――――そんな、衝撃の春から二ヵ月。
 夏が終わるころ、俺は晴れてプロ冒険者となった。

 しかも卒業と同時にDランクを与えられ(本来なら見習いのスタートランクと同じく、プロFランクからだ)、その後一件異変ダンジョンを解決したことでCランクに上がっていた。

「……俺、四か月前まで見習いFランクだったんですけど」
「あはははは! そういうこともあるよ!」
「人生何が起こるか分からないわよね」

 本日は再び異変ダンジョンだ。
 部屋をまたぐたび、ダンジョンの質が変わるという仕様らしい。なんだか目がちかちかしてくる。

「というか俺らのパーティ、異変ダンジョン絡みの依頼しか来ないんですけど……」
「か、完全に『そういう』案件専用として、認識されてますよね……」

 小心者組は後方でどんよりとし、肝が据わっている組はさくさく進んでいた。
 相変わらず温度差がやべえが、悲しいかな、うちの平常運転である。

「タマもあれからすごく強くなったからいいじゃん!」
「学生と比べればね! けど、あんたらのインフレに比べれば、全然ですから!」
「そんなことないよー。まだプロA+ランクだし」
「えぇ。世界にはSSSランクまでいるのだから、気は抜けないわ」
「な、なんだかすみませんです~……」

 現在のプロランク。
 俺:C、カルマさん:A+、すめし:A+、るいちゃん:A である。

 この地域にはA+はカルマさんとすめししかいない。Aランクだって、十人ほどではなかったか。
 それにお供するCランクの身にもなって欲しい。
 あまりにも格が違い過ぎて視線が痛い。

「タマの戦闘方法は、どうしても評価されにくいからなー」
「そうね。戦ってるときはあんなにかっこいいのに」
「頑張ってるタマせんぱい見てると、抱きしめたくなります~……」
「違う意味で興奮しちゃうよね!」
「まぁ普段はアレだけどね」
「決してイケメンではないからね、タマ」
「に、人間、顔じゃないってことですね……!」
「デレ方がめんどくせえんだよお前らは!」

 わちゃわちゃしながら進んでいると、俺の『腕』から声が飛んでくる。

『ほらほらあなたたち、前をごらんなさい! 敵影でしてよ!』
「あぁごめんトゥトゥ。ありがとう」
『まったく……。本来なら、カルマかタマ()のお役目ですのに』
「いつも助かってまーす」
『まぁ……、そんな抜けているタマ様も、素敵でしてよ!』
「……あぁ、うん。どうも」

 こいつもなあ。
 ずっと俺の魔法(マジック)手袋(グローブ)に居ついていたものだから、なんか俺のことを主人みたいな認識し始めてるんだよな……。

『ワタクシたちのパゥワーを、今日も炸裂させますわよ!』
「たよりにしてまーす……」

 あの、うん。
 トゥトゥのテンション、カルマさん以上についていけないんだ。
 常にフルスロットルなテンション維持するの、冒険しながらじゃちょっと難しいんだ……。

「おっ! すごいすごい! 大当たりの戦闘だよ!」
「変異巨大ドラゴン……! これは骨が折れるわね」
「がっ、頑張ります~……!」
「うわぁ……」

 サッカーグラウンドが二面入るほどの大部屋に入る。
 しかしそこには。その面積を覆い尽くすほどの巨大なドラゴンが待ち構えていた。
 喉を鳴らし、炎を吐き、おまけに上位精霊を従えている。
 見ただけで面倒な相手だと分かる。

また(・・)教本にも乗って無いようなモンスターかぁ……」

 ただ……、これももう慣れっこだ。
 異常個体のモンスターも、この二ヵ月で見飽きる程見てきた。
 ため息をついていると、それぞれ臨戦態勢に入った彼女たちから、声が上がる。

「タマ、ボール頂戴!」
「こっちにも!」
「おっ、お願いします~……!」

 元気に飛び跳ねる、快速少女が前へ向かう。
 ラケットを構える、平静少女が待ち構える。
 助走の構えをとる、巨体少女が手を挙げる。

 俺はその合図に対し、三者三様、適正な魔法球(ボール)を提供した。

「ふっ……!」

 掌から瞬時に生成され、彼女らの元へとボールは送られる。
 そして放たれる――――三人の打球。

 中空からのボレーシュートは、巨竜の厳つい頭を吹き飛ばした。
 放たれるグランドスマッシュは、巨竜の大きな羽を貫いた。
 打ち下ろすストレートアームスマッシュは、巨竜の胴体に炸裂した。

「やったね! ――――ん?」
「わわっ、まだカタチが残ってます……!」
「なかなか頑丈ね。面白い」

 驚くことに。
 Aランクを超える三人の攻撃を食らっても、まだ倒し切れていなかった。
 相当頑丈ってことだな。

「それじゃあ最後の一発! タマ!」
「決めちゃって!」
「お願いします~!」
「…………ッ!」

 それぞれの、元・アスリート女子たちから。
 スポットライトを当てられる。

 さあ、月見(つきみ) 球太郎(きゅうたろう)
 リベンジだ。
 これまで負け続けの彼女らに、勝利するときがやってきた。

「行くぞ、トゥトゥ」
『えぇ。魔力はばっちりですわ、タマ様』

 掌のグローブから、大量の魔力を感じる。
 まるでエンジンがかかっているかのように、力強く振動する両の腕。
 とどめることができないほどの魔力が流れ、それは次第に、一つのカタチとなっていく。

