、ミランダ嬢。次は法廷で会いましょう」
俺はカバンを持った。
「ロック。気分が悪いから俺は帰る。課題は出しておいてくれ」
教室を出てすぐに学園の敷地を出る。
これでリーン様が俺を訴えてくれたら最高なんだけどな。
この国から逃げ出す口実ができるから、パパも文句言わないと思う。まあ、お小言、いや大言くらいは覚悟しなければいけないと思うけど。
さて、無駄な時間を過ごさなくてよくなった。今日は魔導通信機の改造をしようかな。
公爵屋敷とは違うほうへと足を向ける。
登校時は馬車に乗ってきたが、そんなもの元々不要だ。
平民になると思った日から、貴族なら当たり前のことを当たり前だと思わないようになった。
道を歩いて何が悪い。道は歩くためにあるんだよ。
俺が向かったのは、工房だ。貴族街から出た平民街にある。
この王都には貴族街と平民街が分かれている。別に塀などがあって分かれているわけじゃないけどね。
いくつかの角を曲がって平民街へ出る。
平民街のほうが人の往来が多い。繁華街はかなり賑わっていて、活気がある。
繁華街から1本奥まった道へ入っていくと、そこに俺の工房がある。敷地も建物も小さい。公爵家の使用人たちが住む家よりも小さい。
俺以外にこの工房に出入りする人間は居ない。静かなものだ。
いや、ロックとかは出入りできるか。
門から5歩で玄関ドアに到着。カギを開けて工房に入ると広いエントランスになっている。
工房の外観とエントランスの大きさが合わないのは、空間拡張してあるからだ。この工房の中はウチの屋敷よりも広い。と言っても部屋数は大したことなく、広いのは実験用の空間だ。
奥へ進み、研究室に入る。
色々な書物と作りかけのアイテムが整然と並んでいる。これは散らかっているのではなく、俺が分かりやすいように並べてあるのだ。絶対に散らかっているのではない。
「えーっと、魔導通信機は……あった」
魔力の波動に情報を乗せる技術。4年程前にこれを開発したんだが、波動を送れる範囲がそれほど広くない。
城に設置されている大出力の魔導通信機なら100キロくらいは送れるが、携帯可能な小型なものだと1キロくらいが限度だ。
その対策として主要道路の1キロごとに中継拠点を設置しているのだが、そういったインフラは王都周辺と重要拠点を繋ぐものだけだ。
あとは電信というものもあるが、これは有線になる。主にステーションがある場所にこの電信はあるけど、王都の場合は多くの場所に電信が設置されている。
電信と魔導通信機は共に遠距離からほぼ一瞬で、情報を送れるメリットがある。
ただ、電信の場合は線がある場所じゃないと使えないのに対して、魔導通信機は線がなくても使える。
電信のインフラを進めるか、魔導通信機のインフラを進めるかで上のほうの意見は真っ二つらしい。
情報の重要性を知っている人物は、これらのものに大金を出す。知らない奴は時代の波に乗り遅れる。
都市と都市を結ぶのは電信のほうが使いやすいと思うが、軍部は国中に魔導通信機の通信拠点を設置したがっている。
どちらも俺が開発したもので、毎月特許使用料などが入って来るから儲けられるんだけどね。
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021_国王とパパのせいですよ
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工房にこもって3日……多分、3日だと思うが、誰かが工房にやって来た。
「ロックかな」
この工房の敷地内に入れる奴は少ない。その1人がロックだ。
他の奴が無理やり敷地内に入ろうとすると、痛い目を見てもらうことになる。そういうセキュリティ対策を考えるのも楽しいから、結構凝ってしまった。
そのセキュリティが発動しないということは、ロックの可能性が高い。
「スピナー様……」
ロックが工房に入って来たが、左目の周りが青痣になっている。
「どうしたんだ、それ?」
「スピナー様のせいですよ。王女様に失礼なことは言うわ、せっかく登校したのにすぐに帰るわ、屋敷に戻らずに家出するわ……。俺、とんだとばっちりですよ」
「ああ、ドルベヌスにやられたのか。すまないな」
ロックの父のドルベヌスはパパに仕えている騎士だ。ロックは従者として俺のお目付けのような役目を担っているが、俺が好き勝手やるものだから時々……たまに……よく殴られる。
俺を叱ればいいものを、ロックが殴られる。本当に理不尽だ。こういう理不尽なことが嫌で貴族が好きになれないんだ。と自分のことを棚に上げている自覚はある。自覚があっても、改善する気はないけど。
「屋敷に戻ってくださいよ。スピナー様が戻らないと、オヤジに殺されますよ。俺」
「うーん、あと少しなんだ。それが終わったら帰ると言っておいてくれ」
「勘弁してくださいよ」
「しょうがないな。パパに電信しておくから」
「本当に頼みますよ」
ロックが縋るような目で見てくる。そんな目をするな。
この工房には電信が設置してある。
「あー、もしもし。俺、うん。パパに繋いでくれるかな」
しばらく待つとパパが出た。
「お前は何をやっているのだっ!」
いきなり怒鳴られた。耳が痛いから怒鳴らないでほしい。リーン様から苦情がきたのかな。訴えたという知らせなら嬉しいんだけど。
