新職業(?)・『ボール出し係』となった無能バッファー、元・アスリート女子たちと共に現代ダンジョンで無双する



 騎馬崎(きばさき) 駆馬(かるま)と言えば、学園に馴染めない俺でも知っていた。
 太陽のような笑みと、小柄なワンコ感。
 けれどその中身は、修羅のような道程を辿った元・アスリート女子である。
 そんな、元スタープレイヤー。

 今から六年前。
 世界各地で起こったダンジョン発生の土地に、このセピア丘学園も選ばれた。
 元は、小学校から大学院までが入るほどの広大な敷地を持つ、お嬢様学校だった。が、切除できない事象に襲われたと理解するや、経営陣の行動は早かった。
 急ピッチでこの学院の歴史に幕を閉じ、アフターケアも万全にしたのち――――この、ダンジョンに隣接する土地を、『冒険者育成施設』へと再編させた。

 このころの俺も、そしてカルマさんも、この学園とは何のかかわりも無い人間で。
 俺は平凡な小学生。カルマさんは当時から、超新星の、ジュニアサッカー選手として名を馳せていた。

 そこから六年。何の因果か。
 俺たちは示し合わせたように、同じ年に冒険者を目指し、この学園に入ることとなる。

 元々この学園は、十歳から二十二歳までの人間なら入れる制度だ。
 これまでの経歴も学力も、学費が払えるのならば経済状況さえ不問というのが、この新生した学園の理念らしい。

 ――――なので。
 高校一年生までは普通の生活を送っていた俺みたいな一般人でも入れるし。
 騎馬崎先輩のような、超一流スポーツ選手でも、進路を変えて編入できるのである。

『サッカーは終わり! 次はダンジョン(ココ)です!』

 写真の光とマイクが飛び交う記者会見で、騎馬崎 駆馬は元気よくそう告げ。
 この学園へと足を踏み入れた。

 小学校からすでに、飛び級で高校生以下年代の代表入り。
 中学一年生で本格化し、世界で表彰されたこともあるほどの天才プレイヤー。
 俺はサッカーのことはよく分からないけれど。
 その分野を沸かせた人間というものは、素直に尊敬できる。

 一度何かの映像で見た限りだと、あのスピードと動きは人間のソレではなかった。
 ダンジョンに潜る俺たち『冒険者』は魔法で身体能力が強化されるけれど、それでも今の俺にあの動きが出来るとは到底思えない。

 さておき。
 そんな騎馬崎女史は、高校一年のとき。
 まだこの学園とは一切関係のない、スーパースターだった時代。
 その所属高校を、全国優勝へと導いた。
 ぶっちゃけ終始、彼女の独り舞台だったらしい。
 サッカーは一人ではやれないとは言うが、チームを盛り立て、勝利へ導くことは一人でも出来ると、世界でも有名な監督に言わしめたほどだとか。

 だから意外だったのだ。
 世界中から注目され、
 サッカーをこのまま続けていれば、確実に成功が約束されているであろう彼女が、
 その道を逸れて、『冒険者』の門を叩いたことが。




「とりゃー!」
「おー……」
「おりゃー!」
「おぉ~……」
「うりゃりゃ……やぁッ!」
「ほほぉ~~……」

 カルマさんを先頭に、俺たちはダンジョンを進む(もどる)
 第三層のモンスターたちですらも余裕だった彼女にとって、第二層のモンスターは紙くずに等しかった。
 エンカウントからテンカウント以内。
 悉く、現れた先から魔力の塵となっていく。

「絶好調だね!」
「絶不調のときとかあるんだろうか……」

 太陽のような笑顔がまぶしい。
 真っすぐな瞳で狂気的に笑うとき以外は、本当に爽やかなスポーツ少女といった感風貌だ。黒髪ショートだからというのもあるかもしれない(青く変色した部分からは目を逸らしつつ)。

「少女っていう年齢でもないけどね! 十九歳! 大学生のお姉さんだよ!」
「あ、あぁまぁ……、そうですね……」

 小柄な体でえへんと胸を張る彼女。
 まぁ、しっかり者のお姉さんといった感じではあるけれど、それにしてはやや落ち着きが足りない気もする。

「今お姉さんキャラにしては、足りないものがあるって思ったでしょ~」
「え、いやその……」
「身長かおっぱいか、どっちかだと見たね!」
「違います」
「でも十八歳の男の子だもんね! 女の人の身体にイチャモンつけちゃうのは仕方ないよ!」
「そこ笑って言わないでください! 俺がとんでもなくゲス野郎みたいじゃないですか!」
「柔らかさには自信があるよ」
「何の話してます!?」
「身体の関節のはなし」
「紛らわしい!」

 喋りながらも、彼女はざくざくと先へ進んでいく。
 基本的な歩行速度が違いすぎるので、俺はついて行くだけで精いっぱいだ。……何もしてないのに。

「今は何もしなくて大丈夫だよー。元よりさっきの魔法球? は、イレギュラーなものとして扱ってるから」
「です……ね」

 確かに先ほどの特大魔法球は、俺のピンチを救ってくれた。
 けれど、再現性の無いものを戦力としてカウントするわけにはいかない。
 もしかしたら暴発する可能性だってあるのだ。

「何であんなものが出たのかが分からない以上、慎重に扱うべきですね」

 そう俺が言うと。しかし彼女は「いや」と首を振った。

「その力の内訳は分からないけれど、キミの身に『何で』変化が起こったのかは、分かるよー」
「え……、そうなんですか?」
「うん」

 言いながら彼女はよしよしと俺の頭を撫でる。
 どうしてこのタイミングで頭を撫でたんだ……。お姉さんキャラ特有の甘やかし行為にしては、タイミングが謎過ぎる……。

「あ、あの。俺の身体への変化って?」

 こちらの質問に対して、カルマさんは笑顔のまま指を立てて説明する。
 頼られたことがそんなに嬉しかったのか、満面の笑みだ。
 ホント、狂気な笑顔以外は、かわいいな……。

「まずはスキルの変化についておさらいしておこうか。
 ボクたちは冒険者として、基礎ステータスに加え、常時発動(パッシブ)能力(スキル)任意発動(アクティブ)能力(スキル)を持ってるでしょ?」
「そうですね」

 常時発動(パッシブ)は、ダンジョン内でほぼオートで発動しているもの。
 何らかの加護とか、攻撃や防御のアップとか。恩恵のようなものである。
 個人だけに効果があるものもあれば、パーティを組んだ時、その人員全員に効果を及ぼすものもあったりと様々だ。

「俺に変化があったのは……、任意発動(アクティブ)の方」

 任意発動(アクティブ)は、ダンジョン内の魔力と自分自身の魔力を使って、任意で発動するもの。
 回復魔法や攻撃魔法、防御魔法などなど。罠のサーチや高速移動魔法。
 前衛が使う物理攻撃技も、このカテゴリである。

「そうだね!」

 言い終わると同時、彼女は再びえらいえらいと頭を撫でてくれた。
 事実確認をしただけで、褒められるようなことは何もしてないんだけど……。
 あと、実は撫でられるたびにイイ匂いがして、ドギマギするのでやめていただきたい。

「あ、あの。それで……?」

 質問ばかりになってしまっているが、ここをはっきりさせておかないとどうしようもない。
 申し訳なさそうな俺の質問に、しかし彼女はあっけらかんと続けた。

「スキルの変化は、今でも確定した研究結果は出てないんだ。だけど、おそらくコレだろうという推論は立ってる」

 それが。
 危機的状況における、体中の急激な成長と。
 もっとこうしたいという、願望やイメージが具体化される現象である。

「キミはあのときモンスターに襲われ、命の危機に面していた。
 そしてボクの、足技による攻撃を見た。これがきっと、――――変化のピースだったんだ」

 ダンジョンの風にさらりとなびく、彼女の短い黒髪。
 それから連想し、出会ったときの光景を思い返す。

「確かに……。あのときは、とにかく必死でした」

 目に映る全てのものが情報として流れてきた感じだった。
 死にたくない一心で、とにかく出来る限りのものを見て、何か打開できるものは無いかと無意識に探していたのかもしれない。
 結果的には自力で何とか出来なかったものの……、それが、スキル変化のトリガーとなった。

「知っての通り、ボクはサッカー選手だった。だからやりやすい攻撃方法をとると、自然とサッカーの『何らかの』フォームに近くなる」

 最初の飛び蹴りも、俺の出した魔力球を蹴った時も、ダイレクトボレーシュートみたいな回し蹴りだった。
 遠心力を利用した腰の入ったそのキックは、今はサッカーボールでは無く、モンスターを蹴っているわけか。

「だからキミはきっと、この場に足りないモノを補うために、とっさに魔力を出したんだろう。あの――――超密度の魔力球をね」
「そんなことが……」

 確かに。
 俺が一番慣れている魔法は、自分か味方の防御力を上昇させる『防御上昇(ハーデン)』のスキルだ。
 ――――死にたくない。
 から、とにかく慣れているやり方で、魔力を出してみた。
 するとそれが、防御魔法ではなく攻撃魔法――――のようなナニカに変化した、と……。

 彼女の説明を一通り聞き終えて。
 俺はあらためて……、首をかしげていた。

「……うーん」
「うーん……?」

 カルマさんは覗き込むような視線で、疑問が晴れていない俺へと問いかけた。

「腑に落ちないかな。――――『玉突き事故』の月見くん?」
「ッ!」

 瞬間。
 脳裏にフラッシュバックする。

 これまでの悪評。
 視線、声、噂。

『アイツも参加してたのかよ』『いなくなってくれねぇかな』『こっちにも影響無いといいよな』『前の試験も、アイツのパーティがさ』『迷惑だよなあ』『どっかで事故って消えてくれねえかな』『何のためにこの学校いるわけ?』

 耳を塞いでしまいたくなる幻聴が、一時的に脳を支配する。

「……カルマさん、そのこと」
「うん。ボクも知ってたよ。キミの評判」
「……う」

 俯きながら、冒険者プレートに目を向ける。
 カルマさんと組まれたパーティの証だ。
 しかし、本当にこのまま組んでしまって良いのだろうか。
 何たって俺は、悪評付きまとう冒険者見習いだ。

