すめしの言うように、『考え方』を変えてみる。
そもそもからして。俺のこの魔法球の特徴は、超威力であることと、サイズをある程度変更することが出来る。この二つだ。
なら俺は、どんなときにこのサイズを調整できていただろうか。
最初カルマさんに助けてもらったときに出した球は、沸き上がってくる衝動のままにぶちまけたので、そもそも球体が出ることすら分かっていなかった。
カルマさんの仮説では。
彼女から感ぜられる『サッカー』の要素に反応して、俺の中の魔力が球体を象ったのではないかとのことだった。
つまり俺のこの魔法は、『人』に反応するのだ。
デーモンを倒すときに予測して放った魔力球は、彼女が一番蹴りやすい、サッカーボールの大きさにまで落とし込めていたし。
と、いうことは。
俺が一番考えなければならないのは、ソイツとの関係値だ。
「タマ、考えているところ悪いけど、もう一度ゴーレムよ」
「うっ……、マジか。今いいところなのに……!」
考えがまとまり、何かが閃きそうだったところでエンカウントしてしまった。
「どうする? あなたは後ろで休んでる?」
「いや……、役に立つかどうかはさておき、俺も参加はするよ」
「分かったわ。無理はしてもいいけど、無茶はしないように」
たぶんこの言葉は、俺を気遣ってのものではなく、『さっきみたいなヘマはするな』というメッセージだ。
いやぁ。
変に気を使われるより、こういう激励の方がありがたい。
すめしはきっと、信じているのだ。
俺なら、期待に応えてくれると。
まったくこの天才少女め。お前もカルマさんと同じように、俺を高ランクに引き上げてくれるつもりでいるのか。
「行くわ! ……ハァッ!」
すめしは剣を抜き、ゴーレムへと斬りかかる。
これまで戦ってきたやつよりも、更に大きい。この通路は人間三人分くらいの幅なのだが、それとほぼ同等の幅。そしてそれに準ずるくらいにでかい。天井ギリギリの四メートルくらいだ。
「大きさとしては今日イチ。この間のデーモンサイズだ……」
攻撃力はさほど高く無さそうだが、防御力が高そうだ。
だいたいこういう場合は、付与術士が前衛に攻撃力上昇などの魔法をかけて戦ってもらうのだが、悲しいかな俺の魔法の力は弱い。
「ねぇ付与術士って、そこを伸ばしていくのが第一じゃ無いの?」
「言うな」
戦いながらすめしは今更なツッコミを飛ばす。
その第一すら伸ばせなかったのが、何を隠そうこの俺だ。
魔法球を生成することと言い……、俺の適正ってもしかして付与術士じゃないのでは?
「い、一応Eランクで良ければかけれるけど……?」
「焼け石に水ね。……フッ!」
ギィン! と、岩と剣がぶつかる音がする。
巨腕をどうにか剣でさばきながら、すめしの奮闘は続いていた。
そして大きくバックステップをとり、こちらへと近寄ってくる。
ゴーレムもすめしを警戒しているのか、距離をとったまま警戒態勢に入っていた。
「……あのゴーレム。一定以上の攻撃じゃないと、ダメージにならないよう設定されてあるわ」
「マジか。……あ、本当だ」
言葉に従って巨岩を見ると、すめしが与えた斬撃痕が、みるみる回復していっていた。
「常にダメージを与え続けるか……、大きな攻撃で一気にカタを付けないとダメってことか」
「そうみたいね」
「とんでもないモンスターを配置したもんだな」
「えぇ。試験前にも言われていたわ。『見習いでは倒せないようなモンスターを徘徊させますので、参加者はそれを潜り抜けながらポイントを稼いでください』って」
「馬鹿なのかお前は!?」
じゃあ逃げの一択じゃん!
端から倒せるように設定されてねえのかよ!
「だから、こっちが一定の距離を取ったら動きを止めてるのか……」
今はつまり、半ば待機モードってところなのだろう。
けれどすめしは……。
「倒せそうだから倒すわよ?」
「お前もカルマさんと同じかよ……」
挑戦できそうなやつがいたら挑戦する。
うん。お前は俺のことを『カルマと同じ』と評価してくれたけど、やっぱ理解は出来そうにないわ。
「でも……、あなたが答えを出せば。いけるはずよ」
「え……?」
「今考えてること。私で試してみていいから」
変わらずクールな口調のまま。
けれどどこか、熱を込めて。彼女は言った。
「あなたの向上のため、私を便利につかいなさい」
「すめし……」
「ステータスとしては平均的に高い。
こんな使いやすい女、他に居ないと思うけど?」
対応力の鬼ってことか。
分かったよ。言い回しはだいぶ気になるが、その案に乗ってやる。
「血の気が多くなったよなあ、俺も……」
「何せ、カルマと一緒に居るしね」
否定できない言葉と同時。
戦闘は再開される。
すめしは再びゴーレムへと走り、剣戟を繰り広げていた。
そして。
俺は。
「……ポジショニングだ」
つぶやく。
思考を、まとめていく。
カルマさんに対して『サッカーボール』大の魔法球を提供できたのは、彼女と俺の関係性を、想像出来ていたからだ。
俺は図々しくも、彼女のチームメイトとして、自身を配置していた。
もっと具体的に掘り下げよう。
戦闘が繰り広げられているダンジョン内を、無意識下でサッカーフィールドに見立てたとして。
カルマさんは先頭でパスを待つフォワード。俺は中盤からパスを放り込むミッドフィルダーだ。
足を使ったパスではないけれど。
そこはイメージの問題。
パサーの俺は、彼女のことを最大限に考えて、一番蹴りやすいボールを提供する。
そこに――――ある意味勝手に、サイズがついてきた。その結果。
デーモンを倒すための魔法球は完成した。
「ふぅ……」
ではすめしの場合は?
テニスには、他者からのパスなんてないし。
そもそも対戦競技において、相手が放ったボールは。すめしにとっては、撃ちにくいところに来るものだ。
だからすめしにボールを提供するときは、カルマさんのときのように、同じフィールドに立つ人間ではいけないということで。
ポジショニングを、考え直さなくてはならない。
テニスにおいて、相手が撃ちやすいボールを出すポジション。
それは。対戦相手でも、ダブルスパートナーでも無い。
「それは……!」
「……!? タマ!?」
俺は一目散に、前線へと走り出す。
常に後ろのポジションからボールを提供していた、カルマさんとは違う。
相手に打ちやすいボールを提供できるポジション。
それは文字通り、ボール出し係である――――
「練習パートナーだ……!」
ゴーレムから繰り出される巨腕を掻い潜る。
ローリングしながら股下を潜り抜け、後方へと回り込む。
けれど脇から、すめしがこちらを助けようとしているのが見えたので、俺は彼女を声で制した。
「すめしはそこを動くな!」
「……っ!」
「備えろ!」
俺の言葉にすめしは、決意を秘めた瞳で頷いた。
剣に魔力が宿っていく。
その魔力は少しずつ楕円形を象っていき――――テニスラケットのカタチとなった。
「行くぞ……!」
鈍重な動きで、ゴーレムはこちらへと振り向こうとする。
けれど今俺が集中しなければならないのは、コイツの動きではない。
俺と――――すめしの関係性だ。
イメージを膨らませる。
ここはテニスコート。試合中では無く、練習場の風景である。
すめしはフォアハンドストロークの練習中だ。
俺は極力、彼女の練習になるように。
打ちやすいボールを提供する、練習パートナーである。
「ボールよ……、出ろッ!」
中腰で構え、右手と共に掲げた剣で打ちやすいように。
そのボールを、宙へと舞わせる。
それは。
直径七センチほどの、公式球サイズ。
見紛うこと無く、テニスボールサイズの魔法球だった。
「……本当に出した」
一瞬驚きの声を出したのはすめしだ。
俺もほっとした後、しかし次の瞬間には、違う問題が出てきたことに焦りを覚える。
「しまった! すめし、ノーバウンドで頼むッ!」
「ッ」
本来のストローク練習のリズムとしては。地面にワンバウンドして、胸元の高さへ浮き上がってきた球を打つ。これが基本だ。
けれど俺の魔法球は、地面に触れたらそこで爆発してしまう。
だから中空にある状態で打ってもらわなければならない。
けれどすめしは、焦ることなくフォームを解いた。
「大丈夫よタマ。
……言ったでしょ。対応力は、あるって」
それはラケットを横薙ぎに振るフォアハンドの構えでは無く。
天に弓を引くかのような――――スマッシュの構えだった。
「行くわよ、離れて」
「あっ! ……ととッ!」
そこまで頭が回っていなかった。
現在の位置関係は。
すめし 魔法球 ゴーレム 俺
となっているわけで。
このままいくと……
すめし 魔法球(発射!→) ゴーレム(爆散☆) 俺(?)
「いや、『(?)』じゃねぇえええええええ!!!」
俺も爆散するよ!
自分で提供した魔法球に殺されるとか、前世でどんな悪行を積んだんだ!
