すめしの言うように、『考え方』を変えてみる。
そもそもからして。俺のこの魔法球の特徴は、超威力であることと、サイズをある程度変更することが出来る。この二つだ。
なら俺は、どんなときにこのサイズを調整できていただろうか。
最初カルマさんに助けてもらったときに出した球は、沸き上がってくる衝動のままにぶちまけたので、そもそも球体が出ることすら分かっていなかった。
カルマさんの仮説では。
彼女から感ぜられる『サッカー』の要素に反応して、俺の中の魔力が球体を象ったのではないかとのことだった。
つまり俺のこの魔法は、『人』に反応するのだ。
デーモンを倒すときに予測して放った魔力球は、彼女が一番蹴りやすい、サッカーボールの大きさにまで落とし込めていたし。
と、いうことは。
俺が一番考えなければならないのは、ソイツとの関係値だ。
「タマ、考えているところ悪いけど、もう一度ゴーレムよ」
「うっ……、マジか。今いいところなのに……!」
考えがまとまり、何かが閃きそうだったところでエンカウントしてしまった。
「どうする? あなたは後ろで休んでる?」
「いや……、役に立つかどうかはさておき、俺も参加はするよ」
「分かったわ。無理はしてもいいけど、無茶はしないように」
たぶんこの言葉は、俺を気遣ってのものではなく、『さっきみたいなヘマはするな』というメッセージだ。
いやぁ。
変に気を使われるより、こういう激励の方がありがたい。
すめしはきっと、信じているのだ。
俺なら、期待に応えてくれると。
まったくこの天才少女め。お前もカルマさんと同じように、俺を高ランクに引き上げてくれるつもりでいるのか。
「行くわ! ……ハァッ!」
すめしは剣を抜き、ゴーレムへと斬りかかる。
これまで戦ってきたやつよりも、更に大きい。この通路は人間三人分くらいの幅なのだが、それとほぼ同等の幅。そしてそれに準ずるくらいにでかい。天井ギリギリの四メートルくらいだ。
「大きさとしては今日イチ。この間のデーモンサイズだ……」
攻撃力はさほど高く無さそうだが、防御力が高そうだ。
だいたいこういう場合は、付与術士が前衛に攻撃力上昇などの魔法をかけて戦ってもらうのだが、悲しいかな俺の魔法の力は弱い。
「ねぇ付与術士って、そこを伸ばしていくのが第一じゃ無いの?」
「言うな」
戦いながらすめしは今更なツッコミを飛ばす。
その第一すら伸ばせなかったのが、何を隠そうこの俺だ。
魔法球を生成することと言い……、俺の適正ってもしかして付与術士じゃないのでは?
「い、一応Eランクで良ければかけれるけど……?」
「焼け石に水ね。……フッ!」
ギィン! と、岩と剣がぶつかる音がする。
巨腕をどうにか剣でさばきながら、すめしの奮闘は続いていた。
そして大きくバックステップをとり、こちらへと近寄ってくる。
ゴーレムもすめしを警戒しているのか、距離をとったまま警戒態勢に入っていた。
「……あのゴーレム。一定以上の攻撃じゃないと、ダメージにならないよう設定されてあるわ」
「マジか。……あ、本当だ」
言葉に従って巨岩を見ると、すめしが与えた斬撃痕が、みるみる回復していっていた。
「常にダメージを与え続けるか……、大きな攻撃で一気にカタを付けないとダメってことか」
「そうみたいね」
「とんでもないモンスターを配置したもんだな」
「えぇ。試験前にも言われていたわ。『見習いでは倒せないようなモンスターを徘徊させますので、参加者はそれを潜り抜けながらポイントを稼いでください』って」
「馬鹿なのかお前は!?」
じゃあ逃げの一択じゃん!
端から倒せるように設定されてねえのかよ!
「だから、こっちが一定の距離を取ったら動きを止めてるのか……」
今はつまり、半ば待機モードってところなのだろう。
けれどすめしは……。
「倒せそうだから倒すわよ?」
「お前もカルマさんと同じかよ……」
挑戦できそうなやつがいたら挑戦する。
うん。お前は俺のことを『カルマと同じ』と評価してくれたけど、やっぱ理解は出来そうにないわ。
「でも……、あなたが答えを出せば。いけるはずよ」
「え……?」
「今考えてること。私で試してみていいから」
変わらずクールな口調のまま。
けれどどこか、熱を込めて。彼女は言った。
「あなたの向上のため、私を便利につかいなさい」
「すめし……」
「ステータスとしては平均的に高い。
こんな使いやすい女、他に居ないと思うけど?」
対応力の鬼ってことか。
分かったよ。言い回しはだいぶ気になるが、その案に乗ってやる。
「血の気が多くなったよなあ、俺も……」
「何せ、カルマと一緒に居るしね」
否定できない言葉と同時。
戦闘は再開される。
すめしは再びゴーレムへと走り、剣戟を繰り広げていた。
そして。
俺は。
「……ポジショニングだ」
つぶやく。
思考を、まとめていく。
カルマさんに対して『サッカーボール』大の魔法球を提供できたのは、彼女と俺の関係性を、想像出来ていたからだ。
俺は図々しくも、彼女のチームメイトとして、自身を配置していた。
もっと具体的に掘り下げよう。
戦闘が繰り広げられているダンジョン内を、無意識下でサッカーフィールドに見立てたとして。
カルマさんは先頭でパスを待つフォワード。俺は中盤からパスを放り込むミッドフィルダーだ。
足を使ったパスではないけれど。
そこはイメージの問題。
パサーの俺は、彼女のことを最大限に考えて、一番蹴りやすいボールを提供する。
そこに――――ある意味勝手に、サイズがついてきた。その結果。
デーモンを倒すための魔法球は完成した。
「ふぅ……」
ではすめしの場合は?
