さて、るいちゃんの戦闘パートだ。
あれから俺たちはさっそくパーティを組み、最後の休憩を終えて魔物除けを片付けた後、ダンジョン探索に戻った。
「そして――――またもひどい目に遭ったわ」
「すめし、マジですまん!」
「ごめんなさい……、ごめんなさい……、すめしせんぱい!」
あれから五分。
るいちゃんと初めてのパーティ戦闘を行って。
すめしは大ダメージを受けていた。
味方からの魔法ダメージを受け、ぼろぼろである。
味方っていうか、るいちゃんなんだけど。
「あしっ、足が、もつれてしまって……!」
「どうやったら移動をほとんどしない魔法使い職の足がもつれるのよ!」
「すみません、すみません……!」
謝り続けるるいちゃんを見て、俺は首をかしげる。
彼女は思った以上にどんくさい。
これが普通に、身体が大きくて動きが遅い人というのであれば、性格的にも納得なのだが……。
彼女はカルマさんやすめしと同じように、元・アスリートで実力者だ。
いくらなんでも、ここまでどんくさいのは流石におかしい。
「その魔法手袋と、相性が悪いとか?」
彼女は俺と同じく、杖では無く魔法手袋で魔法を使用する。
武器の類を持っていなかったから、てっきりカルマさんみたいに徒手空拳で戦うのかと思っていたのだが、まさかの後衛職だった。
いやその……。
身体が大きいから、頑丈そうというイメージも先行しちゃって。
ともかく。
「それとも、疲れてて魔力自体がうまく操れてない……とかかな?」
「あの、その……」
俺の言葉に、るいちゃんは申し訳なさそうに両手を胸に押し当て、うつむいてしまう。
うーん、どうしたものか。
「……まぁ、原因は分かってるわよ」
「ん? 何だすめし?」
俺は微妙な回復力の魔法を彼女にかけつつ、疑問を投げた。
するとすめしはるいちゃんの方を見て、問いただすように言う。
「あなたたぶん、無理して魔法使いをやっているでしょ?」
「え……? そうなのか?」
「あーいや、待った。違うわね。
良い言葉……。良い言葉、無いかな……」
すめしは自分で言った言葉を自分で否定して、待ったのポーズをして眉間にしわを寄せる。
どうやら良い言い回しが出てこないみたいだ。
そしてしばらくの後、「これね」と結論を出す。
「あなた……、どこか強引に魔法放ってるでしょ?」
「…………えっと」
「そうでないと、その魔法の威力の弱さはおかしい」
「…………、」
沈黙するるいちゃん。
優しく答えを待ってやりたいけれど、今は既に魔物除けの外だ。それに手持ちの魔物除けは使い切っているし、制限時間もそんなに多くない。
本音を言えば、戦いながら会話をしたいくらいである。
「るい、答えられない?」
「うぅ……、え、えっと……」
「……っ、」
正直。
今の二人の『気』の差は、いかんともしがたい。
正直に答えさせたいがために、どうしても言葉の圧が強くなってしまうすめし。
正直に答えたいけれど、何かが引っかかってしまい、かつ気圧されて黙ってしまうるいちゃん。
このまま仲間内でにらめっこしていてもらちが明かないし、それに――――
「QLrrrッ!」
「すめし、またモンスターだ!」
「ハーピィか……。
いいわ。私が応戦する!」
現れた四匹のハーピィ系モンスターへ、彼女は勇ましく向かって行った。
しかし疲労もあるのか。そしてるいちゃんからの魔法ダメージも抜けきっていないのか。二匹は倒すことが出来たがもう二匹への攻撃は、空を切った。
「チッ……! 動きが意外と早い……!」
「すめし!」
「タマ、あんたはそこにいなさい!」
「ぐ……!」
ひゅんひゅんとすめしの剣を掻い潜るハーピィたち。
翼と獰猛な爪をどうにか受ける彼女の表情は、苦しそうだ。
「るいちゃん!」
「……っ!」
俺は彼女の大きな手を掴み、言った。
「頼む。すめしを助けてくれ。
悲しいかな、俺ではどうしても前線は務まらない」
「……、」
情けないことに、今の俺では役に立てない。
仮に防御上昇が使えたとしても、一撃防ぐのが関の山だろう。
「るいちゃん、頼む!」
「わ、わたし、は……」
るいちゃんは俺の顔を見下ろしながらも、不安そうに口をゆがめた。
だから俺は、ぎゅっと強く彼女の手を握って言った。
「思った通りにやってくれ、るいちゃん!」
「え……」
「誰もきみを、馬鹿にしたりしない。
仮にきみがどんな変なことをしていたって、俺もすめしも受け入れるから!」
「……ッ!」
ぎゅっと。
今度は俺の手に、圧がかかる。
彼女の手に、魔力ではない熱が、込められたのが分かった。
「タマ、せんぱい……」
俺の手を包み込む掌は。
とても大きい。
この手でずっと、バレーを続けてきたんだと。頑張り続けてきたんだと。そう思う。
「い……、いきます……!」
ばっと俺の手を離したと思ったら、彼女は身体を正面からすめしが戦う方へと向けた。
そして。
左手を前へ突き出す。掌を上へ向ける。そこに――――魔法が宿る。
「るいちゃん……」
それは、バレーボール大の魔法球だった。
それ自体は、先ほど彼女が放っていた――――放ち損ねていたものと同じ。
しかしさっきと今ではフォームが違う。
彼女はその魔法球を軽く上空に放り投げると、更にそこへ向かってジャンプする。
記憶の中の光景と照合し、このポーズを検索した。
そうか……。このフォームは……。
「ジャンプサーブ……!」
バレーにおける、攻撃方法の一つ。
ネットを挟んだ向こう側の敵へ、出来るだけ強い、もしくは取りにくいボールを放つというプレーである。
飛び上がりと打ち下ろしによるその打球は。
テレビで俯瞰的に見る以上に、――――速度と威力があるという。
振りかぶられた大きな右手が。掌が。
ダイナミックに、魔法球へと振り下ろされた。
「ん――――ッッ!!」
強い呼吸と共に。
強い打球が放たれる。
それは一撃のレーザービーム。
一筋の閃光とも見紛う黄色の軌跡は、瞬く間にハーピィの一体へと飛来して。
ピンポイントで頭部を打ち抜いた。
「Qgggghッ…………!」
悲鳴と共に霧散していく一体のハーピィ。
その残滓にはただの魔法効果だけではなく、雷魔法の痕跡が纏われている。
「もういっぱつ……、行きます!」
「すめし、離れろ! さっきよりもやばそうだ!」
「――――ッ!」
俺の言葉にすめしはローリングでハーピィから距離を取る。
それと同時。
再び同じルーティンから、るいちゃんは魔法球を作り出し、放つ。
次の大砲は、先ほどとは違う。
黄色では無く、青色の軌跡だった。
「これは……!」
「二種属性……!」
驚くすめしの横を、るいちゃんの魔法が通り抜ける。
氷魔法が直撃したハーピィは、今度は中空で凍り付いた後、砕け散って塵となった。
「雷と氷……、まさか二種類も操れるなんてね」
俺が放つ魔法球や、カルマさんが日ごろ纏っている魔法は、無属性な魔力だ。
シンプル故に自由がきく、適性があれば誰でも扱うことができる基本的な魔力である。
属性魔法とは。その無属性な魔力に、何らかの属性をプラスして使用することが出来る。
例えばすめしの炎魔法は、基本の魔法に炎属性をプラスしているものとなる。
しかしてこの属性魔法。
基本的に扱える属性は、一人につき一種類だ。
すめしなら炎。
もしかしたらカルマさんは、風あたりに適性があるかもしれない。
俺はよくわからないけど、雷だったらカッコイイかもとか思う。
まぁそんなところで。るいちゃんはまさかの、二重属性持ち。
かなりレアな才能とも言える。
「あ、あの……。違うんです」
「え?」
「わたしが使えるのは……、よ、四属性なんです……」
「「――――、」」
絶句する俺たち。
この学園に居るものなら、この異常性に驚かない者などいないだろう。
「そ、それって……、どれくらいの確率なんだ……?」
「さぁ……? そもそも三属性持ってる人っていうのが、世界中探しても十人いるかいないかって聞いたことがあるけれど」
「控えめに言ってヤバいな」
「大げさに言ってもヤバいわよ」
「う、うぅ……」
あっ! るいちゃんが俺たちの「ヤバイ」という単語に反応して縮こまってしまっている!