「――――『玉突き事故』の月見、かぁ。
 うまいこと言ったもんだよね」
「……、」

 うなだれる俺を他所に、カルマさんはおさらいのように、一つ一つ、事実を確認していく。

「キミと組んだパーティは、その悉くがクエストを失敗してしまう」
「……」
「しかも、失敗理由は均等に、均一に。
 まるで図ったかのように、口をそろえて全員が同じことを述べる」

 曰く。
 途中まではうまくいっていたが、月見が急によく分からない行動をしたせいで、バランスが崩れた、と。

「全員だ。
 キミに関わった全員が全員、嘘偽りなくそう発言している」

 彼女の言うとおりだ。
 だから俺はこうレッテルを貼られている。
 肝心な時に仕事の出来ない、無能の付与術士(バッファー)
 途中で恐怖に支配され、混乱して場を乱す邪魔者。
 そういう、疫病神のような扱われ方だ。

「そう噂されるようになってからは。授業でも出来る限りみんなの邪魔にならないよう、チーム実習には顔を出さないようになりました」

 それゆえに昇級もなかなか出来なかった。
 授業を受けていないのだから当たり前だ。

「きみ確か、このダンジョンには、同じFランクの人から誘われたって言ってたね?」
「はい。Fが一人。それ以外はDランクです」
「なるほど。災難だったね!」

 あははと彼女は視線を外さず笑って、言葉を続ける。

「おおかたこんなところじゃないかな?
 今回はたまたまキミの悪評を知らない、編入したてのFランクの子に誘われた」
「……」
「が、Dランクの連中は。元々どこかでキミを『切る』気でいた」
「――――!」

 あまり耳にしたことは無いが。
 中にはパーティメンバーを(エサ)にして、高ランクモンスターから逃げる奴らもいるという。

「だってキミら、(はな)からクリアする気は無かったんだよね?
 つまりは、月見 球太郎を囮にして、三階層踏破の実績を作りにいった――――ってところかな?」
「そんな……」
「笑えるね」

 言いつつも、彼女は笑わず言葉を吐き捨てた。
 正義感が強いのか。
 それとも仲間想いなのか。ともかく。

「そんなキミは……。
 第三階層に置き去りにされて、成すすべなく彷徨い歩いてモンスターに遭遇して――――ボクに出会って今に至ると」
「そう……ですね」

 事実を整理してみると。
 思った以上に大分酷い。
 俺の悪評を知っていても、パーティを組んでくれたということが嬉しくなって、囮に使われるかもしれないという考えにまで至らなかったのか。

「大分酷いですね……、俺は」
「ん? 何が?」
「そうでしょう。パーティに切られるかもっていう最悪を、想定して動けなかった」
「へえ……。キミ……、」

 カルマさんが何かを言おうとした直後だった。
 ズン――――、ズン――――と、これまでの大型モンスターよりも一段大きな音が、フィールドに響き渡る。
 足音は、二重。
 つまりは二匹の、超大型モンスターが迫ってきている。

「よし。この話は後にしよう。……だけど、ねぇタマ」
「タ、タマ……? って、俺のことですか?」
「うん。月見 球太郎だから、タマね?」
「は、はぁ……」

 急なあだ名呼びにきょとんとする俺に対し、彼女は真っすぐに目を見てくる。
 大きく見開かれた元気な瞳が。
 俺の目を掴んで離さない。
 目を切ったら負けだと言わんばかりの、力強い眼光だった。

「キミはキミの、思った通りに動いてみて」
「え……」
「これまで散々ボクを味わっただろ? 今度はボクが、キミを試す番だよ!」

 その言葉はしかし。
 嫌な感じは一切しなかった。
 というよりも、この言葉の意味を考えると。
 それは……、本格的なパーティ宣言だ。

「信じてるよ! 何せボクは、頼れるお姉さんだからね!」

 そうして。
 エンカウントする。

 二匹のバケモノと。
 二人のニンゲン。

 ゆうに俺たちの倍以上あるその巨躯は。
 こちらへと勢いよく襲い掛かってきて――――




 迫り来る巨躯が二体。
 しかしそれらは、俺の方へと来ることは無かった。

「たぁ!」

 カルマさんが放った神速の蹴り。
 それにより上半身にダメージを追ったサイクロプスと呼ばれる一つ目巨人たちは、二体ともターゲットを彼女に定めた。

「あはははは! おそいおそいー!」

 宙へ舞っては蹴りによるダメージを与え。
 地面を、壁を、時に相手の身体を蹴って、フィールドと空間を縦横無尽に飛び回るカルマさん。
 遠くから見ているのでかろうじて姿は確認できるが、それでもはっきりと見えないのは流石の速力だ。

「そー……りゃッ!」

 まるでサッカーボールを蹴るかのように。
 彼女のインステップキックが巨人の腕へと炸裂する。
 しかしこれまでの敵と頑丈さが違うのか、苦しみはするものの、腕を破壊するまでには至らなかった。

「グォォォッ!」

 反撃に出る巨人だが、それを回避したカルマさんは後方に大きく飛びのく。
 が、そこへと。
 もう一体のサイクロプスが、大きな両腕で迫り来る――――ことを。
 俺は。
 予見していた。

「…………ッ、」

 けれどそこで、動きは止まる。動きを止める。
 前へ進もうとした足へと無理やり待ったをかけて、その場で立ちすくんでしまった。

 玉突き事故の月見。
 急に異様な行動をしだすため、チームに迷惑をかけ、クエストを失敗させる。

 そんな評価があって。
 俺は度重なる失敗のせいで、『俺自身』を信用できない。
 この考えが合っているのか。正しいのか。
 この行動に意味があるのか。適切なのか――――

『キミはキミの、思った通りに動いてみて』
「あ……、」

 一瞬のフラッシュバック。
 彼女の視線(ねつ)が、思い出される。

「俺……、俺は……ッ!」

 けれど。
 けれどけれど、けれど――――
 迷っている暇はない。
 止まっているかのような一瞬時間。
 巨人の腕の、わずか下で。
 彼女の牙が、歪んだような、そんな気がした。

『信じてるよ』
「カルマさん……」

 自己紹介だ。
 これまでの月見(つきみ) 球太郎(きゅうたろう)は、こんなシチュエーションに面したとき。
 後衛が前衛を(・・・・・・)かばう(・・・)という動きをしていた。

 パーティが窮地に陥ったときの、最終手段。
 俺の防御上昇(ハーデン)は本当にポンコツで。他者へかけたときと自分自身へかけたときだと、ランクが違うのではないかと思うくらい上昇力に差がある。
 だから、自分自身へと防御上昇(ハーデン)を付与し、攻撃を受けそうになっている前衛をガードする。
 本来ならばあり得ない行動だが、それが最善であると、思ってしまうのだから仕方がない。

『は!?』『オイっ!』『ちょっとっ!』『何やってんだお前!』『ふざけないでよ!』

 数々の罵声が思い出される。
 そう――――
 けれどそれによって、前衛はリズムを崩し壊滅。
 後衛もそれに巻き込まれてクエスト失敗……と。
 それが、俺が『玉突き事故』と呼ばれる由来だった。

 だから/きっと/おそらく/本当は、
 今ここで走っていくのは間違いなのだ。
 元より俺には、魔法を放つための杖がない。ピンチのときに失われてしまっている。

 今はもう、一つしか。
 出来ることは無い。
 少なくとも、彼女に対しては。

『キミの――――』
「思った通りに、」

 彼女にとっては、どちらでも良かったのかもしれない。
 俺が従来通り前線に走るのでも。
 例え走らなくても、一人で状況を打開できた。そんな気がする。

「けど、俺は……!」

 俺も、一緒に戦いたい。
 パーティの戦果の、一部になりたい。

 そう思ったからこその、熱。

「うぉ――――おおおおおッ!」

 奥底から魔力を練り上げる。
 杖はない。なのに、威力は高い。

「ボールよ……! 出ろッ!」

 名も無い魔法を放出させる。
 両掌から練り上げられ、球体のカタチをとったソレは。
 ゆるやかな軌道を描き、彼女の頭上へと飛んで行った。

「あはっ☆」

 ぺろりと舌なめずりの音。
 宙を舞う魔力(ボール)を見て、目を輝かせる彼女からだ。
 きらきらとした瞳が輝いて。
 ソレに、飛びかかる。

「そこだね……!」

 良く晴れた草原。澄み渡った空気の中舞う、一枚のフリスビーとカワイイ犬。
 しかし、そんな平和な光景が見えたのは、勿論錯覚だった。

「――――シュートッ!」

 ダイナミックなオーバーヘッドキックが、魔力玉を蹴り飛ばす。
 後、一瞬の爆発。
 超密度の魔力を持った巨大球は、流れ星のように急降下していき、サイクロプスへと炸裂した。

「よし! やったァ!」

 着地した後、灰燼と化していく巨体を見てブイサインを出す彼女。
 しかし。

「カルマさん、後ろ……!」

 背後からもう一体のサイクロプスが迫る。
 俺は再び魔力玉を生成しようと思ったが、今の反動で上手く魔力を練れなくなってしまっていた。

「あはは、大丈夫だよ」

 笑ってカルマさんは。
 まだ消滅しきっていない、倒したばかりのサイクロプスの身体を駆け上がったかと思うと、そこから高い宙返りを見せた。

「ボクは負けない!」

 黒い魔力塵に、白い足が映える。
 鳥のように自在だと思ったし。
 龍のように、空を支配しているようにも見えた。

「――――行くよっ」

 そして黒龍は、牙を剥く。
 魔力の後押しによる直滑降。
 あまりにも眩い白き魔力。
 己が身をまるで一つの剣と化し、騎馬崎 駆馬は流星となり対象へと落下していく。