テニスには、他者からのパスなんてないし。
そもそも対戦競技において、相手が放ったボールは。すめしにとっては、撃ちにくいところに来るものだ。
だからすめしにボールを提供するときは、カルマさんのときのように、同じフィールドに立つ人間ではいけないということで。
ポジショニングを、考え直さなくてはならない。
テニスにおいて、相手が撃ちやすいボールを出すポジション。
それは。対戦相手でも、ダブルスパートナーでも無い。
「それは……!」
「……!? タマ!?」
俺は一目散に、前線へと走り出す。
常に後ろのポジションからボールを提供していた、カルマさんとは違う。
相手に打ちやすいボールを提供できるポジション。
それは文字通り、ボール出し係である――――
「練習パートナーだ……!」
ゴーレムから繰り出される巨腕を掻い潜る。
ローリングしながら股下を潜り抜け、後方へと回り込む。
けれど脇から、すめしがこちらを助けようとしているのが見えたので、俺は彼女を声で制した。
「すめしはそこを動くな!」
「……っ!」
「備えろ!」
俺の言葉にすめしは、決意を秘めた瞳で頷いた。
剣に魔力が宿っていく。
その魔力は少しずつ楕円形を象っていき――――テニスラケットのカタチとなった。
「行くぞ……!」
鈍重な動きで、ゴーレムはこちらへと振り向こうとする。
けれど今俺が集中しなければならないのは、コイツの動きではない。
俺と――――すめしの関係性だ。
イメージを膨らませる。
ここはテニスコート。試合中では無く、練習場の風景である。
すめしはフォアハンドストロークの練習中だ。
俺は極力、彼女の練習になるように。
打ちやすいボールを提供する、練習パートナーである。
「ボールよ……、出ろッ!」
中腰で構え、右手と共に掲げた剣で打ちやすいように。
そのボールを、宙へと舞わせる。
それは。
直径七センチほどの、公式球サイズ。
見紛うこと無く、テニスボールサイズの魔法球だった。
「……本当に出した」
一瞬驚きの声を出したのはすめしだ。
俺もほっとした後、しかし次の瞬間には、違う問題が出てきたことに焦りを覚える。
「しまった! すめし、ノーバウンドで頼むッ!」
「ッ」
本来のストローク練習のリズムとしては。地面にワンバウンドして、胸元の高さへ浮き上がってきた球を打つ。これが基本だ。
けれど俺の魔法球は、地面に触れたらそこで爆発してしまう。
だから中空にある状態で打ってもらわなければならない。
けれどすめしは、焦ることなくフォームを解いた。
「大丈夫よタマ。
……言ったでしょ。対応力は、あるって」
それはラケットを横薙ぎに振るフォアハンドの構えでは無く。
天に弓を引くかのような――――スマッシュの構えだった。
「行くわよ、離れて」
「あっ! ……ととッ!」
そこまで頭が回っていなかった。
現在の位置関係は。
すめし 魔法球 ゴーレム 俺
となっているわけで。
このままいくと……
すめし 魔法球(発射!→) ゴーレム(爆散☆) 俺(?)
「いや、『(?)』じゃねぇえええええええ!!!」
俺も爆散するよ!
自分で提供した魔法球に殺されるとか、前世でどんな悪行を積んだんだ!