大型動物がいきなり小動物になったみたいでカワイイ……とは思うが、正直……、
「若干めんどいわね」
「すめしは正直だった」
空気が読めるのか読めないのか。
でも、この歯に衣着せない言い方をするのが、コイツなのだった。
というかたぶんカルマさんも同じタイプだ。
本当に俺たちとパーティを組む流れにして良かったのだろうか。
俺がそう頭を抱えていると、すめしは「なるほどね」と、怯える彼女の身体をぺたぺた触りながら言う。
「この身体、バレーのための身体なのね」
「は、はい……。そうみたいです……」
「いい身体ね」
言いながら彼女は、次々と部位を触り、なぞっていく。
二の腕の筋肉。肩の筋肉、背筋。首筋までは届かなかったので、腹筋を触って、指は更にその上へ――――
「ひゃふっ……!」
「あっ、ごめんなさい。つい」
「こらすめし!」
「すっご……。すっげ……」
「口調変わってるぞお前」
「タマ、あなたこんなのに顔うずめたの? それで正気を保ってられるって、男として大丈夫?」
「何の心配だよ! そしてるいちゃんに色々と謝れ!」
胸の話題をしていたら、先ほどの感触を思い出してしまうから勘弁してもらいたい。
張りがあって、それでいて柔らかい。大きいのにカタチも良い、とんでもなくとんでもない、質量という名の凶器だった。
「話を戻すわ」
「お前が脱線させたんだろ」
すめしはコホンと咳ばらいをして、るいちゃんに言う。
「あなたは、バレーの動きと共に魔法を放つスタイルを取っていた。そして魔力の通り方も、そのフォームのときだと全然違う。
そのときだけ、通常の魔法に加え、属性付与もすることが出来る」
「そうなんです……」
なるほど。だから魔法手袋だったのか。
確かに彼女のスタイルなら、杖や長物は必要ない。
でも、さっきまではそのフォームで動かなかったということは……。
「けれど。どこかで誰かに、そのスタイルが否定されてしまった」
「その通りです……。お前の動きは変だって」
最初はちょっと笑われていただけだったらしい。
けれど、今の虐めの主犯格は、本格的に攻撃を開始した。
「いつまで昔の栄光にすがってるんだって言われて……。
たしかに。わたしはもうバレー選手じゃなく、冒険者なんだから。昔のことは、捨て去らないといけないはずだったんです……」
それは、これまでも色々と『折られて』きた彼女にとって、決め手となってしまったのかもしれない。
好きだったものを取り上げられ、道を強制させられた。
これまで鍛えてきた身体も。
これまで蓄えてきた思い出も。
全て、捨て去らなくてはならないと。
間違って、思ってしまった。
「だから必死で、普通の魔法使いになるよう頑張りました……。
けれど、普通のフォームじゃあ全然魔法も使えなくて……。飛んで行かなくて……」
自らで才能に蓋をしてしまったということだ。
まぁでも……、自信を砕かれたり否定されることの辛さは、俺も痛い程に分かる。
「…………、」
ゆっくりと頷くるいちゃんに。すめしは「ばかね」と柔らかく言う。
「こんな立派な身体を持ってるのに、有効活用しない方が勿体ないわよ」
「すめしせんぱい……」
「だいたいね、るい」
「はい?」
「こんな職業なのよ? 他人の評価を気にするより、自分が勝ったり生き残ったりすることを考えなきゃ」
「あ…………」
すめしの言葉に俺も続く。
「それにるいちゃん。俺たちは既に、パーティだ。だからパーティの方針には従ってもらうよ」
「え?」
「俺たちパーティは、『やれることは全力で』だ。
あんな凄いことが出来るのに、やらないなんて、手を抜いてる証拠だよ」
「それは……」
「そうよるい。偉そうに言ってるこの男は、普段はまったく役に立たないんだから。
あなたが頑張ってくれないと私が大変なのよ」
「すめしてめえ」
「事実でしょ」
事実ですが。
まぁなんにせよだ。
「るいちゃんのバレーのフォーム、めちゃくちゃカッコよかった」
俺も彼女の顔を見て、はっきりと告げる。
「だからこれからも、元・バレー選手の鯨伏 るいとして。
そして、俺たちパーティの一員、魔法使いの鯨伏 るいとして、頑張ってほしい!」
「タマ先輩……」
「あなたも言うようになったわよね……」
すめしはややニヒルに笑い、地面を見て笑う。
うるせえなと俺も笑う。
るいちゃんは再び、「タマせんぱい」とつぶやいていた。
「…………ん?」
「あの、だ、だから……、タマ、せんぱい……!」
「うぉぉぉッッ!!? な、なになになに!?」
「QLRRRRRrrrrrrッッッッ!!!!」
俺の頭を背後から咥える、大型鳥類モンスターが一匹!
え、嘘!? まったく気づかなかった!
「おぎゃあああああッッ! あたま! あたま、割れる!」
「え、タマ!? 大丈夫!?」
「タマせんぱい、を……! はなせ……ッ!」
綺麗なジャンプフォームから繰り出される、炎の魔球が一発。
その球は素晴らしいコントロールで俺を咥えていたモンスターに直撃するも……、その体を燃やし、その炎は俺まで伝播する。
「QQQQEEErrrr!!」
「あちちちちちちちッッッ!!」
燃え盛るモンスターと俺を見つつ、るいちゃんはひたすら謝っていた。
「なるほど。乳とあちちをかけたということね」
「んな余裕ねえっての! いいから助けろ!」
「だって私の魔法も、炎魔法だし……」
その後。るいちゃんの氷魔法で冷やしてもらった後、自分で回復魔法をかけましたとさ……。
俺も人の事言えねえけど。
このパーティ、フレンドリーファイアー多すぎない?
プロフィール・4
名前:鯨伏 るい(るい)
身長/体重:205センチ/78キロ
職業:魔術師
物理攻撃:A+++ 魔法攻撃:E
物理耐久:A+++ 魔法耐久:F
敏捷:E 思考力:F
魔力値:C 魔吸値:B+
常時発動能力
物理耐久:D、動体視力上昇:B、自己修復:B
任意発動能力
炎魔法:B、雷魔法:B、
風魔法:B、氷魔法:B
属性について
主だった属性は、炎、氷、風、雷、光、闇の六属性。
汎用魔法(プレーン)の属性は含めない。
例外的な属性を持つものもいるが、極めて少なく、扱いも難しい。
鯨伏るいの魔法威力について
るいの魔法攻撃ランクはEランクと、プレーンな魔法だけなら低ランクである。
しかしそこへ属性を付与することにより、属性のランク分威力が上がる仕様となっている。
四属性を使用でき、かつどれも平均的に高ランクな者は極めて稀。
間違いなく天性の才能であると言える。
こうして。
突如としてパーティを組むこととなった俺たち三人のクエストは、無事終わりを告げた。
「二位でしたが」
「あはは。聞いたよー!」
基本的にすめしが無双していたが、途中で状態を整えたりしていた時間があまりにも長すぎた。
それに途中で倒したゴーレムは、倒せること前提で造ってなかったそうで。ポイントに加算されなかったのだ。
「それは骨折り損だったね」
「まぁ、そのお陰でるいちゃんにも会えましたから。結果オーライとも言えます」
ちなみに虐めグループは、あの後すめしが教員へ報告。
アンド、高ランク者からのプレッシャーを与え、るいちゃんと強制的に縁を切らせた。
『今度この子に何かしたら、容赦しないわ』
『ヒ……ッ!』
『るいは私たちのパーティメンバーだから。それがどういう意味なのか、よく考えておきなさい?』
「あのすめしは怖かった……」
「さすがはすめしだね! ナイスプレイ!」
あのクエストから五日後。
俺はカルマさんへの報告に来ていた。
クエスト続きだったので、しばらく休養期間を空けていたのだ。
彼女の顔を見るのはとても久しぶりな気がする。
ざわつくテラスの中。
軽食を食べ終えたカルマさんは、「まぁ二人には先に聞いてたんだけどね」と頷いた。
「るいちゃんとも知り合いに?」
「うん。あの後すめしに紹介してもらってね」
結果だけはそのときに聞いてたと言うカルマさん。
なるほど。なら、細かい部分はこれ以上話さなくてもよさそうだな。
「そのまま、三人でクエストにも行ったんだよ」
「そうだったんですね。どうでした?」
「おっぱいがはずむね! すンごいよアレ」
「それ、間違ってもるいちゃんの前で言わないで下さいよ。絶対委縮しますから」
「え、言ったよ?」
「手遅れだったー!」
「お風呂一緒に入ったとき、言ったよ?」
「俺も入れてー!」
え、三人で一緒にお風呂入ったの!?
パーティ全員で、裸の付き合いを????
カルマさんの美乳Dカップと、すめしの巨乳Fカップと、るいちゃんのメーターオーバーIカップが、一堂に会してたってこと??????