「ッ……!」
すめしもそのことを察したのか、やや顔が曇る。
しかしスマッシュの軌道は止まらない。
それに元より、チャンスはこの一瞬しか無いのだ。
ここを逃せばボールは地面に落ちてすめしのところで爆発するし、ゴーレムの攻撃だって止まらないだろう。
「や……あああああぁぁぁぁぁッッ!」
不安がよぎった直後。
すめしは更に、ラケットへと魔力を流す。
「何を……!?」
カルマさんの時とは違い、ボールから出る威力の種類が違っているように見えた。
外へ外へと広がるのではなく。
内へ内へ。
威力はそのままに。
それでいて、俺とすめしの魔力を掛け合わせ、凝縮させていっているようだ。
魔法剣士であるすめしだからこそ出来る、魔力コントロールなのかもしれない。
「あ――――ああああアアアッッ!」
そして。
彼女の咆哮と共に、打ち出される魔法球。
直径七センチの超高密度の魔力玉は、とんでもない膂力と共にゴーレムへ飛来し。
その体を、一点集中で貫いた。
ゴーレムの身体には、超ピンポイントで穿たれた孔が空いている。
「やった! って、……はぁ!?」
――――そして。そのゴーレムを穿った超密度の魔力球は、更に奥にあったダンジョン壁へと到達する。
しかしそれでもとどまる気配を見せず、壁を何層も破壊し、ずっと向こうまで貫いた後爆散した。
「ひ……、」
放ったすめしも俺も、ゴーレムのことなどすっかり忘れ、固唾を飲んだ。
「「人に当たってないよね(わよね)!?」」
幸い、被害は無さそうで良かった。
ダンジョン内で、しかも学園が管理する汎用ダンジョンで人殺とか、洒落にならなさすぎる。
「しかし、ゴーレムの核だけを打ち抜くなんてなぁ……」
「私の魔法コントロールがあればこそね」
「へぇ、どうやったんだ?」
「魔法と魔法で力任せに打っちゃうと、そこで暴発しそうだったからね。イメージとしては、私の身体全体へ、衝撃を逃がす感じかしらね」
「へぇ。よく分からないけど、あの一瞬ですごい対応したもんだ」
「まぁ……、これくらいは、ね……」
言いながらも、珍しく彼女は自慢げだった。
右手を腰に当て胸を張る。
それと同時。
ピキピキ……。
「ん?」
「え?」
ひびが入る音がしたかと思うと、すめしの着ていた鎧が、右腕部から順々に砕けていき――――
その奥から。
びりびりに敗れた黒インナーと、白い肌が露わになった。
「は……、きゃ、きゃぁぁぁぁああッッ!???」
「ちょ……!?」
衝撃を全身に逃がしたとか言っていたっけ。
もしかしたらさっきの衝撃は、全身の鎧とインナーを砕いたのかもしれない。
「うっお……」
「ちょ……、ちょっと、向こうむきなさい!」
「し、しまった! すまん!」
つい。
その深い谷間に目が奪われてしまった。
慌てて身体を隠していたので致命的な部分は見えていないけれど。
現在のすめしは、黒インナーに覆われていた肌の六割近くが露出されていた。
目を逸らした今も、破れたぴっちりインナーが肌に食い込んでいた光景が目に浮かぶ。
「す、すめし……、だいじょう、ぶ……?」
「だっ……、だいじょうぶ……。身体へのダメージは無いわ……」
「あっ、そ、そうです、か……」
背中越し。
それも俺の膝裏あたりから声が聞こえるということは、きっと彼女は座り込んでいるのだろう。
確かに、主に胴体部分中心に破けていたからな……。
衝撃が一番広がっている部位なのかもしれない。女騎士のアーマーブレイクを、まさか俺の魔力でやってしまうことになるとは思わなかった。
「って、ん……? 今度は何だ?」
ぱきぱきという、すめしの鎧に入ったものとは違った音がする。
見ると、先ほどのゴーレムは消滅しておらず。
再起動をして――――エラーが起こったような反応を見せていた。
「RRRR、LLLhhhhhh――――!」
「げぇッ!?」
胸部に大きな穴をあけたゴーレムは、両腕を振り上げる。
しかし進行方向はこちらではなく、大股で両腕をぐるんぐるん振り回しながら、どすどすとした足取りで通路を走り出してしまった。
「コアを破壊されてバグったのか……!? あっ……!」
その通路の奥に。
人影が見える。
「ひゃっ……!?」
「GGRRRRrrrrrr――――!」
声にならない音を発しながら、ゴーレムはそのまま突進する。
このままではあと五秒もしない間に、あの人影へとぶつかるだろう。
元々あのゴーレムは、倒せるよう調整をされているモンスターではないのだ。
抜きんでた実力を持ったすめしでようやく倒せたのに、普通の冒険者見習いなど、ひとたまりもないだろう。
「あぶ……、え……?」
「――――ッ!」
しかしその人影は。
迫り来るゴーレムの巨腕を、真正面から受け止めた。
「……は?」
「あ……、あぅぅ~……。な、なんですかぁ、コレぇぇぇ~……?」
ぎりぎりと。まるで力比べをするかのようにせめぎ合う、二つの影。
ゴーレムの大きさでよく分からなかったが、よくみるとその人影は、かなり大きなシルエットを持っている。
ゴーレムは四メートルほど。
しかしその人影も、その半分くらいはあるのだ。
俺の身体以上もあるゴーレムの両手を受け止める、人間にしては大きい腕。
そして。
「えぇ―――――いい~~~~ッッッ!」
力任せに。
ゴーレムを、突き飛ばした。
とんでもない威力で巨体は通路へと倒される。そして今度こそ機能を停止したのか、黒塵と化して消えて行った。
「あ……、あのう……。なに、なに、なに、が……?」
おどおどとしたその人影は。――――とても大きかった。
おそらく二メートルを超える巨躯。
丸みを帯びたボディライン的に考えて、おそらく女性だろう。
しかしその大きさに反して、両手のひらを胸のあたりでぎゅっと組み不安そうに肩をすぼめている。
前髪は長く、瞳は見えない。
けれど、あわあわさせている口元だけでも分かるほどに、困惑と狼狽を繰り返していた。
「とりあえず……、もう一度休憩でいいかな? すめし」
「こっちは見ないようにね……」
この五分足らずの間に。色々な感情を動かしすぎて。
ちょっと俺たちは、疲労困憊である。
本来ならば倒せないゴーレムと戦闘になったと思ったら、突如として抜群のチームワークをみせた俺たちはそれを討伐して、すめしが半裸になって、二メートルを超える女子と出会ったというのが、前回までの流れである。
「カオス展開ね……」
そうすめしは呟いた。
現在着てきた服はほぼ脱いでおり、俺の上着を乱雑に羽織った状態で手ごろな岩に腰掛けていた。
「か、替えの下着だけはあって、良かったですね……」
「そうね。壁になっててくれてありがとう」
「い、いえいえ……。無駄に大きいので、これくらいしか……」
「そういうつもりで言ったわけではないけど」
「はっ、はぅ……。ごめんなさい~……」
座ったまま見上げるすめしの首の角度は、本当に急こう配だ。
ほぼ直角レベルで見上げている。
おどおどした女性は肩をすぼめて申し訳なさそうに立っているが、それでも背が高い。
いや、背が高いというとスラッとしているイメージがある。
なので言い方を変えると……、『でかい』だ。
「うう、ご、ごめんなさい……。
でっかくて、邪魔で……、すみません……」
俯いて謝る彼女を、あらためて遠目から見やる(すめしの服の件があるので、あまり近づかないでいる)。
身長はたぶん、二メートル越え。
それに準じて、なんというかこう……、身体が、む、むちむちしていた。
決して太っているわけではない。
むしろ鍛えられているのか、よく見ると太腿や肩回り、腕の筋肉はけっこうついている。
腰も鍛えられてるっぽいし……、何より、その。
「タマ、どこ見てるか正直に言いなさい?」
「いやちがう誤解だ」
胸が。
巨大だ。
正直、エロいとかエロくないとか以前の問題で。
どんな人でも一度は目をやってしまうだろう。そんな、目立つパーツである。
「まぁ、仕方ないけどね。
かくいう私も見上げながら、でかいわねとは思っていたわ」
「そ、そうだよな……?」
「でも女性に対しては失礼よ。改めなさい」
「お……、おう……。確かに」
ごめんなさいと彼女に頭を下げると、「いえいえいえいえいえいえ」と高速で胸の前で手を振っていた。そしてその衝撃ですげえ弾む胸。
乳袋って本当に出来るんだなと思いました。
「で、どれくらいあるの?」
「えっ……!? え、ええーと……、その、ひゃ、百十センチで、Hになりまして……」
「ちょっ! ち、違うわよ! 身長よ!
ばか、男もいるのにそんなこと聞くわけないでしょ!?」
「ひゃい!? す、すみません~……」
俺は何も聞かなかった。そうだろう? だからこれ以上、外見と実数値の暴力で、俺の煩悩をブッ叩かないでほしい。
ひゃくじゅっせんちって? いちめーとるがひゃくせんちだから、つまり? というか、えっち……、えっちなかっぷ……。
「……男ってクソね」
「い、いや! 不可抗力だろ!?」
玉突き事故だよ! 俺が言うのもなんだけど!
くそう……。こういうときカルマさんなら、けっこう男心を加味してくれるというのに……。
というかすめしは、ずっと身長のこと話してたんだな。
女性のことを「でかい」と思いながら、物珍しそうに見るなって意味だったのか……。分かりにくいやつめ。
「まぁでもあなたも。そこまでボディライン出した装備着てるのが悪いわ。
そういう目で見られたくないのであれば、露出少ないのにしたらいいのに」
確かに。
控えめでおどおどとした性格とは裏腹に。彼女の装備はかなりぴっちり目のものだ。
胴体の露出こそ少ないものの、太腿と二の腕はほとんど出ている状態だし、身体のラインもけっこう分かる。
「なんか……、女子バレーみたいな……?」
「あっ、そう、そうなんです~……。
この服装が一番、激しい動きをするのに慣れてて……」
「あぁそうなのか。どうりで」
どこかで目にしたことのある雰囲気だと思っていた。
「買った当初から、だいぶ大きくなっちゃって……。
それでも使い続けてたら、こんなことに……」
大きく。
大きく、デスか……。
「タマ」
「はい大丈夫です! 邪なことは、決して!」
「いや……、これからどうするって話をしたかっただけなんだけど」
「あ、はい……」
ぶんぶんと頭を振って、煩悩(というかこの空気)を打ち払う。
どうしても圧倒され、ペースを乱してしまったけれど。ここがダンジョン内で、今がクエスト中だということを忘れてはならない。
「とりあえずえーと……。
そうだ、名前。自己紹介するか」
俺が言うとすめしも「そうね」と頷いた。
「私は捻百舌鳥 逆示よ。よろしく」
ルビの振ってある言い方だ。優しい。
「よ、よろしくお願い、します~……」
「えぇ……」
言って柔らかく、二人は握手を交わしていた。
すめしがどこかおっかなびっくりなのも、うなずける。
この子さっきから、おどおどしすぎだ。
すめし的には普通にしか喋っていないのに、既にその言葉の音にびびってしまっていた。
確かにはきはきしていて、圧倒されがちではあるけどな……。
「あ、俺か。えーと。
俺は、月見 球太郎。すめしとパーティを組んでるんだ」
よろしくなと言って手を振ると、彼女はこくこくと首を振って、ぶるぶるっと震え出した。
え……、今のでも何か、ビビらせるような何かがあったのか……?
