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001＿婚約の話
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俺はボルフェウス公爵家四男、名をスピナーと言う。
なぜか1歳の頃には文字の読み書きができ、すぐに算術も覚えた。
5歳の頃にはそういったことが外に漏れて神童と言われ、8歳の時にはいくつかの商業特許を得ていた。
あっちこっちから婚約の話が来たが、俺は四男だから成人したら平民になる。
貴族じゃない俺に、貴族の嫁は面倒だとパパに断るように頼み続けていた。
そんな俺のところに、国王の第四王女との婚姻話が来た。
日頃あまり焦ったりしない俺だが、この時ばかりは少しばかり焦った。
「王女と結婚なんて、どんな罰ゲームですか」
「おい、スピナー。さすがに不敬だぞ」
「王女と結婚したら、もっと不敬なことを言いまくりますよ」
「それは、止めてくれ」
マイパパはうんざりした顔でそう言った。
本当にやるからね。嫌なら本気でその話を蹴ってくださいよ。
「だったら断ってください」
「簡単な話ではないのだ」
パパは王家からの婚姻話だから、簡単に断れないと言った。
ウチのパパにこんな気苦労をさせる国王に、殺意を覚える。消しちゃおうか。
「頼むから軽率な行動だけはしないでくれよ」
「パパの髪の毛のためにも、できる限りは我慢します」
まだ30代なのに、パパの金髪はかなり薄くなってきている。
公爵なんてしていると、気苦労が絶えないんだろうね。
「そう思ってくれているのなら、もう少し自粛してほしいものだ」
「え？ 全力で自粛してますよ？」
パパは力ない笑みを浮かべた。分かってくれたようだ。
「俺、成人したら平民ですよ。普通は王女が嫌がるでしょ」
次男なら長男のスペアとして家に残したり、王国騎士団に入団させて箔をつけさせることができる。
公爵家は貴族位としては最高位だから、三男や四男でも騎士団にねじ込むことは簡単だ。
だけど貴族の世界に留まる気は、俺にはない。
今もまだ9歳だから今も幼いのかもしれないが、もっと幼い時に読んだ絵本に冒険者がダンジョンの中で強大なドラゴンを倒すものがあった。
俺は絵本に描かれていたようなワクワクするような冒険がしてみたいわけではない。冒険者のような自由な存在になりたいのだ。
自由に暮らし、自分の自由に責任を負う。それが俺の理想の自由。
なんだそんなことかと思うかもしれないが、こんなことさえ難しいのが貴族の世界だ。
他人の足を引っ張るのは当たり前で、贅沢な暮らしをさせてもらっているのに、統治者や為政者としての責任を放棄する。俺が最も嫌いな人種が貴族なんだ。
まあ、パパはちゃんと為政者をしているから、消さないでいる。これがクズなら、パパでもとっくの昔に消しているところだ。
「王女は乗り気らしいぞ」
「はぁ？ 王女は何を考えているのですか？ 降嫁して貴族になるのとは話が違うのですよ。分かっているのですか？ バカなのですか？」
「そのひと言が余分なんだよ。はぁ……」
疲れてるの？ ハーブティー淹れようか？
ちゃんと休まないとダメだよ、パパ。
「お前が持っているいくつかの商業特許を王家に献上すれば、伯爵に叙してくださるそうだぞ」
「金目当ての結婚話なのは分かっていましたが、ここまであからさまだと笑えませんよ」
パパが苦笑した。
「平民になり、毎日硬いパンを食べる生活で良いと言うのであれば、その話を受けてください」
恋愛感情が湧くかどうかは、相手次第だけどね。
「いや、無理だろ」
パパと話していると、壁を登る小さなクモを発見した。
クモという生き物は、とても賢いと思う。
糸というものを使って狩りをする。そういった道具なりなんなりを使って狩りをするのは、サルのような人間に近い種以外であまり見られないものだ。
「【神威の儀】で良い加護を得たら、断り切れないことだけは覚えておくように」
この【神威の儀】というのは、その年に10歳になる少年少女が神から加護を授けられる儀式だ。
こんな儀式などしなくても、加護は授けられる。貴族はなんでも仰々しくやりたがる。
