私は今日も黒いスラックスに、白のブラウス、冷房除けの淡い黄色のカーディガンを片手に、図書館裏手にある通用口のグレーのドアを、開ける。

私は、タイムカードを押すと、『高野(たかの)』とかかれたIDカードをぶら下げて、大好きな本に溢れた世界へ向かった。

私は小さな頃から本が大好きだった。

大学では文学科を専攻して図書館司書の資格を取った。いま大好きな図書館で司書として働けていることは、私にとって何より幸せなことだった。

「おはよう御座います」

星香(せいか)ちゃん、おはよう」

ゆるい肩までのパーマを揺らしながら、微笑み返してくれるのは、歳が二回りほど離れた同じ司書の水川さんだ。


「返却の本、片付けてきますね」

「今日、少し多いのよ、大丈夫?」

「こうみえて意外と力あるんで」

私は力こぶを作ってにこりと笑った。


たしかに今日は返却本が多い。私は無機質なブックカートを押しながら、順番に仕舞っていく。  

えっと、昆虫図鑑は此処で、銀河鉄道の夜は、あっちの名作コーナーの真ん中だ。

(銀河鉄道の夜、よく読んだな。)

思わず片手でパラパラとページを捲る。


あれはまだ、私が大学生の頃──。


学内図書館の片隅にある二つしかない椅子。難しい英語の参考書や、偉い人が書いた読めない英語の参考文献が並んだ列は、いつも、誰も座っていなかった。
 
私は好きな本を選んでは、その誰も居ない図書館の片隅の椅子に座って本を捲るのが好きだった。

その日、選んだのは銀河鉄道の夜。