■■■■■■■■■■
 011_魔物のミネルバ
 ■■■■■■■■■■


「今日もいい天気だ」
 俺の声にミネルバが跳ねて同意する。
 朝食を摂り、火の後始末をして、背嚢に外套や食器などをしまう。

 代わりにノートを出す。
 ミネルバの観察及び考察を記録するためだ。

 これまでに3回の存在進化を繰り返したミネルバ。
 最初、俺が眷属にした時の種族は、アカマダラクモ。これは学術書にあった。
 1回目の存在進化後は、アカマダラクモよりも体が大きくなったが、それ以外の特徴は同じだ。アカマダラクモ亜種と言ったところだろう。
 2回目の存在進化後に、大きさ以外で青い斑点が増えた。ミドルアカマダラクモ亜種と仮に名づける。
 そして3回目の存在進化を経て今の体になっている。ビックアカマダラクモ亜種と仮に名づけた。
 つらつらと記載して、ノートを閉じる。

「ミネルバ、今日は魔物を狩るからな」
 おーっといった感じで、ミネルバは足を挙げた。

 ミネルバだけ強くなっても、俺が未熟だといけない。
 俺は魔力を効率的に循環させ、身体能力を上げる。
 ミネルバがあっちだとジェスチャーしたほうに速足で進みながら剣を抜く。

 視界に魔物の姿が入った。カマキリ型の魔物だ。
 大きさは50センチほどで、木の枝に擬態している。手の鎌が鋭い。
「ソードマンティスか。肩慣らしに丁度いい」

 魔物には危険度によってランクがつけられている。
 下からG、F、E、D、C、B、A、Sランク。さらにSランクの上に災害級というものがある。

 ソードマンティスは危険度Eランクの魔物だ。
 擬態して不意打ちするのが戦い方だが、先に発見すればそれほど危険な魔物ではない。
 俺は日々の研鑽によって気配を感じることができるから、不意打ち特化のソードマンティスと相性がいい。

 音を抑えて一気に距離を詰めると、剣を振り切った。
 まさか不意打ちを喰らうとは思っていなかったソードマンティスは、何が起きたのかも分からずに首が地面に落ちる。

 さて、ソードマンティスを解体しようか。
 魔物には魔力を多く含む臓器がある。昆虫型でも獣型でも関係なく、その臓器は等しく魔物にはあるのだ。
 それは魔臓器と呼ばれているのだが、それを回収しないとゾンビになって復活してしまう。

 ソードマンティスの細い体をナイフで切り開く。
「あったぞ、これだ」
 透明で5ミリにも満たない小さなクリスタルのようなものが魔臓器だ。
 とても臓器には見えないが、この魔臓器がないと魔物とは認められない。
 魔臓器に付着した体液を拭き革袋に入れようとすると、ミネルバが俺の手の上に下りてきた。

 魔臓器を足で突っつき、何か物欲しそうな感情が流れてきた。
「この魔臓器が欲しいのか?」
 頭を上下して肯定した。
「食べ物ではないぞ」
 大丈夫だと言っているように感じた。
「分かった。あげるよ」
 動物が魔臓器を食べるという知見や書物はなかったと思う。
 ミネルバが魔臓器を食べたら、世界で初めてのことかもしれない。

 俺の手の上で魔臓器をカリッカリッカリッカリッと鋭い顎で砕きながら食べるミネルバを見つめる。
 魔臓器が美味しいと、歓喜の感情が流れ込んでくる。
「美味しいみたいで良かった」
 魔臓器をぺろりと平らげたミネルバは、ピョンピョン跳ねて美味しかったと主張する。
 ひと際大きく跳ねたと思ったら、俺の肩に乗って糸で繭を作った。

「ほう、魔臓器を食っても存在進化するのか」
 俺はノートを出して、そのことを書き込んだ。
 さて、魔臓器を食ったミネルバは、どうなるのか。

 今回はやや長く繭の中に閉じこもっていたミネルバだが、1時間ほどで出て来た。
「むっ、お前……魔物になったのか」
 ミネルバから発せられる魔力が、動物の域を超えている。
 よく見ると一番前の左右の足が、鎌のようになっている。
「キュキュー」
 しかも鳴き声を発するようになった。
 体長は10センチ。真っ黒で斑点はなくなった。

「たしか……思い出した。スモールスパイダーか」
 俺の記憶が確かなら、今のミネルバの姿は危険度Fランクのスモールスパイダーだ。
「魔臓器を食ったら魔物に存在進化するのか? これはテイムされているクモだからか? それともどんな動物でも、魔臓器を食ったら魔物になるのだろうか? 人間が魔臓器を食ったらどうなるんだ?」
 考えだしたら疑問が尽きない。