「パパが何か作って献上しろと言ったじゃないですか。だから工房にこもって作っているんですけど?」
「そんなことは在学中でいいのだ! リーン様になんと言った!?」
「俺の何を知っているのかと、言っただけですよ。あぁ、取り巻きの女たちには法廷で会おうとも」
「このバカ者が!」
パパはいつになくお怒りのようだ。
「そんなに怒鳴ると血管が切れますよ」
「誰のせいだと思っているんだ!」
「国王とパパのせいですよ」
「なっ!?」
婚約話が出なければ、リーン様が俺に話しかけることはなかっただろう。それなのに国王とパパが婚約の話を進めるから、彼女も最低限の交流をしようとしたんだと思う。
「しばらく工房に泊まり込みますから、帰らないと思ってください。あ、学園には通いますから安心してください。ただしリーン様がウザいなら色々対策しますので」
「対策とはなんだ。何をすると言うのだ」
「それはその時まで秘密です。パパは秘密を秘密のままにしたいと思いませんか? そのためにもリーン様やその取り巻きを、俺に近づけないでください。そのほうがお互いのためですよ、パパ」
それで全て丸く収まる。
「くっ……お前という奴は……」
「今のうちに親子の縁を切ったほうがいいかもですよ」
「バカなことを言うな! 何があろうと、お前は私の息子だ!」
貴族がそれでいいのかと思うけど、だからパパのことが好きなんだ。パパは俺が守るから、安心してよ。
電信を切り、振り向いたらロックが膝を抱えてうな垂れていた。
「何してるんだ?」
「俺、マジでオヤジに殺されるかも……」
「あ、パパが怒鳴り散らすから、ロックのことを言うの忘れてた……すまん」
「いいですよ、俺なんか」
床にのの字を書いていじけてるよ。マジでごめんて。
「安心しろ、明日は学園に通う」
「屋敷にも帰ってくださいよ」
「うーん、それはちょっと……」
「そんなぁ……」
「今やっていることが終わったら帰るから」
「じゃあ、オヤジに電信してください」
「はぁ……分かったよ」
ドルベヌスに電信したらコンコンと説教された。悪い奴ではないのだが、ドルベヌスは生真面目で口うるさいんだ。
俺のことをちゃんと心配しているってことは、分かっているんだよ。だから感謝しているんだ。
その日は徹夜して、魔導通信機の出力アップの目途をつけた。
魔導回路(魔力の通る道のようなもの)を改良した魔導通信機は、これまでと同じ魔力水晶でも3倍近い距離の通信が可能になるだろう。あとは携帯中継機の機能があれば、かなり使い勝手がよくなると思う。そうなれば、戦場などでも使いやすくなるだろう。
魔力水晶は魔物が持つ魔臓器から魔力を抽出したもので、これが魔導通信機のエネルギー源だ。
また、魔導回路の構築はセンスが要るもので、誰にでも弄れるというものではない。下手に弄ると、魔力が暴走して大爆発ってことにもなりかねない。
魔力水晶も魔導回路も俺が開発しているもので、共に生産するのが難しいことから1つの商会の独占になっている。まあ、その商会は公爵家の資本が入っているところなんだけどね。
魔導通信機の構造は、魔導回路を除けばそこまで難しくない。
魔力というのは、大気の中を伝わる性質がある。正確に言うと、大気中にある魔素という魔力の元のような物質の間を伝わる性質がある。
魔素は大気中に多かれ少なかれ含有されているもので、魔力が伝わる性質を利用して情報を運搬するのだ。
本来であればどこまでも魔素に乗って情報を乗せた魔力を運べるのだが、それを阻害する瘴気という物質も大気中には含まれている。
瘴気は魔力を魔素に分解する性質があるため、魔素に乗って進む魔力が瘴気によって劣化させられるのだ。
そのため、現在の小型魔導通信機の出力では1キロくらいしか情報を伝達できない。
10年もすれば、この問題が技術系大学の試験に出るからなー。
これを軍部に提案して、採用されたら代金の一部としてグレディス大森林に隣接する土地でももらおうかな。そこに研究工房を建てるんだ。
本来は森林内に工房を建てたいが、あそこは八カ国の緩衝地帯になっているから色々問題になるとパパが言うんあよね。俺は構わないけど、パパが困るだろうからこの国の土地に建設だ。
グレディス大森林は色々な魔物がいるし貴重な植物や鉱物もあっていい土地だから、こんな面白みのない王都にいるよりもよほど楽しい研究生活が送れるはずだ。
家に帰る日が来たら、パパにもう一度頼んじゃおうっと。
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022_登校3回目
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さて、3回目の登校。
取り巻きはいるが、リーン様は居ない。今日は休みのようだ。今日は静かな学園生活を送れそうだが……。
「そんなに泣くなよ、ロック」
「今日登校しなかったら、オヤジにボコボコにされてたところだったんですよ。これが泣かずにいられますか!」
殺されるからボコボコにされるにランクダウンしているから、ドルベヌスと電信で話した甲斐があったようだな。
席について始業を待っていると、7人の少年が俺のところに来た。今日は静かな日になるのではなかったのか?