すめしもそう疑問に思ったのか、俺より近い距離にいたので心配そうに声をかける。
「大丈夫? そんなに警戒しなくても、あの男はそこまで大した強さじゃないわよ」
「おい」
「なんなら、今の魔力アリの彼の全力よりも、地上に出たあなたや私のほうがよっぽど力もあると思うわ」
「うん、それはそう」
月見 球太郎はあまりにも非力である。
まぁそこは仕方ないのだが……、じゃあ尚更、こんなやつにビビることなんてないだろうに。
「あっ、ち、違うんです……。怯んでるんじゃなく、て……。
か、かんかん、感動して、て……」
「感動?」
首をひねるすめしに対して、彼女はやや俯き気味に言った。
「た、『玉突き事故』の、月見、せんぱい……ですよね。遠目からじゃ、分からなかったんですけど……」
「えっ? あー、まぁ……」
うわ。悪評が知れ渡っていた。
まぁこの学園に在籍してる人の、三分の一くらいには広まってるんだ。仕方ないと言えば仕方ないか。
ん? でも、感動ってどういう意味だ?
俺もすめしと同じように首をひねった直後。
背の大きな子は、意外にも俊敏な動きをして、こちらへと小走りに近寄ってきた(小走りというには一歩がでかいけど)。
「あの、あの……、せんぱい」
ずんと。
頭二つ分くらい上から、見下ろされる。
俺の頭は彼女のでっっっっかい胸のあたりだ。そこからほぼ直角で、見上げなければならない。
メカクレな顔は身体にしては小さく。少女のようだった。
「あの、わた、し……」
「は、はい……?」
大きな身体だが、小さな声だった。
そんな声のボリュームのまま。
彼女は言葉を落とす。
「ファ……、ファンでした……」
「「いやうそだろ!?」」
まだ名乗ってもいない前から。
その言葉はあまりにも衝撃的過ぎた。
鯨伏 るいというのが、彼女の名前だと判明した。
すめしが普通に「そう、るいね」と呼ぶので、俺もそれに習うことにした(ただ、呼び捨てにすると怖がられそうなので、暫定でちゃん付け)。
そんなるいちゃんは現在十七歳らしく。高校二年生になる年なので、俺とすめしよりも一つだけ年下だ。
せんぱいと呼ばれるのも頷ける話だが、その……、あまりにも色々とでかすぎるので、後輩感は正直無い。
ただ彼女の、引き気味というか、どこか窮屈そうな態度が。
年齢や立場に関係なく、『下に見てください』と言った感じがして。ちょっと気になる。
元々引っ込み思案なのもあるかもしれないけれど。
「あー、えっと?
で……、え、なに? 俺の、ファン……?」
アンチとかじゃなく、ファンだって?
そもそも『玉突き事故』野郎に、ファンとかつくもんなの?
「タマ、あなたこの子と面識あったの?」
「いやいや! さすがに会ってたら忘れないだろこのインパクトは! ……あ、ごめん」
「い、いえいえいえいえいえ! わたしはその、でっかくて、ごめんなさいな存在なので! 月見せんぱいが謝るようなことでは、けっして……!」
再び腕の動きに合わせてぼるんぼるんと胸が弾むが、こうも至近距離だとありがたみより『圧』の方がすごい。
挟まれたらすりつぶされてしまうのではないかという程の、肉密度だった。
「えーと……、ファン、ファンね……。え、何でファン?」
色んな衝撃により言葉が出なくなってしまったが、とりあえず確認しておこう。
俺の質問に、るいちゃんはもじもじしながら口を開く。
「す、すごいなあって……、思ったんです……」
「すごい? 俺が?」
「はい……」
僅かに頷いて、彼女は言葉を続ける。
「だって……。
あんなひどいあだ名付けられてて、ランクも万年上がってないのに、諦めずにいるし」
「うぐっ!?」
「力も無くて魔力もそんなになさそうで、ぜんぜん冒険者になれそうにないのに学園に残ってるし」
「ぐはあああ!?」
「今日もこんな怖い人に怒鳴られてるのに」
「私に飛び火した!?」
破壊力高い!
周りを巻き込む大災害だよるいちゃん!
「なんか……、こういう子に言われると凹むわね……」
「俺もけっこうダメージでかいよ」
以前すめしにも同じようなことを言われているのだが、ただの事実列挙だけだとここまで心に来るのか。
言葉を伝えるのに雰囲気って大事だな。
俺たちがまごついていると、
しかしるいちゃんだけは空気を変えず。
むしろ更に深刻な口調で、息を落とした。
「それ、なのに――――、」
「……え?」
そこで彼女は言葉を切って。
顔を覆って、その場にぺたりと座り込んだ。
「なのに、頑張ってて。
ほんとうに、ほんとうに……、すごいなあって思ってるんです……」
「る、るいちゃん……?」
座り込んでもそもそもが大きいので、俺の胸くらいに顔がくる。
だからその……、嗚咽の音も、よく聞こえる。
「ちょっと、泣いてるのるい?」
「あっ……、す、すみ、ま、……せん」
「いや、こっちはいいけど、大丈夫?」
俺も心配になって声をかける。
少しだけ涙を流したあと、彼女は鼻をすすりながらも言葉を紡いでいった。
「わた、わたしも……、その。タマせんぱいみたいに……、あの……、いじ、いじめ……、」
「いじめられてるのね?」
「…………、」
息をわずかに吐いて。小さくこくりと頷く彼女。
しかし成程。肩をすぼめたりおどおどしていたり、あと、すめしの口調に委縮していたりしたのは、それが原因か。
「俺は虐められてるというよりは、避けられてるの方が正しいかな」
まぁ、どっちが辛いかは人によるけど。
少なくともるいちゃんは、泣き出してしまうほど、心にダメージを負っていることは事実だ。
「もしかしてダンジョンに一人でいたのも……」
「そ、そうです……。
このクエストは、いっぱいの生徒が参加します。だから、一組一組はモニターされてなくて……」
「なるほど。置いてけぼりくらったってわけね」
「あれ? でもさ、るいちゃん。この試験、途中離脱は出来るでしょ?」
「それも……、取り上げられてて……」
「マジか……。最悪だなそのいじめてるやつ」
クエストによって様々だが。
今回のクエストで離脱を伝えるアイテムは、今使用している魔物除けの筒みたいに、発煙筒みたいな形状のものを渡されている。
本来ならば、声や合図を先に決めていて、モニターしている教官に即座に伝えるのだが。
今回のように、一組一組モニターが出来ない以上、物理的な救難信号が必要になってくる。
「ギブアップのための魔法筒は、必要とか不要とか以前の、命綱みたいなものよ。
それを取り上げてまでイタズラするなんて、度が過ぎてるなんてもんじゃないわ……!」
「す、すめし、落ち着け……」
お前の怒気でるいちゃんがめっちゃ怖気づいてる。
また泣き出しそうな勢いである。
「なら……、どこかで隠れてやり過ごすしかないか……? もしくは、教官がたまたま見てるであろうタイミングに賭けて、何かしら合図を送るか……」
「こちらからは、いつどのタイミングで見てるかなんてわからないわよ。下手したら会話も拾ってないだろうし。
私たちの魔物除けも、今持ってるものが最後だし。ダンジョンの中でずっと合図を送り続けるのは、得策じゃないわね」
「向こうが気づくかどうかも分かんないしなぁ……」
モニターされているときにギブアップを伝えるのも、実は色々大変なのだ。
例えば俺たちに何かしらのトラブルがあり、ここでじっと隠れ潜んでいたとして。
教官側からは、それがトラブルなのか、それとも『戦術的にそうしているのか』の判断が分からないためだ。
何せ、冒険者は色々な考えや信念を持って行動している。
傍目には混乱しているように見えるムーブでも、そいつにとってはファインプレイや必殺技のモーションだったり、魔法を放つためのルーティンだったりもするわけで。
音声が無ければ、尚更映像だけでは伝わりづらいだろう。
「私のさっきの半裸も、モニターされてないことを祈るわ」
「あー……それはたしかに」
まぁ今回は、大型モニターに映し出されるタイプでは無いからマシだろう。
最悪、教官に見られるだけである。今回の教官、女性だったし。
「同性でも見られたくないときもあるんだけど、それはまぁ置いておいて……。
実際どうしようかしら、タマ? 正直私、あんまり良い案が思い浮かばないわ」
「うーん……」
俺は腕組みをして考える。
るいちゃんは未だに涙をすすっていた。
そんな彼女の胸元からは、冒険者見習いのプレートが見える。
そこには、この間までの俺と同じ記号。
最底辺ランクの、『F』が示されていた。
「そっか、るいちゃんもFランクだったのか」
胸のサイズの話ではない。
シリアスな空気だけど、一応、念のため。
そんな心配をよそに、彼女は「はい」と静かにつぶやく。
「わた、わたしも……。この一年で、まったくランク上がらなかったんです……」
「そうかぁ。
ということは、試験自体には参加してたんだよね? 成果を上げられなかっただけで」
「はい……。といっても、ソロで参加できるものばかりですけど」
「まぁ普通はそうよね。
タマが謎の度胸を持っているだけで」
「どういうことだよ」
「あれだけ悪いうわさが流れてたのに、他の人とパーティ組みに行けるのは、心臓に毛が生えてないと無理でしょう」
ひでえ言われようだった。
それはともかくとして。
「るいちゃん、さっき自分で、俺の事すごいって言ってたけど。