「どうして俺は……、五日間も休養を……!」
「クエスト続きだったからじゃないかな」
そうだけど。
そうだけど、どうして。
「というか。
その場にタマがいたとしても、一緒にお風呂は入って無いと思うよ? 理由ないし」
「まぁそうですけどね」
あの時は両手のケガでうまく身体を洗えないからという理由があったからである。
するとカルマさんは、目を逸らしながら、煮え切らない表情で言った。
「それにその……。
そういう理由でがあったとしても、もう一緒にお風呂は無理かなー……」
「え……、そ、それは……、どうしてです?」
え、俺何か嫌われることした!?
いやまぁ。付き合っても無い異性(もしくは肉体関係の無い異性)と一緒に風呂に入るのは、普通ならおかしいんだけど。
でも、割とあけすけなカルマさんだぞ?
「だってさぁ……」
珍しくカルマさんは、手をもじもじさせながら、こちらをちらりと見る。
「今度一緒に入ったら……………………、我慢できなくなっちゃいそうだし」
「…………え?」
「う……、あ、あははははは! なんてねっ! えへへへへっ!」
勢いよく頭をばりばりとかきながら、立ち上がり食器トレーを持ち上げる。
「今日はこれで終わり! しっ、新作のブラジャー買いに行かなきゃなので!」
「それ絶対嘘でしょ。というか本当でも、そういうことは男の前で言わないでください」
「とにっ、かくっ、それじゃね!」
「あっ……!」
言うと彼女は、とんでもない脚力を持ってして、食堂エリアを後にする。
食器トレーは爆速で棚へ。けれど丁寧に置かれているあたり、彼女の真面目な人柄がにじみ出ていた。
「……うーん? 何だったんだあの態度」
超気になる。
騒がしい太陽が去ったあと、俺がぽつんとテーブルにいると。後ろから今度はすめしがやってきた。
「さっきカルマいなかった? 騒がしい声が聞こえてたけど」
「あぁうん。ブラジャー買いに行くんだって」
「そんなことを大声で……?」
訝しむすめしの表情は、日ごろの二人の関係を物語っていた。
「まぁいいわ。よくカルマも、あの状態であなたに会えたものね」
「うん……? それ、どういうこと?」
「どうせカルマのことだから、この間私たちが一緒にお風呂に入ったこと、言ったんでしょ?」
「おお。聞いてるよ」
だいぶ衝撃だったけど。
まぁそれはそれとして、その入浴に何か関連することなのだろうか。
「詳しく聞いてもいいのか?」
「え……。まぁ、そうね。
まずは私がカルマの背中を流したわ。筋肉と脂肪の付き方が絶妙でね。首筋から肩甲骨まわりの滑らかさと言ったら、まるで大理石のタイルみたいで。けれどもち肌なのか弾力もそこそこあって、つい指先でなぞったとき、カルマが変な声を……」
「違うよ! 詳しく聞きたいのはキャッキャウフフの内容じゃねえ!」
「でもだいぶ聞いてたわよね」
「お前もだいぶ語ったじゃん」
ともかく。
「なんか、俺のことについて語ったのか?」
「ま、そんなところよ。語ったのは私ではないけれどね」
「ふうん?」
となると、るいちゃんか?
「嬉しそうに話していたわよ。
タマせんぱいが私を救ってくれたっていう内容を、それはもういっぱいね」
「う……。な、なんか恥ずかしいな。
別に特殊なことをしたわけではない――――わけでもないけど、その」
でもまぁ、俺が逆の立場だったら、それくらい感謝するかぁ。
るいちゃんが俺に感じてる恩義は、俺がカルマさんに抱えている恩義と同じようなものだろうからな。
「……ん? カルマさんに? 全部話したってこと……?」
「えぇそれはもう。
助けられた状況も。助けてもらった経緯も。そして、あなたがるいに言った言葉の、内訳も全部、ね」
「――――、」
あー……。
それはつまり。
俺が、『カルマさんみたいにカッコよくなりたい』という気持ちも、全部伝わってしまったということで。
そこにかける情熱とか、尊敬とか、重んじる気持ちとか、そういった諸々が全部あの人の中に入ってしまったことになる。
「カルマの顔が真っ赤になってたのは……、まぁ、湯あたりってことにしておこうかしら」
「お前もなぁ……。カ、カルマさんをからかうのも、大概にしとくんだ、ぞ……?」
俺はそっぽを向きながら、すめしに言った。
すると彼女は変わらずクールに、口角を上げずに淡々と。
言葉を、落とした。
「あらお揃いね。――――あなたも湯あたり?」
「…………なんだって?」
食堂は、今日もにぎやかだ。
最後のすめしの言葉は、聞こえなかったことにしておこうと思う。
俺の心の、安寧のために。
第二章
ゲームセット アンド マッチ すめし&るいペア
お読みいただきありがとうございます!
第二章、これにて終了です。
最終第三章は、2月22日(水)朝8時ごろからスタートする予定です!
また遊びにきていただけると嬉しいです。よろしくお願い致します!
良く晴れた朝六時。
俺、すめし、るいちゃんの三人は、カルマさんに連れられとあるダンジョンへとやってきていた。
「今日も元気!」
「眠い……」
冒険者には朝も夜も無い。
中学生時代、学生ながらに不健康で体だな生活を送っていたのだが、だいぶ改善はされてきている――――のだが、それはそれとして、寝起きは眠いのです。
「わたしも寝起きは良くないので、気持ちはわかりましゅ……」
「意外だねるいちゃん。けっこうしっかりしてると思ってたよ」
「気合い入れないと起き上がれないんですよね……。身体重くて」
「身体が……」
「一般の方よりも重くて……」
「重いってそういう意味じゃ無いだろ普通」
むちむちした身体がのそりと揺れる。
確かに。この身体を起こすだけでも、他よりもエネルギーを使うのかもなあと思った。
「それもあるんですけど、睡魔には勝てないですね……。快楽に弱くて、すぐ寝ちゃうんです……」
「誤解を招きそう」
眠そうに目をこする(と言っても前髪で見えないけれど)彼女を横目に、それ以上にやばそうなすめしを見やる。
「まさかすめしが、一番朝に弱いとはなぁ……」
「zzzzzzzzz……」
ベンチに横たわり、ライトアーマーのまま横になる女騎士。
眠っている姿勢は綺麗だが、しかしそこは眠りにつく場所ではないし、なんならもう一時間もすればダンジョンに突入である。
「タマ……だめよ……。私の知的財産は奪わせないわ……zzz……」
「どんな夢見てんだよ」
「督促状はやめて……。島流しにあうわ……。あぁ……、確定申告の時期が……、時期が……」
「割とシビアな世界観かな?」
すめしの頭の中身が心配だった。
「起こします?」
「あ、寝てるすめしに近づかない方がいいよー。近くに生命体が寄ってくると、根ながらもオートで攻撃してくるから」
「こわ!? どこのエージェントだよ!」
「冒険者ってエージェントみたいなものじゃん」
「睡眠魔法が効かないのは強いですね……」
るいちゃんはプラス思考だった。
「まぁすめすには前に直接説明してるからいいや。二人には今から説明するね」
というわけで説明開始。からの、説明終了。
要約すると、異変ダンジョンが見つかったので、今日はそこに四人で向かってみようとのことだった。
「ちなみにランクは、プロB!」
「「いやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!!」」
るいちゃんと共に驚きの声を上げる。
その声と共にすめしがむくりと起き上がっていた。
「プロBって、業界でもかなり上のほうじゃないですか!」
「うん! ボクも未体験ゾーンだね!」
「しっ、死んじゃいますよ~……!」
「大丈夫だよ。二人ともこの間Cランクまで上がったじゃん」
「と言っても、『見習い』のCですよ! プロBはあまりにもかけ離れてます!」
あの後カルマさんらに連れられ、俺とるいちゃんもどんどんランクが上がっていった。
現在のランクは、カルマさんとすめしが見習いAランク。俺とるいちゃんが見習いCランクだ。
「とはいえ早すぎますって……」
「でも一週間前も、プロDならいけたじゃない?」
「奇跡的にね……」
俺の魔法球をすめしがギリギリで決めてくれなかったら死んでいた。
るいちゃんも、肉体的には無事だったけど精神的にはかなり追い詰められてたし。
「というか、すめしは賛成なのか?」
「えぇ。私とカルマはAに上がったから、そろそろプロの現場に多く慣れておきたいし」
「まぁ……、後は時期が来れば卒業できるもんな……」
Aランクに上がった者は、七月と十二月の時期になれば卒業となる。
そろそろ六月になる時期なので、あと一ヵ月くらいで二人はいなくなるってことだ。
「あのね、タマ。
私とカルマが卒業したら、どうなると思う?」
「ん? どう……ってのは?」
全員の顔を見やり、しばらく考える。
俺、カルマさん、すめし、るいちゃん……。なんだ?
