一つの病室。
在義は躊躇なく扉を開けた。
病室に足を踏み入れるのに勇気はいらなかった。
どんな状態で、誰が待っているのか、知ってはいた。
在義に続いて入り、室内を見る。
音が急に消えた気がした。
ピ、ピ、という機械音だけが響いている。
ベッドに横たわる人影。チューブが何本も繋がれている。
……特に何も思わないな。
それは、咲桜の恋人としての自分でいるからだろうか。
咲桜の父は在義でしかないから。
ここにいるのは、暴行事件の被害者で、誘拐の容疑がかけられている人。
「……流夜くん」
「はい」
「私の肩、摑んでいなさい」
「……は? いくら混乱しても男に抱き付くような趣味ないですよ?」
「イライラしてあの生命維持装置ぶっ壊したい」
「在義さんはこれ以上一歩も動いちゃ駄目です」
在義の右肩を思いっきり摑んだ。
だから公私混同の在義は苦手なのだ。
苛烈な太陽の塊と評された私人としての在義の考えで、公人の立場を使う。
「つーか、そんななるんだったら龍さんに頼めばよかったでしょう」
「いつかは俺がどうにかしないといけない存在だ。君よりも俺に関係のある人間だ」
「………」
うわあ……一人称が私人モード全開。
これ、絶対右手が離せない。
「……在義さんは、この人をどうしたいんですか?」
「とりあえず石抱きかな」
「今すぐ帰りましょう」
在義の肩を摑む手に力が入る。
江戸時代の拷問だった。
何考えてここに来たんだ、この人は。
「そのくらいぶっ飛ばしたいヤツだってことだよ」
……本来はそれ、自分が思うことなんだろうなあ、と遠い感情で在義を見る。
こんなときに、自分の壊れ具合というか……欠落感をひたと受けることになるとは。