きみだって逃げてないじゃないか。すごいよ」
「…………、」
「るいちゃん?」
俺がそう言うと、彼女はぽつりと言葉をこぼす。
「……わたしは、逃げなかったんじゃない」
それはまるで。
哀願のようにも、聞こえる言い方だった。
「――――逃げられないんです」
幼い頃から身体が大きかった彼女は、両親にバスケかバレーを勧められた。
小学三年生で、すでに俺を超える百七十五センチ。
中学に上がる頃には百九十センチ近くにまでなっていたという。
だから、バレーでは無双だったらしい。
大きい選手が一人居るから勝てる。というだけではなく。
鯨伏 るいは、相当努力した。
バレーの事を一から学び、練習し、反復し。
力だけでは無く、ゲームメイクも戦略も、細かなテクニックも吸収していった。
そんな折。
ダンジョンは、世界を侵食した。
先んじて情報を提示すると。
彼女の両親は、とにかく金にがめつかった。借金も多少あったとのことで。
るいちゃんがバレーで取り上げられ一躍有名になると、その知名度を更に広めるためマスコミに情報を自ら売り込んだ。
外見も可愛らしかった彼女は、一時期テレビのインタビュー尽くしだったらしい(俺はその頃漫画に夢中だったので全然知らなかったけど)。
るいちゃんも、親を無下に出来ないのか。
とにかく――――頑張ったと言っていた。
まぁそんな両親だったから。
彼女が本当の意味でバレーを好きになったと同時期。
『るい。冒険者になりなさい』
その撃鉄は、ゆるやかにひかれた。
中学に上がる頃だったという。
ダンジョン現象が発生したのが、彼女が小学四年生のとき。
おそらくその頃は、まだバレーで取材を受けていたほうが『金に繋がる』と考えていたのだろう。
けれどそこから二年。
冒険者が普通に職業として認められてきたと知るや否や、宗旨替えをしたのだ。
誰あろう、るいちゃん本人の意志を置いてけぼりにして。
『るい。――――いいね?』
「結局私は泣きわめいてしまって……。でも、中学の担任の先生やマスコミの人も協力してくれて、中学三年間は、どうにかバレーをすることが出来ました」
「そんなことが……」
「マスコミの人たちのお陰で助かることもあるわよね」
すめしも似た経験があったのだろう。
顎に手を当てて頷いていた。
「で、でもですね……!」
「ん?」
「た、確かに元々、冒険者になるのは嫌でした。高校に入ってもバレーを続けていたかった……。
けれど半年間勉強してきて、冒険者も楽しいかなって、そう、思えてきたんです……」
るいちゃんは健気にも言う。
親に好きな道を閉ざされ、強制され。それでも腐らずその道を進むというのは。
いったいどれだけの精神力が必要なのだろう。
俺が心を打たれている一方で、すめしは先ほどとは違う意味で、顎に手を当てていた。
「ただ――――その後の半年間に、問題は起こったのね?」
「……はい」
「あっ……、そういうことか」
遅れて俺も事情を理解する。
最初の半年間は、前向きに頑張って勉強できていた。
しかし残りの半年間で、いじめの被害に遭い、まともに勉強することが出来なくなってしまった。
「教科書は燃やされました……。新しい技の実験台にされました……。役に立たないデカブツだって、最近は歩いてるだけで、蹴られたり殴られたりします……」
「それは……」
「……クソね」
「すめし、顔」
「あなたもよ」
「…………ちっ」
ついぞ悪態をついてしまう。
なんだその胸糞悪い話は。
「タマ。足か腕。どっちだと思う?」
「何の選択肢だよ。良いから落ち着け」
まったく……。
自分よりも熱くなってるヤツがいると、少し冷静になれるな。
ふぅと一呼吸置くと、るいちゃんは「ごめんなさい」と謝った。
「変な、お話しちゃいました……。
私はその……、頑丈さだけが取り柄なんで、だいじょうぶ、です……」
「あのなるいちゃん……」
「うぅ…………、」
大きな身体をすぼめすぎて、俺よりも小さくなってしまったのではないかと錯覚するくらいだ。
でもまぁ……、正直こうなる気持ちは分かる。
つらいよな。他者からの攻撃は。
「よし、すめし。提案がある」
「――――奇遇ね。私もよ」
そうか。なら丁度いい。
「せーの……」
「「パーティ組みましょう(もうぜ)、るい(ちゃん)」」
「……え?」
頓狂な声を上げるいちゃんと。
互いに目を合わせて頷く俺とすめし。
「四人までならパーティ組んで良いし。途中で人数増えても問題なし」
「入るポイントは減っちゃうけど、三人なら大勢倒せるでしょうしね」
「あ、あの……」
「さぁるい。プレート出して」
ほらほらと、有無を言わせないようにすめしは彼女を急かす。
しかしるいちゃんは、その手には乗ってこなかった。
「あ、あのっ!」
「なによ」
「うっ……!」
「すめし。圧、圧」
気の弱い人間じゃなくても、この流れでそのセリフは怖いって。
しかし、どさくさに紛れてパーティを組んじゃう作戦、失敗か。
俺もすめしも、彼女を現状から救い出したい。
だからパーティを組んで、半ば強制的に立ち直らせれればと考えたのだが……、うまく流れに乗せれなかったか。
「わ……、わたしが、かわいそうだからですか……」
「るいちゃん……」
「う……、う、ぅ……、」
ぎゅっと、地面の砂を握って。
彼女は悔しそうにつぶやく。
「情けを、かけてるんですよね……」
わたしが、弱いから。
そう彼女は俯いて言葉をこぼす。
先ほどとは違う種類の涙が出ていることに、俺は気づいた。
……そうだよな。
憐れみをかけられるのは、どんなときだって惨めだ。
嬉しくもある。けれどそれ以上に、自分の弱さが浮き彫りになるのが、嫌だ。
「るい」
「はい……」
俯き続ける彼女に。しかしすめしは気を遣わず、はっきりとした言葉で告げた。
「えぇ。百パーセント、お情けよ」
「おい!」
その言葉に彼女は驚いたようで。
一瞬だけ、疑問の感情が先行して。涙が出ている顔を上げた。
久しぶりに彼女の顔が正面から見える。……まぁ、元々メカクレ状態だから、呆けた口元しか見えないんだけど。
「確かに情けで、私はあなたを救おうとしているわ」
そんな彼女の顔をじっと見降ろして。すめしは続ける。
「でも……、今情けをかけてでも、あなたには前を向いて欲しい。
その価値があるから、私は手を差し伸べようと思ったの」
「価値……」
「バレーに適した身体があったからって、バレーが上手くなるわけではないわ。
あなたは言っていた。努力をしたと。私はその、努力が出来るあなたの価値が気に入ったの」
「すめし……」
「タマは?」
「え、お、俺……?」
「あなたはこの子の、おっぱいが大きいところ以外で、どこが気に入ったの?」
「言い方に毒があるんだよなぁ!」
気に入ってますけども。
さておき。
「……俺は、そうだな」
るいちゃんの大きな右肩に手を置いたすめしを見る。
分かったよ。
俺も、自分の心と向き合おう。
俺が彼女に手を差し伸べようとした理由……か。
「……そうだな。ごめん、るいちゃん」
俺はそう言って、彼女に頭を下げた。
自分と向き合ってみた結果。俺が手を差し伸べたのは――――
「きみのためじゃない。俺のためだ」
「え……?」
顔を上げて。
彼女の顔をはっきりと見ながら、左肩に手を置いて言った。
「俺は、この間。高ランクの先輩に救って貰った」
あの運命のダンジョンで。
絶望の底にまで沈み、危機的な状況の中。
舞い降りた、一筋の太陽光。
俺にとっての命綱で、恩人で、師でもあり友でもあるその人なら。
こんなとき。きっと手を差し伸べる。
「俺もあの人みたいに強くなりたいんだ。
だから、カルマさんみたいになるために。俺にきみを救わせてくれ」
「せんぱい……」
酷いことを言っている。
つまり、きみがいじめられているという事象を、俺がヒーローに近づくための、エンタメとして消費させてくれと。
そういうことを口にしているのだ。
この思考回路は、百パーセント俺から出たものではないと思う。
虐められていたままだったら。
そんな、人さまを救う余裕なんて無くて当たり前だ。
でも、結果的に俺は救われたから。
あの時ほど切羽詰まってないのであれば。
手が、空いているのであれば。
手を差し伸べることは、出来るはずだ。
「だから、救うよ」
真っすぐに。前髪の奥を見つめ続ける。
厚い前髪の向こう側にある、彼女の瞳と見つめ合えたような。
そんな気がした。
「せん、ぱい……」
「タマでいいよ。パーティメンバーは、みんなそう呼ぶ」
「タマ、せん……、ぱい……!」
あふれる涙はどこまでも落ちていく。
でもそれは、止めなくていいんだ。
彼女は自分の内側を知った。
悲しいという気持ちも、悔しいという気持ちも、惨めだという気持ちも。
そして、再び立ち上がるための熱い気持ちも。
あるんだということを。
「せんぱい……っ!」
「るいちゃ――――」
感極まった彼女は、そのまま中腰になり俺を抱きしめた。
俺の、顔面に。
「に……、くっ……!」
肉。
肉の――――、肉の圧と熱と高まりと昂りと肉と肉っつーか脂肪っつーかおっぱいっつーかたしかこれひゃくじゅっせんちとかいってなかったっけうぉこれしゅごい顔面がかんぜんにうもれて、つーか、力、強いつよいつよい……!
「つよ、い……! るい、ちゃ……ん……」
いきできねえ……!
