幼い頃から身体が大きかった彼女は、両親にバスケかバレーを勧められた。
小学三年生で、すでに俺を超える百七十五センチ。
中学に上がる頃には百九十センチ近くにまでなっていたという。
だから、バレーでは無双だったらしい。
大きい選手が一人居るから勝てる。というだけではなく。
鯨伏 るいは、相当努力した。
バレーの事を一から学び、練習し、反復し。
力だけでは無く、ゲームメイクも戦略も、細かなテクニックも吸収していった。
そんな折。
ダンジョンは、世界を侵食した。
先んじて情報を提示すると。
彼女の両親は、とにかく金にがめつかった。借金も多少あったとのことで。
るいちゃんがバレーで取り上げられ一躍有名になると、その知名度を更に広めるためマスコミに情報を自ら売り込んだ。
外見も可愛らしかった彼女は、一時期テレビのインタビュー尽くしだったらしい(俺はその頃漫画に夢中だったので全然知らなかったけど)。
るいちゃんも、親を無下に出来ないのか。
とにかく――――頑張ったと言っていた。
まぁそんな両親だったから。
彼女が本当の意味でバレーを好きになったと同時期。
『るい。冒険者になりなさい』
その撃鉄は、ゆるやかにひかれた。
中学に上がる頃だったという。
ダンジョン現象が発生したのが、彼女が小学四年生のとき。
おそらくその頃は、まだバレーで取材を受けていたほうが『金に繋がる』と考えていたのだろう。
けれどそこから二年。
冒険者が普通に職業として認められてきたと知るや否や、宗旨替えをしたのだ。
誰あろう、るいちゃん本人の意志を置いてけぼりにして。
『るい。――――いいね?』
「結局私は泣きわめいてしまって……。でも、中学の担任の先生やマスコミの人も協力してくれて、中学三年間は、どうにかバレーをすることが出来ました」
「そんなことが……」
「マスコミの人たちのお陰で助かることもあるわよね」
すめしも似た経験があったのだろう。
顎に手を当てて頷いていた。
「で、でもですね……!」
「ん?」
「た、確かに元々、冒険者になるのは嫌でした。高校に入ってもバレーを続けていたかった……。
けれど半年間勉強してきて、冒険者も楽しいかなって、そう、思えてきたんです……」
るいちゃんは健気にも言う。
親に好きな道を閉ざされ、強制され。それでも腐らずその道を進むというのは。
いったいどれだけの精神力が必要なのだろう。
俺が心を打たれている一方で、すめしは先ほどとは違う意味で、顎に手を当てていた。
「ただ――――その後の半年間に、問題は起こったのね?」
「……はい」
「あっ……、そういうことか」
遅れて俺も事情を理解する。
最初の半年間は、前向きに頑張って勉強できていた。
しかし残りの半年間で、いじめの被害に遭い、まともに勉強することが出来なくなってしまった。
「教科書は燃やされました……。新しい技の実験台にされました……。役に立たないデカブツだって、最近は歩いてるだけで、蹴られたり殴られたりします……」
「それは……」
「……クソね」
「すめし、顔」
「あなたもよ」
「…………ちっ」
ついぞ悪態をついてしまう。
なんだその胸糞悪い話は。
「タマ。足か腕。どっちだと思う?」
「何の選択肢だよ。良いから落ち着け」
まったく……。
自分よりも熱くなってるヤツがいると、少し冷静になれるな。
ふぅと一呼吸置くと、るいちゃんは「ごめんなさい」と謝った。
「変な、お話しちゃいました……。
私はその……、頑丈さだけが取り柄なんで、だいじょうぶ、です……」
「あのなるいちゃん……」
「うぅ…………、」
大きな身体をすぼめすぎて、俺よりも小さくなってしまったのではないかと錯覚するくらいだ。
でもまぁ……、正直こうなる気持ちは分かる。
つらいよな。他者からの攻撃は。
「よし、すめし。提案がある」
「――――奇遇ね。私もよ」
そうか。なら丁度いい。
「せーの……」
「「パーティ組みましょう(もうぜ)、るい(ちゃん)」」
「……え?」
頓狂な声を上げるいちゃんと。
互いに目を合わせて頷く俺とすめし。
「四人までならパーティ組んで良いし。途中で人数増えても問題なし」
「入るポイントは減っちゃうけど、三人なら大勢倒せるでしょうしね」
「あ、あの……」
「さぁるい。プレート出して」
ほらほらと、有無を言わせないようにすめしは彼女を急かす。
しかしるいちゃんは、その手には乗ってこなかった。
「あ、あのっ!」
「なによ」
「うっ……!」
「すめし。圧、圧」
気の弱い人間じゃなくても、この流れでそのセリフは怖いって。
しかし、どさくさに紛れてパーティを組んじゃう作戦、失敗か。
俺もすめしも、彼女を現状から救い出したい。
だからパーティを組んで、半ば強制的に立ち直らせれればと考えたのだが……、うまく流れに乗せれなかったか。
