「………」

何ものでもない誰かに、問われているのだろうか。

自分はこの件に関して、何者でいるのかを。

被害者遺族か、咲桜の恋人か、学者としてか――

「やはり、襲われたとき、彼女も一緒だったか」

――その全部をひっくるめて、この事件を解決するものを、選びたい。

「はい……。あの子を連れ出して、逃げて、……ついには見つかった。……口封じ、というやつか……襲われて、あの子だけは、見つからないように、と……」

「……あとは、全て警察に話すことをすすめる」

ここまでで、もう十分だろう。

「待ってください。さっきの方は、あの子の――」

「桃子さん」

「……ももこ……?」

「在義さんの妻の名前は、桃子さん。それだけが、真実です。あなたが知っていることを話すことはすすめるが、これ以上、あなたが知らないことを詮索するのは赦さない。……俺も、あなたには害意しかない」

何も思わないのかと思っていた。

今あるのは、怒りだけだった。

「事件に対しての俺の立場は旧知に任せるから、もう俺がここに来ることもないだろう。……それでは」

頭を下げたりはせずに、流夜も退室した。

廊下に在義はいない。先に帰っただろうか。

常に忙しい人だから、それも仕方ない。

今の対応が正解とは思えない。

でも、あれ以外に言えることはなかった。

……正直、何も言いたくなかった。

意識があるのとないのだけで、ここまで感情の発生が違うものか――。

「流夜くん」

「―――」

ロビーの椅子に、在義は座り込んでいた。

今日は平日。喧騒の病院。

在義の周りだけ、切り取った空間のようだった。

「………」

流夜は黙って、その隣に腰かけた。

在義は組んだ手に額を押し付けた。

「すまなかった」