「タマせんぱい……! わたし、がんばります! これからがんばりますから……!」
「ちょ、るい! 頑張り過ぎ! タマが死ぬ! おっぱいで圧死しちゃうって!」
「タマせんぱい~~~~~っっっ!!」
「るい~~~~~ッ!!!」
なんつーか、
すめしっていがいとよくさけぶし……。
るいちゃんって、いがいとひとのはなし、みみにはいらないときある…………、
「よ……、ね……………………(がくり)」
新職業(?)・『ボール出し係』となった無能バッファー、元・アスリート女子たちと共に現代ダンジョンで無双する
BADEND
あ、続きます。
さて、るいちゃんの戦闘パートだ。
あれから俺たちはさっそくパーティを組み、最後の休憩を終えて魔物除けを片付けた後、ダンジョン探索に戻った。
「そして――――またもひどい目に遭ったわ」
「すめし、マジですまん!」
「ごめんなさい……、ごめんなさい……、すめしせんぱい!」
あれから五分。
るいちゃんと初めてのパーティ戦闘を行って。
すめしは大ダメージを受けていた。
味方からの魔法ダメージを受け、ぼろぼろである。
味方っていうか、るいちゃんなんだけど。
「あしっ、足が、もつれてしまって……!」
「どうやったら移動をほとんどしない魔法使い職の足がもつれるのよ!」
「すみません、すみません……!」
謝り続けるるいちゃんを見て、俺は首をかしげる。
彼女は思った以上にどんくさい。
これが普通に、身体が大きくて動きが遅い人というのであれば、性格的にも納得なのだが……。
彼女はカルマさんやすめしと同じように、元・アスリートで実力者だ。
いくらなんでも、ここまでどんくさいのは流石におかしい。
「その魔法手袋と、相性が悪いとか?」
彼女は俺と同じく、杖では無く魔法手袋で魔法を使用する。
武器の類を持っていなかったから、てっきりカルマさんみたいに徒手空拳で戦うのかと思っていたのだが、まさかの後衛職だった。
いやその……。
身体が大きいから、頑丈そうというイメージも先行しちゃって。
ともかく。
「それとも、疲れてて魔力自体がうまく操れてない……とかかな?」
「あの、その……」
俺の言葉に、るいちゃんは申し訳なさそうに両手を胸に押し当て、うつむいてしまう。
うーん、どうしたものか。
「……まぁ、原因は分かってるわよ」
「ん? 何だすめし?」
俺は微妙な回復力の魔法を彼女にかけつつ、疑問を投げた。
するとすめしはるいちゃんの方を見て、問いただすように言う。
「あなたたぶん、無理して魔法使いをやっているでしょ?」
「え……? そうなのか?」
「あーいや、待った。違うわね。
良い言葉……。良い言葉、無いかな……」
すめしは自分で言った言葉を自分で否定して、待ったのポーズをして眉間にしわを寄せる。
どうやら良い言い回しが出てこないみたいだ。
そしてしばらくの後、「これね」と結論を出す。
「あなた……、どこか強引に魔法放ってるでしょ?」
「…………えっと」
「そうでないと、その魔法の威力の弱さはおかしい」
「…………、」
沈黙するるいちゃん。
優しく答えを待ってやりたいけれど、今は既に魔物除けの外だ。それに手持ちの魔物除けは使い切っているし、制限時間もそんなに多くない。
本音を言えば、戦いながら会話をしたいくらいである。
「るい、答えられない?」
「うぅ……、え、えっと……」
「……っ、」
正直。
今の二人の『気』の差は、いかんともしがたい。
正直に答えさせたいがために、どうしても言葉の圧が強くなってしまうすめし。
正直に答えたいけれど、何かが引っかかってしまい、かつ気圧されて黙ってしまうるいちゃん。
このまま仲間内でにらめっこしていてもらちが明かないし、それに――――
「QLrrrッ!」
「すめし、またモンスターだ!」
「ハーピィか……。
いいわ。私が応戦する!」
現れた四匹のハーピィ系モンスターへ、彼女は勇ましく向かって行った。
しかし疲労もあるのか。そしてるいちゃんからの魔法ダメージも抜けきっていないのか。二匹は倒すことが出来たがもう二匹への攻撃は、空を切った。
「チッ……! 動きが意外と早い……!」
「すめし!」
「タマ、あんたはそこにいなさい!」
「ぐ……!」
ひゅんひゅんとすめしの剣を掻い潜るハーピィたち。
翼と獰猛な爪をどうにか受ける彼女の表情は、苦しそうだ。
「るいちゃん!」
「……っ!」
俺は彼女の大きな手を掴み、言った。
「頼む。すめしを助けてくれ。
悲しいかな、俺ではどうしても前線は務まらない」
「……、」
情けないことに、今の俺では役に立てない。
仮に防御上昇が使えたとしても、一撃防ぐのが関の山だろう。
「るいちゃん、頼む!」
「わ、わたし、は……」
るいちゃんは俺の顔を見下ろしながらも、不安そうに口をゆがめた。
だから俺は、ぎゅっと強く彼女の手を握って言った。
「思った通りにやってくれ、るいちゃん!」
「え……」
「誰もきみを、馬鹿にしたりしない。
仮にきみがどんな変なことをしていたって、俺もすめしも受け入れるから!」
「……ッ!」
ぎゅっと。
今度は俺の手に、圧がかかる。
彼女の手に、魔力ではない熱が、込められたのが分かった。
「タマ、せんぱい……」
俺の手を包み込む掌は。
とても大きい。
この手でずっと、バレーを続けてきたんだと。頑張り続けてきたんだと。そう思う。
「い……、いきます……!」
ばっと俺の手を離したと思ったら、彼女は身体を正面からすめしが戦う方へと向けた。
そして。
左手を前へ突き出す。掌を上へ向ける。そこに――――魔法が宿る。
「るいちゃん……」
それは、バレーボール大の魔法球だった。
それ自体は、先ほど彼女が放っていた――――放ち損ねていたものと同じ。
しかしさっきと今ではフォームが違う。
彼女はその魔法球を軽く上空に放り投げると、更にそこへ向かってジャンプする。
記憶の中の光景と照合し、このポーズを検索した。
そうか……。このフォームは……。
「ジャンプサーブ……!」
バレーにおける、攻撃方法の一つ。
ネットを挟んだ向こう側の敵へ、出来るだけ強い、もしくは取りにくいボールを放つというプレーである。
飛び上がりと打ち下ろしによるその打球は。
テレビで俯瞰的に見る以上に、――――速度と威力があるという。
振りかぶられた大きな右手が。掌が。
ダイナミックに、魔法球へと振り下ろされた。
「ん――――ッッ!!」
強い呼吸と共に。
強い打球が放たれる。
それは一撃のレーザービーム。
一筋の閃光とも見紛う黄色の軌跡は、瞬く間にハーピィの一体へと飛来して。
ピンポイントで頭部を打ち抜いた。
「Qgggghッ…………!」
悲鳴と共に霧散していく一体のハーピィ。
その残滓にはただの魔法効果だけではなく、雷魔法の痕跡が纏われている。
「もういっぱつ……、行きます!」
「すめし、離れろ! さっきよりもやばそうだ!」
「――――ッ!」
俺の言葉にすめしはローリングでハーピィから距離を取る。
それと同時。
再び同じルーティンから、るいちゃんは魔法球を作り出し、放つ。
次の大砲は、先ほどとは違う。
黄色では無く、青色の軌跡だった。
「これは……!」
「二種属性……!」
驚くすめしの横を、るいちゃんの魔法が通り抜ける。
氷魔法が直撃したハーピィは、今度は中空で凍り付いた後、砕け散って塵となった。
「雷と氷……、まさか二種類も操れるなんてね」
俺が放つ魔法球や、カルマさんが日ごろ纏っている魔法は、無属性な魔力だ。
シンプル故に自由がきく、適性があれば誰でも扱うことができる基本的な魔力である。
属性魔法とは。その無属性な魔力に、何らかの属性をプラスして使用することが出来る。
例えばすめしの炎魔法は、基本の魔法に炎属性をプラスしているものとなる。
しかしてこの属性魔法。
基本的に扱える属性は、一人につき一種類だ。
すめしなら炎。
もしかしたらカルマさんは、風あたりに適性があるかもしれない。
俺はよくわからないけど、雷だったらカッコイイかもとか思う。
まぁそんなところで。るいちゃんはまさかの、二重属性持ち。
かなりレアな才能とも言える。
「あ、あの……。違うんです」
「え?」
「わたしが使えるのは……、よ、四属性なんです……」
「「――――、」」
絶句する俺たち。
この学園に居るものなら、この異常性に驚かない者などいないだろう。
「そ、それって……、どれくらいの確率なんだ……?」
「さぁ……? そもそも三属性持ってる人っていうのが、世界中探しても十人いるかいないかって聞いたことがあるけれど」
「控えめに言ってヤバいな」
「大げさに言ってもヤバいわよ」
「う、うぅ……」
あっ! るいちゃんが俺たちの「ヤバイ」という単語に反応して縮こまってしまっている!
大型動物がいきなり小動物になったみたいでカワイイ……とは思うが、正直……、
「若干めんどいわね」
「すめしは正直だった」
空気が読めるのか読めないのか。
でも、この歯に衣着せない言い方をするのが、コイツなのだった。
というかたぶんカルマさんも同じタイプだ。
本当に俺たちとパーティを組む流れにして良かったのだろうか。
俺がそう頭を抱えていると、すめしは「なるほどね」と、怯える彼女の身体をぺたぺた触りながら言う。
「この身体、バレーのための身体なのね」
「は、はい……。そうみたいです……」
「いい身体ね」
言いながら彼女は、次々と部位を触り、なぞっていく。
二の腕の筋肉。肩の筋肉、背筋。首筋までは届かなかったので、腹筋を触って、指は更にその上へ――――
「ひゃふっ……!」
「あっ、ごめんなさい。つい」
「こらすめし!」
「すっご……。すっげ……」
「口調変わってるぞお前」
「タマ、あなたこんなのに顔うずめたの? それで正気を保ってられるって、男として大丈夫?」
「何の心配だよ! そしてるいちゃんに色々と謝れ!」
胸の話題をしていたら、先ほどの感触を思い出してしまうから勘弁してもらいたい。
張りがあって、それでいて柔らかい。大きいのにカタチも良い、とんでもなくとんでもない、質量という名の凶器だった。
「話を戻すわ」
「お前が脱線させたんだろ」
すめしはコホンと咳ばらいをして、るいちゃんに言う。
「あなたは、バレーの動きと共に魔法を放つスタイルを取っていた。そして魔力の通り方も、そのフォームのときだと全然違う。
そのときだけ、通常の魔法に加え、属性付与もすることが出来る」
「そうなんです……」
なるほど。だから魔法手袋だったのか。
確かに彼女のスタイルなら、杖や長物は必要ない。
でも、さっきまではそのフォームで動かなかったということは……。
「けれど。どこかで誰かに、そのスタイルが否定されてしまった」
「その通りです……。お前の動きは変だって」
最初はちょっと笑われていただけだったらしい。
けれど、今の虐めの主犯格は、本格的に攻撃を開始した。
「いつまで昔の栄光にすがってるんだって言われて……。
たしかに。わたしはもうバレー選手じゃなく、冒険者なんだから。昔のことは、捨て去らないといけないはずだったんです……」
それは、これまでも色々と『折られて』きた彼女にとって、決め手となってしまったのかもしれない。
好きだったものを取り上げられ、道を強制させられた。
これまで鍛えてきた身体も。
これまで蓄えてきた思い出も。
全て、捨て去らなくてはならないと。
間違って、思ってしまった。
「だから必死で、普通の魔法使いになるよう頑張りました……。
けれど、普通のフォームじゃあ全然魔法も使えなくて……。飛んで行かなくて……」
自らで才能に蓋をしてしまったということだ。
まぁでも……、自信を砕かれたり否定されることの辛さは、俺も痛い程に分かる。
「…………、」
ゆっくりと頷くるいちゃんに。すめしは「ばかね」と柔らかく言う。
「こんな立派な身体を持ってるのに、有効活用しない方が勿体ないわよ」
「すめしせんぱい……」
「だいたいね、るい」
「はい?」
「こんな職業なのよ? 他人の評価を気にするより、自分が勝ったり生き残ったりすることを考えなきゃ」
「あ…………」
すめしの言葉に俺も続く。
「それにるいちゃん。俺たちは既に、パーティだ。だからパーティの方針には従ってもらうよ」
「え?」
「俺たちパーティは、『やれることは全力で』だ。
あんな凄いことが出来るのに、やらないなんて、手を抜いてる証拠だよ」
「それは……」
「そうよるい。偉そうに言ってるこの男は、普段はまったく役に立たないんだから。
あなたが頑張ってくれないと私が大変なのよ」
「すめしてめえ」
「事実でしょ」
事実ですが。
まぁなんにせよだ。
「るいちゃんのバレーのフォーム、めちゃくちゃカッコよかった」
俺も彼女の顔を見て、はっきりと告げる。
「だからこれからも、元・バレー選手の鯨伏 るいとして。
そして、俺たちパーティの一員、魔法使いの鯨伏 るいとして、頑張ってほしい!」
「タマ先輩……」
「あなたも言うようになったわよね……」
すめしはややニヒルに笑い、地面を見て笑う。
うるせえなと俺も笑う。
るいちゃんは再び、「タマせんぱい」とつぶやいていた。
「…………ん?」
「あの、だ、だから……、タマ、せんぱい……!」
「うぉぉぉッッ!!? な、なになになに!?」
「QLRRRRRrrrrrrッッッッ!!!!」
俺の頭を背後から咥える、大型鳥類モンスターが一匹!
