騎馬崎 駆馬と言えば、学園に馴染めない俺でも知っていた。
太陽のような笑みと、小柄なワンコ感。
けれどその中身は、修羅のような道程を辿った元・アスリート女子である。
そんな、元スタープレイヤー。
今から六年前。
世界各地で起こったダンジョン発生の土地に、このセピア丘学園も選ばれた。
元は、小学校から大学院までが入るほどの広大な敷地を持つ、お嬢様学校だった。が、切除できない事象に襲われたと理解するや、経営陣の行動は早かった。
急ピッチでこの学院の歴史に幕を閉じ、アフターケアも万全にしたのち――――この、ダンジョンに隣接する土地を、『冒険者育成施設』へと再編させた。
このころの俺も、そしてカルマさんも、この学園とは何のかかわりも無い人間で。
俺は平凡な小学生。カルマさんは当時から、超新星の、ジュニアサッカー選手として名を馳せていた。
そこから六年。何の因果か。
俺たちは示し合わせたように、同じ年に冒険者を目指し、この学園に入ることとなる。
元々この学園は、十歳から二十二歳までの人間なら入れる制度だ。
これまでの経歴も学力も、学費が払えるのならば経済状況さえ不問というのが、この新生した学園の理念らしい。
――――なので。
高校一年生までは普通の生活を送っていた俺みたいな一般人でも入れるし。
騎馬崎先輩のような、超一流スポーツ選手でも、進路を変えて編入できるのである。
『サッカーは終わり! 次はダンジョンです!』
写真の光とマイクが飛び交う記者会見で、騎馬崎 駆馬は元気よくそう告げ。
この学園へと足を踏み入れた。
小学校からすでに、飛び級で高校生以下年代の代表入り。
中学一年生で本格化し、世界で表彰されたこともあるほどの天才プレイヤー。
俺はサッカーのことはよく分からないけれど。
その分野を沸かせた人間というものは、素直に尊敬できる。
一度何かの映像で見た限りだと、あのスピードと動きは人間のソレではなかった。
ダンジョンに潜る俺たち『冒険者』は魔法で身体能力が強化されるけれど、それでも今の俺にあの動きが出来るとは到底思えない。
さておき。
そんな騎馬崎女史は、高校一年のとき。
まだこの学園とは一切関係のない、スーパースターだった時代。
その所属高校を、全国優勝へと導いた。
ぶっちゃけ終始、彼女の独り舞台だったらしい。
サッカーは一人ではやれないとは言うが、チームを盛り立て、勝利へ導くことは一人でも出来ると、世界でも有名な監督に言わしめたほどだとか。
だから意外だったのだ。
世界中から注目され、
サッカーをこのまま続けていれば、確実に成功が約束されているであろう彼女が、
その道を逸れて、『冒険者』の門を叩いたことが。
「とりゃー!」
「おー……」
「おりゃー!」
「おぉ~……」
「うりゃりゃ……やぁッ!」
「ほほぉ~~……」
カルマさんを先頭に、俺たちはダンジョンを進む。
第三層のモンスターたちですらも余裕だった彼女にとって、第二層のモンスターは紙くずに等しかった。
エンカウントからテンカウント以内。
悉く、現れた先から魔力の塵となっていく。
「絶好調だね!」
「絶不調のときとかあるんだろうか……」
太陽のような笑顔がまぶしい。
真っすぐな瞳で狂気的に笑うとき以外は、本当に爽やかなスポーツ少女といった感風貌だ。黒髪ショートだからというのもあるかもしれない(青く変色した部分からは目を逸らしつつ)。
「少女っていう年齢でもないけどね! 十九歳! 大学生のお姉さんだよ!」
「あ、あぁまぁ……、そうですね……」
小柄な体でえへんと胸を張る彼女。
まぁ、しっかり者のお姉さんといった感じではあるけれど、それにしてはやや落ち着きが足りない気もする。
「今お姉さんキャラにしては、足りないものがあるって思ったでしょ~」
「え、いやその……」
「身長かおっぱいか、どっちかだと見たね!」
「違います」
「でも十八歳の男の子だもんね! 女の人の身体にイチャモンつけちゃうのは仕方ないよ!」
「そこ笑って言わないでください! 俺がとんでもなくゲス野郎みたいじゃないですか!」
「柔らかさには自信があるよ」
「何の話してます!?」
「身体の関節のはなし」
「紛らわしい!」
喋りながらも、彼女はざくざくと先へ進んでいく。
基本的な歩行速度が違いすぎるので、俺はついて行くだけで精いっぱいだ。……何もしてないのに。
「今は何もしなくて大丈夫だよー。元よりさっきの魔法球? は、イレギュラーなものとして扱ってるから」