「スピナー君だね」
「そうだけど?」
「僕はナルジニア・ベニック。ベニック公爵家の嫡子だ」
「「………」」
沈黙。え、何か反応しなければいけないのか?
「ゴホンッ。僕は自己紹介したのだがね」
「俺のことを知って俺のところに来たんだろ? それで自己紹介する意味あるのか?」
「なるほど、聞いていた通りの人物だね」
何を聞いていたか知らないが、勝手に納得するなら他でしてくれ。
「君がリーン殿下に失礼なことをしたのは聞いている。僕は謝罪するべきだと思うよ」
何を言うかと思ったら、そんなことか。ゴシップがそんなに好きか?
「それがリーン様の考えなのかな?」
「貴族として君の言動は看過できないものだと思うよ」
「貴族じゃなければいいのか?」
「そんなことを言っているんじゃない」
「今、言っただろ? 自分の言動に責任を持てないのはよくないぞ、ベニック公爵家のナルジニア殿」
「くっ……」
こういう奴が現れるのも、全ては金や利権に目が眩んだ国王のせいだ。
はぁ、誰か俺を退学にしてくれないだろうか……。
パパとの約束があるから自分から退学はできないけど、退学させられるのは問題ない。そういう解釈だよね、パパ。
「席についてくださいーい」
担任と副担任が入ってきた。
ナルジニアたちは自分の席に戻ったが、めっちゃ睨まれた。あいつらに睨まれても何も怖くないが、これからつきまとうのだけは止めてくれよ。
担任が名簿を見ながら出席確認。
「えー、次はスピナー君」
「はい」
「はい、居ませ……え?」
今、居ませんね。と言おうとしたよね。
担任と副担任は、俺が居るのを見て目を見開いた。いや、そこまで驚かなくても。
おい、目を擦って二度見するなよ。
「入学式以来ですね、スピナー君」
いい笑顔で言われた。
別に登校拒否しているわけではないんだよ。ちょっとだけやることがあったから、お休みを頂いただけですよ。
「そのようですね、先生」
「もう体調はいいのですか?」
「そうですね」
「あまり無理をしないようにね」
「承知しました」
心配かけちゃった? それは悪いことをしたね。
1限目は戦闘術の授業。訓練場へ移動。
「整列!」
50前後の無精髭を生やした大柄な男性教師が、ドラ声で叫んだ。
戦闘術の訓練は主任教師1人、常任教師3人、副教師2人の6人体制で、無精髭の教師が主任のようだ。
「ん。お前、誰だ?」
無精髭が俺を指差した。
「スピナー・ボルフェウスです」
「ボルフェウス……ああ、あの……ふーん」
あの? なんだよにやけやがって、気持ち悪いな。俺にその気はないからお尻は貸さないからな。
「お前、ずっと休んでいたな。どれほどのものか、見てやる」
ご指名入りましたー。
「ガーナンド先生。相手を」
「私ですか? いいですが、彼はあれでしょ?」
さっきから「あの」とか「あれ」とかなんだよ?