え、嘘!? まったく気づかなかった!
「おぎゃあああああッッ! あたま! あたま、割れる!」
「え、タマ!? 大丈夫!?」
「タマせんぱい、を……! はなせ……ッ!」
綺麗なジャンプフォームから繰り出される、炎の魔球が一発。
その球は素晴らしいコントロールで俺を咥えていたモンスターに直撃するも……、その体を燃やし、その炎は俺まで伝播する。
「QQQQEEErrrr!!」
「あちちちちちちちッッッ!!」
燃え盛るモンスターと俺を見つつ、るいちゃんはひたすら謝っていた。
「なるほど。乳とあちちをかけたということね」
「んな余裕ねえっての! いいから助けろ!」
「だって私の魔法も、炎魔法だし……」
その後。るいちゃんの氷魔法で冷やしてもらった後、自分で回復魔法をかけましたとさ……。
俺も人の事言えねえけど。
このパーティ、フレンドリーファイアー多すぎない?
プロフィール・4
名前:鯨伏 るい(るい)
身長/体重:205センチ/78キロ
職業:魔術師
物理攻撃:A+++ 魔法攻撃:E
物理耐久:A+++ 魔法耐久:F
敏捷:E 思考力:F
魔力値:C 魔吸値:B+
常時発動能力
物理耐久:D、動体視力上昇:B、自己修復:B
任意発動能力
炎魔法:B、雷魔法:B、
風魔法:B、氷魔法:B
属性について
主だった属性は、炎、氷、風、雷、光、闇の六属性。
汎用魔法(プレーン)の属性は含めない。
例外的な属性を持つものもいるが、極めて少なく、扱いも難しい。
鯨伏るいの魔法威力について
るいの魔法攻撃ランクはEランクと、プレーンな魔法だけなら低ランクである。
しかしそこへ属性を付与することにより、属性のランク分威力が上がる仕様となっている。
四属性を使用でき、かつどれも平均的に高ランクな者は極めて稀。
間違いなく天性の才能であると言える。
こうして。
突如としてパーティを組むこととなった俺たち三人のクエストは、無事終わりを告げた。
「二位でしたが」
「あはは。聞いたよー!」
基本的にすめしが無双していたが、途中で状態を整えたりしていた時間があまりにも長すぎた。
それに途中で倒したゴーレムは、倒せること前提で造ってなかったそうで。ポイントに加算されなかったのだ。
「それは骨折り損だったね」
「まぁ、そのお陰でるいちゃんにも会えましたから。結果オーライとも言えます」
ちなみに虐めグループは、あの後すめしが教員へ報告。
アンド、高ランク者からのプレッシャーを与え、るいちゃんと強制的に縁を切らせた。
『今度この子に何かしたら、容赦しないわ』
『ヒ……ッ!』
『るいは私たちのパーティメンバーだから。それがどういう意味なのか、よく考えておきなさい?』
「あのすめしは怖かった……」
「さすがはすめしだね! ナイスプレイ!」
あのクエストから五日後。
俺はカルマさんへの報告に来ていた。
クエスト続きだったので、しばらく休養期間を空けていたのだ。
彼女の顔を見るのはとても久しぶりな気がする。
ざわつくテラスの中。
軽食を食べ終えたカルマさんは、「まぁ二人には先に聞いてたんだけどね」と頷いた。
「るいちゃんとも知り合いに?」
「うん。あの後すめしに紹介してもらってね」
結果だけはそのときに聞いてたと言うカルマさん。
なるほど。なら、細かい部分はこれ以上話さなくてもよさそうだな。
「そのまま、三人でクエストにも行ったんだよ」
「そうだったんですね。どうでした?」
「おっぱいがはずむね! すンごいよアレ」
「それ、間違ってもるいちゃんの前で言わないで下さいよ。絶対委縮しますから」
「え、言ったよ?」
「手遅れだったー!」
「お風呂一緒に入ったとき、言ったよ?」
「俺も入れてー!」
え、三人で一緒にお風呂入ったの!?
パーティ全員で、裸の付き合いを????
カルマさんの美乳Dカップと、すめしの巨乳Fカップと、るいちゃんのメーターオーバーIカップが、一堂に会してたってこと??????
「どうして俺は……、五日間も休養を……!」
「クエスト続きだったからじゃないかな」
そうだけど。
そうだけど、どうして。
「というか。
その場にタマがいたとしても、一緒にお風呂は入って無いと思うよ? 理由ないし」
「まぁそうですけどね」
あの時は両手のケガでうまく身体を洗えないからという理由があったからである。
するとカルマさんは、目を逸らしながら、煮え切らない表情で言った。
「それにその……。
そういう理由でがあったとしても、もう一緒にお風呂は無理かなー……」
「え……、そ、それは……、どうしてです?」
え、俺何か嫌われることした!?
いやまぁ。付き合っても無い異性(もしくは肉体関係の無い異性)と一緒に風呂に入るのは、普通ならおかしいんだけど。
でも、割とあけすけなカルマさんだぞ?
「だってさぁ……」
珍しくカルマさんは、手をもじもじさせながら、こちらをちらりと見る。
「今度一緒に入ったら……………………、我慢できなくなっちゃいそうだし」
「…………え?」
「う……、あ、あははははは! なんてねっ! えへへへへっ!」
勢いよく頭をばりばりとかきながら、立ち上がり食器トレーを持ち上げる。
「今日はこれで終わり! しっ、新作のブラジャー買いに行かなきゃなので!」
「それ絶対嘘でしょ。というか本当でも、そういうことは男の前で言わないでください」
「とにっ、かくっ、それじゃね!」
「あっ……!」
言うと彼女は、とんでもない脚力を持ってして、食堂エリアを後にする。
食器トレーは爆速で棚へ。けれど丁寧に置かれているあたり、彼女の真面目な人柄がにじみ出ていた。
「……うーん? 何だったんだあの態度」
超気になる。
騒がしい太陽が去ったあと、俺がぽつんとテーブルにいると。後ろから今度はすめしがやってきた。
「さっきカルマいなかった? 騒がしい声が聞こえてたけど」
「あぁうん。ブラジャー買いに行くんだって」
「そんなことを大声で……?」
訝しむすめしの表情は、日ごろの二人の関係を物語っていた。
「まぁいいわ。よくカルマも、あの状態であなたに会えたものね」
「うん……? それ、どういうこと?」
「どうせカルマのことだから、この間私たちが一緒にお風呂に入ったこと、言ったんでしょ?」
「おお。聞いてるよ」
だいぶ衝撃だったけど。
まぁそれはそれとして、その入浴に何か関連することなのだろうか。
「詳しく聞いてもいいのか?」
「え……。まぁ、そうね。
まずは私がカルマの背中を流したわ。筋肉と脂肪の付き方が絶妙でね。首筋から肩甲骨まわりの滑らかさと言ったら、まるで大理石のタイルみたいで。けれどもち肌なのか弾力もそこそこあって、つい指先でなぞったとき、カルマが変な声を……」
「違うよ! 詳しく聞きたいのはキャッキャウフフの内容じゃねえ!」
「でもだいぶ聞いてたわよね」
「お前もだいぶ語ったじゃん」
ともかく。
「なんか、俺のことについて語ったのか?」
「ま、そんなところよ。語ったのは私ではないけれどね」
「ふうん?」
となると、るいちゃんか?
「嬉しそうに話していたわよ。
タマせんぱいが私を救ってくれたっていう内容を、それはもういっぱいね」
「う……。な、なんか恥ずかしいな。
別に特殊なことをしたわけではない――――わけでもないけど、その」
でもまぁ、俺が逆の立場だったら、それくらい感謝するかぁ。
るいちゃんが俺に感じてる恩義は、俺がカルマさんに抱えている恩義と同じようなものだろうからな。
「……ん? カルマさんに? 全部話したってこと……?」
「えぇそれはもう。
助けられた状況も。助けてもらった経緯も。そして、あなたがるいに言った言葉の、内訳も全部、ね」
「――――、」
あー……。
それはつまり。
俺が、『カルマさんみたいにカッコよくなりたい』という気持ちも、全部伝わってしまったということで。
そこにかける情熱とか、尊敬とか、重んじる気持ちとか、そういった諸々が全部あの人の中に入ってしまったことになる。
「カルマの顔が真っ赤になってたのは……、まぁ、湯あたりってことにしておこうかしら」
「お前もなぁ……。カ、カルマさんをからかうのも、大概にしとくんだ、ぞ……?」
俺はそっぽを向きながら、すめしに言った。
すると彼女は変わらずクールに、口角を上げずに淡々と。
言葉を、落とした。
「あらお揃いね。――――あなたも湯あたり?」
「…………なんだって?」
食堂は、今日もにぎやかだ。
最後のすめしの言葉は、聞こえなかったことにしておこうと思う。
俺の心の、安寧のために。
第二章
ゲームセット アンド マッチ すめし&るいペア
お読みいただきありがとうございます!
