「しかし……、何者なんでしょうね、あの声の主さん……」

 更に三十分以上を進んだ後。
 るいちゃんはぽつりと疑問を口にした。

「そうだね」

 あの謎のお嬢様喋りの主が、ダンジョンを意のままに操っている。これはもう確定事項だろう。

「確実に普通の存在ではないよなあ」
「人語を操っているけれど、人間では無い可能性もあるわね」
「だね! というか、その方が確率としては高いかも」
「教科書には、時折ヒトの言語を覚えるモンスターもいると記されていましたけど……」
「インコみたいだね!」
「いや、モンスターと通常生物は違うでしょう。……違うわよね?」
「俺に聞くなよ……」

 授業で教わった常識で考えれば、違うとはおもうけど。でもそれも分からない。
 なんたって、このダンジョン自体がもう普通じゃないからなあ。

「ランクとかに関係なく、通常どおりに物事が進むと思わない方がいいかもな……」

 用心しながら通路を進む。
 するとほどなくして、るいちゃんが声を上げた。

「みなさい気を付けてください! 前方に!」
「っ!」

 戦闘態勢に移りつつ、前方を確認する。
 通路の出口の先。
 さっきみたいな大部屋が広がっていた。
 そしてその中央には、獰猛なオークが二体立っている。

「――――懐かしいね!」
「助けられたときのことを思い出しますね……」

 頷くとカルマさんは隊列を飛び出し、一番槍として飛び掛かっていく。
 目にも止まらぬ速さで、オークの一体に白い足(シンデレラ)が炸裂した。

「わぁ、やりました!」
「また一段と速いわね……」
「よし、ならもう一体もみんなで……ん?」

 華麗に敵を倒し着地したカルマさんだったが。
 しかし両膝をつき、その場にうずくまっていた。

「なんだ!?」

 まさか、攻撃したときにどこか痛めたのか?

「私が行くわ! 後衛の二人はそこにいて!」
「りょ、了解です~!」

 すめしが先に大部屋へと入り、カルマさんの元へと駆け寄る。
 すると――――

「んあああああぁぁぁッッ!!?!???」
「す、すめし!?」
「き、きちゃ、ら、めぇ……! いや、キ、キちゃ、う……!?」
「すめしせんぱい!?」

 彼女の言葉に従って、俺とるいちゃんは部屋に入るギリギリで足を止めた。
 見ると、すめしもカルマさんと同じように、身をかがめてうずくまっている。
 ……おなかいたいのか?

「と……とりあえず、一旦部屋に入るのは待とうるいちゃん!」
「は、はいです……!」

 前衛の二人は、部屋に入った瞬間おかしなことになってしまった(主にすめし)。
 仮に、部屋へと入った者に何らかの阻害が入る罠だった場合、迂闊には飛び込めない。

「カルマさんは……、カルマさんはアレ、どうなってるんだ?」

 遠目でよく見えないけれど、立ち上がっても、何やら動きが鈍い。足もがくがくしてるし。

「なんだか股の間をもじもじさせてます……? はっ……!」
「るいちゃん、何か気づいたの?」
「はい――――おそらく、あっ、いっ、いいえ! わたしは、なにも気づいてないです!」
「え、そうなの?」
「はいです! おっ、おふたりの名誉のためにも!」
「名誉?」

 何とも不思議なリアクションをする彼女であったが、一旦それは置いておき。

「たぶんこの部屋に入らず、モンスターを倒す必要があります! ……あったんです!」
「みたいだね!」

 どうやら先走った二人は大惨事みたいだけどな!
 とにかく、それで解決するかどうかはさておき、何にせよあのオークをどうにかしないといけないだろう。
 二人は謎の内股現象のまま、ギリギリで回避している状況だし。
 こういうときは遠距離攻撃だ。

「るいちゃん、狙える?」
「はいです! ――――えいっ!」

 やや助走をつけ、るいちゃんの魔法サーブが放たれる。
 風魔法を纏った緑色の閃光は、狙い通り、オークの頭部へと一直線に飛んで行った。
 しかし。

「えっ!?」

 バチン! と、頭部の前で何かに阻害される魔法球。
 見ると、先ほどカルマさんが倒したオークの黒塵が、もう一体のオークの周りをまとっていた。

「まさか……、倒した一体が防御魔法代わりに……?」
『オーッホッホッホッホッホ! かかりましわわね愚かなニンゲン!』
「この声は!」
『あなた方を弱らせるには、ただモンスターをけしかけるだけでは効果が無いと思いましたので。一つ、趣向を凝らしてみましたのですわ!』
「趣向だと……?」
『オフフ。どうやら催淫(さいいん)耐性を持っているニンゲンはいなさそうでしたのでね』
「さ、さいいん……?」

 え、じゃあこの空間に入ったら、めっちゃエッチな気分になるってことか?
 ということはあの二人、もしかして、つまりそういうこと……?

「うぅ……。お、おふたりの名誉が……」
「そういうことだった!」
 
 るいちゃんの気づかいが全部台無しになってしまった!

「くっ……! と、とにかく助けないと!」

 先ほどの突入のさい。すめしも数秒だけなら動けていた。
 この数秒間の間に、あの敵をどうにかするしか方法はない。

『ホッホゥ! 気を付けることですわね! この部屋にはもう、すでにニンゲン種が二体入っていますのよ!』
「は!? ど、どういうことだ!?」

 俺の疑問に、『それはですわね』と偉そうに付け加える変な笑い方のお嬢。

『この場に入った者には強制的に催淫魔法がかかり、倒したモンスターはもう一体のモンスターの防御魔法となり蘇生し、そして同時に三体以上の種族が入る事の出来ない――――部屋ですのよ!』
「めんどくせえギミック!」

 インフレしたカードゲームのテキストみたいになっていた。
 単純にセッ……しないと出られない部屋とかの方がまだマシだ。

『しかも、入れば入るほど催淫効果(エッチど)はアガっていきますのよ! さぁ、最後に入って絶頂を迎えるのは、いったい誰になるのでしょうねぇ!? オホホホホウホホゥ!』
「やっぱりゴリラになった!」

 途中もちょいちょい怪しかったけど!
 などと突っ込んでいる場合ではない。
 オークは今にも、身動きのとれなくなった二人へと、棍棒を振り下ろそうとしている。

「わたしがイきます!」
「るいちゃん!?」
「そもそもオークに力で対抗できるのは、わたししかいません……!」
「で、でもるいちゃん! それじゃあきみが……!」
「だいじょうぶです」

 広い背中で。
 彼女は俺の前に立つ。

「タマせんぱいは……、むこう、むいててくださいね……」
「るいちゃん……」
「きっとわたし、ケモノみたいになっちゃいますから……」
「――――分かった」

 俺は目を伏せ、後ろを向いた。
 その動作がスタートの合図。
 彼女が飛び出した音が、こだまする。

「くっ……!」

 涙を流さずにはいられない、
 おのれ……! なんて卑劣な罠を仕掛けるんだ……!
 つたうしずくもそこそこに。
 獣の号砲が耳に入る。

「おほぉぉぉぉぉぉっ!! あぁっ! あぉおん! あぁぁぁぁああおおおんおんおん、おおぉぉぉぉ――――ん!」

 ……………………犬の遠吠えかな?
 うん。おとなしいるいちゃんから、あんな声が出てくるわけがない。

 俺は背中で、激闘の音を感じつつ。
 ちょっと感情を整理するのだった。