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 023_教師の資質
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「なんだ、あれ。汚ぇクモだな!」
「本当だぜ。あんなのでワイバーンと戦うとか、無謀もいいところだぞ。あははは」
「そもそもクモなんか気持ち悪い虫を、よくもテイムしたな」
「バーカ。あいつはクモしかテイムできねぇんだよ。何せクモ使いだからな! ぎゃははは」
 好き勝手言っているのは、ナルジニアの取り巻きたち。俺をバカにしたいのか、クモ使いをバカにしているのか。
 ナルジニアという後ろ盾が居るから調子に乗ることができるあいつらは、まさに有象無象だ。ナルジニアが居なければ、俺と目を合わせることもできないクズたち。
 だからと言って放置する気はない。俺は敵対した奴を放置するほど甘くないぞ。面と向かって何かはしないが、後悔はさせてやるからな。

「ねえ、あんなクモって戦えるの?」
「私が知るわけないでしょ。クモなんかに興味ないし」
「そうよね」
 女生徒はこんなものだな。しかし、誰もミネルバの種族について知らないか。生徒だとこんなものだけど、教師たちはダメだろ。特にテイマーの教師は気づけよ。

「ははは。そのクモに先手を譲ってやるから、攻撃してきなさい。もっともそんなクモでは、私のワイバーンに傷1つつけることはできないがね。あはははは」
 先手を譲ってくれると言うなら、そうさせてもらおう。
 しかしあのワイバーン、何かおかしい。この違和感はなんだ?
「………」
 そうか、あのワイバーンに魔法がかかっているんだ。
 通常、テイマーが使役した魔物に、魔法がかかっていることはない。テイマーと魔物は心で繋がっているから、魔法で拘束する必要がないからだ。
 俺とミネルバも心で繋がっている。
「俺としたことがもっと早くに気づくべきだった」
「何を言っているのかな? 早く攻撃しなさい」
 テイマーが魔物を呼び出す時に、魔法陣が現れること自体おかしな話なんだ。あの時に気づくべきだったんだ。
 俺もまだまだ修行が足りないな。

「それでは、攻撃しますよ」
「ははは。がんばりたまえ!」
「ミネルバ」
「キュッ」
 ミネルバは可愛らしくテトテトと前に進み出る。
 ワイバーンの目が恐怖に染まる。決して自分では敵わない相手なんだと、本能が訴えているのだ。

「あはははは。そんなクモで何ができるのか!?」
「………」
 高笑いしている教師を睨みつける。ミネルバをバカにしたのもあるが、こいつはテイマーじゃないからだ。
 こんな奴がテイマーの教師をしているなんて、この学園の底が知れるな。だから、こんな学園で学ぶことはないと、パパに言ったんだ。

「ミネルバ。楽にしてやれ」
 隷属魔法によって自由を奪われたワイバーンは、早く殺してくれと言っているように思えた。
 大空を自由に飛ぶワイバーンが、自由を奪われて地上へ降ろされた。屈辱なんだろうな、その恐怖に染まった目に次第に希望の光が灯っていく。
 こんなクズに隷属するくらいなら、死を選ぶ。ワイバーンの矜持が隷属からの解放を選択した。

「キュッ」
 ミネルバの姿が一瞬ブレた。俺には見えたが、あの動きが見えた奴がこの場に居るだろうか。
 もし見えたのであれば、そいつは見込みがある。
「早くしなさい。いい加減待ちくたびれましたよ」
「もう終わっているよ」
「ん? あははは。何を言っているんだ、スピナー君は!? あぁ、なるほど。そのクモでは私のワイバーンに勝てないから降参なんだね!」

 ワイバーンの首に1本の線ができる。
 教師に煽られてバカ笑いする生徒たちの声に反応するように、その線から頭部がずり落ちていった。
「「「えっ!?」」」
 地面に落ちたワイバーンの顔は、これで解放されると安堵したものだった。
 隷属魔法にはいくつかの段階がある。多少の行動を制限するだけのものから、ガチガチに支配されるものまでだ。
 人間にそれを行使されたら大変なことになることから、禁呪に指定されているものが多い。

「なななななな、何が起きたんだ!? 私のワイバーンが!?」
 教師は混乱している。
 こんなことになるとは思ってもいなかったんだろうな。
 ミネルバが傷をつけるなんてあり得ないと思っていたんだ。
 リスクをまったく考えずに、ワイバーンが凄いと思い込んでいた。たかだかBランクなのに、それ以上に強い魔物なんて居ないと思い込んでいたんだな。

「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ、何をしたぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
「見たままだ。ワイバーンごときで俺のミネルバに敵うと思うほうがおかしいんだよ」
「わ、ワイバーンごときだとっ!? クモ使いのお前が言うなっ!」
「そんなに怒鳴らなくても聞こえている。あんたと違って耳はいいほうだからな」
「教師をバカにしてただで済むと思うな!」
「教師? 誰が?」
「この私だ!」
「あんたテイマーじゃないのに、なんで教師なんだ」
「「「え?」」」
 その瞬間、時間が止まったように全員が止まった。

「そのワイバーン。テイムじゃなくて、隷属魔法で従えていただろ」
「ななななな、何をっ!?」
「隷属魔法とテイムの違いくらいすぐに分かるっつーの。そんなの分からん奴が居るほうが不思議だ」
「そんなことない! 私はワイバーンをテイムしていたんだ!」
 教師は真っ青になりながら、否定を繰り返した。

「スピナー君……。あのワイバーンには本当に隷属魔法が?」
 女性教師がおずおずと質問してきた。尖がり帽子に杖を持っていることから、魔法使いだと思われる。
「魔法使いなら。魔力の残滓を調べてみたらどうですか?」
「……魔力残滓を調べられる魔法使いなんて、宮廷魔法使いくらいしかいません」
「この学園に魔力残滓を調べることができる教師は居ないのですか?」
「居ないはずよ」
 人に魔法を教えようというのに、魔力残滓の調査もできない教師ばかりとは……。
 そこまで難しい技能じゃないぞ。情けないと思わないのか?

「では、できる奴を呼べばいい」
 どうせ俺が言ったことなど一笑に付されるだろうからな。
「しかし、宮廷魔法使いは簡単には動かせません」
「それは学園がなんとかすることでしょ」
「そ、そうですね……。ダイジョンブ先生。今日はここで授業を中止して学園長と対応を協議しましょう」
「何を言うか。授業を中止するなど、あり得ん」
 主任教師はダイジョンブと言うらしい。

「しかし、ガーナンド先生が隷属魔法を使うのであれば、これは問題です」
「そんなガキが言うことなど、信じる必要はない」
 俺の言葉を信じないのは構わないが、それを放置して問題になったらどうするんだ? お前、責任とれるのか?
 仮にリーン様が隷属魔法で操られてしまったら、楽しいことになるぞ。この学園、閉鎖されるかもな。まあ閉鎖は嬉しいが、誰かが隷属魔法の支配下に置かれるのは不憫だ。

「そのようないい加減な対応はできません。私が学園長のところへ行きます。他の先生方は、このワイバーンの死体の保存を優先してください!」
 凄い勢いでまくしたてたな。この女性教師は、教師としての資質はあるのだろう。能力が足りなくても、教育者としての心構えがない奴よりは好感が持てる。