うーんと考えていると、頭上からるいちゃんの「あっ」という声が聞こえた。
「お二人が卒業してしまうと……、このパーティはわたしとタマせんぱいだけになる……!」
「ん? そういえばそうだね」
「せんぱい! 何を呑気なリアクションしてるんですか! これ、けっこう大変な事態ですよ!」
「え?」
「今わたしたちのパーティがどういう風に成り立っているのか、考えてください!」
「えっと……」
腕組みをして考えると、俺もるいちゃんが言いたいことにたどり着いた。
「あっ、そうか! 前衛がいなくなる!」
「そうなんです!」
今このパーティは、Aランクの前衛二人が、Cランクの後衛二人を守っていることで成立している。
かつ、精神的にも前衛組が引っ張ってくれていると言っても過言ではないだろう。
「わたしとせんぱいだけだと、ものの役にも立ちません!」
「そこまで言わなくても」
「いえ、今日は言わせてくださいです!」
「おおう」
るいちゃんはずいっと体をつめてきた。
むちむちした体が近くに来てどきりとしてしまうが、今は話に集中しよう。
「わたしとタマせんぱいは、Cランクに上がれたとはいえ、いじめられていた過去や悪評までは払拭できていません」
「そ、そうだね……」
「つまり、他の人とパーティを組んだとしても、うまくいかない可能性が高いんです!」
「確かに……」
「そもそもわたしたち二人は、特殊な攻撃スタイルなんです! そんなの、他のパーティの人たちと合わせられると思いますか!?」
「で、でもさ……。俺たちもCランクに上がったんだから、話くらいは聞いてもらえるんじゃ……」
「いえ! クソザコメンタルのわたしとタマせんぱいでは、絶対うまいこと説明できません!」
「ひでえ言われよう!」
……でも、確かに。
新しい前衛の人に、『特技はボール出し』ですと説明しても、訝しがられて終わる気がする。
「だからタマせんぱい! わたしたちも二人が卒業してしまう前に、せめてAランク一歩手前までは上がっておかないといけないのです! そーきゅーに!!」
「そ、それはそうかも……」
なんてこった。
そりゃあ見習いCまで来れたのは自分の力だけではないと分かっていたけれど、この二人が抜けてしまうとパーティとして成立しなくなるだなんて。
「とまぁ。そんなことをカルマが提案してきたのよ」
「なるほど……。ありがとうございますカルマさん」
「えへへ!」
「本当は更に上のB+に行こうとしていたから、ストップをかけたわ」
「カルマさん!?」
「えへへ!」
「笑って済むことじゃねえ!」
まったくとんだパーティメンバーだ。
軽い気持ちで仲間を死地に送ろうとするのだから、全く気が抜けない。
「まぁそれに……、私としてもあなたたち二人に抜けられたら困るしね」
「すめし……」
「勘違いしないでよね。私もタマのことが気に入り始めているだけなんだから」
「うん……、うん……? それ、何も隠せてなくない?」
「え? 私があなたに好意的な感情を向けてるのは、周知の事実でしょう?」
「なんかド直球のデレが飛んで来たんだが!?」
しかもタイミングが変だ!
というかすめし。それじゃあお前は、何の感情を隠したくて『勘違いしないでよね』構文を使ったんだ……。
「とりあえず、話しはまとまったかな? 出発出発~!」
「はーい……」
こうして俺たちはいつものように、カルマさんの後に続いた。
無理難題も日常の内。
いつも通りのクエストの始まり。
だから。
まったく予想していなかった。
このクエストが、俺の運命を大きく変えることとなる一件になるとは。
この時は、露程も。
流れるように受付を済ませ、俺たちパーティはダンジョン内へと入る。
入り口からすぐの部屋が、教室二つ分くらいの大部屋になっていた。
「あれ? 形状が変わってる」
「お、気づいたみたいだねー」
このダンジョンは、以前俺がカルマさんに助けてもらったダンジョンだった。
前は岩がごつごつしている、洞窟めいた場所だったのだが。現在は床・壁・天井全てにおいて、レンガ状のタイルで構成されている。
「前よりも歩きやすそうでいいですけど……、そもそも攻略されて無かったんですね」
ダンジョンは。発生と消滅を繰り返すものだ。
だから同じ場所に違うタイプのダンジョンが現れることも当然あるのだが……。
「どうやらクリア者は出ていないと」
「うん。登録名も同じく、『K-2966』のままだね」
余談だが。前は発生するたびにカッコイイ名前をつけまくっていたらしいのだが、あまりにも多く発生しすぎるためそれを断念。バリエーションが追い付かなかったらしい。
今はアルファベットと数字の羅列に落ち着いているのだとか。
「前はプロCランクだったのね。タマ、あなたもけっこう無茶なことするわね」
「ま、まぁ……。あのときは切羽詰まってて、視野が狭くなっていたというか」
ともかく。そんなプロCランクダンジョンは。
現在は観測結果が変わり、プロBランクにまで上がっている……と。
「計測結果が変わることは珍しくはないけれど……、クリア者が出ていないというのは変な話ね」
すめしは顎に手を当てて考える。
「たしかにそうですね……。
タマせんぱいが挑戦したのが四月の頭ごろ。そこから二ヵ月も経ってるんですから、ふつうはクリア者が出て、違うダンジョンが発生していてもおかしくないです……」
たいてい発生したダンジョンは、半月もあれば誰かが攻略する。
中には時々低ランクのものが攻略されずにいることもあるらしいが、そういう場合は上位ランクの冒険者に依頼し、攻略してもらうらしいのだ。
「ここもそういう依頼をしたらしいんだけどね。
でも、誰も攻略出来なかった」
「それは……、全員死んでるってことですか……?」
ごくりと唾を飲み込み、俺がカルマさんに聞くと。
しかし彼女は「いや」と、わりと軽めに否定する。
「モンスターのランク自体はそんなに大したことも無いらしい。けど、誰も『宝箱』を見つけられてないんだってさ」
「宝箱を……?」
ダンジョンの最奥には、『宝箱』なるものが設置されていて、その中に入っているアイテムに触れればダンジョンは消滅する。
一説にはこの、『宝箱』が自らを守るためにダンジョン現象を起こしているのではないかとも言われている。
つまりそれくらい、ダンジョンと宝箱は切って切れない関係だ。
ダンジョンの中には宝箱があるはずで。
そしてそれが無いのは、確かに異常だ。
「おそらく隠し部屋とかがあるんだろうけどねぇ。けど、名うての冒険者たちの悉くが探索に失敗してるんだよ? 絶対変だよねぇ」
「そうですね……」
「そうだよね! 変だよね!」
「楽しそうだなぁ!」
今日も騎馬崎 駆馬は絶好調だった。
この挑戦ジャンキーめ。
得意スポーツはサッカーじゃなくて、ハードル走だったんじゃないのか?
