本来ならば倒せないゴーレムと戦闘になったと思ったら、突如として抜群のチームワークをみせた俺たちはそれを討伐して、すめしが半裸になって、二メートルを超える女子と出会ったというのが、前回までの流れである。
「カオス展開ね……」
そうすめしは呟いた。
現在着てきた服はほぼ脱いでおり、俺の上着を乱雑に羽織った状態で手ごろな岩に腰掛けていた。
「か、替えの下着だけはあって、良かったですね……」
「そうね。壁になっててくれてありがとう」
「い、いえいえ……。無駄に大きいので、これくらいしか……」
「そういうつもりで言ったわけではないけど」
「はっ、はぅ……。ごめんなさい~……」
座ったまま見上げるすめしの首の角度は、本当に急こう配だ。
ほぼ直角レベルで見上げている。
おどおどした女性は肩をすぼめて申し訳なさそうに立っているが、それでも背が高い。
いや、背が高いというとスラッとしているイメージがある。
なので言い方を変えると……、『でかい』だ。
「うう、ご、ごめんなさい……。
でっかくて、邪魔で……、すみません……」
俯いて謝る彼女を、あらためて遠目から見やる(すめしの服の件があるので、あまり近づかないでいる)。
身長はたぶん、二メートル越え。
それに準じて、なんというかこう……、身体が、む、むちむちしていた。
決して太っているわけではない。
むしろ鍛えられているのか、よく見ると太腿や肩回り、腕の筋肉はけっこうついている。
腰も鍛えられてるっぽいし……、何より、その。
「タマ、どこ見てるか正直に言いなさい?」
「いやちがう誤解だ」
胸が。
巨大だ。
正直、エロいとかエロくないとか以前の問題で。
どんな人でも一度は目をやってしまうだろう。そんな、目立つパーツである。
「まぁ、仕方ないけどね。
かくいう私も見上げながら、でかいわねとは思っていたわ」
「そ、そうだよな……?」
「でも女性に対しては失礼よ。改めなさい」
「お……、おう……。確かに」
ごめんなさいと彼女に頭を下げると、「いえいえいえいえいえいえ」と高速で胸の前で手を振っていた。そしてその衝撃ですげえ弾む胸。
乳袋って本当に出来るんだなと思いました。
「で、どれくらいあるの?」
「えっ……!? え、ええーと……、その、ひゃ、百十センチで、Hになりまして……」
「ちょっ! ち、違うわよ! 身長よ!
ばか、男もいるのにそんなこと聞くわけないでしょ!?」
「ひゃい!? す、すみません~……」
俺は何も聞かなかった。そうだろう? だからこれ以上、外見と実数値の暴力で、俺の煩悩をブッ叩かないでほしい。
ひゃくじゅっせんちって? いちめーとるがひゃくせんちだから、つまり? というか、えっち……、えっちなかっぷ……。
「……男ってクソね」
「い、いや! 不可抗力だろ!?」
玉突き事故だよ! 俺が言うのもなんだけど!
くそう……。こういうときカルマさんなら、けっこう男心を加味してくれるというのに……。
というかすめしは、ずっと身長のこと話してたんだな。
女性のことを「でかい」と思いながら、物珍しそうに見るなって意味だったのか……。分かりにくいやつめ。
「まぁでもあなたも。そこまでボディライン出した装備着てるのが悪いわ。
そういう目で見られたくないのであれば、露出少ないのにしたらいいのに」
確かに。
控えめでおどおどとした性格とは裏腹に。彼女の装備はかなりぴっちり目のものだ。
胴体の露出こそ少ないものの、太腿と二の腕はほとんど出ている状態だし、身体のラインもけっこう分かる。
「なんか……、女子バレーみたいな……?」
「あっ、そう、そうなんです~……。
この服装が一番、激しい動きをするのに慣れてて……」
「あぁそうなのか。どうりで」
どこかで目にしたことのある雰囲気だと思っていた。
「買った当初から、だいぶ大きくなっちゃって……。
それでも使い続けてたら、こんなことに……」
大きく。
大きく、デスか……。
「タマ」
「はい大丈夫です! 邪なことは、決して!」
「いや……、これからどうするって話をしたかっただけなんだけど」
「あ、はい……」
ぶんぶんと頭を振って、煩悩(というかこの空気)を打ち払う。
どうしても圧倒され、ペースを乱してしまったけれど。ここがダンジョン内で、今がクエスト中だということを忘れてはならない。
「とりあえずえーと……。
そうだ、名前。自己紹介するか」
俺が言うとすめしも「そうね」と頷いた。
「私は捻百舌鳥 逆示よ。よろしく」
ルビの振ってある言い方だ。優しい。
「よ、よろしくお願い、します~……」
「えぇ……」
言って柔らかく、二人は握手を交わしていた。
すめしがどこかおっかなびっくりなのも、うなずける。
この子さっきから、おどおどしすぎだ。
すめし的には普通にしか喋っていないのに、既にその言葉の音にびびってしまっていた。
確かにはきはきしていて、圧倒されがちではあるけどな……。
「あ、俺か。えーと。
俺は、月見 球太郎。すめしとパーティを組んでるんだ」
よろしくなと言って手を振ると、彼女はこくこくと首を振って、ぶるぶるっと震え出した。
え……、今のでも何か、ビビらせるような何かがあったのか……?