第二章、これにて終了です。
最終第三章は、2月22日(水)朝8時ごろからスタートする予定です!
また遊びにきていただけると嬉しいです。よろしくお願い致します!
良く晴れた朝六時。
俺、すめし、るいちゃんの三人は、カルマさんに連れられとあるダンジョンへとやってきていた。
「今日も元気!」
「眠い……」
冒険者には朝も夜も無い。
中学生時代、学生ながらに不健康で体だな生活を送っていたのだが、だいぶ改善はされてきている――――のだが、それはそれとして、寝起きは眠いのです。
「わたしも寝起きは良くないので、気持ちはわかりましゅ……」
「意外だねるいちゃん。けっこうしっかりしてると思ってたよ」
「気合い入れないと起き上がれないんですよね……。身体重くて」
「身体が……」
「一般の方よりも重くて……」
「重いってそういう意味じゃ無いだろ普通」
むちむちした身体がのそりと揺れる。
確かに。この身体を起こすだけでも、他よりもエネルギーを使うのかもなあと思った。
「それもあるんですけど、睡魔には勝てないですね……。快楽に弱くて、すぐ寝ちゃうんです……」
「誤解を招きそう」
眠そうに目をこする(と言っても前髪で見えないけれど)彼女を横目に、それ以上にやばそうなすめしを見やる。
「まさかすめしが、一番朝に弱いとはなぁ……」
「zzzzzzzzz……」
ベンチに横たわり、ライトアーマーのまま横になる女騎士。
眠っている姿勢は綺麗だが、しかしそこは眠りにつく場所ではないし、なんならもう一時間もすればダンジョンに突入である。
「タマ……だめよ……。私の知的財産は奪わせないわ……zzz……」
「どんな夢見てんだよ」
「督促状はやめて……。島流しにあうわ……。あぁ……、確定申告の時期が……、時期が……」
「割とシビアな世界観かな?」
すめしの頭の中身が心配だった。
「起こします?」
「あ、寝てるすめしに近づかない方がいいよー。近くに生命体が寄ってくると、根ながらもオートで攻撃してくるから」
「こわ!? どこのエージェントだよ!」
「冒険者ってエージェントみたいなものじゃん」
「睡眠魔法が効かないのは強いですね……」
るいちゃんはプラス思考だった。
「まぁすめすには前に直接説明してるからいいや。二人には今から説明するね」
というわけで説明開始。からの、説明終了。
要約すると、異変ダンジョンが見つかったので、今日はそこに四人で向かってみようとのことだった。
「ちなみにランクは、プロB!」
「「いやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!!」」
るいちゃんと共に驚きの声を上げる。
その声と共にすめしがむくりと起き上がっていた。
「プロBって、業界でもかなり上のほうじゃないですか!」
「うん! ボクも未体験ゾーンだね!」
「しっ、死んじゃいますよ~……!」
「大丈夫だよ。二人ともこの間Cランクまで上がったじゃん」
「と言っても、『見習い』のCですよ! プロBはあまりにもかけ離れてます!」
あの後カルマさんらに連れられ、俺とるいちゃんもどんどんランクが上がっていった。
現在のランクは、カルマさんとすめしが見習いAランク。俺とるいちゃんが見習いCランクだ。
「とはいえ早すぎますって……」
「でも一週間前も、プロDならいけたじゃない?」
「奇跡的にね……」
俺の魔法球をすめしがギリギリで決めてくれなかったら死んでいた。
るいちゃんも、肉体的には無事だったけど精神的にはかなり追い詰められてたし。
「というか、すめしは賛成なのか?」
「えぇ。私とカルマはAに上がったから、そろそろプロの現場に多く慣れておきたいし」
「まぁ……、後は時期が来れば卒業できるもんな……」
Aランクに上がった者は、七月と十二月の時期になれば卒業となる。
そろそろ六月になる時期なので、あと一ヵ月くらいで二人はいなくなるってことだ。
「あのね、タマ。
私とカルマが卒業したら、どうなると思う?」
「ん? どう……ってのは?」
全員の顔を見やり、しばらく考える。
俺、カルマさん、すめし、るいちゃん……。なんだ?
うーんと考えていると、頭上からるいちゃんの「あっ」という声が聞こえた。
「お二人が卒業してしまうと……、このパーティはわたしとタマせんぱいだけになる……!」
「ん? そういえばそうだね」
「せんぱい! 何を呑気なリアクションしてるんですか! これ、けっこう大変な事態ですよ!」
「え?」
「今わたしたちのパーティがどういう風に成り立っているのか、考えてください!」
「えっと……」
腕組みをして考えると、俺もるいちゃんが言いたいことにたどり着いた。
「あっ、そうか! 前衛がいなくなる!」
「そうなんです!」
今このパーティは、Aランクの前衛二人が、Cランクの後衛二人を守っていることで成立している。
かつ、精神的にも前衛組が引っ張ってくれていると言っても過言ではないだろう。
「わたしとせんぱいだけだと、ものの役にも立ちません!」
「そこまで言わなくても」
「いえ、今日は言わせてくださいです!」
「おおう」
るいちゃんはずいっと体をつめてきた。
むちむちした体が近くに来てどきりとしてしまうが、今は話に集中しよう。
「わたしとタマせんぱいは、Cランクに上がれたとはいえ、いじめられていた過去や悪評までは払拭できていません」
「そ、そうだね……」
「つまり、他の人とパーティを組んだとしても、うまくいかない可能性が高いんです!」
「確かに……」
「そもそもわたしたち二人は、特殊な攻撃スタイルなんです! そんなの、他のパーティの人たちと合わせられると思いますか!?」
「で、でもさ……。俺たちもCランクに上がったんだから、話くらいは聞いてもらえるんじゃ……」
「いえ! クソザコメンタルのわたしとタマせんぱいでは、絶対うまいこと説明できません!」
「ひでえ言われよう!」
……でも、確かに。
新しい前衛の人に、『特技はボール出し』ですと説明しても、訝しがられて終わる気がする。
「だからタマせんぱい! わたしたちも二人が卒業してしまう前に、せめてAランク一歩手前までは上がっておかないといけないのです! そーきゅーに!!」
「そ、それはそうかも……」
なんてこった。
そりゃあ見習いCまで来れたのは自分の力だけではないと分かっていたけれど、この二人が抜けてしまうとパーティとして成立しなくなるだなんて。
「とまぁ。そんなことをカルマが提案してきたのよ」
「なるほど……。ありがとうございますカルマさん」
「えへへ!」
「本当は更に上のB+に行こうとしていたから、ストップをかけたわ」
「カルマさん!?」
「えへへ!」
「笑って済むことじゃねえ!」
まったくとんだパーティメンバーだ。
軽い気持ちで仲間を死地に送ろうとするのだから、全く気が抜けない。
「まぁそれに……、私としてもあなたたち二人に抜けられたら困るしね」
「すめし……」
「勘違いしないでよね。私もタマのことが気に入り始めているだけなんだから」
「うん……、うん……? それ、何も隠せてなくない?」
「え? 私があなたに好意的な感情を向けてるのは、周知の事実でしょう?」
「なんかド直球のデレが飛んで来たんだが!?」
しかもタイミングが変だ!
というかすめし。それじゃあお前は、何の感情を隠したくて『勘違いしないでよね』構文を使ったんだ……。
「とりあえず、話しはまとまったかな? 出発出発~!」
「はーい……」
こうして俺たちはいつものように、カルマさんの後に続いた。
無理難題も日常の内。
いつも通りのクエストの始まり。
だから。
まったく予想していなかった。
このクエストが、俺の運命を大きく変えることとなる一件になるとは。
この時は、露程も。
流れるように受付を済ませ、俺たちパーティはダンジョン内へと入る。
入り口からすぐの部屋が、教室二つ分くらいの大部屋になっていた。
「あれ? 形状が変わってる」
「お、気づいたみたいだねー」
このダンジョンは、以前俺がカルマさんに助けてもらったダンジョンだった。
前は岩がごつごつしている、洞窟めいた場所だったのだが。現在は床・壁・天井全てにおいて、レンガ状のタイルで構成されている。
「前よりも歩きやすそうでいいですけど……、そもそも攻略されて無かったんですね」
ダンジョンは。発生と消滅を繰り返すものだ。
だから同じ場所に違うタイプのダンジョンが現れることも当然あるのだが……。
「どうやらクリア者は出ていないと」
「うん。登録名も同じく、『K-2966』のままだね」
余談だが。前は発生するたびにカッコイイ名前をつけまくっていたらしいのだが、あまりにも多く発生しすぎるためそれを断念。バリエーションが追い付かなかったらしい。
今はアルファベットと数字の羅列に落ち着いているのだとか。
「前はプロCランクだったのね。タマ、あなたもけっこう無茶なことするわね」
「ま、まぁ……。あのときは切羽詰まってて、視野が狭くなっていたというか」
ともかく。そんなプロCランクダンジョンは。
現在は観測結果が変わり、プロBランクにまで上がっている……と。
「計測結果が変わることは珍しくはないけれど……、クリア者が出ていないというのは変な話ね」
すめしは顎に手を当てて考える。
「たしかにそうですね……。
タマせんぱいが挑戦したのが四月の頭ごろ。そこから二ヵ月も経ってるんですから、ふつうはクリア者が出て、違うダンジョンが発生していてもおかしくないです……」
たいてい発生したダンジョンは、半月もあれば誰かが攻略する。
中には時々低ランクのものが攻略されずにいることもあるらしいが、そういう場合は上位ランクの冒険者に依頼し、攻略してもらうらしいのだ。
「ここもそういう依頼をしたらしいんだけどね。
でも、誰も攻略出来なかった」
「それは……、全員死んでるってことですか……?」
ごくりと唾を飲み込み、俺がカルマさんに聞くと。
しかし彼女は「いや」と、わりと軽めに否定する。
「モンスターのランク自体はそんなに大したことも無いらしい。けど、誰も『宝箱』を見つけられてないんだってさ」
「宝箱を……?」
ダンジョンの最奥には、『宝箱』なるものが設置されていて、その中に入っているアイテムに触れればダンジョンは消滅する。
一説にはこの、『宝箱』が自らを守るためにダンジョン現象を起こしているのではないかとも言われている。
つまりそれくらい、ダンジョンと宝箱は切って切れない関係だ。
ダンジョンの中には宝箱があるはずで。
そしてそれが無いのは、確かに異常だ。
「おそらく隠し部屋とかがあるんだろうけどねぇ。けど、名うての冒険者たちの悉くが探索に失敗してるんだよ? 絶対変だよねぇ」
「そうですね……」
「そうだよね! 変だよね!」
「楽しそうだなぁ!」
今日も騎馬崎 駆馬は絶好調だった。
この挑戦ジャンキーめ。
得意スポーツはサッカーじゃなくて、ハードル走だったんじゃないのか?