「わ……、わたしが、かわいそうだからですか……」
「るいちゃん……」
「う……、う、ぅ……、」
ぎゅっと、地面の砂を握って。
彼女は悔しそうにつぶやく。
「情けを、かけてるんですよね……」
わたしが、弱いから。
そう彼女は俯いて言葉をこぼす。
先ほどとは違う種類の涙が出ていることに、俺は気づいた。
……そうだよな。
憐れみをかけられるのは、どんなときだって惨めだ。
嬉しくもある。けれどそれ以上に、自分の弱さが浮き彫りになるのが、嫌だ。
「るい」
「はい……」
俯き続ける彼女に。しかしすめしは気を遣わず、はっきりとした言葉で告げた。
「えぇ。百パーセント、お情けよ」
「おい!」
その言葉に彼女は驚いたようで。
一瞬だけ、疑問の感情が先行して。涙が出ている顔を上げた。
久しぶりに彼女の顔が正面から見える。……まぁ、元々メカクレ状態だから、呆けた口元しか見えないんだけど。
「確かに情けで、私はあなたを救おうとしているわ」
そんな彼女の顔をじっと見降ろして。すめしは続ける。
「でも……、今情けをかけてでも、あなたには前を向いて欲しい。
その価値があるから、私は手を差し伸べようと思ったの」
「価値……」
「バレーに適した身体があったからって、バレーが上手くなるわけではないわ。
あなたは言っていた。努力をしたと。私はその、努力が出来るあなたの価値が気に入ったの」
「すめし……」
「タマは?」
「え、お、俺……?」
「あなたはこの子の、おっぱいが大きいところ以外で、どこが気に入ったの?」
「言い方に毒があるんだよなぁ!」
気に入ってますけども。
さておき。
「……俺は、そうだな」
るいちゃんの大きな右肩に手を置いたすめしを見る。
分かったよ。
俺も、自分の心と向き合おう。
俺が彼女に手を差し伸べようとした理由……か。
「……そうだな。ごめん、るいちゃん」
俺はそう言って、彼女に頭を下げた。
自分と向き合ってみた結果。俺が手を差し伸べたのは――――
「きみのためじゃない。俺のためだ」
「え……?」
顔を上げて。
彼女の顔をはっきりと見ながら、左肩に手を置いて言った。
「俺は、この間。高ランクの先輩に救って貰った」
あの運命のダンジョンで。
絶望の底にまで沈み、危機的な状況の中。
舞い降りた、一筋の太陽光。
俺にとっての命綱で、恩人で、師でもあり友でもあるその人なら。
こんなとき。きっと手を差し伸べる。
「俺もあの人みたいに強くなりたいんだ。
だから、カルマさんみたいになるために。俺にきみを救わせてくれ」
「せんぱい……」
酷いことを言っている。
つまり、きみがいじめられているという事象を、俺がヒーローに近づくための、エンタメとして消費させてくれと。
そういうことを口にしているのだ。
この思考回路は、百パーセント俺から出たものではないと思う。
虐められていたままだったら。
そんな、人さまを救う余裕なんて無くて当たり前だ。
でも、結果的に俺は救われたから。
あの時ほど切羽詰まってないのであれば。
手が、空いているのであれば。
手を差し伸べることは、出来るはずだ。
「だから、救うよ」
真っすぐに。前髪の奥を見つめ続ける。
厚い前髪の向こう側にある、彼女の瞳と見つめ合えたような。
そんな気がした。
「せん、ぱい……」
「タマでいいよ。パーティメンバーは、みんなそう呼ぶ」
「タマ、せん……、ぱい……!」
あふれる涙はどこまでも落ちていく。
でもそれは、止めなくていいんだ。
彼女は自分の内側を知った。
悲しいという気持ちも、悔しいという気持ちも、惨めだという気持ちも。
そして、再び立ち上がるための熱い気持ちも。
あるんだということを。
「せんぱい……っ!」
「るいちゃ――――」
感極まった彼女は、そのまま中腰になり俺を抱きしめた。
俺の、顔面に。
「に……、くっ……!」
肉。
肉の――――、肉の圧と熱と高まりと昂りと肉と肉っつーか脂肪っつーかおっぱいっつーかたしかこれひゃくじゅっせんちとかいってなかったっけうぉこれしゅごい顔面がかんぜんにうもれて、つーか、力、強いつよいつよい……!
「つよ、い……! るい、ちゃ……ん……」
いきできねえ……!
「タマせんぱい……! わたし、がんばります! これからがんばりますから……!」
「ちょ、るい! 頑張り過ぎ! タマが死ぬ! おっぱいで圧死しちゃうって!」
「タマせんぱい~~~~~っっっ!!」
「るい~~~~~ッ!!!」
なんつーか、
すめしっていがいとよくさけぶし……。
るいちゃんって、いがいとひとのはなし、みみにはいらないときある…………、
「よ……、ね……………………(がくり)」
新職業(?)・『ボール出し係』となった無能バッファー、元・アスリート女子たちと共に現代ダンジョンで無双する
BADEND
あ、続きます。