すめしもそう疑問に思ったのか、俺より近い距離にいたので心配そうに声をかける。
「大丈夫? そんなに警戒しなくても、あの男はそこまで大した強さじゃないわよ」
「おい」
「なんなら、今の魔力アリの彼の全力よりも、地上に出たあなたや私のほうがよっぽど力もあると思うわ」
「うん、それはそう」
月見 球太郎はあまりにも非力である。
まぁそこは仕方ないのだが……、じゃあ尚更、こんなやつにビビることなんてないだろうに。
「あっ、ち、違うんです……。怯んでるんじゃなく、て……。
か、かんかん、感動して、て……」
「感動?」
首をひねるすめしに対して、彼女はやや俯き気味に言った。
「た、『玉突き事故』の、月見、せんぱい……ですよね。遠目からじゃ、分からなかったんですけど……」
「えっ? あー、まぁ……」
うわ。悪評が知れ渡っていた。
まぁこの学園に在籍してる人の、三分の一くらいには広まってるんだ。仕方ないと言えば仕方ないか。
ん? でも、感動ってどういう意味だ?
俺もすめしと同じように首をひねった直後。
背の大きな子は、意外にも俊敏な動きをして、こちらへと小走りに近寄ってきた(小走りというには一歩がでかいけど)。
「あの、あの……、せんぱい」
ずんと。
頭二つ分くらい上から、見下ろされる。
俺の頭は彼女のでっっっっかい胸のあたりだ。そこからほぼ直角で、見上げなければならない。
メカクレな顔は身体にしては小さく。少女のようだった。
「あの、わた、し……」
「は、はい……?」
大きな身体だが、小さな声だった。
そんな声のボリュームのまま。
彼女は言葉を落とす。
「ファ……、ファンでした……」
「「いやうそだろ!?」」
まだ名乗ってもいない前から。
その言葉はあまりにも衝撃的過ぎた。
鯨伏 るいというのが、彼女の名前だと判明した。
すめしが普通に「そう、るいね」と呼ぶので、俺もそれに習うことにした(ただ、呼び捨てにすると怖がられそうなので、暫定でちゃん付け)。
そんなるいちゃんは現在十七歳らしく。高校二年生になる年なので、俺とすめしよりも一つだけ年下だ。
せんぱいと呼ばれるのも頷ける話だが、その……、あまりにも色々とでかすぎるので、後輩感は正直無い。
ただ彼女の、引き気味というか、どこか窮屈そうな態度が。
年齢や立場に関係なく、『下に見てください』と言った感じがして。ちょっと気になる。
元々引っ込み思案なのもあるかもしれないけれど。
「あー、えっと?
で……、え、なに? 俺の、ファン……?」
アンチとかじゃなく、ファンだって?
そもそも『玉突き事故』野郎に、ファンとかつくもんなの?
「タマ、あなたこの子と面識あったの?」
「いやいや! さすがに会ってたら忘れないだろこのインパクトは! ……あ、ごめん」
「い、いえいえいえいえいえ! わたしはその、でっかくて、ごめんなさいな存在なので! 月見せんぱいが謝るようなことでは、けっして……!」
再び腕の動きに合わせてぼるんぼるんと胸が弾むが、こうも至近距離だとありがたみより『圧』の方がすごい。
挟まれたらすりつぶされてしまうのではないかという程の、肉密度だった。
「えーと……、ファン、ファンね……。え、何でファン?」
色んな衝撃により言葉が出なくなってしまったが、とりあえず確認しておこう。
俺の質問に、るいちゃんはもじもじしながら口を開く。
「す、すごいなあって……、思ったんです……」
「すごい? 俺が?」
「はい……」
僅かに頷いて、彼女は言葉を続ける。
「だって……。
あんなひどいあだ名付けられてて、ランクも万年上がってないのに、諦めずにいるし」
「うぐっ!?」
「力も無くて魔力もそんなになさそうで、ぜんぜん冒険者になれそうにないのに学園に残ってるし」
「ぐはあああ!?」
「今日もこんな怖い人に怒鳴られてるのに」
「私に飛び火した!?」
破壊力高い!
周りを巻き込む大災害だよるいちゃん!