「やぁぁぁぁぁぁぁあああッ!!」
「グ――――ガァァァァァッ!」

 こうして。
 小さな矮躯の俺たちは、その倍ほどもあった巨人を葬ることに成功したのだった。

 消滅していく二体の巨人たち。
 どこか綺麗に見える黒塵を見送りながら、彼女は口を開く。

「……さっきの説明の続きだけどね、タマ」
「説明……? あぁ、スキル変化の話ですか?」
「うん」

 小柄な身体とは思えないほどに通る声で。
 まるで彼女は、俺を諭すように。
 言葉を浸透させるように、言い聞かせた。

「これまでキミは、防御スキルを自分の『軸』に据えてきた」

 人を守るとき。自分を守るとき。
 戦況を予測し、どうにかしなければともがき、あがいて、導き出したのが、『守ること』だった。

「けれど今、キミのスキルは。攻撃のためのものに変わったんだ」

 名称の間抜けさは置いておいて。
 俺のこの『ボール出し』は、物凄い魔力量を秘めていることは確かで。
 このスキルは、明確に攻撃用の魔力である。

「ずーっと長い間。
 どうにか現状を打開したいと考え続けていた――――キミの成果(・・)だよ」
「……」

 言って彼女は、こちらへ近づいて。再び俺の頭を撫でる。
 俺は身長百七十センチほど。彼女は百五十センチほど。
 だけど、意外と身長差が無いなあと思ったが、その理由をふと唐突に理解した。

「俺は……」
「ん?」

 きっと、彼女は姿勢が良くて。背筋も伸びていて。
 俺は俯く姿勢が多かくて。やや猫背気味だったからだろう。

 だから、彼女の、今の言葉をきっかけに。
 胸を張って、上を向いて。
 姿勢を良くして歩いても良いのかもしれないと。
 そう思って。


「――――出口だよ、タマ」
「そう……ですね」

 入り口からの光が見える。
 違う冒険者ともすれ違い、もう危険はほとんどないエリアに、帰ってきていた。

「……カルマさん」

 振り向く太陽を。
 俺は直接見やる。
 綺麗に輝く瞳が、俺の目を離さない。

「なぁに、タマ?」

 さて。
 ここでクエスチョン。

 助けてもらってありがとうございました。
 その後に続く、言葉を述べよ。
 ただし俺は。
 彼女と、パーティになりたいものとする。




冒険者
現代に発生した、『ダンジョン』へと潜る者の相称。
戦うだけでは無く、原因究明など研究目的に潜る者もいる。



ダンジョン
中には魔力が渦巻いており、高ランクであればあるほど魔力の濃度は濃い。
冒険者はこの魔力を身体に取り込むことで、超常的な身体能力を発揮したり、魔法を使用することが可能となる。
魔吸値のランクによって、ダンジョン中の魔力を取り込める量が上下する。




 ボク、騎馬崎(きばさき) 駆馬(かるま)から見た月見 球太郎は、才能(・・)の塊だった。

「これはすごい」

 それは編入から半年経った頃。
 中庭の大型モニターに、試験の中継映像が映し出されていた。
 教員や試験官だけではなく、ボクたち一般生徒でも見ることの出来る、公開試験の真っ最中だったようで。

 その中で。
 明らかに『異質の動き』――――いや、『異質の考え』を持っている人物を発見した。

「…………へ?」

 彼は細身で、鍛え上げられてもいない身体を持ち。
 どこか申し訳なさそうに、どこか居心地が悪そうに。
 パーティの中に、しかし確かに存在していた。

 四人組の最後尾。
 前衛で戦う二人。中盤で矢を射る弓兵(アーチャー)の、更に後ろ。
 味方にパワーアップ魔法をかける役割を担っていた、何とも覇気の感じられない男の子だった。
 けれど。

「あの子……、天才だ……!」

 抜群の、味方との距離感。
 ポジショニングに目がいったのは、ボクが長年団体競技であるサッカーをやってきていたからか。ともかく。
 つかず離れず。
 自分が魔法を最大限かけやすく、かつ、戦況を把握できる位置に立って。
 その都度、必要なバフを味方へ与えていた。

「これは、この試験も楽勝だろうな~」

 そう、気楽に見ていた矢先だった。
 ベストのポジショニングに、ひびが入る。
 前衛の一人と後衛のバッファーが、衝突したのだ。
 それもおそらく、これまで後衛に居たはずのバッファーが、急に前へと飛び出した。

「ん……? んんん???」

 一瞬の疑問。
 けれどその後、ソレは氷解する。

「あぁ……」

 あの子。
 掛け値なしの天才だ。
 ボクはその状況をそう評したが――――どうやら周囲は違ったようで。

 その突飛とも取れる行動に、チームはバランスを崩し、モンスターからの反撃に遭い、あえなく試験は終了。
 前に飛び出した名も知らぬ男の子は、味方内外から、大量の批難を浴び続けていた。






「ボクが弁明しに行くことも出来たんだけどね。でも上手く説明できないかもしれないし、所詮は映像越しだからね。逆効果だろうなーって」

 ダンジョンから出たその足で。
 ボクたちは学園の報告課へと向かう。
 時刻は十六時。ボクがタマを追いかけ始めたのが昼前だったので、正味五時間ほどしか経過していない。
 その割には濃い時間だったなぁと思い返しつつも、ボクはタマの様子を伺う。

「見てたんですね……、そのときのこと」
「ありゃ。テンション落ちちゃったかー」

 この様子を見るに。その一回だけじゃ無いんだろう、ヘマをやらかしまくっていたのは。
 彼と組んだ人たち全員が同じ評価を下すってことは、つまりはどのチームに居ても、同じムーブをし続けているということなのだから。

「俺の行動原理や思考を、説明できないのが悪いんです」

 けれどタマは。
 落ち込むというよりかは、自分の実力不足を認めているような言い方をする。
 自分の落ち度をしっかり見つめられるのは、彼の良さだよなと改めて思う。

「タマはさ。目の前のことに、全力過ぎる(・・・・・)んだね」
「え……? あぁ……」
「周りと上手くいかなかったのは、ソレが原因だ」

 戦闘方法の話では無く。
 性格的な話。
 簡単に言えばこの月見 球太郎という人物は。
 みんなのことを考えすぎるが故に、いつも全力で頑張ってしまって。
 ちょっと、空回りしてしまう男の子なのだ。

「過去の試験内容だけど。色々と話しを聞かせてもらったよー。
 組んだ生徒のみならず、そのときに見ていた教員や試験官の意見もね」
「そんなことしたんですかカルマさん」
「大事なバッファー……になってくれるかもしれない子のことだし。これくらい当たり前じゃない?」
「……」

 何を当然のことを。
 データは集めれるだけ集めたほうが、いざという時役に立つ。
 そういうところ、もっと教えていけたらいいかな! お姉さんとして!
 まぁとにかく。

「キミの最大の武器。それは――――、先読みの技術だ。
 何で培った技術かは知らないけど、キミは誰よりも、敵の攻撃を読めすぎる」
「う……」
「だからこそ、それが噛み合わなかったとき。
 傍目にはキミひとりの(・・・・・・)暴走(・・)に見えてしまう」

 ボクの言葉に、「その通りだ」と言わんばかりに目を伏せるタマ。
 うーん、だからぁ。しょんぼりさせたくて言ってるワケじゃないんだけどなー……。
 お姉さん道は険しくて難しい。
 もっと頼れて元気づけられるお姉さんになりたいんだけど。

「やっぱり包容力? 包容力なの?」
「はい?」
「もうちょっと胸も大きい方がいいのかな? サイズの割には柔らかいとは思うんだけど」
「何の話してるんです!?」

 お。とりあえず大きな声は出たみたい。
 何がきっかけかは分からないけど、良かった良かった。

「とにかくね、タマ。
 キミはこれまで散々無能だ何だと言われてきたんだろうけど。間違っても無能ではないよ」
「……」
「まぁ、有能かどうかは、これから先の行動で決まっていくんだろうけどねー」

 彼の有効な使い方は。
 ともかく強敵と戦うことだ。
 その戦闘経験のあるなしで、動き方もだいぶ変わってくると思う。

「だいたいキミもさ。自分がこう考えてるよってことくらい、ちゃんと周囲に伝えておかなきゃ」
「そう……なんですけど。そういうの苦手で……」
「いきなりやられたらびっくりするよね!
 何せこれまで最後尾でバフを放つだけに徹していた後衛が、いきなり前に飛び出すんだから! あはは!」
「ですよね……」

 ただまぁ。
 あのときはアレがベストだったと、今でもボクも、そして彼自身も思っている。

「コミュニケーションが苦手だろうがなんだろうが、仲間に手の内は知らせておくべきだと思うよ」
「はい……」
「ボクにはちゃんと伝える事!
 なんたって今は、『玉突き事故』の月見じゃなく、うちの大事な『ボール出し係』なんだから!」
「……はい!」

 まぁ。
 パーティ内における『ボール出し係』って何だろうという疑問はさておいて。

「あの、カルマさん?」
「なに?」
「ってことはつまり、カルマさんはそのときから俺を見てたってことですよね?」
「ん? そうだね――――」

 いや待てよ、聡明でお姉さんなボク。
 確かにその通りだけれど。その発言に素直に頷いた場合、いろいろ誤解されそうではないだろうか。
 ぶっちゃけると、いくら聡明で優秀で人当たりの良いお姉さんであっても、けっこうキモいのでは? なんかストーカーみたいな扱いされそうじゃないだろうか?
 それは流石にこちらとしても本意ではない。
 ボクはストーカーではなくお姉さんなのだから。彼にとっての頼れる先輩でありたいのだから。
 せっかくパーティ組めたというのに。
 変な誤解で距離をとられたらたまったものではない。

「いやいや、全ッ然キミのことなんか見てないんだからね!」
「急にどうしました!?」
「キミのことなんざ全然好きじゃないんだからね!」
「出来の悪いツンデレみたいになってますけど!?」
「ツンデレなんかじゃないんだからね! そんなの目じゃないんだからね!」
「じゃあもうこれ、ただの怒りっぽい人だ! お気持ち表明アカウントみたいなやつだ!」
「アカウントなんて持ってないんだからね!」
「たしかに、ネットには疎そうな気はしていました! いや……、もういいです……」
「むぅ……」

 なにやらコミュニケーションに失敗してしまったみたいだけど。
 まぁいいか。どうやらテンションは元に戻ってくれたみたいだ(正直今ボクはノリで喋っていたから、どういう発言したか覚えてないけど)。

「とりあえず。報告終わったら、明日の結果待ちだね」
「え、報告したらそのまま帰っちゃうんですか?」
「うん。クエストを、クリアか脱出したら、だいたいそう――――あ、」
「あー……その」

 そういえば彼。
 これまで全部のクエスト失敗してるんだっけ。
 学園内の汎用ダンジョンだから命があっただけで、これまでの人生で、『ダンジョンの報告』というものを行ったことが無いのか……。