「始めて出席するんだから、実力を確かめるのは必要だろ」
「分かりました」
神経質そうな30後半の教師が。俺を手で呼ぶ。
生徒でもその対応はどうかと思うぞ。
「スピナー君はテイマーだよね。私もテイマーなんだ。テイマーの戦い方の見本を見せてあげるから、使役している魔物を呼ぶといい」
「分かりました」
「うんうん。しっかり勉強するように」
なんか言葉の端々が嫌味ったらしい。気分のいいものじゃないな。
それに俺がクモ使いだからと、バカにしているようだ。それが声に表れている。
俺、こういう奴嫌いだ。
年齢や加護だけで俺の全てを判断する愚か者をどのように処するべきか。
「さて、私がテイムしている魔物を見せてあげよう。サモン!」
魔法陣が展開して、そこから翼つきの青黒いトカゲが現れた。
「ははは。これはBランクのワイバーンだ。素晴らしい威容じゃないか!」
体長は5メートルほどか。通常のワイバーンより少し小さいから、まだ成体になってないんだろうな。
子供を手懐けたか。それとも卵から孵したか。どちらにしろ、まだワイバーン本来の強さはない。
「さあ、君の魔物を呼びたまえ」
そんなに鼻息を荒くしなくても、ちゃんとミネルバを呼んでやるよ。
「ミネルバ」
「キュ」
俺が呼ぶと、ミネルバが俺の影から現れた。
魔法陣なんて不要だ。ミネルバはいつも俺のそばにいる。
「それが君の魔物かね? なんとも不気味な姿ですな。ははは」
不気味? ミネルバのどこが不気味だよ?
黒に赤い斑点がいいアクセントだろ。それにこの可愛らしい鎌を見ろよ、そこら辺の剣などよりも切れ味がいいんだぞ。
てか、テイマーの教師なんだろ? ミネルバがSランクのダークネス・ガラクシャ・ナクアだと分からないのか?
それでよく教師が務まるな。
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023_教師の資質
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「なんだ、あれ。汚ぇクモだな!」
「本当だぜ。あんなのでワイバーンと戦うとか、無謀もいいところだぞ。あははは」
「そもそもクモなんか気持ち悪い虫を、よくもテイムしたな」
「バーカ。あいつはクモしかテイムできねぇんだよ。何せクモ使いだからな! ぎゃははは」
好き勝手言っているのは、ナルジニアの取り巻きたち。俺をバカにしたいのか、クモ使いをバカにしているのか。
ナルジニアという後ろ盾が居るから調子に乗ることができるあいつらは、まさに有象無象だ。ナルジニアが居なければ、俺と目を合わせることもできないクズたち。
だからと言って放置する気はない。俺は敵対した奴を放置するほど甘くないぞ。面と向かって何かはしないが、後悔はさせてやるからな。
「ねえ、あんなクモって戦えるの?」
「私が知るわけないでしょ。クモなんかに興味ないし」
「そうよね」
女生徒はこんなものだな。しかし、誰もミネルバの種族について知らないか。生徒だとこんなものだけど、教師たちはダメだろ。特にテイマーの教師は気づけよ。
「ははは。そのクモに先手を譲ってやるから、攻撃してきなさい。もっともそんなクモでは、私のワイバーンに傷1つつけることはできないがね。あはははは」
先手を譲ってくれると言うなら、そうさせてもらおう。
しかしあのワイバーン、何かおかしい。この違和感はなんだ?