「です……ね」
確かに先ほどの特大魔法球は、俺のピンチを救ってくれた。
けれど、再現性の無いものを戦力としてカウントするわけにはいかない。
もしかしたら暴発する可能性だってあるのだ。
「何であんなものが出たのかが分からない以上、慎重に扱うべきですね」
そう俺が言うと。しかし彼女は「いや」と首を振った。
「その力の内訳は分からないけれど、キミの身に『何で』変化が起こったのかは、分かるよー」
「え……、そうなんですか?」
「うん」
言いながら彼女はよしよしと俺の頭を撫でる。
どうしてこのタイミングで頭を撫でたんだ……。お姉さんキャラ特有の甘やかし行為にしては、タイミングが謎過ぎる……。
「あ、あの。俺の身体への変化って?」
こちらの質問に対して、カルマさんは笑顔のまま指を立てて説明する。
頼られたことがそんなに嬉しかったのか、満面の笑みだ。
ホント、狂気な笑顔以外は、かわいいな……。
「まずはスキルの変化についておさらいしておこうか。
ボクたちは冒険者として、基礎ステータスに加え、常時発動能力と任意発動能力を持ってるでしょ?」
「そうですね」
常時発動は、ダンジョン内でほぼオートで発動しているもの。
何らかの加護とか、攻撃や防御のアップとか。恩恵のようなものである。
個人だけに効果があるものもあれば、パーティを組んだ時、その人員全員に効果を及ぼすものもあったりと様々だ。
「俺に変化があったのは……、任意発動の方」
任意発動は、ダンジョン内の魔力と自分自身の魔力を使って、任意で発動するもの。
回復魔法や攻撃魔法、防御魔法などなど。罠のサーチや高速移動魔法。
前衛が使う物理攻撃技も、このカテゴリである。
「そうだね!」
言い終わると同時、彼女は再びえらいえらいと頭を撫でてくれた。
事実確認をしただけで、褒められるようなことは何もしてないんだけど……。
あと、実は撫でられるたびにイイ匂いがして、ドギマギするのでやめていただきたい。
「あ、あの。それで……?」
質問ばかりになってしまっているが、ここをはっきりさせておかないとどうしようもない。
申し訳なさそうな俺の質問に、しかし彼女はあっけらかんと続けた。
「スキルの変化は、今でも確定した研究結果は出てないんだ。だけど、おそらくコレだろうという推論は立ってる」
それが。
危機的状況における、体中の急激な成長と。
もっとこうしたいという、願望やイメージが具体化される現象である。
「キミはあのときモンスターに襲われ、命の危機に面していた。
そしてボクの、足技による攻撃を見た。これがきっと、――――変化のピースだったんだ」
ダンジョンの風にさらりとなびく、彼女の短い黒髪。
それから連想し、出会ったときの光景を思い返す。
「確かに……。あのときは、とにかく必死でした」
目に映る全てのものが情報として流れてきた感じだった。
死にたくない一心で、とにかく出来る限りのものを見て、何か打開できるものは無いかと無意識に探していたのかもしれない。
結果的には自力で何とか出来なかったものの……、それが、スキル変化のトリガーとなった。
「知っての通り、ボクはサッカー選手だった。だからやりやすい攻撃方法をとると、自然とサッカーの『何らかの』フォームに近くなる」
最初の飛び蹴りも、俺の出した魔力球を蹴った時も、ダイレクトボレーシュートみたいな回し蹴りだった。
遠心力を利用した腰の入ったそのキックは、今はサッカーボールでは無く、モンスターを蹴っているわけか。
「だからキミはきっと、この場に足りないモノを補うために、とっさに魔力を出したんだろう。あの――――超密度の魔力球をね」
「そんなことが……」
確かに。
俺が一番慣れている魔法は、自分か味方の防御力を上昇させる『防御上昇』のスキルだ。
――――死にたくない。
から、とにかく慣れているやり方で、魔力を出してみた。
するとそれが、防御魔法ではなく攻撃魔法――――のようなナニカに変化した、と……。
彼女の説明を一通り聞き終えて。
俺はあらためて……、首をかしげていた。
「……うーん」
「うーん……?」
カルマさんは覗き込むような視線で、疑問が晴れていない俺へと問いかけた。
「腑に落ちないかな。――――『玉突き事故』の月見くん?」
「ッ!」
瞬間。
脳裏にフラッシュバックする。
これまでの悪評。
視線、声、噂。
