「ああ、もう駄目だね、南さんは。おしっこ出なくなってきてる」


上の先生の言葉に私は凝視していたカルテから視線を上げた。


彼の部屋で、最悪の結果、すなわち骨髄移植後も彼の中の白血病細胞が増加を続けていること、今の体力からは次の治療ができないこと、ここで緩和に移行した方が、彼の最期が穏やかになるであろうことを告げたのは、つい2週間前のことだ。


進行が早い。


「もってあと数日だなあ」


顎の髭を撫でさすりながら上の先生が告げた言葉に無言のまま頷いた。


人間の排尿が止まる時は死の近さを意味する。
腎臓までが機能破綻に陥っている証拠だ。
ここまでくるとあとはもう、もって2、3日だ。


「私の判断ミスです」


深い悔恨の言葉が唇から漏れ出た。


「もっと移植のタイミングが早ければよかった。白血病細胞が抑え込まれているうちに判断するべきだったのに」


「でもあの時は感染症も酷かった。そっちで死にそうだったんだから、その治療を優先するのは仕方なかったろう。例え時期がずれても骨髄移植ができただけですごい状態だったと思うぞ」


あまり気に病むな、と肩を叩かれる。


「南さんもそれは分かっているだろ」


そう、きっと彼はちゃんと分かっている。
けれど、天涯孤独で、支えてくれる人間がいなくて、それでも前を向いて治療に励む彼を。自分が一番しんどいはずなのに、私の拙い言葉に微笑んで頷いてくれる、優しい彼を。
私は、救いたかったのだ。


「いっそ代わってあげられたら…」


これは自分の罪だ。
自分が彼に代わることが贖罪になるのなら。


「私はそれでも構わないのに」


そのまま私はカルテの前に突っ伏した。自分を守るみたいに両腕で顔を隠して、疲れていたのか、そこからの記憶はプツンと途切れた。