「つまり……、初体験ってことかぁ」
「ま……、まぁ、そうなりますかね?」
「ボクが初体験の相手かぁ。嬉しいね!」
「間違ってないんですけど御幣がありますね!?」

 間違っていないのならば良いのでは?
 そう首をかしげていると、程なくして報告課の部屋が見えてくる。

「それじゃあちゃっちゃと報告して……ん?」
「はい? どうしました?」
「いや、タマ。キミ……、どうしたのその手?」
「え? ……って、何だコレ!!?????」

 また『って』だ。
 いや、今は置いておこう。

「どうしたのその手の傷! 血もすっごいにじんでるよ!」

 見ると彼の両の掌からは、大量の血がぼたぼた流れ落ちていた。
 手荷物の持ち手部分にも血がにじんでいる。
 慌てて覗き込んでみると、皮膚がずたぼろになっていた。
 血も、赤というよりは黒ずんでいる。そしてその中に、紫色の粒子のようなものも混じっていた。

「あー……、コレ、内側から魔力が暴発してるね?」
「え……、そ、そんなことあるんですか!?」
「キミ、あの魔力球放つとき、杖を媒介させてなかったじゃない? だからじゃないかな?」
「えーと……」

 主に魔法で戦うスタイルの人が杖を使う理由は、大きく分類して二つ。
 一つは魔法の威力が上がるから。
 そしてもう一つは、生身から魔力を放出すると、身体が耐えられないからだ。

「からだが耐えられない、からだ」
「何で二回言ったんですか!?」
「いや……、意図せずダジャレになっちゃったから。浄化しておこうと思って」
「随分余裕ですね……いてて!」
「あ、大丈夫?」

 ダンジョン内で魔力が通っているならまだしも、表に出てきてしまえば回復魔法は使えない。
 赤黒いその傷は、見ているだけでとても痛そうだ。

「報告はボクに任せて、タマは治療室に行ってきなよ。後でボクが向かうから」
「ご……、ご迷惑かけます~……」

 言って、彼は別室へと歩いて行った。
 あーあ。
 パーティでダンジョンに行ったよって報告するの。
 ちょっとだけ、楽しみにしてたんだけどな♪





 救護室に迎えに来てくれたカルマさんと共に、寮の方へと歩いていく。
 時刻は十六時近く。
 もう春だというのに、まだまだ肌寒い。
 髪が耳元でカットされている長さなので首元が寒くないかと若干心配になったが、私服に着替えたカルマさんはちゃんとマフラーを巻いていた。
 その姿でいると、普通の可愛い、ワンコ系の後輩キャラみたいである(年齢的には先輩だけど)。

「鑑定結果が出るのは二日後だけど……、まぁ、流石にランクは上がるんじゃないかな?」
「どうでしょうね……? 俺、ほとんど何もしてないですし」

 せいぜい魔力球を放っただけだ。
 それも、無くても問題は無かっただろうし。
 しかしそんな俺の発言に対し、カルマさんは「それは違うよー」と言葉を飛ばした。

「役に立ってないように見えても、パーティでいてくれることに重要性があるんだよ!」
「そうなんですか?」
「もちろん!」

 太陽のような笑顔がこちらへ放たれる。
 直接見るのはまぶしすぎた。

「例えば、サッカーのゴール前。毎回ボクが華麗にゴールを決めてるかのように思われるけど、そうじゃないときも当然あった。
 他のメンバーがディフェンスを引き付けてくれているから。一瞬でも自分がシュートを打つと見せかけてくれるから、ボクへのマークが甘くなるんだ」
「ふむふむ」
「例えば、スケルトンが強襲をかけようとしたとき。
 そのターゲットが一瞬でもキミに向いていたら、それはもう仕事をしたことになってるのさ。本人が意図した、しないに、かかわらずね」
「なるほど」

 こちらへモンスターの意識が向いているからこそ、カルマさんは自由に動ける。
 少なくともその一瞬だけは、攻撃されることが無い。
 だから、思い切った行動に移ることが出来て――――勝利(ゴール)を狙えたと。

「まぁ高校一年のときは、既にボクは超プロ級だったから、一人で何人も抜いてたんだけど」
「さっきのセリフの意味」
「でもそしたらさ。ボクにディフェンスが全員寄ってきて、他の選手がフリーになるでしょ? それもチームプレーだよ」
「おぉ、スポーツマンっぽい」
「そう言えばチームメイトに、『一人で何人も抜く』って言わない方がいいよ。ビッチみたいだから……って言われたんだよね」
「うわ、スポーツマンじゃなくなった」

 というかチームメイトの人ひでえ。
 そしてその発言は、全てのスポーツ選手に失礼になるから謝った方がいい。

「よく分からないけど、ごめんなさい?」
「とりあえず俺は許します……」

 とまぁ。
 こんな許されざる会話をしつつも、俺たちはようやく学園の寮まで戻ってきた。

「結局ソレ、すぐには治らなかったねぇ」
「そうですね……」

 現在俺の両腕は、包帯でぐるぐる巻きになっている。
 指一本動かせない状態だ。

「治るまでは、この状態回復効果のある特殊包帯を巻き続けなかければならない、と……」
「今日の夜だけ?」
「ですね。まぁ、思ったより早くて助かりました」

 そんなわけで。実は現在、俺の荷物はカルマさんが運んでくれていたりする。
 男子寮と女子寮は別方面なので申し訳なかったのだが、彼女が妙に嬉しそうに、「パーティだからね!」と言うので、お言葉に甘えることにした。
 ワンコ化が進んでいる。可愛げポイント、プラスワン。

「ありがとうございましたカルマさん」

 部屋の前に到着したので、俺はぺこりと頭を下げる。

「いやいやなんの!
 パーティメンバーである、ボクのせいでもあるからねー!」

 言って、彼女はばたんと扉を閉めた。

「さて……、何にせよこれからの生活が大変だなぁ」

 数日だけとはいえ、両手が使えないとなると不便極まりないだろう。

「まずは風呂……、どうするかな」
「まずはお風呂だね? お任せ!」
「おわっ!?」

 呟きに対して、後ろから見知った声が聞こえた。
 見知ったというか、さっきまで聞いてた声だった。というかカルマさんだった。

「カ、カルマさん!? なんでここに!?」
「なんでって、部屋まで送ったじゃん」
「そうじゃなくて、どうして部屋の中に!?」
「なるほど? いいタマ? キミは今まで知らなかったのかもしれないけど、アレはドアっていうものでね。あの外側が部屋の外。それより内側が部屋の中って言う概念で人間は生活しているんだよ! 不思議だね!」
「そうじゃねえ! そして不思議でもねえ!
 どうして俺の部屋の中に入って来てるんだって聞いてんの!」
「キミのその、余裕無くなってため口になるところ、割と好きなんだよねボク」

 言ってあははと笑う闖入者。
 やめろ。まるで自分の家みたいに、部屋の冷蔵庫を開けないでください……。

「お、ちゃんと麦茶とか作るんだね~。はい」
「あぁこれはどうも。……って、そうじゃねえ!」

 あまりにもナチュラルに麦茶のボトルを出し、平然と棚のコップを使うものだから、つい流れで普通に受け取ってしまった。
 気が利くのか、ストローまで刺してくれている。
 丁度食器を洗っていて良かった。使えるコップがゼロだったら、直で口の中に流し込まれていたかもしれない。

「あの……。どうして俺の部屋に上がってるんです?
 俺と、俺の荷物を送り届ける任務は、完了したはずでは?」
「あはは! そんなの決まってるよー」

 笑いながら椅子に座り、綺麗にかっこよく足を組んで。
 彼女ははっきりと言った。

「ボクのせいでもあるって言ったじゃない」
「えっ」
「だから、お世話するよ!」
「えっ」
「パーティだからね!」

 あの凶悪なダンジョンの中でも無かっためまいに。
 俺は今ここで、初めて苛まれた。








 じゃばじゃばと水が流れる音が聞こえる。
 すりガラス越しに見える人影は、スレンダーな肢体を惜しげも無く見せつけ、堂々たる声を風呂場から発した。

「お湯、イイ感じだよ~」
「あ……、はい。うっす」

 きぃ……と、風呂場のドアを開ける。
 そこには見慣れた、決して広くない一人用の浴室とバスタブと。

 ――――色のついたタオルで身体を包んだ、一人の女子がいた。

 一人の女子というか、カルマさんだった。そんなこと、分かり切っている。

「こっちだよ」
「……っ」

 はだがしろい。
 浴室のライトに照らされているからか、それともこれまでに見たこと無い部位まで見えているからか。普段目にしている肌の色とは、全然違って見えた。

「というか……、どうして、タオルを上下に……?」
「ん、コレ? バスタオル一枚巻くよりも、二枚のほうが自由に動けると思ってね!」

 頭良いでしょーと笑う彼女。
 頭の良い女子は、決して思春期男子の前で、タオルのみで居ないと思うのだがどうか。

 普通(?)なら大きなバスタオル一枚を、身体前面に巻き付けるところだが。
 現在の彼女は、通常のタオルをまるでビキニタイプの水着のように、胸と腰に巻き付けるスタイルをとっていた。
 透けさせないための、せめてもの配慮なのだろう。タオルは流石に色付きだった。深い青色なので、これなら水がかかっても大丈夫だと思われる。
 が、それとはまた別の問題として――――

「こ、」
「こ?」
「い、いや……」

 隠れている部位では無く、出ている部位のハナシ。
 腰のくびれがエグすぎる。
 あまりの細さに声が出そうになった。
 細身だとは思っていたが……、こんなに引き締まり、そして艶めかしいラインになるのか……!
 というかカルマさん、思った以上に着痩せタイプだ。
 強く縛っているからという理由もあるだろうが、胸元にはしっかりと谷間が出来ている。

「おぉ……」
「ん? どうかした?」
「あっ! し、しまっ……! す、す、すみません……!」

 ついぞ興味本位と意外性で、じろじろと谷間を見ていることに気づいてしまう。
 イレギュラーなことが続きすぎて、脳が入ってくる情報を処理出来ていない。

「最近ようやくちょっと大きくなったんだよ! でぃー……おぉっと……! な、何でも無いよ!」
「でぃっ……!」

 そ、それってどれくらいだ……!?
 基準が分からんが、柔らかそうなことだけは確かだ。

「というか、足……!」

 そう。
 上半身のインパクトは、ある意味半分である。
 いや、女子の柔肌を目の当たりにしたのは初めてだから、相当の衝撃もあったんだけど。
 しかしカルマさんは元々、冒険者姿のときにも薄着だった。だから上半身の肌感(・・)は、俺の想像の中にはあったのである。