そうこうしていると、すめしは「ねぇ」と俺の肩を叩く。
「あそこに見える装置。分かる?」
「ん? ……あれは、」
彼女の示す方向を見やると……、確かに、一ヵ所だけブロックがぽこんと飛び出ている。
「トラップだな」
「そうよね?」
目で見る限り、先へ続く通路はあの一本しかない。
解除せずにあの通路を進んだら、起動してたってことか……。
「び、微妙な変化なのに、よく気づきましたねすめしせんぱい……」
「まぁ観察するのは得意だからね」
「というかそういうのって、斥候職であるカルマさんの仕事なのでは……」
「あははははは! 今更だね!」
楽しそうである。
まぁこれまでのダンジョンでも、カルマさんが先にトラップに気づいたことなどほとんど無かった。
そういうのに鈍感そうなるいちゃんの方が、先に気づいたこともあった。
「でも解除は出来るからね! まかせて!」
ててっとトラップの場所まで走り、罠解除の魔法をかける。
すると……、
「わわっ!?」
部屋の中心部がまばゆく光ったと思ったら――――そこには大量のモンスターが現れていた。
「なんで!?」
「まさか……、逆手に取られるなんてね……!」
「なるほど……。罠解除に反応するトラップかよ」
「な、なんですかそれ~……!?」
「よくわかんないけど、戦闘開始だねッ! いっくよ~ッ!」
入り口をくぐっただけなのに。もう激闘開始である。
確かにこれは、以前俺がくぐったダンジョンとは性質が違う。
モンスターは強かったけど、こんな特殊なトラップが設置されているような場所では無かったはずだ。
「でもまぁ……。起動したものが、『ただの戦闘』で良かったかな……」
言いながら俺も戦闘態勢に入る。
この二ヵ月。
連携を高めた二ヵ月。
まだまだ粗削りではあるけれど――――こと『攻撃力』だけで考えれば、俺たちはプロBランクにも匹敵する。
それくらいのチカラをつけているのだ。
「行くぞみんな! ボール……出します!」
思い思いのポジションへと散っていく三人。
俺は。
掌に魔力を込めた。
激闘の最中。
敵を一体蹴とばした後、カルマさんの声が俺に届く。
「タマ、ボールお願い!」
「分かりました!」
モンスターからターゲットにされないギリギリのポジショニングへと走り、掌に魔力を込めた。
「ふっ……!」
カルマさんのことを考えてボールを作る。
改めて――――彼女が蹴りやすいのは、サッカーボール大のものだ。
「カルマさん!」
「おっ……」
作成したボールを、掌から中空へと投げる。
一発で二十二センチ大の魔法球が出てきたことで、一瞬だけカルマさんは驚きの表情を見せた。
その後、再び戦いの顔へと戻り、ボールへ向かって大きなジャンプをして――――ジャンピングボレーを叩き込む。
「いっけぇッ!」
ジャストミートで打ち出されたボールは、モンスター集団の一角へと飛んで行き、着弾の後大きな爆発を見せた。
跡形も無く吹き飛んだモンスター群を確認した後、華麗に着地したカルマさんはガッツポーズを決める。
「よしっ!」
「うまくいきました」
「すごいね! どんどんサイズの精度が上がってるね!」
彼女ら一人一人を深く想うことで、自在に出せるようになったのだ。……変態チックだから言わないけど。
「じゃあもっとおっきいの欲しいって言っても良いんだね!」
「もっといっぱい出してって言ったら、それも可能なのね」
「ア、アツいのくださいって言ったら、出してくれますか……?」
「せっかく俺は言わずに我慢してたのに!」
台無しである。
全員口元を波打たせているのは、つまりそういうことである。
「というかお前ら、戦闘に集中しろ!」
多種多様なモンスターが蠢く中、断章に興じているわけにはいくまい。
「いいわタマ、今度はこっちに頂戴!」
「分かった!」
テニスボール大のものを作成し、すめしへと放る。
今の俺は、わざわざ彼女の正面に立たなくてもイメージが出来るようになった。
個人特訓のお陰である。
「フッ!」
放たれたフォアハンドストロークの打球は、そのまま大型モンスターを三体貫いていった。
「カルマよりは少なかったか……。でもまぁ、こんなものね」
剣をラケットのように扱いながら、彼女はこちらに視線を送った。
「ウィンブルドンの試合映像。その中の、『ボールボーイが選手にボールを投げて渡す部分』百選を見せた甲斐があったわ」
「……まぁ、役に立ちましたよ」
実際のところ。けっこう人によって違いがあったのだ。
なるほど距離があるからワンバウンドさせるのかとか、転がして渡したりもするんだなとか……挙げて行けばきりがないので割愛するけれど。
「タマせんぱい! 最後、こっちに!」
「るいちゃん! 了解だ!」
後方からるいちゃんの声が聞こえる。
彼女は現在、アタックをするために助走距離を確保していた。
「バレーボール大の球……っと!」
俺は彼女が飛び上がるところ目掛け、直径ニ十センチの魔法球を放り投げる。
「あっ……、タマせんぱい。さすがです……!」
「へへ」
助走する彼女が一瞬笑う。
その後、バンッ! という地面を蹴る音がする。
巨体は華麗に宙を舞う。
胸を突き出し腰を逸らせ、右手を大きく掲げた後――――その一撃は放たれる。
「いっ――――けぇッ!」
渾身のスパイク。
俺の魔法球、プラス、彼女が付与する属性魔法。
雷を帯びたバレーボール球は敵陣に直撃した後、広範囲へと拡散し、まとめて灰燼へと変えた。
「威力上がってたねるいちゃん!」
「は、はい!
……タマせんぱい、覚えててくれたんですね」
「うん。勿論」
この間るいちゃんに言われたことだ。
本来ならバレーボールは、二十一センチの5号球を使用する。
しかしるいちゃんがやっていた中学バレーまでは、一つサイズの小さい4号球(ニ十センチ)を使用するのだ。
微妙な差だが、そっちの方が撃ちやすいのだと彼女は言ってくれた。
「うまくできて良かったよ。
それに、るいちゃんへ上げるのは一番イメージつきやすいんだ」
何せ、同じ『手』を使ったボールの扱いだからだ。
バレーにおけるセッター(主にパス回しをする係)をイメージすればイイだけだから、とても簡単だった(他と比べればだけど)。
「ある意味一番相性いいかもしれないね、るいちゃん」
「えっ! わわっ! あ、ありがとうございましゅ……!」
巨体のままもじもじする姿は、何だか大型わんこみたいだ。
餌を与えてご褒美をあげたくなってくる。
「一番相性イイですってよ、カルマ?」
「あははははっ! ……ちょっとだけモヤるね」
なんか後方で太陽に曇りが現れていた。
さておき、一戦目は無事終了だ。
「それじゃあ改めて、先に進みましょうか――――」
再び足を踏み出そうとした瞬間だった。
ゴゴン! と、背後で大きな音が聞こえる。
「えっ!? き、来た道が……!」
見ると、俺たちが入ってきた入口が、完全に塞がってしまっていた。
ダンジョン内は暗くないため視界が塞がってしまうことは無いが、一抹の不安に駆られてしまう。
「はわわ……、もしかして、閉じ込められたんでしょうか……」
「も、もしかして、ヤバイ……?」
狼狽する俺とるいちゃんをよそに、カルマさんとすめしは余裕の立ち振る舞いを見せる。
「あはは大丈夫だよ。扉が閉まっちゃうのはよくあること」
「どうせそのうち上にいる人たちが、再び扉を開けてくれるわ。そうでないと、後続の冒険者たちも入れないものね」
「そ、そっか。なら安心ですね……」
るいちゃんに続き、俺もほっと溜息をつく。
しかし今度は、ブオン! と、魔法が起動するような音がした。
「あの、なんか……。扉のあった場所が、完全なる壁になってるんですけど……?」
「これは……、ねぇカルマ? これは大丈夫なの? 私は初めてのケースなんだけど? あ、初めてってそういうコトではないわよ? 異性とも同性ともそういうことはしてないというか、そういうことは一人で、」
「見るからに動揺するなすめし! そしてそのくだりは前にやった!」
しかも初対面時にな! 考えてみればお前けっこうなことやらかしてるな!
