スッと、彼女の全身から力が抜けるのが分かった。
心静止を示す、単一な機械音が静かだった病室を不愉快に満たした。
朝に沈む前のここは、まるで海の底みたいな静寂の青に包まれていた。満足気に笑みを浮かべるその痩せこけた顔をしばらく見つめてから、僕は静かに死亡確認を始めた。
「どうだった?真田夏菜子の最期は」
朝の回診の時に、上の先生に聞かれ、僕は重苦しいため息を吐いた。
「嫌な気分になります。死への冒涜にすら感じる。あんなふうに記憶を操作して、騙すみたいにして逝かせるなんて、悪趣味だ」
嫌なものを見てしまった。そんな感覚が拭えなかった。
血液内科という仕事柄、死に対しては嫌でも慣れてしまっていて、真田夏菜子への思い入れも他の患者とさして変わらないはずだった。
「けれど、それが真田夏菜子の希望だったんだろう。
2週間前までは酷かったじゃないか。死への恐怖で発狂して、管を全部引きちぎったり、一晩中泣いてたり、こちらへの暴言も聞いてられたもんじゃなかった」
そう、あの患者はひと月ほど前に余命宣告をされている。
2回目の骨髄移植をしてなお、白血病細胞が増えており、もう手の施しようのない状態で、緩和へ移行するICをしたのだ。
そこから彼女の情緒はおかしくなった。暴れて、泣いて、縋って、死への受け入れができる前に最期を迎えることが予想された。
そのため、近年緩和医療で導入されている、死への受け入れを容易にする記憶操作の機械を彼女に取り付けたのが2週間前のこと。