俺はそういった無駄なことが嫌いなんだけど、そういった無駄を許容するのが貴族なんだとか。
「……そうですか。覚えておきますが、俺の答えは変わりませんよ」
そんなに困った顔をしないでよ。なんなら俺が国王にビシッと言ってやろうか？
「……それから王立レイジング学園の入学試験のことだが、間違ってもわざと落ちようなんて考えるなよ」
「うっ……分かりました」
王立レイジング学園というのは、10歳になる年に入学する6年制の学舎のことだ。
貴族の多くは、この王立レイジング学園に入学するのがステータスシンボルになる。
この学園の入試に落ちれば王女との結婚話はなくなると思ったんだけど、パパに先読みされてしまった。
「落ちようと思っていたようだな。いいか、絶対に受かれよ」
パパにはパパの立場がある。公爵という地位を守るのは、俺が考えるよりもよっぽど大変なことだと思う。
俺が我が儘を言うことでパパが心労で倒れても嫌なので、一定の譲歩はするつもりだ。しかし譲歩にも限度があるよね。
それでもパパの気苦労に比べれば、学園の入試を受けるくらいは譲歩するよ。
「受験し合格するのは構いませんが、学園で何を学べと？」
言語、算術、歴史は自慢じゃないが、人に教えるレベルだ。魔法と剣術に至っても同年代よりは使える自負がある。自立できるだけの経済力と自己資産もある。
「教師が俺に何かを教えるなら、少なくとも俺以上の知識や力がないと話になりませんよ」
「学園はそれだけのためにあるものではない。同年代の者たちと友誼を結ぶ場でもある。それが貴族……貴族にならなくてもあって困ることはないだろう」
「今、貴族にとってと言おうとしましたよね？」
「そんなことはないぞ」
「まあ、合格はしますよ。卒業もできるだけ善処します」
「友を見つけるのだ。いいな」
「そういうものは、学園に通わなくても見つかるときは見つかりますよ」
「まったくお前は……」
パパの部屋を出る時、壁に張りついていたクモがぴょんと飛んで俺の肩に止まった。
1センチに満たない小さなクモだ。色は黒に赤が少し混ざっている。
俺について来るのか。いいだろう、俺のところに来い。
俺はクモを肩に乗せて、部屋を出た。
001＿婚約の話
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俺はボルフェウス公爵家四男、名をスピナーと言う。
なぜか1歳の頃には文字の読み書きができ、すぐに算術も覚えた。
5歳の頃にはそういったことが外に漏れて神童と言われ、8歳の時にはいくつかの商業特許を得ていた。
あっちこっちから婚約の話が来たが、俺は四男だから成人したら平民になる。
貴族じゃない俺に、貴族の嫁は面倒だとパパに断るように頼み続けていた。
そんな俺のところに、国王の第四王女との婚姻話が来た。
日頃あまり焦ったりしない俺だが、この時ばかりは少しばかり焦った。
「王女と結婚なんて、どんな罰ゲームですか」
「おい、スピナー。さすがに不敬だぞ」
「王女と結婚したら、もっと不敬なことを言いまくりますよ」
「それは、止めてくれ」
マイパパはうんざりした顔でそう言った。
本当にやるからね。嫌なら本気でその話を蹴ってくださいよ。
「だったら断ってください」
「簡単な話ではないのだ」
パパは王家からの婚姻話だから、簡単に断れないと言った。
ウチのパパにこんな気苦労をさせる国王に、殺意を覚える。消しちゃおうか。
「頼むから軽率な行動だけはしないでくれよ」
「パパの髪の毛のためにも、できる限りは我慢します」
まだ30代なのに、パパの金髪はかなり薄くなってきている。
公爵なんてしていると、気苦労が絶えないんだろうね。
「そう思ってくれているのなら、もう少し自粛してほしいものだ」
「え？ 全力で自粛してますよ？」
パパは力ない笑みを浮かべた。分かってくれたようだ。
「俺、成人したら平民ですよ。普通は王女が嫌がるでしょ」
次男なら長男のスペアとして家に残したり、王国騎士団に入団させて箔をつけさせることができる。
公爵家は貴族位としては最高位だから、三男や四男でも騎士団にねじ込むことは簡単だ。
だけど貴族の世界に留まる気は、俺にはない。