「あは、あはは、大丈夫だよ! 扉がなんかアレしちゃうのも、よくあること……かも、よ?」
「こっちはこっちで自信なさ気だ!」
そして極めつけに。
ザリザリと壊れたラジオみたいな音がして。
フロアに声が、響き渡った。
『――――いいですわよッ!』
高貴な声だ。
けれど、どこか力強さを感じる。
『やはり最高の強さですわ~~~~っ!』
「え、ちょっと……」
『なのであなた方はこの場所にて、ワタクシが徹底的に支配して差し上げますわよ~~~ッッ!』
「は――――」
『ホホッ! オホホッ! オ~ッホッホッホッホッホッホホホホゥ!』
「なんか最後ゴリラみたいにならなかった!?」
特殊な笑い声と共に、再びザリザリ音が流れる。
ぷつんという音がしたということは、通話(?)は終わったというコトだろう。
一瞬の静寂の後、俺はカルマさんへ視線をやった。
「………………これは?」
「うーん」
腕組みをしてやや考えた後。
彼女は「うん」と頷き、元気に答えた。
「閉じ込められたね!」
「やっぱりかぁぁぁぁぁッッ!?」
さてさて。
前途多難な冒険の、幕開けである。
謎の高笑いが過ぎ去った後。
俺たちは、ダンジョンの最奥を目指すことになった。
「とりあえず進もうか」
「そうね」
「軽!?」
まるで何事も無かったかのように進むカルマさんとすめし。
そのあと少しだけ遅れて、「そうですね」とるいちゃんも続いた。
「たぶん声の主さんは奥のほうにいるでしょうから……。探し出してぶちのめしましょう」
「オウ……、ジャパニーズ・ノウキン・ガール……」
「でも実際、私たちにはそれくらいしかできないわよ、タマ」
「まぁそうなんだけどさ」
現在。
一、そもそも退路は無い。
二、敵(仮定)がどんな存在かも分からない。
三、戦力は頼れる。
という状況だ。
「このまま出入口を探しても仕方なさそうだし。さっきの声の主がいるとしたら、最奥の可能性が高いでしょ?」
「そうね。この状況を作り出したのがあの声の主なら、彼女(暫定)を探し出して何とかしてもらうのが手っ取り早いでしょうし」
「ですね~……」
というわけで。
どんどんと先へと進む。
道中に、明らかにプロBランクとは思えないほどのモンスター群が現れていたのだが……。
「ご覧の有様に……」
「絶好調だね!」
俺のリアクションが静かなのは、もうこの光景にも慣れてきたからである。
どうやらうちのパーティ、攻撃力だけで言えばプロ冒険者の中でもトップクラスらしく。
うまくハマりさえすれば、すでにプロでも通用するという評価を、この二ヵ月の間に手にしていた。
そして激闘は繰り広げられる。
またも大部屋。
ところ狭しとモンスターの群れが襲い掛かってくる。
「タマ。ボール頂戴」
「いくぞ! ――――すめし!」
テニスボール大の魔法球を放り投げる。
すめしは振りかぶると同時、何やら俺の魔法球に魔力を流し込んでいた。
「やってみたかったのよこれ」
「へ?」
魔法ラケットと魔法球が、ばちばちと光る。
そして勢いよく、ボールは姿を変えて発射された。
「増える――――魔球ッ!」
すめしの魔力は俺の魔法球を、まるで散弾銃のように分散させる
大量のモンスターたちを、粒となった高威力の魔法球が貫いていった。
「成功ね」
「すげえことするな……」
それを見ていたカルマさんは、「いいなー!」と目を輝かせる。
「それじゃあタマ! ボクにもちょうだい! 三つ!」
「え、み、三つ? は――――、はい……!」
サッカーボール大の魔法球を、一発、二発、三発と、彼女へ放る。
飛び上がった彼女は、自身の体に魔力を流し込み。
股の間から、尻尾のようなものを作り出した。
「増える――――足ッ!」
「いや足はおかしいだろ!?」
右足、左足、中足(?)と、三発のボールを蹴り込む。
単純に破壊力が三倍の打球が、敵へと飛んで行き爆散した。
「タ、タマせんぱい! こっちにもくださ~い……!」
「るいちゃんまで……! は、はい!」
指定が無かったので、バレーボール大のものを一発。
すると彼女も魔力を身体に流し、ボールへ向けてスパイクのフォームで飛び上がった――――かと思えば、後追いで『もう一体のるいちゃん』も飛び上がってきた。
「増える――――わたし!」
「何言ってんの!?」
魔法体で同じ体積の人物をもう一体作り出していた。
むちむちが二倍だ。
むちむちむちむちである。
「だっ、だぶるスパイクです~っ!」
鏡合わせのように、左右対称のポーズをした魔法体と共にスパイクをうつるいちゃん。
着地したその顔は、前髪で隠れていても分かるくらい、赤面していた。
慣れないコトするから……。
「やったー!」
三人はハイタッチを決めてドヤ顔を向ける。
お前らは何と戦っているんだ。
――――とまあ、そんな風に。
大部屋、通路、大部屋と。
プロのBランクダンジョンを、まるで意にも介さず進んでいく我らがパーティだった。
「縦横無尽だなあ……」
「そうだね! でも、パーティがこの強さになったのは、タマのお陰だよね!」
「え、そうなんですか? 確かに俺の魔法球は、高威力ですけど……」
俺が首をかしげると、すめしは「それもあるけど」と付け加える。
「あなたの魔法球を私たちが放つというチームスタイルに出来たこと。これが大きいのよ」
「え? どういうこと?」
「上級ランクのダンジョンを、次から次へと攻略できているのは、このチームスタイルを確立させてからでしょ?」
「……うん?」
すめしの言葉で、俺はこの二ヵ月間を思い返す。
「あー、たしかに」
とにかく俺たちはこの戦闘スタイルを貫いていた。
俺がボールを三人へ提供する → それを三人が思い思いのフォームで放つ。
こと戦闘においては、この繰り返しだ。
「これが、強くなるには一番効率が良いのよね」
「わたしたちが、一番慣れているスタイルのまま、冒険者として在れますから……」
「そういうことか」
言われて俺も、不明瞭なところが繋がってきた。
俺たちは強い強くない以前に、まだ冒険者として学び始めて一年くらいの人間だ。
経験者やプロと比べ、本来ならば圧倒的に足りない部分が存在する。
知識だけではなく――――身体の動かし方だ。
「本来なら、剣を振るとか、魔法を放つとか、これまでの生活でやったことのない動きを身体にしみこませなきゃいけない」
「そう。けれど、私たちはソレをせず、これまで培ってきた技術をそのまま戦闘に活かせている」
すめしを例に挙げると。
本来、剣を振るう動きとテニスラケットを振るう動きは全くの別物だ。
フォームだけでなく、細かな足運びや筋肉の連動のさせ方。見えている視界だって違うかもしれない。
剣を強く、あるいは速く振るうという技術は、強くなるためには必須である。
けれど彼女は、これまでの技術を戦闘へと取り入れることによって――――
「強くなる階段を、すっ飛ばした……!」
「そういうこと」
剣を振るう技術は初心者でも。
テニスラケットを振るう技術は一流だ。
そしてそれは、るいちゃんだって同じ。
「カルマは最初から、サッカーのキックを戦闘に取り入れていたじゃない?
だから、私もるいも、あなたという『ボール出し係』さえいれば、階段をすっ飛ばせるんじゃないかって思ってたのよ」
「そ、そうだったんですかすめし先輩……!」
「ちなみにこのことをこれまで言わなかったのは、アナタたち二人が知っちゃうと、変に力んでしまうと思ったからよ」
「うっ!」
「図星です~……」
確かに俺もるいちゃんも、『この方法で強くなるよ!』と提示されると、『この方法で強くならなければならないのか!』と変に身構えてしまうだろう。
いつも以上に空回りしていただろうことが、ありありと想像できる。
今は既に、パーティとしてのスタイルが確立できたから、言っても良くなったってことか。
「でも……、そうですね~。
それを知らなかったおかげで、わたしもかなり自由に戦えるようになりました~……」
「そうだね。増えてたもんね」
「えへへ……。せんぱいたち見てたら、わたしも変なコトしても大丈夫かなって……」
「変な自覚はあったんだね」
良かった。常識ラインは一応あって。
「せっかくならタマも増えればいいじゃない」
「半分に切れば二つに増えるかもよ!」
「突然の狂気はやめましょうカルマさん!」
「あはは!」
「だからそこで笑うと怖いんだって!」
「楽しくおしゃべりもいいけれど、再び敵影よ」
「よーっし、また増やすぞー!」
言ってカルマさんは、走って突っ込んでいった。
俺も後に続く――――前に。
「いけないいけない。コレやっておこう」
つぶやいて俺は。
掌でダンジョン壁を触った。
魔力を同調させ、波を感じ取っていく――――
「タマせんぱい?」
「あぁうん。すぐに行くよ」
――――よし。大丈夫だ。
どうやら教官から教えてもらったことは、本当らしい。
俺は再び。
みんなの元へ走った。
戦闘は順調だった。
「しかし……、何者なんでしょうね、あの声の主さん……」
更に三十分以上を進んだ後。
るいちゃんはぽつりと疑問を口にした。
「そうだね」
あの謎のお嬢様喋りの主が、ダンジョンを意のままに操っている。これはもう確定事項だろう。
「確実に普通の存在ではないよなあ」
「人語を操っているけれど、人間では無い可能性もあるわね」
「だね! というか、その方が確率としては高いかも」
「教科書には、時折ヒトの言語を覚えるモンスターもいると記されていましたけど……」
「インコみたいだね!」
「いや、モンスターと通常生物は違うでしょう。……違うわよね?」
「俺に聞くなよ……」
授業で教わった常識で考えれば、違うとはおもうけど。でもそれも分からない。
なんたって、このダンジョン自体がもう普通じゃないからなあ。
「ランクとかに関係なく、通常どおりに物事が進むと思わない方がいいかもな……」
用心しながら通路を進む。
するとほどなくして、るいちゃんが声を上げた。
「みなさい気を付けてください! 前方に!」
「っ!」
戦闘態勢に移りつつ、前方を確認する。
通路の出口の先。
さっきみたいな大部屋が広がっていた。
そしてその中央には、獰猛なオークが二体立っている。
「――――懐かしいね!」
「助けられたときのことを思い出しますね……」
頷くとカルマさんは隊列を飛び出し、一番槍として飛び掛かっていく。
目にも止まらぬ速さで、オークの一体に白い足が炸裂した。
「わぁ、やりました!」
「また一段と速いわね……」
「よし、ならもう一体もみんなで……ん?」
華麗に敵を倒し着地したカルマさんだったが。
しかし両膝をつき、その場にうずくまっていた。
「なんだ!?」
まさか、攻撃したときにどこか痛めたのか?