「………」
そうか、あのワイバーンに魔法がかかっているんだ。
通常、テイマーが使役した魔物に、魔法がかかっていることはない。テイマーと魔物は心で繋がっているから、魔法で拘束する必要がないからだ。
俺とミネルバも心で繋がっている。
「俺としたことがもっと早くに気づくべきだった」
「何を言っているのかな? 早く攻撃しなさい」
テイマーが魔物を呼び出す時に、魔法陣が現れること自体おかしな話なんだ。あの時に気づくべきだったんだ。
俺もまだまだ修行が足りないな。
「それでは、攻撃しますよ」
「ははは。がんばりたまえ!」
「ミネルバ」
「キュッ」
ミネルバは可愛らしくテトテトと前に進み出る。
ワイバーンの目が恐怖に染まる。決して自分では敵わない相手なんだと、本能が訴えているのだ。
「あはははは。そんなクモで何ができるのか!?」
「………」
高笑いしている教師を睨みつける。ミネルバをバカにしたのもあるが、こいつはテイマーじゃないからだ。
こんな奴がテイマーの教師をしているなんて、この学園の底が知れるな。だから、こんな学園で学ぶことはないと、パパに言ったんだ。
「ミネルバ。楽にしてやれ」
隷属魔法によって自由を奪われたワイバーンは、早く殺してくれと言っているように思えた。
大空を自由に飛ぶワイバーンが、自由を奪われて地上へ降ろされた。屈辱なんだろうな、その恐怖に染まった目に次第に希望の光が灯っていく。
こんなクズに隷属するくらいなら、死を選ぶ。ワイバーンの矜持が隷属からの解放を選択した。
「キュッ」
ミネルバの姿が一瞬ブレた。俺には見えたが、あの動きが見えた奴がこの場に居るだろうか。
もし見えたのであれば、そいつは見込みがある。
「早くしなさい。いい加減待ちくたびれましたよ」
「もう終わっているよ」
「ん? あははは。何を言っているんだ、スピナー君は!? あぁ、なるほど。そのクモでは私のワイバーンに勝てないから降参なんだね!」
ワイバーンの首に1本の線ができる。
教師に煽られてバカ笑いする生徒たちの声に反応するように、その線から頭部がずり落ちていった。
「「「えっ!?」」」
地面に落ちたワイバーンの顔は、これで解放されると安堵したものだった。
隷属魔法にはいくつかの段階がある。多少の行動を制限するだけのものから、ガチガチに支配されるものまでだ。
人間にそれを行使されたら大変なことになることから、禁呪に指定されているものが多い。
「なななななな、何が起きたんだ!? 私のワイバーンが!?」
教師は混乱している。
こんなことになるとは思ってもいなかったんだろうな。
ミネルバが傷をつけるなんてあり得ないと思っていたんだ。
リスクをまったく考えずに、ワイバーンが凄いと思い込んでいた。たかだかBランクなのに、それ以上に強い魔物なんて居ないと思い込んでいたんだな。
「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ、何をしたぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「見たままだ。ワイバーンごときで俺のミネルバに敵うと思うほうがおかしいんだよ」
「わ、ワイバーンごときだとっ!? クモ使いのお前が言うなっ!」
「そんなに怒鳴らなくても聞こえている。あんたと違って耳はいいほうだからな」
「教師をバカにしてただで済むと思うな!」
「教師? 誰が?」
「この私だ!」
「あんたテイマーじゃないのに、なんで教師なんだ」
「「「え?」」」
その瞬間、時間が止まったように全員が止まった。
「そのワイバーン。テイムじゃなくて、隷属魔法で従えていただろ」
「ななななな、何をっ!?」
「隷属魔法とテイムの違いくらいすぐに分かるっつーの。そんなの分からん奴が居るほうが不思議だ」
「そんなことない! 私はワイバーンをテイムしていたんだ!」
教師は真っ青になりながら、否定を繰り返した。
「スピナー君……。あのワイバーンには本当に隷属魔法が?」
女性教師がおずおずと質問してきた。尖がり帽子に杖を持っていることから、魔法使いだと思われる。
「魔法使いなら。魔力の残滓を調べてみたらどうですか?」
「……魔力残滓を調べられる魔法使いなんて、宮廷魔法使いくらいしかいません」
「この学園に魔力残滓を調べることができる教師は居ないのですか?」
「居ないはずよ」
人に魔法を教えようというのに、魔力残滓の調査もできない教師ばかりとは……。
そこまで難しい技能じゃないぞ。情けないと思わないのか?
「では、できる奴を呼べばいい」
どうせ俺が言ったことなど一笑に付されるだろうからな。
「しかし、宮廷魔法使いは簡単には動かせません」
「それは学園がなんとかすることでしょ」
「そ、そうですね……。ダイジョンブ先生。今日はここで授業を中止して学園長と対応を協議しましょう」
「何を言うか。授業を中止するなど、あり得ん」
主任教師はダイジョンブと言うらしい。
「しかし、ガーナンド先生が隷属魔法を使うのであれば、これは問題です」
「そんなガキが言うことなど、信じる必要はない」
俺の言葉を信じないのは構わないが、それを放置して問題になったらどうするんだ? お前、責任とれるのか?
仮にリーン様が隷属魔法で操られてしまったら、楽しいことになるぞ。この学園、閉鎖されるかもな。まあ閉鎖は嬉しいが、誰かが隷属魔法の支配下に置かれるのは不憫だ。
「そのようないい加減な対応はできません。私が学園長のところへ行きます。他の先生方は、このワイバーンの死体の保存を優先してください!」
凄い勢いでまくしたてたな。この女性教師は、教師としての資質はあるのだろう。能力が足りなくても、教育者としての心構えがない奴よりは好感が持てる。