ボク、騎馬崎 駆馬から見た月見 球太郎は、才能の塊だった。
「これはすごい」
それは編入から半年経った頃。
中庭の大型モニターに、試験の中継映像が映し出されていた。
教員や試験官だけではなく、ボクたち一般生徒でも見ることの出来る、公開試験の真っ最中だったようで。
その中で。
明らかに『異質の動き』――――いや、『異質の考え』を持っている人物を発見した。
「…………へ?」
彼は細身で、鍛え上げられてもいない身体を持ち。
どこか申し訳なさそうに、どこか居心地が悪そうに。
パーティの中に、しかし確かに存在していた。
四人組の最後尾。
前衛で戦う二人。中盤で矢を射る弓兵の、更に後ろ。
味方にパワーアップ魔法をかける役割を担っていた、何とも覇気の感じられない男の子だった。
けれど。
「あの子……、天才だ……!」
抜群の、味方との距離感。
ポジショニングに目がいったのは、ボクが長年団体競技であるサッカーをやってきていたからか。ともかく。
つかず離れず。
自分が魔法を最大限かけやすく、かつ、戦況を把握できる位置に立って。
その都度、必要なバフを味方へ与えていた。
「これは、この試験も楽勝だろうな~」
そう、気楽に見ていた矢先だった。
ベストのポジショニングに、ひびが入る。
前衛の一人と後衛のバッファーが、衝突したのだ。
それもおそらく、これまで後衛に居たはずのバッファーが、急に前へと飛び出した。
「ん……? んんん???」
一瞬の疑問。
けれどその後、ソレは氷解する。
「あぁ……」
あの子。
掛け値なしの天才だ。
ボクはその状況をそう評したが――――どうやら周囲は違ったようで。
その突飛とも取れる行動に、チームはバランスを崩し、モンスターからの反撃に遭い、あえなく試験は終了。
前に飛び出した名も知らぬ男の子は、味方内外から、大量の批難を浴び続けていた。
「ボクが弁明しに行くことも出来たんだけどね。でも上手く説明できないかもしれないし、所詮は映像越しだからね。逆効果だろうなーって」
ダンジョンから出たその足で。
ボクたちは学園の報告課へと向かう。
時刻は十六時。ボクがタマを追いかけ始めたのが昼前だったので、正味五時間ほどしか経過していない。
その割には濃い時間だったなぁと思い返しつつも、ボクはタマの様子を伺う。
「見てたんですね……、そのときのこと」
「ありゃ。テンション落ちちゃったかー」
この様子を見るに。その一回だけじゃ無いんだろう、ヘマをやらかしまくっていたのは。
彼と組んだ人たち全員が同じ評価を下すってことは、つまりはどのチームに居ても、同じムーブをし続けているということなのだから。
「俺の行動原理や思考を、説明できないのが悪いんです」
けれどタマは。
落ち込むというよりかは、自分の実力不足を認めているような言い方をする。
自分の落ち度をしっかり見つめられるのは、彼の良さだよなと改めて思う。
「タマはさ。目の前のことに、全力過ぎるんだね」
「え……? あぁ……」
「周りと上手くいかなかったのは、ソレが原因だ」
戦闘方法の話では無く。
性格的な話。
簡単に言えばこの月見 球太郎という人物は。
みんなのことを考えすぎるが故に、いつも全力で頑張ってしまって。
ちょっと、空回りしてしまう男の子なのだ。
「過去の試験内容だけど。色々と話しを聞かせてもらったよー。
組んだ生徒のみならず、そのときに見ていた教員や試験官の意見もね」
「そんなことしたんですかカルマさん」
「大事なバッファー……になってくれるかもしれない子のことだし。これくらい当たり前じゃない?」
「……」
何を当然のことを。
データは集めれるだけ集めたほうが、いざという時役に立つ。
そういうところ、もっと教えていけたらいいかな! お姉さんとして!
まぁとにかく。
「キミの最大の武器。それは――――、先読みの技術だ。
何で培った技術かは知らないけど、キミは誰よりも、敵の攻撃を読めすぎる」
「う……」
「だからこそ、それが噛み合わなかったとき。
傍目にはキミひとりの暴走に見えてしまう」
ボクの言葉に、「その通りだ」と言わんばかりに目を伏せるタマ。
うーん、だからぁ。しょんぼりさせたくて言ってるワケじゃないんだけどなー……。
お姉さん道は険しくて難しい。
もっと頼れて元気づけられるお姉さんになりたいんだけど。
「やっぱり包容力? 包容力なの?」
「はい?」
「もうちょっと胸も大きい方がいいのかな? サイズの割には柔らかいとは思うんだけど」
「何の話してるんです!?」
お。とりあえず大きな声は出たみたい。
何がきっかけかは分からないけど、良かった良かった。
「とにかくね、タマ。
キミはこれまで散々無能だ何だと言われてきたんだろうけど。間違っても無能ではないよ」
「……」
「まぁ、有能かどうかは、これから先の行動で決まっていくんだろうけどねー」
彼の有効な使い方は。
ともかく強敵と戦うことだ。
その戦闘経験のあるなしで、動き方もだいぶ変わってくると思う。
「だいたいキミもさ。自分がこう考えてるよってことくらい、ちゃんと周囲に伝えておかなきゃ」
「そう……なんですけど。そういうの苦手で……」
「いきなりやられたらびっくりするよね!