「私が行くわ! 後衛の二人はそこにいて!」
「りょ、了解です~!」
すめしが先に大部屋へと入り、カルマさんの元へと駆け寄る。
すると――――
「んあああああぁぁぁッッ!!?!???」
「す、すめし!?」
「き、きちゃ、ら、めぇ……! いや、キ、キちゃ、う……!?」
「すめしせんぱい!?」
彼女の言葉に従って、俺とるいちゃんは部屋に入るギリギリで足を止めた。
見ると、すめしもカルマさんと同じように、身をかがめてうずくまっている。
……おなかいたいのか?
「と……とりあえず、一旦部屋に入るのは待とうるいちゃん!」
「は、はいです……!」
前衛の二人は、部屋に入った瞬間おかしなことになってしまった(主にすめし)。
仮に、部屋へと入った者に何らかの阻害が入る罠だった場合、迂闊には飛び込めない。
「カルマさんは……、カルマさんはアレ、どうなってるんだ?」
遠目でよく見えないけれど、立ち上がっても、何やら動きが鈍い。足もがくがくしてるし。
「なんだか股の間をもじもじさせてます……? はっ……!」
「るいちゃん、何か気づいたの?」
「はい――――おそらく、あっ、いっ、いいえ! わたしは、なにも気づいてないです!」
「え、そうなの?」
「はいです! おっ、おふたりの名誉のためにも!」
「名誉?」
何とも不思議なリアクションをする彼女であったが、一旦それは置いておき。
「たぶんこの部屋に入らず、モンスターを倒す必要があります! ……あったんです!」
「みたいだね!」
どうやら先走った二人は大惨事みたいだけどな!
とにかく、それで解決するかどうかはさておき、何にせよあのオークをどうにかしないといけないだろう。
二人は謎の内股現象のまま、ギリギリで回避している状況だし。
こういうときは遠距離攻撃だ。
「るいちゃん、狙える?」
「はいです! ――――えいっ!」
やや助走をつけ、るいちゃんの魔法サーブが放たれる。
風魔法を纏った緑色の閃光は、狙い通り、オークの頭部へと一直線に飛んで行った。
しかし。
「えっ!?」
バチン! と、頭部の前で何かに阻害される魔法球。
見ると、先ほどカルマさんが倒したオークの黒塵が、もう一体のオークの周りをまとっていた。
「まさか……、倒した一体が防御魔法代わりに……?」
『オーッホッホッホッホッホ! かかりましわわね愚かなニンゲン!』
「この声は!」
『あなた方を弱らせるには、ただモンスターをけしかけるだけでは効果が無いと思いましたので。一つ、趣向を凝らしてみましたのですわ!』
「趣向だと……?」
『オフフ。どうやら催淫耐性を持っているニンゲンはいなさそうでしたのでね』
「さ、さいいん……?」
え、じゃあこの空間に入ったら、めっちゃエッチな気分になるってことか?
ということはあの二人、もしかして、つまりそういうこと……?
「うぅ……。お、おふたりの名誉が……」
「そういうことだった!」
るいちゃんの気づかいが全部台無しになってしまった!
「くっ……! と、とにかく助けないと!」
先ほどの突入のさい。すめしも数秒だけなら動けていた。
この数秒間の間に、あの敵をどうにかするしか方法はない。
『ホッホゥ! 気を付けることですわね! この部屋にはもう、すでにニンゲン種が二体入っていますのよ!』
「は!? ど、どういうことだ!?」
俺の疑問に、『それはですわね』と偉そうに付け加える変な笑い方のお嬢。
『この場に入った者には強制的に催淫魔法がかかり、倒したモンスターはもう一体のモンスターの防御魔法となり蘇生し、そして同時に三体以上の種族が入る事の出来ない――――部屋ですのよ!』
「めんどくせえギミック!」
インフレしたカードゲームのテキストみたいになっていた。
単純にセッ……しないと出られない部屋とかの方がまだマシだ。
『しかも、入れば入るほど催淫効果はアガっていきますのよ! さぁ、最後に入って絶頂を迎えるのは、いったい誰になるのでしょうねぇ!? オホホホホウホホゥ!』
「やっぱりゴリラになった!」
途中もちょいちょい怪しかったけど!
などと突っ込んでいる場合ではない。
オークは今にも、身動きのとれなくなった二人へと、棍棒を振り下ろそうとしている。
「わたしがイきます!」
「るいちゃん!?」
「そもそもオークに力で対抗できるのは、わたししかいません……!」
「で、でもるいちゃん! それじゃあきみが……!」
「だいじょうぶです」
広い背中で。
彼女は俺の前に立つ。
「タマせんぱいは……、むこう、むいててくださいね……」
「るいちゃん……」
「きっとわたし、ケモノみたいになっちゃいますから……」
「――――分かった」
俺は目を伏せ、後ろを向いた。
その動作がスタートの合図。
彼女が飛び出した音が、こだまする。
「くっ……!」
涙を流さずにはいられない、
おのれ……! なんて卑劣な罠を仕掛けるんだ……!
つたうしずくもそこそこに。
獣の号砲が耳に入る。
「おほぉぉぉぉぉぉっ!! あぁっ! あぉおん! あぁぁぁぁああおおおんおんおん、おおぉぉぉぉ――――ん!」
……………………犬の遠吠えかな?
うん。おとなしいるいちゃんから、あんな声が出てくるわけがない。
俺は背中で、激闘の音を感じつつ。
ちょっと感情を整理するのだった。
「………………オツカレサマデス」
「「「………………っ!」」」
激闘は終わった。
うん。俺は何も見ていない。だから、感想は特にない。
思うところも何も無いし、目撃してもいないから語ることは特にない。
だから、どうして三人とも衣服が版脱げなのかとか。下着の替えが必要だったのかとか。カルマさんとすめしがチラチラとるいちゃんの大きな手を見ているのかとか。俺には知る由はないのだ。
「るい……あなたね……」
「いやぁ……、その大きな指で、アレやソレは……ねぇ?」
「変なものに目覚めそうだったわ……」
「いや、すめしはけっこうギリギリラインだよいつも」
「感想戦をするな!」
カルマさんとすめしは、激闘を思い出しつつ顔を赤らめている。
オークの倒れる声が聞こえてからの五分弱。
なにか違う音が聞こえていた気がするけど、俺は特に思うところはない!
『オーッホッホッホッホッホ! 絶景でしたわよあなたがた!』
「くっ……! 貴様!」
『やはりあなた方を苦しめるには、真っ当なものよりもエロトラップ! これにつきますわ!』
「なんてことするんだー!」
「単純に、〇〇〇しないと出られない部屋とかにしなさいよ!」
「そうです~! それかタマせんぱいだけがえっちになるような部屋にしてください~!」
「るいちゃんひでえな!?」
「あっ……! そ、そういう意味ではなくて……、い、いい意味でです~……」
「何が!?」
そんな俺たちを、声の主は楽しそうにせせら笑った。
『いい気味ですわ~! イイ眺めでしたわ~!
その調子で、ワタクシを楽しませてごらんなさい! オ~ッホッホッホッホッホッ!』
そして最後にザザザと音がして、声は聞こえなくなった。
どうやら今回の通話は終わったようである。
「今度はゴリラにならなかった……!」
なんなんだよ! そういう芸風なら天丼しろよ!
ツッコミのリズムが乱れるわ……!
「タマが良く分からない怒りを覚えてる……」
「でもイラつくのは確かよ」
「うぅ……、で、でも……、トラップはどうしましょう~?」
「確かにねぇ。さっきの……、え、えっちな状態。
見られたのがタマだったから良かったけど、もう一回あんなことになると、体力が……」
「そうね。見られたのがタマだから大丈夫だったけど、心配ね」
「タマせんぱいだから良かったです……。タマせんぱいかっこいい……」
「うん。タマのえっちな状態はカッコイイよ!」
「どこかで私も見ておかないとね。今後のために」
「あれ? お前ら何の話してる?」
なんか脱線してない?
どうやら俺に無類の信頼を寄せてくれているみたいだけど、そこまで評価上がるようなことしてないからな?
「あ……、そうか。こっちにはタマがいるのよね」
「まぁそうだねー」
「え?」
すめしとカルマさんの言葉に、るいちゃんも「ですね」と頷く。
ん? マジで何の話してるんだ?
今度もギャグの流れかと思ったが、どうやら違ったようで。
三人の視線は、俺をじっと見つめていた。
「タマ! トラップ感知、頼んだよ!」
「はぁあああああ!?」
いやいやいや!
というか、本来ならトラップ感知は斥候職であるあなたの役目では!?