 しかし足部分は、完全な未体験ゾーンだった。
 銀の鎧に覆われていた、太腿及び脹脛の箇所が、外気に晒されている。

 白く、滑らかな肌だった。
 鍛え上げられた筋肉と、しなやかさを持つ柔肌が、バランスよく存在している。
 上半身部分とは、また違った意味で目を惹かれる。
 直接的なアダルトさではなく、芸術品の中に時折混ざってくるエロスというか――――

「あー、タマ……」
「は、はいっ!?」
「さ、さすがに……、見すぎ……かも」
「あっ!? い、いや、すみません!」
「いやいや、いいよ大丈夫!
 恥じるべき箇所ではないし、恥ずべき箇所は、こうして隠してるからね!」

 あはははは! と、元のテンションに戻りつつ、腰に手を当て笑う。
 いくら見えないようにしているからと言って、足を開いて立たないでいただきたい。滑って転びでもしたら、色んな意味で大ケガだ。

「しっかり結んでるから心配ないさ!」
「そうじゃなくて、俺側の事情を考えてくださいって言ってるんです!」
「キミのじじょう? えー……、ん……。む……おぉ…………わ、わ、」
「?」

 彼女の視線は俺の顔から、下のほうに移って行く。
 大きな瞳が、僅かに更に大きくなった。その視線の意味を理解した後、俺は慌てて股を手で覆った。
 カルマさんはまるで、これから強敵に挑むかのような目つきになる。……代わりに、さっきまでの笑顔は消えていた。

「な……、なかなかだと思う……よ?」
「そ、そうじゃねぇ……!」

 好戦的な表情に反して、珍しく言葉はやや揺らいでいた。

「いやコレはその、アレがそういう感情では無いと言いますか! やましい事ではないと言っておくべき事案でございまして――――ぐぉっ!?」

 わたわたと内股で狼狽する俺を、しかし彼女は無理やり右手だけで押さえつける。
 小柄な身体のどこにそんな力があるのか。
 もしくは、今の俺にはどうやっても力が入らないからか。

「いいから座ろう、タマ」
「……………………ハイ」

 色んな意味で、身動きが取れなかった。
 さて。
 怒涛の、風呂回が幕を開ける。






 右手。左手。
 右足。左足と。
 意外にも彼女は丁寧に洗っていく。
 俺はずっと股を押さえている体勢だったのだが、様々な部位がどんどんと綺麗になっていくから不思議だ。

「よーっし……。こんなモンじゃないかな?」

 言って彼女は、仕上げとばかりに俺の背中にシャワーの湯をかけた。
 一日の汚れが綺麗に洗い流されていく。

「あ、お〇ん〇んは自分で洗ってね!」
「何のためらいも無くその単語を!?」

 騎馬崎 駆馬、十九歳。
 彼女の言葉(いきざま)は、思った以上にもパンクだった。

「というか、無理やり洗われるのかとひやひやしてました……」
「さすがにボクも、異性のお〇ん〇んは触ったりしないよ~」
「良かった……! そこだけは分かっていてくれて本当に良かった……!」

 あははと彼女は面白そうに笑う。
 そして。
 俺の後ろにすとんと座った音がして。

「さてと。ボクも洗おうかな」
「おいおいおいおいおいおいおいおい」

 背中越しに不穏な言葉が聞こえましたが。

「ん? どうしたの?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや!」
「壊れたラジオみたい。もしくは、本当に壊れちゃった?」
「壊れたくもなります」

 言っている間にも、カルマさんは完全に上下のタオルを外し終えたようだった。
 先ほどのボディーラインから逆算し、彼女の全裸が脳内に再生されそうになってしまう。
 俺は慌てて頭を振って、彼女に注意を施すことにした。勿論声だけを、背中越しに飛ばしてだ。振り返るような愚策は決して行わない。

「あなた、この状況で、本気で身体を洗おうとしてるんですか?」
「お風呂だからね」
「そうだけど……」
「あ、大丈夫だよ! 後でボディソープ代とかは支払うし! パーセンテージでいい?」
「そういうことではないです!」

 だめだ。めっちゃ単純な単語しか浮かんでこない。
 元より。一度こうと決めたこの人への説得など、試みるだけ無駄なのだ。ダンジョン三階層分だが、理解できている。

「…………」

 しゅこしゅこと、タオルと泡が肌を滑る音がする。
 先ほど俺へ行われた洗浄を、彼女は今、自分の体へと行っているのだ――――

「…………はぁ」
「ん?」
「いや……。諦めました」
「なぁにそれ?」

 ため息をつきつつ、俺は彼女に言葉を投げる。

「これから先、あなたとパーティを組んで行くにあたって。こんな突拍子もないことが起こるのかなと思うと、慣れておかないとなと思いまして」
「よく分かんないけど、ありがとう……でいいのかな?」
「まぁ……、イイんじゃないですかね?」
「…………」
「…………」

 再び、タオルが滑る音が響く。
 背中合わせの二人。
 互いに全く性格が違うのに、こうして裸になって、やることは同じだから不思議だ。

「えへへ……。ありがとね、タマ」
「こちらこそです」

 何がとは、言及しなかった。
 パーティを組んだことに関しては、最終的に俺が決めたことだし。
 破天荒に付き合って受け入れたのも、納得済みのことだし。
 彼女のパーソナリティと付き合っていくと割り切ったのも、感謝される謂われはない。

 だから俺の返事も、的を射ていないのかもしれない。
 それでも、一先ずはこのコミュニケーションで、いい。
 俺とカルマさんは、こういうので良いと思ったのだ。

「あ、ところでタマ?」
「何ですカルマさん?」
「これ……、身体拭くときどうしようか?」
「どうして考えなしに行動するかな……」

 一瞬の沈黙の後。
 先に口を開いたのはカルマさんだった。

「が……、」
「が……?」
「頑張るね!」
「くそう……!」

 その後彼女は、赤面しながらも、決して目を逸らすことは無かった。
 両手が不自由でどうしようもない俺は。
 ただただ、赤子のように。

 ――――拭いてもらったのだった。

「……そこは、目を逸らしてもいいところなんですよっ!」
「で、でもほら、ボクが頑張るしか、ない……、……ごくり」
「生唾を飲み込まないでくださいよ生々しい……」

 そんな俺は顔を覆うしか無くて。
 こんな風に。
 俺たちのファーストインプレッションは、終わったのだった。




学園寮
全寮制というわけではないが、学園外への持ち出し禁止物品も多いため、入寮することを推奨されている。


風呂場
異性と入るのはえっちだと思います。
同性でも距離が近ければえっちだと思いますけどね。





 さて。
 俺たちは本格的にパーティを組むに当たり、とりあえず手ごろなダンジョンへと潜ることにした。
 ランクは、見習いEランク。
「とりあえず互いのやれることを把握しよー」という提案のもと、身体を動かしつつ作戦会議中である。
 ちなみにランクは俺が提案させてもらった。
 正直このレベルでも、低ランク付与術士(バッファー)である俺一人では、クリアは困難だ。

「カルマさん的にはつまらないかもしれませんが……」
「え? なんで?」
「いや、プロCランクと見習いEランクでは、天と地ほどの差があるでしょ? 出てくるモンスターも弱いですし」
「そんなことないさ」

 ドカン! という炸裂音と共にスケルトンを蹴り飛ばしながら、彼女は振り向いて言う。

「ボクはキミと一緒にいれば、どこでだって楽しいよ!」
「おぅっふ……」

 ハートを打ち抜かれそうである。
 この天然人たらしめ……。

「そもそも、パーティで行動したことなんてほとんどないからね! 未体験は楽しいに決まってる!」
「あぁそういう意味ですか……」

 まぁそれでも。
 悪い気はしてない、単純な俺がいるんですが。

「しかし……、パーティ。パーティですよね……」

 改めて、ふと思う。

「俺、何をする係ですか?」
「ん?」

 ズガン! という打撃音と共にゴブリンを蹴り飛ばしながら、彼女は言った。

「俺とパーティを組んだってことは、俺にも何か役割があるってことですよね?」
「まぁそうだねー」
「でも改めて考えると。
 これまでの俺の生命線だった魔法――――『防御上昇(ハーデン):C』は書き換わっているんですよね」

 今では『ボール出し』とかいう、よくわかんないスキルだ。
 分類としては攻撃魔法になるのだろうが……、分類が不明過ぎる。

「既に俺、付与術士(バッファー)でも無くなってるんですが」
「じゃあボール出しだね」
「ボール出しが職業って何なんです!?」
「あはは。でもすごい威力だったじゃない」

 バコン! という快音と共にオーガを蹴り飛ばしながら、彼女は言った。
 いや……。さっきから一人でこの破壊力を出せている人物が言っても、まるで説得力が無い。

「そもそもタマはさ。付与術士(バッファー)って言っておきながら、バフ魔法は防御上昇(ハーデン)くらいしか無かったじゃん?」
「い、痛いところを……」

 一応魔法上昇(マジカロ)攻撃上昇(ストラク)もあるにはあるけど。でもこれも、Eランクだし、効果時間もかなり短い。

「カルマさんって、魔法耐久は低いですけど、魔力値はCだからある程度は高いんですね」
「そうだよー」
「物理攻撃も高いし……。
 なら、魔法上昇(マジカロ)とか攻撃上昇(ストラク)で、一瞬パラメーター上げるのはアリなのか……な?」
「うん。アリだね」

 あのキックには、物理攻撃だけではなく、魔法攻撃も含まれている。
 通常のAランクだけでも強いほうなのに、そこに魔法値まで加わってくると、実質A+ランク以上の威力が出ているのではないだろうか。

「強いわけだ」
「あはは! 攻撃全振り女と呼んでくれたまえ!」

 彼女の性格がそのまま反映されているパラメーターだと思う。
 それぞれのステータスは、本人の気質や元々の身体能力にも左右される。
 職業ごとに育ちやすいパラメーターがありはすれど、それも千差万別だ。けっこう個人差も出る。