何せこれまで最後尾でバフを放つだけに徹していた後衛が、いきなり前に飛び出すんだから! あはは!」
「ですよね……」
ただまぁ。
あのときはアレがベストだったと、今でもボクも、そして彼自身も思っている。
「コミュニケーションが苦手だろうがなんだろうが、仲間に手の内は知らせておくべきだと思うよ」
「はい……」
「ボクにはちゃんと伝える事!
なんたって今は、『玉突き事故』の月見じゃなく、うちの大事な『ボール出し係』なんだから!」
「……はい!」
まぁ。
パーティ内における『ボール出し係』って何だろうという疑問はさておいて。
「あの、カルマさん?」
「なに?」
「ってことはつまり、カルマさんはそのときから俺を見てたってことですよね?」
「ん? そうだね――――」
いや待てよ、聡明でお姉さんなボク。
確かにその通りだけれど。その発言に素直に頷いた場合、いろいろ誤解されそうではないだろうか。
ぶっちゃけると、いくら聡明で優秀で人当たりの良いお姉さんであっても、けっこうキモいのでは? なんかストーカーみたいな扱いされそうじゃないだろうか?
それは流石にこちらとしても本意ではない。
ボクはストーカーではなくお姉さんなのだから。彼にとっての頼れる先輩でありたいのだから。
せっかくパーティ組めたというのに。
変な誤解で距離をとられたらたまったものではない。
「いやいや、全ッ然キミのことなんか見てないんだからね!」
「急にどうしました!?」
「キミのことなんざ全然好きじゃないんだからね!」
「出来の悪いツンデレみたいになってますけど!?」
「ツンデレなんかじゃないんだからね! そんなの目じゃないんだからね!」
「じゃあもうこれ、ただの怒りっぽい人だ! お気持ち表明アカウントみたいなやつだ!」
「アカウントなんて持ってないんだからね!」
「たしかに、ネットには疎そうな気はしていました! いや……、もういいです……」
「むぅ……」
なにやらコミュニケーションに失敗してしまったみたいだけど。
まぁいいか。どうやらテンションは元に戻ってくれたみたいだ(正直今ボクはノリで喋っていたから、どういう発言したか覚えてないけど)。
「とりあえず。報告終わったら、明日の結果待ちだね」
「え、報告したらそのまま帰っちゃうんですか?」
「うん。クエストを、クリアか脱出したら、だいたいそう――――あ、」
「あー……その」
そういえば彼。
これまで全部のクエスト失敗してるんだっけ。
学園内の汎用ダンジョンだから命があっただけで、これまでの人生で、『ダンジョンの報告』というものを行ったことが無いのか……。
「つまり……、初体験ってことかぁ」
「ま……、まぁ、そうなりますかね?」
「ボクが初体験の相手かぁ。嬉しいね!」
「間違ってないんですけど御幣がありますね!?」
間違っていないのならば良いのでは?
そう首をかしげていると、程なくして報告課の部屋が見えてくる。
「それじゃあちゃっちゃと報告して……ん?」
「はい? どうしました?」
「いや、タマ。キミ……、どうしたのその手?」
「え? ……って、何だコレ!!?????」
また『って』だ。
いや、今は置いておこう。
「どうしたのその手の傷! 血もすっごいにじんでるよ!」
見ると彼の両の掌からは、大量の血がぼたぼた流れ落ちていた。
手荷物の持ち手部分にも血がにじんでいる。
慌てて覗き込んでみると、皮膚がずたぼろになっていた。
血も、赤というよりは黒ずんでいる。そしてその中に、紫色の粒子のようなものも混じっていた。
「あー……、コレ、内側から魔力が暴発してるね?」
「え……、そ、そんなことあるんですか!?」
「キミ、あの魔力球放つとき、杖を媒介させてなかったじゃない? だからじゃないかな?」
「えーと……」
主に魔法で戦うスタイルの人が杖を使う理由は、大きく分類して二つ。
一つは魔法の威力が上がるから。
そしてもう一つは、生身から魔力を放出すると、身体が耐えられないからだ。
「からだが耐えられない、からだ」
「何で二回言ったんですか!?」
「いや……、意図せずダジャレになっちゃったから。浄化しておこうと思って」
「随分余裕ですね……いてて!」
「あ、大丈夫?」
ダンジョン内で魔力が通っているならまだしも、表に出てきてしまえば回復魔法は使えない。
赤黒いその傷は、見ているだけでとても痛そうだ。
「報告はボクに任せて、タマは治療室に行ってきなよ。後でボクが向かうから」
「ご……、ご迷惑かけます~……」
言って、彼は別室へと歩いて行った。
あーあ。
パーティでダンジョンに行ったよって報告するの。
ちょっとだけ、楽しみにしてたんだけどな♪