今もまだ9歳だから今も幼いのかもしれないが、もっと幼い時に読んだ絵本に冒険者がダンジョンの中で強大なドラゴンを倒すものがあった。
俺は絵本に描かれていたようなワクワクするような冒険がしてみたいわけではない。冒険者のような自由な存在になりたいのだ。
自由に暮らし、自分の自由に責任を負う。それが俺の理想の自由。
なんだそんなことかと思うかもしれないが、こんなことさえ難しいのが貴族の世界だ。
他人の足を引っ張るのは当たり前で、贅沢な暮らしをさせてもらっているのに、統治者や為政者としての責任を放棄する。俺が最も嫌いな人種が貴族なんだ。
まあ、パパはちゃんと為政者をしているから、消さないでいる。これがクズなら、パパでもとっくの昔に消しているところだ。
「王女は乗り気らしいぞ」
「はぁ？ 王女は何を考えているのですか？ 降嫁して貴族になるのとは話が違うのですよ。分かっているのですか？ バカなのですか？」
「そのひと言が余分なんだよ。はぁ……」
疲れてるの？ ハーブティー淹れようか？
ちゃんと休まないとダメだよ、パパ。
「お前が持っているいくつかの商業特許を王家に献上すれば、伯爵に叙してくださるそうだぞ」
「金目当ての結婚話なのは分かっていましたが、ここまであからさまだと笑えませんよ」
パパが苦笑した。
「平民になり、毎日硬いパンを食べる生活で良いと言うのであれば、その話を受けてください」
恋愛感情が湧くかどうかは、相手次第だけどね。
「いや、無理だろ」
パパと話していると、壁を登る小さなクモを発見した。
クモという生き物は、とても賢いと思う。
糸というものを使って狩りをする。そういった道具なりなんなりを使って狩りをするのは、サルのような人間に近い種以外であまり見られないものだ。
「【神威の儀】で良い加護を得たら、断り切れないことだけは覚えておくように」
この【神威の儀】というのは、その年に10歳になる少年少女が神から加護を授けられる儀式だ。
こんな儀式などしなくても、加護は授けられる。貴族はなんでも仰々しくやりたがる。
俺はそういった無駄なことが嫌いなんだけど、そういった無駄を許容するのが貴族なんだとか。
「……そうですか。覚えておきますが、俺の答えは変わりませんよ」
そんなに困った顔をしないでよ。なんなら俺が国王にビシッと言ってやろうか？
「……それから王立レイジング学園の入学試験のことだが、間違ってもわざと落ちようなんて考えるなよ」
「うっ……分かりました」
王立レイジング学園というのは、10歳になる年に入学する6年制の学舎のことだ。
貴族の多くは、この王立レイジング学園に入学するのがステータスシンボルになる。
この学園の入試に落ちれば王女との結婚話はなくなると思ったんだけど、パパに先読みされてしまった。
「落ちようと思っていたようだな。いいか、絶対に受かれよ」
パパにはパパの立場がある。公爵という地位を守るのは、俺が考えるよりもよっぽど大変なことだと思う。
俺が我が儘を言うことでパパが心労で倒れても嫌なので、一定の譲歩はするつもりだ。しかし譲歩にも限度があるよね。
それでもパパの気苦労に比べれば、学園の入試を受けるくらいは譲歩するよ。
「受験し合格するのは構いませんが、学園で何を学べと？」
言語、算術、歴史は自慢じゃないが、人に教えるレベルだ。魔法と剣術に至っても同年代よりは使える自負がある。自立できるだけの経済力と自己資産もある。
「教師が俺に何かを教えるなら、少なくとも俺以上の知識や力がないと話になりませんよ」
「学園はそれだけのためにあるものではない。同年代の者たちと友誼を結ぶ場でもある。それが貴族……貴族にならなくてもあって困ることはないだろう」
「今、貴族にとってと言おうとしましたよね？」
「そんなことはないぞ」
「まあ、合格はしますよ。卒業もできるだけ善処します」
「友を見つけるのだ。いいな」
「そういうものは、学園に通わなくても見つかるときは見つかりますよ」
「まったくお前は……」
パパの部屋を出る時、壁に張りついていたクモがぴょんと飛んで俺の肩に止まった。
1センチに満たない小さなクモだ。色は黒に赤が少し混ざっている。
俺について来るのか。いいだろう、俺のところに来い。
俺はクモを肩に乗せて、部屋を出た。