「そういえばカルマさんって、何の職業でしたっけ?」

 物理攻撃と魔力値が高いから、魔法騎士(マジックナイト)とかかな?
 職業適性でその職に就いていて、武器を使わないスタイルの人もいるらしいし。

 そう予想しつつ聞いてみると。帰ってきた答えは驚きの単語だった。

「ボク? 斥候(スカウト)だけど?」
斥候(スカウト)の出す火力じゃねぇ!?」

 あまりの答えについぞ叫んでしまった。
 階段内にきーんと俺の声がこだまする。
 いつもあっけらかんとしているカルマさんも流石にうるさいと思ったのか、やや顔をしかめている。

「あ、いや、大声を出したのは謝りますけど……。
 でも、やっぱ驚きますって」

 斥候(スカウト)職とは本来、ダンジョン内に仕掛けられた罠の発見や解除、扉の解錠や地形の把握など、戦闘以外で役に立つような職業である。
 戦闘手段や攻撃方法もあるにはあるが、最低限の自衛スキルみたいなものであり、本来ならば最前線に立つ職種ではない。

魔法騎士(マジックナイト)じゃなければ、せめて武闘士(モンク)あたりなのかと……」
「それじゃあソロで潜りづらいからねぇ」
「あー、確かに」

 俺たち『冒険者』は、自分に合った職業の勉強を行ったりもする。
 勿論個々人によって身体能力も違うため、自分に合った職種に就いたりするのだが……、なるほど。カルマさんは『一人でも活動出来るため』の職業を選んだのか。

「回復や攻撃は、アイテムを駆使すればどうにかなるけどさ。
 フィールドの罠察知や気配察知は、どうにもならないときがあるじゃない?」
「まぁ……、気づく能力があるかどうかですもんねぇ……」
「ボクは割と雑だからね!」
「あ、はい。それはもう、痛い程に……」

 先日の風呂場騒動を思い出す。
 見切り発車とかその場のノリで決定とか。
 雑というか、考えなしに突っ走る部分が見られるのだ。
 しっかり者のお姉さんキャラは、まだ遠そうである。

斥候(スカウト)の能力があれば、多少は冒険(クエスト)の補助になるかと思ったんだよね」
「多少、ですか……」

 斥候(スカウト)職は、けっこう几帳面だったりマメだったりする人が適任とされている。何故なら、知らず罠にかかってしまったら、モンスターに襲われるよりも致命傷を受けることもあるからだ。
 だからこそ斥候(スカウト)職は、常にフィールドやダンジョンの状態に気を配れる人が良いとされているのだが……、今の発言から察するに、おそらく彼女は違うっぽいですね。

「うん。前に逆さづりのトラップ食らってね。そこまでならまだ良かったんだけど、その後近くに居たローパーに触手攻めされちゃった」
「フルコースじゃないですか」
「目覚めなくて良かったと思う」
「目覚めるって何にですか。新たなる能力ですか」
「ある意味新たなる扉だね。いやあ、半開きで良かったよ!」
「目覚めかかってるじゃないですか」

 ともかく。

「ボクは斥候(スカウト)に向いてない!」
「言い切った!」
「でもこの素早さはありがたい! だからボクは、前衛専用の斥候(スカウト)になることに決めた!」
「潔い!」

 ……まぁでもこんな風に。
 自分の能力をはっきり話すことが、俺には必要だったんだろうな。

「まぁ、とにかくさ。ボクはスピードで敵を翻弄しないと、敵と戦えない」
「えっと……?」
「さっき倒してたモンスターもそうじゃない? やつらが攻撃モーションに入る前には、既にこちらが攻撃を終えている」
「あぁ確かに」

 それもスピード、か。
 移動や回避だけでなく、攻撃のスピード。攻撃に移るスピード。思考の速さとも言える。

「だからその分、ボクは軽めの服に身を包んでいる。
 防御で使う鉄鋼も、軽鎧もつけてない」
「なるほど……。そうですね」
「装備してるのは……、コレだけだよ」

 カルマさんはコンコンと、自分の装備である脛当て(グリーブ)を小突く。
 確かに。
 彼女はかなりの軽装で、肩出しへそ出し太腿出しと、布面積だけでいえばかなり少なめな格好をしているのだが――――膝から下だけは違う。
 そこだけ西洋の鎧である、脛当て(グリーブ)及び鉄靴(サバトン)を装備している。
 そのためだろう。彼女に薄着のイメージが無いのは。

 流線を描く鉄の脚は、おそらく彼女の足の形にぴったりとフィットしているのだろう。
 地肌でもないのに、どこか艶めかしささえ感じさせる。そんなカーブと色合いだった。

「遠縁の親戚の家にあったらしくてね。譲ってもらって、軽量化した」
「そうなんですね」
「せっかくならオーダーメイドしてみたいじゃん!」
「まぁ憧れますけども」
「サッカー選手の時の取材費とかを、全部投げ打ったからね!」
「そんなことを!」

 まさかメディア関係者も、鎧の改造費にギャランティが消えることになったとは夢にも思っていないだろう。

「まぁ話は逸れたけど、ボクの能力はそんなところ」
「俺は結局、『ボール出し』という新たな職業になるワケですか……」

 職業自体はそのまま付与術士(バッファー)だけれども。

「まぁまぁ、タマは切り札だよ」
「切り札ですか……」
「あの濃いの出しちゃうと、しばらくぐったりして立たなくなっちゃうもんね」
「立()なくなるんです! 変な言い方しないでください!」
「変な?」

 どうやらわざとではなさそうで、それはそれで問題である。

「何だか疲れちゃったね」
「俺は主に、見たことも無い光景を目にしているのと、ツッコミ疲れですけどね……」

 何せ、これまでは逃げ惑うしか出来なかった上級モンスターたちが、紙屑のように散っていくのだ。
 心が休まらない。
 それに……、

「休憩にしようか」
「分かりました」
「じゃあ魔物除け(コレ)、向こうにセットしてきて」
「はい」
「こーやって開けるんだよ?」
「……ッ! は、はい……」

 なんかこう。
 距離が近い。
 元々ずかずかとパーソナルスペースに入ってくるような近さがあった彼女だったが、パーティを組むと決まって以降、更に物理的な距離は近まっていた。

 今なんて完全に彼女の肩と俺の腕が触れ合ってたぞ。
 ゼロ距離・真横である。
 薄着なのが、この間の風呂での光景をフラッシュバックさせ、更に煩悩を刺激した。

「イっていいよ?」
「え!?」
「ん? 使い方分かっただろうから、持って行っていいよ~ってこと」
「あ、あぁはい……。い、イッてきます……!」

 俺はカルマさんから魔法筒を受け取り、フィールドの四方へと設置していく。
 向こうもどうやら終わったみたいだ。
 これでこの四方には結界が張られ、一定時間魔物は近寄れない。

「さて、何か食べよっか。持ってる?」
「多少は持ってきてます」

 俺は掌をアイテムボックスと呼ばれる異次元に突っ込んで、アイテムを取り出した。
 魔力が通ったアイテムなら、何でも収納できる空間魔法だ。
 冒険者見習いになるとき、最初に魔力を身体に馴染ませる行程がある。
 俺たちはダンジョン内(というか魔力のある場所)では、魔力を全身に行きわたらせて身体能力を上げている。
 それと同時に、このアイテムボックスの魔法を使えなければ、冒険者見習いにすらなれないのだ。

「ランク低いと、アイテムボックスの量も少なくて大変でしょ?」
「余計なもの入れられないですからね……」

 このアイテムボックスの魔法は、自分の冒険者ランクで変わってくる。
 ランクが上がっていけば多くのアイテムを持ち歩けるようになるのだが、先はまだまだ長そうだ。

「この間Eランクに昇級し、最底辺のランクは脱出しましたけど。
 それでもFからEって、ほとんどやれること変わらないですね」

 パラメーターも、上限が上がるだけで、いきなり身体能力が爆上がりするわけではない。
 アイテムを持ち運べる数も、ほとんど同じだ。

「でも、けっこう効率イイアイテム選びをしてると見たね!」
「まぁそうですね……。状態異常回復と、魔力回復の薬を何本か。
 魔力さえ回復出来れば、自分で回復魔法が使えますから」
「だよね~。全体回復もあるし、サポート役としてはとても良いスキル構成だと思うなぁ」

 座っておいしそうに簡易食(ポケットフード)を食べつつ、カルマさんは言う。
 それを受けて、ふと思った。

「カルマさんは、俺の事けっこう知ってるんですね」

 休憩を始めた彼女に習って、俺も近くの手ごろな岩へと腰掛ける。
 四方の空間はやや狭いから(本来ならば一人用の魔物除け範囲なのだ)、足が当たりそうになるな。
 そう考えた矢先、食べ終えた彼女は脚の鎧を外しながら、嬉しそうに返事をした。

「うん。さっきも言ったけど、けっこう調べたよ」
「マメですね……」
「引いた?」
「最初は、ちょっとだけ。でも、嬉しくもあります」
「えへへー♪」

 にへらと可愛らしく笑うカルマさん。
 戦闘時と、時折見せる狂気的なまでの真っすぐさからは、想像できない愛嬌があった。
 ますます小動物めいてるな……。

「キミは、ボクのこと全然知らなかった?」
「素性は知ってましたけど、戦闘スタイルや性格まではあまり……」

 俺が知る騎馬崎 駆馬は、
 一歳上で、同期で、高校一年の時にサッカー部を優勝に導いていて。
 光飛び交う記者会見で、冒険者を目指すことを宣言して――――学園内で、『素行不良』の生徒をやっていると。

「こんな感じですかね……」
「あはは! だいたい正解だよ!」

 前にもちらりと説明したが、俺と彼女は時を同じくしてここへ編入した。
 つまり、まだ一年しか冒険者見習いをやっていないのだ。

 それでも。
 俺はようやく最低から一歩だけ出た見習いEランク。
 彼女は、トップ一歩手前の見習いBだ。
 一年間でランクが上がらないのも珍しいらしいが、一年間でそんなところまで行けるのもまた、聞いたことが無いとの話である。

「しかも噂によると、素行不良でランクが上がってないだけ……らしいですが」

 実は彼女。
 こんなにイイコのように見えて、素行不良の烙印を捺されているのだ。
 その理由はとても簡単。
 ダンジョンの実習や攻略には赴くが、それとセットになっていたり、必修科目の座学に、一切出ていないのである。

「うん。だって授業に出ても効率悪いからね! ボクはほぼ独学だよ!」
「純粋に嫌味にしか聞こえないんですが」
「あはは! 嫌がらないでよ。パーティじゃん」
「嫌がることと仲良くすることは別ですけどね」
「じゃあ仲良しだね! やったー!」

 カルマさんは笑って、完全に量の足から鎧を外し切っていた。

「おぅふ……」
「ん? どうかした?」
「いえ」

 あの風呂場では、肌面積が多すぎて気づかなかったが。
 改めて彼女の、『脚』のディティールを目の当たりにする。

 親指ってあんなにエロいの……?
 え、女子だから!? 女子の親指だからエロく感じるのか!?