「ボクの感知はほら、低ランクだから」
「そ、そうかもしれませんけど!」
「まぁ厳密に言えば、センサーの範囲が狭いんだよ。
Eランクだから、三メートル半径なら感知できるよ!」
「せまっ!」
それって、通路の幅分くらいじゃん。
部屋の中央とかに仕掛けられていた場合、全然機能しないぞ。
「ちなみに解除もその範囲だけど、解除はしない方がいいかもね」
「そうね。入口で発動した罠みたいに、解除魔法にカウンターで発動する罠もある気がするもの」
「だからタマ。どこに罠が仕掛けられているか予測して、ボクらに教えて!」
「そ――――そんなの」
しっかりと。
カルマさんの大きな瞳と、目が合う。
「っ…………、」
「タマ」
確かに俺は。
よく最悪を予測して動いていた。
最適解を導き出して。
パーティにとって最良の判断になると予想して。
動いていた。――――んだけど。それは。
「……それは」
玉突き事故野郎。
耳にしなくなって久しいが、俺と切って切れない悪名。
誰にも理解されない先読み行動。
それを――――このダンジョンでやれっていうのか?
「大丈夫だよタマ」
「何がですか……?」
カルマさんは笑って、柔らかく俺の肩に手を置いた。
「きみの判断に全てを合わせる。
ボクらは、きみを信用しているからね!」
「カルマさん……」
ダンジョンに、一陣の風が吹く。
信頼という言葉が、すっと心臓に入り込んでくるのが分かった。
「…………重いですね」
「あはは! そりゃそうだよ! ――――だから、頑張ってね!」
「……はい!」
実際問題として。
先ほどはギャグのノリで済んだから良かったけれど、エロトラップもかかれば致命傷だ。
洗脳状態になってしまい、仲間同士で攻撃し合う可能性だってある。
つまりこれから先。
一度も罠は踏めない。
「……踏ませません」
「タマ……」
さぁ、月見 球太郎。
思考の時間だ。
脳を回せ。頭を冴えさせろ。
考えに考えて、想定される最悪を導き出せ。
「みんなの意識は、俺が守ります……!」
そうして。
足を一歩。
踏み出した。
「仕込むとするなら右手前のブロック。あ、いや。更に二メートル前の左下に、センサーみたいなものが仕込まれてる可能性があります。探ってください。――――あ、ビンゴです? よし、ならそれは解除で。
もう一つある? たぶんそれはフェイクだと思います。こちらの用心を逆手に取ってる可能性が高い。まずは本命の、右手前の方からいきましょう」
進む。
進みながら、喋る。
こんなにも。
「次の部屋。順番的におそらく、概念に作用する類のトラップです。隊列、止まって。
すめし、何か投げて。――――うん。石ころがマイクロビキニを装備したね。つまりあの部屋、入ったら強制的に薄着にさせられる部屋だ。遠距離からどうにか攻撃しましょう」
喋る。説明する。言語化する。
「カルマさん、そこの二歩くらい先にスイッチみたいなのありません? ……よし、ビンゴ。たぶんそれは解除していいやつです。解除してから五秒経って、何もなければ先に進みましょう。
奥の部屋。たぶんそろそろ物理的なトラップの気がします。貞操を守りたいのであれば、迂回路を探しましょう」
思考して、出して、思考して、出して。
勇気を、出して。
仕掛けてある先の先を読んで、裏を探り当てる。
自分の考えが一番正しいのだと、信じ切る勇気。
思った以上に恐ろしく、そして――――楽しい。
「るいちゃん、あの旗みたいなの、サーブで狙える? あ、腕は必要以上に出さないで。たぶんこの部屋、入ったら魔法封印か何かをかけてきそうな気がするから」
俺があのお嬢様の思考なら。次にどんなことを仕掛けるか。
彼女はエロトラップだと言っていた。
つまり、絶対それ以外も仕掛けてくる。
彼女が感じたいことは、『してやったり』感。
つまり、こちらの裏をかきたくて仕方ないのだ。
エロの中に本命を仕込ませ、その避けた先でエロに落とす。
そのパターンを。
出来る限り最悪を想定して、探り当てる。
「……すごい、です」
るいちゃんの呟きに、俺は苦笑しながら返す。
「凡人にできる事は、『気を付ける』ことくらいだからね。
気を付けて、神経を張り巡らせて、時には賭けに出て、当てる。それくらしか出来ないから、俺には」
喋りながらも思考はこのダンジョンの主のことへ。
やつが仕掛けてきそうな方法。
やつが仕掛けてきそうな場所。
寸分違わず、予想して予測して、超越しろ。
このパーティを安全に前へ進められるのは、今、俺しかいないのだから。
「この三十分間、トラップ発動率ゼロ……」
「やっぱりタマはすごいね! 大好き!」
「唐突なデレはやめて……」
集中が途切れるので……。
背中越しに抱きついてくるカルマさんのぬくもりを感じつつも、どうにか次を考える。
「次、は……! くっ……!?」
「どうしたのタマ?」
「う……、うぉぉ……!」
次は。
おそらく、さっきも回避した『入った瞬間、衣服が変化する』系の部屋だ。
これまで解除と同時に、すめしに魔力パターンも解析してもらっていた。
魔力の波と流れからして、おそらく間違いないだろう。
が、とても大事な問題が訪れた。
重大な問題だ。
「くっ……!」
むにゅう。
抱きついたカルマさんの、胸の柔らかさを感じる。
……こう表記するとめっちゃ変態っぽいなオイ。
とにかく。
俺は今、めちゃくちゃ煩悩に支配されている……!
平たく言えば、おっぱいのことしか考えられていない。
今ここで、俺が嘘を吐けば……。
ここにいる全員の、超薄着が見られるわけで。
「――――はっ、はっ、はっ、」
「どうしたのタマ? 以前死にかけてたときと、同じ顔してるよ?」
「くっ……! はっ、はっ、かお、近い……! はっ、はっ……!」
どうして抱きつきを解除しないのだカルマさんは。
こんなにも俺を煩悩まみれにしてどうしようというのか。
俺に間違った選択をさせないでくれ! 俺に、俺にみんなを窮地に陥らせるような選択肢を、選ばせないでくれぇぇぇぇぇぇぇッッ!!
「――――次、たぶん普通の部屋デス」
「え、いきなり!?」
「ウン。ホントウ、デス。タマ、ウソツカナイ」
「タマせんぱいがロボットみたいになっちゃいました!?」
「心配ね。敵の攻撃かしら」
「ダイジョウブ、デス。ササ、ゴーゴー」
言って、三人は部屋に入る。
すると……、ぼしゅうっとピンクの煙が三人を包み込んだ。
「おっひょおおおおおうやったぜええええ! マイクロビキニか!? 眼帯水着かぁぁぁぁぁ!!?(みんな大丈夫か! すまない、俺がしっかりしていないばっかりに……!)」
なんか心の声と本心が逆に出てしまった気がするが、今はそんなことどうでもいい。
カルマさんの健康的な美乳!
すめしの煽情的な巨乳!
るいちゃんのむちむちの爆乳!
ここまで頑張ってんだから、目の保養の一つくらいしても問題はな――――い?
「な……、何が起こったんですか~……?」
「分からないわ……。こ、このかっこうは……!?」
「うええええ!? な、なにこれ……?」
「…………ん?」
見るとそれは。
動物の着ぐるみだった。
小さいリスさん。中くらいのウサギさん。大きなトラさんが立っていて。
ぼてっとした衣装に身を纏った三人は、肌どころか顔すらも見えていない。
「マニアック!!」
確かにそういうのにエロスを感じる方々も居ると聞いたことはあるけど!
でもそうじゃない! そうじゃないだろダンジョンの主っ!!
「俺は……! 俺はなんてもののために、重大な裏切りを……!」
膝をつき崩れ落ちる。
そこへやってくる三匹のアニマルズ。
「タマをこのまま信用していいと思う?」
「あはは。タマも男の子ってことで!」
「う~……、これ、暑いです~……」
着ぐるみの嗜好を否定するわけではないよ!? ただ、今の俺にそのチャンネルは無いんだ!
俺が今見たかったのは! 悪に手を染めてでも見たかったのは! 女子の肌だったんや! 最低なこと言ってるかもしれないけど、ハプニングに恥じらう姿が見たかったんやぁぁぁぁっ!!
「うぉぉ~~~~~ん! うぉぉんうっぉぉん! うぉぉぉ~~~~~ん!(辞世の句・フリースタイル)」
「はぁ……。とりあえず、元に戻るまで休憩しましょ」
「そうだね~。魔物除けおいてくるよ」
「あ、手伝います~……」
「おおおおお~~~~~んんんんッッ!!」
その怨嗟の声は。
ダンジョン全体に響き渡るほどだったという……。
あ、その後は再び、ちゃんと予想して進みました。
悪いことはするもんじゃないですね……。