そうこうしていると、すめしは「ねぇ」と俺の肩を叩く。
「あそこに見える装置。分かる?」
「ん? ……あれは、」
彼女の示す方向を見やると……、確かに、一ヵ所だけブロックがぽこんと飛び出ている。
「トラップだな」
「そうよね?」
目で見る限り、先へ続く通路はあの一本しかない。
解除せずにあの通路を進んだら、起動してたってことか……。
「び、微妙な変化なのに、よく気づきましたねすめしせんぱい……」
「まぁ観察するのは得意だからね」
「というかそういうのって、斥候職であるカルマさんの仕事なのでは……」
「あははははは! 今更だね!」
楽しそうである。
まぁこれまでのダンジョンでも、カルマさんが先にトラップに気づいたことなどほとんど無かった。
そういうのに鈍感そうなるいちゃんの方が、先に気づいたこともあった。
「でも解除は出来るからね! まかせて!」
ててっとトラップの場所まで走り、罠解除の魔法をかける。
すると……、
「わわっ!?」
部屋の中心部がまばゆく光ったと思ったら――――そこには大量のモンスターが現れていた。
「なんで!?」
「まさか……、逆手に取られるなんてね……!」
「なるほど……。罠解除に反応するトラップかよ」
「な、なんですかそれ~……!?」
「よくわかんないけど、戦闘開始だねッ! いっくよ~ッ!」
入り口をくぐっただけなのに。もう激闘開始である。
確かにこれは、以前俺がくぐったダンジョンとは性質が違う。
モンスターは強かったけど、こんな特殊なトラップが設置されているような場所では無かったはずだ。
「でもまぁ……。起動したものが、『ただの戦闘』で良かったかな……」
言いながら俺も戦闘態勢に入る。
この二ヵ月。
連携を高めた二ヵ月。
まだまだ粗削りではあるけれど――――こと『攻撃力』だけで考えれば、俺たちはプロBランクにも匹敵する。
それくらいのチカラをつけているのだ。
「行くぞみんな! ボール……出します!」
思い思いのポジションへと散っていく三人。
俺は。
掌に魔力を込めた。
激闘の最中。
敵を一体蹴とばした後、カルマさんの声が俺に届く。
「タマ、ボールお願い!」
「分かりました!」
モンスターからターゲットにされないギリギリのポジショニングへと走り、掌に魔力を込めた。
「ふっ……!」
カルマさんのことを考えてボールを作る。
改めて――――彼女が蹴りやすいのは、サッカーボール大のものだ。
「カルマさん!」
「おっ……」
作成したボールを、掌から中空へと投げる。
一発で二十二センチ大の魔法球が出てきたことで、一瞬だけカルマさんは驚きの表情を見せた。
その後、再び戦いの顔へと戻り、ボールへ向かって大きなジャンプをして――――ジャンピングボレーを叩き込む。
「いっけぇッ!」
ジャストミートで打ち出されたボールは、モンスター集団の一角へと飛んで行き、着弾の後大きな爆発を見せた。
跡形も無く吹き飛んだモンスター群を確認した後、華麗に着地したカルマさんはガッツポーズを決める。
「よしっ!」
「うまくいきました」
「すごいね! どんどんサイズの精度が上がってるね!」
彼女ら一人一人を深く想うことで、自在に出せるようになったのだ。……変態チックだから言わないけど。
「じゃあもっとおっきいの欲しいって言っても良いんだね!」
「もっといっぱい出してって言ったら、それも可能なのね」
「ア、アツいのくださいって言ったら、出してくれますか……?」
「せっかく俺は言わずに我慢してたのに!」
台無しである。
全員口元を波打たせているのは、つまりそういうことである。
「というかお前ら、戦闘に集中しろ!」
多種多様なモンスターが蠢く中、断章に興じているわけにはいくまい。
「いいわタマ、今度はこっちに頂戴!」
「分かった!」
テニスボール大のものを作成し、すめしへと放る。
今の俺は、わざわざ彼女の正面に立たなくてもイメージが出来るようになった。
個人特訓のお陰である。
「フッ!」
放たれたフォアハンドストロークの打球は、そのまま大型モンスターを三体貫いていった。
「カルマよりは少なかったか……。でもまぁ、こんなものね」
剣をラケットのように扱いながら、彼女はこちらに視線を送った。
「ウィンブルドンの試合映像。その中の、『ボールボーイが選手にボールを投げて渡す部分』百選を見せた甲斐があったわ」
「……まぁ、役に立ちましたよ」
実際のところ。けっこう人によって違いがあったのだ。
なるほど距離があるからワンバウンドさせるのかとか、転がして渡したりもするんだなとか……挙げて行けばきりがないので割愛するけれど。
「タマせんぱい! 最後、こっちに!」
「るいちゃん! 了解だ!」
後方からるいちゃんの声が聞こえる。
彼女は現在、アタックをするために助走距離を確保していた。
「バレーボール大の球……っと!」
俺は彼女が飛び上がるところ目掛け、直径ニ十センチの魔法球を放り投げる。
「あっ……、タマせんぱい。さすがです……!」
「へへ」
助走する彼女が一瞬笑う。
その後、バンッ! という地面を蹴る音がする。
巨体は華麗に宙を舞う。
胸を突き出し腰を逸らせ、右手を大きく掲げた後――――その一撃は放たれる。
「いっ――――けぇッ!」
渾身のスパイク。
俺の魔法球、プラス、彼女が付与する属性魔法。
雷を帯びたバレーボール球は敵陣に直撃した後、広範囲へと拡散し、まとめて灰燼へと変えた。
「威力上がってたねるいちゃん!」
「は、はい!
……タマせんぱい、覚えててくれたんですね」
「うん。勿論」
この間るいちゃんに言われたことだ。
本来ならバレーボールは、二十一センチの5号球を使用する。
しかしるいちゃんがやっていた中学バレーまでは、一つサイズの小さい4号球(ニ十センチ)を使用するのだ。
微妙な差だが、そっちの方が撃ちやすいのだと彼女は言ってくれた。
「うまくできて良かったよ。
それに、るいちゃんへ上げるのは一番イメージつきやすいんだ」
何せ、同じ『手』を使ったボールの扱いだからだ。
バレーにおけるセッター(主にパス回しをする係)をイメージすればイイだけだから、とても簡単だった(他と比べればだけど)。
「ある意味一番相性いいかもしれないね、るいちゃん」
「えっ! わわっ! あ、ありがとうございましゅ……!」
巨体のままもじもじする姿は、何だか大型わんこみたいだ。
餌を与えてご褒美をあげたくなってくる。
「一番相性イイですってよ、カルマ?」
「あははははっ! ……ちょっとだけモヤるね」
なんか後方で太陽に曇りが現れていた。
さておき、一戦目は無事終了だ。
「それじゃあ改めて、先に進みましょうか――――」
再び足を踏み出そうとした瞬間だった。
ゴゴン! と、背後で大きな音が聞こえる。
「えっ!? き、来た道が……!」
見ると、俺たちが入ってきた入口が、完全に塞がってしまっていた。
ダンジョン内は暗くないため視界が塞がってしまうことは無いが、一抹の不安に駆られてしまう。
「はわわ……、もしかして、閉じ込められたんでしょうか……」
「も、もしかして、ヤバイ……?」
狼狽する俺とるいちゃんをよそに、カルマさんとすめしは余裕の立ち振る舞いを見せる。
「あはは大丈夫だよ。扉が閉まっちゃうのはよくあること」
「どうせそのうち上にいる人たちが、再び扉を開けてくれるわ。そうでないと、後続の冒険者たちも入れないものね」
「そ、そっか。なら安心ですね……」
るいちゃんに続き、俺もほっと溜息をつく。
しかし今度は、ブオン! と、魔法が起動するような音がした。
「あの、なんか……。扉のあった場所が、完全なる壁になってるんですけど……?」
「これは……、ねぇカルマ? これは大丈夫なの? 私は初めてのケースなんだけど? あ、初めてってそういうコトではないわよ? 異性とも同性ともそういうことはしてないというか、そういうことは一人で、」
「見るからに動揺するなすめし! そしてそのくだりは前にやった!」
しかも初対面時にな! 考えてみればお前けっこうなことやらかしてるな!
「あは、あはは、大丈夫だよ! 扉がなんかアレしちゃうのも、よくあること……かも、よ?」
「こっちはこっちで自信なさ気だ!」
そして極めつけに。
ザリザリと壊れたラジオみたいな音がして。
フロアに声が、響き渡った。
『――――いいですわよッ!』
高貴な声だ。
けれど、どこか力強さを感じる。
『やはり最高の強さですわ~~~~っ!』
「え、ちょっと……」
『なのであなた方はこの場所にて、ワタクシが徹底的に支配して差し上げますわよ~~~ッッ!』
「は――――」
『ホホッ! オホホッ! オ~ッホッホッホッホッホッホホホホゥ!』
「なんか最後ゴリラみたいにならなかった!?」
特殊な笑い声と共に、再びザリザリ音が流れる。
ぷつんという音がしたということは、通話(?)は終わったというコトだろう。
一瞬の静寂の後、俺はカルマさんへ視線をやった。
「………………これは?」
「うーん」
腕組みをしてやや考えた後。
彼女は「うん」と頷き、元気に答えた。
「閉じ込められたね!」
「やっぱりかぁぁぁぁぁッッ!?」
さてさて。
前途多難な冒険の、幕開けである。