「うぉ、ぉぉんん……」
「何の嘶き?」
「いえその……。心臓を落ち着けているのです」
「あはは。
 ……タマはときどきエッチになるな~」

 見ていたのはバレバレだったようです。
 だって綺麗なんだもん……!
 ちなみに表に出さないよう気を付けてるだけで、基本煩悩は高めなほうですよ?
 俺はそんな、沸き上がってくる煩悩を退散させるため、無理やり話題を変えることにした。

「そ……、そういえば。カルマさんこの間のテスト、また掲示板に載ってましたよね」
「あはは。あんなのどうでもいいよー」

 彼女はぐっぐっと座ったまま柔軟運動をしながら、朗らかに笑う。

「ランク評価に関係なかったら、絶対テキトーにしかやらない自信があるよ」
「そんな自信あっても」
「自分のことは自分が一番よく分かってるさ。
 やらなくて良いことは手を抜く女だよ、ボク」
「自信満々すぎる……」
「台所とか汚いし」
「そうなんですか?」
「家の中にゴーストタイプのモンスターが出たと思ったら、食器の汚れの塊だったよ」
「それはもう掃除を一切してない人の台所ですね!」

 ツッコミを入れる俺を見て、カルマさんはあははと笑う。
 しかし本当によく笑う人だなあ……。

「ボクはボクの生きたいように生きる」
「何だろう……。当たり前の主張なのに、この人が言うと危険思想みたいに思えてしまう……」
「別に危険思想でも何でもいいよー。
 どうあっても変えられないし、この性格」
「うーん、なるほど……」

 人当たりがよくて人懐っこい。
 太陽のような笑顔を持っている小さい美少女お姉さん――――なのだが、だからと言って、イイコであるかと言われるとノーだ。

「なんだこの美少女。罠すぎるだろ」
「誉め言葉かな?」
「まぁ……、半分くらいは褒めてます」
「いつでも褒めてくれていいよ!
 ボクは褒めるのも好きだけど、褒められるのも好きだから!」

 ではどうして学園では褒められる行動をとらないのか。
 ほとほと謎だった。
 ため息をつきつつ、そういえばと思い浮かぶ。

「カルマさんの一人称って、『ボク』ですよね?」
「ん? そうだね」
「もしかして男の人扱いして欲しかったりとか、女扱いして欲しく無かったりとかします?」
「え? いや、ボクはどっからどう見ても頼れるお姉さんだけど?」
「最近では男性でもお姉さんやママになりえるみたいですが」
「そうなの?」
「メス男子なるジャンルがあるとか」
「ほうほう。オネエ的な?」
「それとはまた別みたいですね。ここで言う『オス・メス』という単語は、どうやら『男性・女性』という区切りではないようです」
「ふうん……? じゃあ、オスオネエみたいなのも成立する?」
「そうですね。してますしてます。
 メスオネエなるジャンルもあるみたいですから」
「メスでオネエって……、それはもうお姉さんなのでは?」
「男性なんですって」
「日本語って難しい言語だよね……」

 若干話は逸れたけれど。

「まぁうん、ボクは女の子だよ? 頼れるお姉さんキャラさ!」
「はぁなるほど……」

 ふふんと鼻をならすカルマさん。
 ドヤった顔はお姉さんというよりも背伸びしている妹といった感じでかわいくはあるのだが。
 なんにせよ。彼女は女性ということで良さそうだった(とても頭の悪い日本語)。

「あはは。一人称の件かぁ」

 言ってカルマさんは、素足をぱたぱたさせながら、邪気の無い顔で笑う。

「一人称だけじゃないさ。ボクは、今この瞬間に口に出したいことを、ただ出してるだけだよ」
「口に出したいことですか……」
「次の瞬間には『アタシ』になってるかもしれないけど、それだってボクなんだよ。
 それに、どっちかというと、やりたいこと優先って感じかな?」
「やりたいこと?」

 そう。と彼女は頷いて言葉を続ける。

「今は冒険者やってるけど、もしかしたら次の瞬間には違うことをやりたくなってるかもしれない」
「また、次の瞬間には、ですか」
「冒険者以外の生き方を見つけるかもしれないじゃん?」
「はぁ……、例えば?」
「お嫁さん?」
「どの面下げて言ってるんですソレ」

 あなた確かさっき、台所にゴーストタイプのモンスターを飼ってるとか言ってませんでした?
 確かに、明るく朗らかで、笑顔の似合うお嫁さんはイイかもしれないが。
 しかし残念ながら、そこから飛び出す料理には、狂気が混じっているかもしれないのだ。

「そうだね、何故かボクの料理は壊滅的なんだよ」
「何故かも何も、台所のせいじゃないですかね」
「でもボク、意外と尽くすタイプなんだよ?」
「尽くすって何をですか? 焼き尽くすタイプですか?」
「あはは! タマは意地悪だね~。じゃあキミと結婚したら、毎晩鉄くずを食べさせるよ! そして体を縛って蝋を背中に置いて、一生ベッドの上で四つん這いで過ごさせるね!」
「猟奇的!」

 ギャグにしても、発想が恐ろしかった。
 明るく朗らかに、笑いながら言うセリフではない……。
 それも、言いたいから言っただけなんだろうけど。

「閑話休題です」
「休めるかな?」

 とにかく。
 だいぶ話が逸れたけれど。
 天真爛漫で笑顔が可愛くて、でも時に狂気的で超戦闘能力を有する、サッカー界の元スターは。
 この一年間で、トップクラスに上り詰めたのだった。
 もしかしたら、実力だけならプロの中でも上の方かもしれない。

「改めて、よく俺と組んでくれましたよね……」
「組みたかったからね!」

 えへんと小さな胸――――じゃないんだった。身長の割には意外とある胸を張り、彼女は言う。

「それも、やりたいからやったことさ!
 ボクはキミと冒険がしたかった! だからよろしく!」

 言って彼女は素早い動きで、四隅の魔法筒を取っ払った。

「ちょ!?」

 途端、周囲のモンスターが一斉にこちらを向く。
 魔物除けは完全に機能しなくなっているので、当然である。

「戦いたくなっちゃったから休憩終わり!」
「そこはパーティメンバーに相談してくれませんかね!?」
「いっくぞー! あはははは!」

 そうして。
 ダンジョンには快音が響き渡る。

 騎馬崎(きばさき) 駆馬(かるま)の生態に。
 とても気分屋という情報を、追加しておいた。








プロフィール・2


名前:騎馬崎 駆馬(カルマ)
身長/体重:149センチ/40キロ
職業:斥候(スカウト)

物理攻撃:A  魔法攻撃:C
物理耐久:F  魔法耐久:E
敏捷:A+++ 思考力:B
魔力値:A   魔吸値:B+

常時発動(パッシブ)能力(スキル)
攻撃上昇:B、敏捷上昇:A、全体敏捷上昇:A


任意発動(アクティブ)能力(スキル)
白い足(シンデレラ):A+、罠解除(リフター):E、罠感知(センシグ):E
回復術(トリトム):E、状態異常回復術(リカバー):E、








 そういえばではあるけれど。
 この学園では年齢も編入歴もばらばらなため、学年の変わる『進級』ではなく冒険者ランクの上がる『昇級』が使用されている。
 二十歳までにCランクまで行けなければ、見込み無しとされ強制的に途中退学となってしまう。けっこうシビアな世界である。
 学費の払い戻しが無い以上、経歴的にもきつい。
 冒険者はプロになれなければ、なかなか潰しがきかないのだ。

「しかもキミ、確か両親の反対を押し切って通ってるクチでしょ? 奨学金の支払いは大丈夫なの?」
「な、なんでそれを……!」
「『仲間』のことだからね! 調べたよ!」
「そんなところまで……」

 まだ仲間になるかどうかわからない段階から調べ尽くすのは、一種の恐怖を感じますカルマさん。
 これから先、もしかしたら本人ですら知らない情報を彼女の口から聞くことになるかもしれない。そんなホラー展開を予想しつつ、余談は終わりを告げた。

「今日のクエストはどんなところなんですか?」

 先日は俺がクエスト内容を決めさせてもらったので、本日は彼女の提案に従うことにした。
 まぁ突拍子もない彼女でも、流石に俺を連れて無茶はしないだろうと思ったのだ。――――が、それが間違いだった。

「今日はとても単純なクエストだよ!」
「そうなんですか」

 この会話が嘘だったことが、一分後に判明する。
 あぁ俺の馬鹿野郎。
 彼女の性格くらい把握していればいいものの。

 仲間想いではあるものの、一番は自分の感情優先。
 やってみたい! してみたい! そんな挑戦心が先行することくらい、分かりそうなものだったのに。

「ワンフロアにボスモンスターがいるタイプのクエストだね。
 ターゲットを倒せばクエストクリアさ!」
「なるほど」
「なあに。ボクらの力があれば、余裕だと思うランクだから安心していいよ!」

 俺を連れていても問題無いということか。
 ならランクは、高くても見習いCランクくらいだろう。
 この間の見習いEは、やっぱり簡単すぎたからなぁ。

「お、始まるね」

 クエストの扉が開く。
 光が差し込むと同時、俺の目に入ってきたものは。
 神殿を模した汎用ダンジョンの壁と――――
 大量の、明らかに上級と思われるモンスターが目に入ってきた。