「行くぞ……。試合開始(プレイボール)……!」

 さて。
 ボール出し係となった月見 球太郎だが。
 俺にも何か、『攻撃』が出来ないかを探ってみた。

 これまでの経験。これまでの経緯。
 これまでの蓄積にこれまでの記憶(おもいで)

 道具は使ったことはない。
 では出来るとしたら、新たにフォームを覚えるくらいか?
 それも、メジャーなもので。
 そして、誰でも使える(・・・)もので。

 不格好でも。
 見栄えが悪くても。
 何でもいい。
 このパーティの役に立てるのであれば。なんだっていい。

「うぉぉぉッ!」

 ヒントは野球だった。
 道具を一切使わず、俺でも知っているメジャーな球技である。

 ボールを手で投げるだけ(・・)
 しかし実際に投球練習を行ってみたところ。
 力のある魔法球(ボール)は投げられなかった。

 そりゃそうだ。
 ピッチャーはみな簡単に投球をしているようだが、その実違う。
 フォームを研究し、血のにじむような努力をし、ピッチャーマウンドに立っているのだ。

 だから考え方を変えてみた。
 もちろん努力はする。しかし。すぐに実践で使えるような動き(フォーム)を手に入れることは、おそらく難しいだろう。

 では。それなら。
 立ったままでも、投げることが出来る投球がるとしたら――――?

 すめしのときと同じだ。
 カルマさんやるいちゃんに対してみたいに、必ずしも同じフィールドに立つ選手として考えなくていい。

「目的は、俺がボールを投げることではなくて」

 要は、ボールが敵へと飛んで行けば。
 手段はなんだっていいのである。

「――――だから」

 トゥトゥの能力を使って、目の前に物質を作り出す。
 本人曰く。トラップを生成することの延長でできるらしい。

「はぁぁぁぁぁ――――」

 俺は魔法球(ボール)を生成して……、


「よっと……」

 目の前の物体に優しくセットした。


「この角度でどう?」
『んー……、もちょっと右ですわ』
「こんな感じ?」
『オッケーですわ!』

 それは。
 一台のピッチングマシーンだった。
 仕掛け弓と同じような方法で、生成できるらしい。
 お手軽でいいね!

「よし……。いけ!」
『オッホホホホホホゥ! 発射ですわ~~~~~ッ!』

 そうして穿たれる――――超純度の魔法球。
 まるで戦艦から放たれる大砲だった。
 強烈な闇色の波動を携えた絶球は、弱り果てていた巨竜と周囲の上位精霊を、もろとも跡形も無く吹き飛ばす。
 そこには、消滅した証である魔力の塵すら残っていなかった。

「……いつ見てもひでえ威力」

 けたたましく笑うピッチングマシーン(トゥトゥリアス)を見ながら、俺はつぶやく。

「やったぁ! さすがタマ!」
「今日のMVPね」
「かっこいいですタマせんぱい!」

 駆け寄ってくるみんなに。
 今までの俺なら、「いやこれ、トゥトゥリアスの力だから……」と言って、ギャグにしていただろう。
 けれど今の俺は、みんなと一緒に冒険するプロだ。
 みんなが支えてくれたおかげで、このスタイルにもたどり着いた。

「うん。
 ボールを出すことで、負けてられないからね」

 誰かの力を借りて。誰かに世話になって。誰かに支えられて。生きていく。
 カルマさんに出会って、ボールが出せるようになって。
 すめしに出会って、ボール出しの奥深さを知って。
 るいちゃんに出会って、ボール出しで人を導けることが分かって。
 トゥトゥリアスに出会って、ボール出しだけでも戦えるようになった。

 誰かのおかげも、全部自分の力だ。
 自分の力だと、思って良いんだ。
 そうすることが、俺を支えてくれた人たちへの、一番の恩返しだと思うから。

「かっこよかったでしょ? 俺」

 言って。笑って。
 四人でハイタッチを決める。

 さぁて。
 宝箱まで、あとどれくらいなのか。
 このダンジョンの結末は、どうなるのか。
 今日はまだまだ、厄介なことが起こるのか。
 明日はどんな事件に、頭を悩ませるんだろうか。

「行こうか、みんな!」
「えぇ!」「はい!」『よくてよ!』
「――――うん!」



 俺は冒険者として。
 ボール出し係として。
 現代ダンジョンで、元・アスリート女子たちと共に、無双――――していく。
 これからも、ずっと。




 第三章
 試合終了《ゲーム》&試合開始(プレイボール)





新職業(?)・『ボール出し係』となった無能バッファー、元・アスリート女子たちと共に現代ダンジョンで無双する

       END