「なんか……、こういう子に言われると凹むわね……」
「俺もけっこうダメージでかいよ」
以前すめしにも同じようなことを言われているのだが、ただの事実列挙だけだとここまで心に来るのか。
言葉を伝えるのに雰囲気って大事だな。
俺たちがまごついていると、
しかしるいちゃんだけは空気を変えず。
むしろ更に深刻な口調で、息を落とした。
「それ、なのに――――、」
「……え?」
そこで彼女は言葉を切って。
顔を覆って、その場にぺたりと座り込んだ。
「なのに、頑張ってて。
ほんとうに、ほんとうに……、すごいなあって思ってるんです……」
「る、るいちゃん……?」
座り込んでもそもそもが大きいので、俺の胸くらいに顔がくる。
だからその……、嗚咽の音も、よく聞こえる。
「ちょっと、泣いてるのるい?」
「あっ……、す、すみ、ま、……せん」
「いや、こっちはいいけど、大丈夫?」
俺も心配になって声をかける。
少しだけ涙を流したあと、彼女は鼻をすすりながらも言葉を紡いでいった。
「わた、わたしも……、その。タマせんぱいみたいに……、あの……、いじ、いじめ……、」
「いじめられてるのね?」
「…………、」
息をわずかに吐いて。小さくこくりと頷く彼女。
しかし成程。肩をすぼめたりおどおどしていたり、あと、すめしの口調に委縮していたりしたのは、それが原因か。
「俺は虐められてるというよりは、避けられてるの方が正しいかな」
まぁ、どっちが辛いかは人によるけど。
少なくともるいちゃんは、泣き出してしまうほど、心にダメージを負っていることは事実だ。
「もしかしてダンジョンに一人でいたのも……」
「そ、そうです……。
このクエストは、いっぱいの生徒が参加します。だから、一組一組はモニターされてなくて……」
「なるほど。置いてけぼりくらったってわけね」
「あれ? でもさ、るいちゃん。この試験、途中離脱は出来るでしょ?」
「それも……、取り上げられてて……」
「マジか……。最悪だなそのいじめてるやつ」
クエストによって様々だが。
今回のクエストで離脱を伝えるアイテムは、今使用している魔物除けの筒みたいに、発煙筒みたいな形状のものを渡されている。
本来ならば、声や合図を先に決めていて、モニターしている教官に即座に伝えるのだが。
今回のように、一組一組モニターが出来ない以上、物理的な救難信号が必要になってくる。
「ギブアップのための魔法筒は、必要とか不要とか以前の、命綱みたいなものよ。
それを取り上げてまでイタズラするなんて、度が過ぎてるなんてもんじゃないわ……!」
「す、すめし、落ち着け……」
お前の怒気でるいちゃんがめっちゃ怖気づいてる。
また泣き出しそうな勢いである。
「なら……、どこかで隠れてやり過ごすしかないか……? もしくは、教官がたまたま見てるであろうタイミングに賭けて、何かしら合図を送るか……」
「こちらからは、いつどのタイミングで見てるかなんてわからないわよ。下手したら会話も拾ってないだろうし。
私たちの魔物除けも、今持ってるものが最後だし。ダンジョンの中でずっと合図を送り続けるのは、得策じゃないわね」
「向こうが気づくかどうかも分かんないしなぁ……」
モニターされているときにギブアップを伝えるのも、実は色々大変なのだ。
例えば俺たちに何かしらのトラブルがあり、ここでじっと隠れ潜んでいたとして。
教官側からは、それがトラブルなのか、それとも『戦術的にそうしているのか』の判断が分からないためだ。
何せ、冒険者は色々な考えや信念を持って行動している。
傍目には混乱しているように見えるムーブでも、そいつにとってはファインプレイや必殺技のモーションだったり、魔法を放つためのルーティンだったりもするわけで。
音声が無ければ、尚更映像だけでは伝わりづらいだろう。
「私のさっきの半裸も、モニターされてないことを祈るわ」
「あー……それはたしかに」
まぁ今回は、大型モニターに映し出されるタイプでは無いからマシだろう。
最悪、教官に見られるだけである。今回の教官、女性だったし。
「同性でも見られたくないときもあるんだけど、それはまぁ置いておいて……。
実際どうしようかしら、タマ? 正直私、あんまり良い案が思い浮かばないわ」
「うーん……」
俺は腕組みをして考える。
るいちゃんは未だに涙をすすっていた。
そんな彼女の胸元からは、冒険者見習いのプレートが見える。
そこには、この間までの俺と同じ記号。
最底辺ランクの、『F』が示されていた。
「そっか、るいちゃんもFランクだったのか」
胸のサイズの話ではない。
シリアスな空気だけど、一応、念のため。
そんな心配をよそに、彼女は「はい」と静かにつぶやく。
「わた、わたしも……。この一年で、まったくランク上がらなかったんです……」
「そうかぁ。
ということは、試験自体には参加してたんだよね? 成果を上げられなかっただけで」
「はい……。といっても、ソロで参加できるものばかりですけど」
「まぁ普通はそうよね。
タマが謎の度胸を持っているだけで」
「どういうことだよ」
「あれだけ悪いうわさが流れてたのに、他の人とパーティ組みに行けるのは、心臓に毛が生えてないと無理でしょう」
ひでえ言われようだった。
それはともかくとして。
「るいちゃん、さっき自分で、俺の事すごいって言ってたけど。
きみだって逃げてないじゃないか。すごいよ」
「…………、」
「るいちゃん?」
俺がそう言うと、彼女はぽつりと言葉をこぼす。
「……わたしは、逃げなかったんじゃない」
それはまるで。
哀願のようにも、聞こえる言い方だった。
「――――逃げられないんです」