「嘘つき!」
「心外だよ!」

 ついぞ彼女の肩を掴んで揺さぶってしまう。
 って、……全然体感ブレねえ。どうなってんだこの人の身体。

「ワンフロアにボスモンスターとは!?」
「あぁ、あのモンスターたちは肩慣らしだよ。
 コレ系のクエストにはつきものでしょ?」
「いや、そもそもボス討伐系のクエストも初めてなんで……って、うわあ!?」

 こちらのことなどお構いなしに、襲い掛かってくるモンスター。
 そりゃそうだ。扉が開かれたということは、既にクエストは開始されている。

「うひゃー! イイ相手だね!」

 言いながらも、明らかに上級であるモンスター……フライドラゴンを蹴り倒す。
 細めの身体に獰猛な牙と爪を持ち、大きな翼で素早く飛び回るモンスターだ。
 それが。

「ご覧の有様に!?」
「一丁あがり!」

 おそらく見習いランクBレベルはあったであろうモンスターたちが、たちどころに瞬殺されていた。
 蹂躙である。
 これが平和な村なら彼女は魔王だ。
 このまま町娘を攫ってしまいそうなほど、このダンジョンという村を蹂躙しまくっていた。

「今日も絶好調!」
「不調のときってあるんだろうか……」

 改めて。
 目で追うのが困難だと、思った。
 小柄な体からは想像できない蹂躙力。
 それを可能にしているのは、恐ろしいまでの、速度。

 透過(インビジブル)の魔法のように。
 幻惑(ハルシネイト)の魔法のように。
 影すら踏ませない速さを持ってして、敵を殲滅し、誰よりも撃墜数(スコア)を叩き出す。
 縦横無尽の(アンストッパブル)点取り屋(・ストライカー)
 それが冒険者、騎馬崎(きばさき) 駆馬(かるま)の能力だ。

 彼女の駆け抜けた足跡(わだち)は、戦闘が終わった今も尚、凶悪にダンジョンのいたるところに残っている。
 これではどちらがモンスターか分からない。

「でもさっきも言ったでしょ? ココはまだ、肩慣らし」
「そうでしたね……」

 頷きつつ、俺は彼女の後に続く。

「ここからが、本番だよ」
「……っ」

 そう言い捨てる彼女の目は。
 とても真っすぐに、次の扉を見つめていた。

 いる(・・)
 あの扉の奥に。

 今蹂躙せしめた上級モンスター以上の。
 ナニカが。







 重く閉ざされた石の扉を。
 ゴゴゴンと、両手で開く。

「――――へへ」

 珍しく彼女は声を潜めつつ笑う。

「……?」

 違和感だ。
 普段の大きく口を開けての笑いではなく、こぼす様な嗤い。
 こちらを振り返る様子もない。
 と、いうよりも。
 振り返る余裕が無い程に、眼前から目が逸らせないということなのか。

「え……」

 おそるおそる、俺も彼女の視線の先へと目をやると――――

「……うぉ」

 つい、後ずさる。
 身体が、本能が、撤退行動を求めていた。

「あ、あ……、」

 そこには。
 一匹の悪魔がいた。
 あまりの威圧感に、冷たい息が漏れてしまう。

 眼光は鋭く。息は荒々しく。
 ひと際大きな空洞の部屋に、四メートルほどの巨体が、どんと構えて立っている。

「あれ、は……」

 デーモン。
 その名の通り悪魔を冠するモンスターで。
 邪悪な角のついた、髑髏を連想させる顔。
 筋骨隆々の身体に大きな翼と尻尾を持つその生物は、これまで見てきた中で、一番の危険度だと理解できた。

 扉を開けただけで、まだこのフロアに入っていないせいなのか。
 ヤツの顔はこちらを向いているが、全く攻撃のアクションを取らない。
 プロが潜る本来のダンジョンならばとっくに開戦しているだろうが、ここはあくまでも調整された学園用の(はんよう)ダンジョン。
 ここから一歩踏み込まない限りは、戦闘は開始されないということなのだろう。

 それが分かった俺はやや冷静さを取り戻し、彼女に話しかける。

「あの魔力の纏い方は、確実に『プロの』Cランク以上ですよね……?」
「そうだねぇ」

 敵の強さは、纏っている魔力の濃度でも測ることが出来る。
 先ほどのフロアでカルマさんが倒したモンスターも、俺にとっては十分未知の強さだと計測出来た。
 けれど、あのデーモンは未知すぎるしレベルが違いすぎる。
 この大部屋の隅々にまで広がる魔力。
 それがヤツの危険さを表していた。

「よし。行こう」
「は!? いやいや何言ってるんですか」

 ここは、試験官に異を唱える(・・・・・・・・・)のが正解だ。
 何たって、あまりにもランクが合っていない。
 この間潜ってきたダンジョンのモンスター。そいつらから漂っていた魔力でさえ、こんなことにはなっていないのだ。

「これは試験官の調整ミスです。あんなランクのモンスター、学生に戦わせるには危険すぎます」
「へぇそうなんだ」
「過去にも何度かあったみたいです。試験官がうっかり、『冒険者B』と『見習いB』を間違えて設定して、試験を開始してしまったことが」

 この学園はプロも訓練として使用する。
 なのでレベルは、上げようと思えばかなり上げることが出来るのだ。

「だからここは中止を申し出て――――」
いるのに(・・・・)?」
「……は?」

 彼女は、
 ずっと目を逸らさない。
 明るい笑顔でこちらを見かえしてくることは、無かった。

「いる。そこに、いる。いるんだよ。いるいる。たおすべき敵が。いどむべき敵が、いる」
「カル……、」
「いるいるいるいるいるいるいるいるいる、居るッ!」

 それは。
 これまでの彼女と、空気が違っていた。
 わちゃわちゃやって止められる空気。
 笑い話で済む空気。
 もしくは、ギャグの空気。
 すでにそんなものは、彼女から消え失せていて。

「はは――――はははははははッッッ!」
「……ッ!」


 俺の抑止は間に合わず。
 彼女は銀の足を持ってして、ロケットのように吹っ飛んで行った。


「ッ!?」
「ははッ!」

 モンスターは邪悪だし、ダンジョン内にしか生息しないが。
 そこには意志もあり、意識もある。そんな風にプログラムされている。
 だからあんな風に――――不意を突かれるということも発生する。

「そこ――――」
「……ッ!」

 カルマさんによる、意識外からの攻撃が炸裂する。
 ガゴン! と、鈍器と鈍器がぶつかるような音がした。
 天井の高い部屋に、重低音が響き渡る。

「うわ、角を……、」

 見るとカルマさんの放った一撃は、デーモンが有する邪悪な角を、根っこからへし折っていた。
 どくどくと頭蓋あたりから紫色の瘴気(けつえき)を垂れ流すデーモンと、攻撃を終え、着地して振り返るカルマさんは睨み合う。

 達人同士の真剣勝負。
 ひりひりとした空気が、静寂の中に萌芽していく。

「ああ……、あ、」

 ――――もう、逃げられない。
 どちらかが息絶えるまで、この戦いは終わらない。

 ここ一週間くらいの俺と彼女は。まだ、『冒険者』だった。
 ダンジョンのことを話したり。
 スキルのことを語ったり。
 色気づいたり、げんなりとしたり、けれどどこか和気あいあいとして。
 冒険者として、生きてきた。

 けれど。
 俺と彼女には決定的に異なる部分があった。
 どちらが上とか下とかでは無く、違っている部分。
 俺は、スキルもステータスも、これから知っていく知識も全て、『冒険』のためのものだと思っていたけれど。

 騎馬崎 駆馬は、違う。
 彼女の本質は――――

「戦闘狂、だ……!」

 俺は瞬間。
 あの記者会見の映像を、思い出していた。

 彼女がサッカーに分かれを告げたとき。
 各方面からは、かなりのバッシングがあったことも事実である。
 マイクを向けられフラッシュがたかれる中。
 聞くに堪えない質問が飛び交ったのを、たまたまテレビで見ていた俺ですらも、覚えていた。

『サッカーには飽きたということですか!?』
『サッカーは本気では無かったんですか!?』

 ひどい質問だが。確かにこれまでの彼女のキャラクター性を見てみれば、そんな嫌味を言いたくなるのも頷ける。

 天真爛漫。されど、猪突猛進。
 鬼神が宿るほどの両足で、フィールド全てを制圧する、圧倒的プレイヤー。

 それほどまでに騎馬崎 駆馬は、当時の女子サッカー界を蹂躙し尽くしていた。
 妬みや嫉みが飛び交うのも当然だと、俺も思っていた。

 けれど彼女が残した言葉は。
 たったの一言だけだった。

『ボクは、挑戦を諦めたわけじゃあ、無い』

 それ以外の言葉は、彼女から出ることは無かった。
 色々と波紋を呼んだ記者会見だったが。
 組んでみて、そして彼女に触れてみて、分かった。

 騎馬崎 駆馬は、常に全力で挑み続けているだけなのだ。
 サッカーに出会い、サッカーで挑戦し、サッカーをむさぼりつくし。
 頂に登る途中であっても。
 より強い挑戦が見つかったら、これまでの経歴を投げうってでもそちらへ向かう。
 だからきっと、お嫁さんだって。
 軽口から本気に変わった瞬間。彼女は全力でソレを全うするのだろう。
 たとえ台所が汚いところ(さいていへん)からの、スタートだったとしても。

 だから、騎馬崎 駆馬は。
 そもそも飽きたわけでも手を抜いていたわけでもない。

 ただ目の前の『事象』と。
 己に振りかかる『挑戦』と。
 全力で戦いたい(むきあいたい)だけ。

 根本の部分で、彼女は争うのが好きなのだ。

「……ッ!」

 この身震いは。恐ろしい体躯を持つデーモンに対してか。
 それとも彼女の本質に対してか。
 少なくともこの状況で、あんなに狂った笑顔が出来る学園生を、俺は知らない。

「DhhhhhhLLL……!」
「あはっ、はははははははっ!」

 音にもしがたいデーモンの嘶きを聞いて、彼女は尚も笑う。
 切りそろえられた前髪の奥。
 その大きな瞳が。眼光鋭くターゲットを見据える。

 ぐっと身体に力を入れたのは、両者同時。
 魔力が膨らんでいくのも、両者同時。
 そして、動き出したのも。

 両者同時だった――――