『アイツも参加してたのかよ』『いなくなってくれねぇかな』『こっちにも影響無いといいよな』『前の試験も、アイツのパーティがさ』『迷惑だよなあ』『どっかで事故って消えてくれねえかな』『何のためにこの学校いるわけ?』
耳を塞いでしまいたくなる幻聴が、一時的に脳を支配する。
「……カルマさん、そのこと」
「うん。ボクも知ってたよ。キミの評判」
「……う」
俯きながら、冒険者プレートに目を向ける。
カルマさんと組まれたパーティの証だ。
しかし、本当にこのまま組んでしまって良いのだろうか。
何たって俺は、悪評付きまとう冒険者見習いだ。
「――――『玉突き事故』の月見、かぁ。
うまいこと言ったもんだよね」
「……、」
うなだれる俺を他所に、カルマさんはおさらいのように、一つ一つ、事実を確認していく。
「キミと組んだパーティは、その悉くがクエストを失敗してしまう」
「……」
「しかも、失敗理由は均等に、均一に。
まるで図ったかのように、口をそろえて全員が同じことを述べる」
曰く。
途中まではうまくいっていたが、月見が急によく分からない行動をしたせいで、バランスが崩れた、と。
「全員だ。
キミに関わった全員が全員、嘘偽りなくそう発言している」
彼女の言うとおりだ。
だから俺はこうレッテルを貼られている。
肝心な時に仕事の出来ない、無能の付与術士。
途中で恐怖に支配され、混乱して場を乱す邪魔者。
そういう、疫病神のような扱われ方だ。
「そう噂されるようになってからは。授業でも出来る限りみんなの邪魔にならないよう、チーム実習には顔を出さないようになりました」
それゆえに昇級もなかなか出来なかった。
授業を受けていないのだから当たり前だ。
「きみ確か、このダンジョンには、同じFランクの人から誘われたって言ってたね?」
「はい。Fが一人。それ以外はDランクです」
「なるほど。災難だったね!」
あははと彼女は視線を外さず笑って、言葉を続ける。
「おおかたこんなところじゃないかな?
今回はたまたまキミの悪評を知らない、編入したてのFランクの子に誘われた」
「……」
「が、Dランクの連中は。元々どこかでキミを『切る』気でいた」
「――――!」
あまり耳にしたことは無いが。
中にはパーティメンバーを囮にして、高ランクモンスターから逃げる奴らもいるという。
「だってキミら、端からクリアする気は無かったんだよね?
つまりは、月見 球太郎を囮にして、三階層踏破の実績を作りにいった――――ってところかな?」
「そんな……」
「笑えるね」
言いつつも、彼女は笑わず言葉を吐き捨てた。
正義感が強いのか。
それとも仲間想いなのか。ともかく。
「そんなキミは……。
第三階層に置き去りにされて、成すすべなく彷徨い歩いてモンスターに遭遇して――――ボクに出会って今に至ると」
「そう……ですね」
事実を整理してみると。
思った以上に大分酷い。
俺の悪評を知っていても、パーティを組んでくれたということが嬉しくなって、囮に使われるかもしれないという考えにまで至らなかったのか。
「大分酷いですね……、俺は」
「ん? 何が?」
「そうでしょう。パーティに切られるかもっていう最悪を、想定して動けなかった」
「へえ……。キミ……、」
カルマさんが何かを言おうとした直後だった。
ズン――――、ズン――――と、これまでの大型モンスターよりも一段大きな音が、フィールドに響き渡る。
足音は、二重。
つまりは二匹の、超大型モンスターが迫ってきている。
「よし。この話は後にしよう。……だけど、ねぇタマ」
「タ、タマ……? って、俺のことですか?」
「うん。月見 球太郎だから、タマね?」
「は、はぁ……」
急なあだ名呼びにきょとんとする俺に対し、彼女は真っすぐに目を見てくる。
大きく見開かれた元気な瞳が。
俺の目を掴んで離さない。
目を切ったら負けだと言わんばかりの、力強い眼光だった。
「キミはキミの、思った通りに動いてみて」
「え……」
「これまで散々ボクを味わっただろ? 今度はボクが、キミを試す番だよ!」
その言葉はしかし。
嫌な感じは一切しなかった。
というよりも、この言葉の意味を考えると。
それは……、本格的なパーティ宣言だ。
「信じてるよ! 何せボクは、頼れるお姉さんだからね!」
そうして。
エンカウントする。
二匹のバケモノと。
二人のニンゲン。
ゆうに俺たちの倍以上あるその巨躯は。
こちらへと勢いよく襲い掛かってきて――――