「ッ……!」
すめしもそのことを察したのか、やや顔が曇る。
しかしスマッシュの軌道は止まらない。
それに元より、チャンスはこの一瞬しか無いのだ。
ここを逃せばボールは地面に落ちてすめしのところで爆発するし、ゴーレムの攻撃だって止まらないだろう。
「や……あああああぁぁぁぁぁッッ!」
不安がよぎった直後。
すめしは更に、ラケットへと魔力を流す。
「何を……!?」
カルマさんの時とは違い、ボールから出る威力の種類が違っているように見えた。
外へ外へと広がるのではなく。
内へ内へ。
威力はそのままに。
それでいて、俺とすめしの魔力を掛け合わせ、凝縮させていっているようだ。
魔法剣士であるすめしだからこそ出来る、魔力コントロールなのかもしれない。
「あ――――ああああアアアッッ!」
そして。
彼女の咆哮と共に、打ち出される魔法球。
直径七センチの超高密度の魔力玉は、とんでもない膂力と共にゴーレムへ飛来し。
その体を、一点集中で貫いた。
ゴーレムの身体には、超ピンポイントで穿たれた孔が空いている。
「やった! って、……はぁ!?」
――――そして。そのゴーレムを穿った超密度の魔力球は、更に奥にあったダンジョン壁へと到達する。
しかしそれでもとどまる気配を見せず、壁を何層も破壊し、ずっと向こうまで貫いた後爆散した。
「ひ……、」
放ったすめしも俺も、ゴーレムのことなどすっかり忘れ、固唾を飲んだ。
「「人に当たってないよね(わよね)!?」」
幸い、被害は無さそうで良かった。
ダンジョン内で、しかも学園が管理する汎用ダンジョンで人殺とか、洒落にならなさすぎる。
「しかし、ゴーレムの核だけを打ち抜くなんてなぁ……」
「私の魔法コントロールがあればこそね」
「へぇ、どうやったんだ?」
「魔法と魔法で力任せに打っちゃうと、そこで暴発しそうだったからね。イメージとしては、私の身体全体へ、衝撃を逃がす感じかしらね」
「へぇ。よく分からないけど、あの一瞬ですごい対応したもんだ」
「まぁ……、これくらいは、ね……」
言いながらも、珍しく彼女は自慢げだった。
右手を腰に当て胸を張る。
それと同時。
ピキピキ……。
「ん?」
「え?」
ひびが入る音がしたかと思うと、すめしの着ていた鎧が、右腕部から順々に砕けていき――――
その奥から。
びりびりに敗れた黒インナーと、白い肌が露わになった。
「は……、きゃ、きゃぁぁぁぁああッッ!???」
「ちょ……!?」
衝撃を全身に逃がしたとか言っていたっけ。
もしかしたらさっきの衝撃は、全身の鎧とインナーを砕いたのかもしれない。
「うっお……」
「ちょ……、ちょっと、向こうむきなさい!」
「し、しまった! すまん!」
つい。
その深い谷間に目が奪われてしまった。
慌てて身体を隠していたので致命的な部分は見えていないけれど。
現在のすめしは、黒インナーに覆われていた肌の六割近くが露出されていた。
目を逸らした今も、破れたぴっちりインナーが肌に食い込んでいた光景が目に浮かぶ。
「す、すめし……、だいじょう、ぶ……?」
「だっ……、だいじょうぶ……。身体へのダメージは無いわ……」
「あっ、そ、そうです、か……」
背中越し。
それも俺の膝裏あたりから声が聞こえるということは、きっと彼女は座り込んでいるのだろう。
確かに、主に胴体部分中心に破けていたからな……。
衝撃が一番広がっている部位なのかもしれない。女騎士のアーマーブレイクを、まさか俺の魔力でやってしまうことになるとは思わなかった。
「って、ん……? 今度は何だ?」
ぱきぱきという、すめしの鎧に入ったものとは違った音がする。
見ると、先ほどのゴーレムは消滅しておらず。
再起動をして――――エラーが起こったような反応を見せていた。
「RRRR、LLLhhhhhh――――!」
「げぇッ!?」
胸部に大きな穴をあけたゴーレムは、両腕を振り上げる。
しかし進行方向はこちらではなく、大股で両腕をぐるんぐるん振り回しながら、どすどすとした足取りで通路を走り出してしまった。
「コアを破壊されてバグったのか……!? あっ……!」
その通路の奥に。
人影が見える。
「ひゃっ……!?」
「GGRRRRrrrrrr――――!」
声にならない音を発しながら、ゴーレムはそのまま突進する。
このままではあと五秒もしない間に、あの人影へとぶつかるだろう。
元々あのゴーレムは、倒せるよう調整をされているモンスターではないのだ。
抜きんでた実力を持ったすめしでようやく倒せたのに、普通の冒険者見習いなど、ひとたまりもないだろう。
「あぶ……、え……?」
「――――ッ!」
しかしその人影は。
迫り来るゴーレムの巨腕を、真正面から受け止めた。
「……は?」
「あ……、あぅぅ~……。な、なんですかぁ、コレぇぇぇ~……?」
ぎりぎりと。まるで力比べをするかのようにせめぎ合う、二つの影。
ゴーレムの大きさでよく分からなかったが、よくみるとその人影は、かなり大きなシルエットを持っている。
ゴーレムは四メートルほど。
しかしその人影も、その半分くらいはあるのだ。
俺の身体以上もあるゴーレムの両手を受け止める、人間にしては大きい腕。
そして。
「えぇ―――――いい~~~~ッッッ!」
力任せに。
ゴーレムを、突き飛ばした。
とんでもない威力で巨体は通路へと倒される。そして今度こそ機能を停止したのか、黒塵と化して消えて行った。
「あ……、あのう……。なに、なに、なに、が……?」
おどおどとしたその人影は。――――とても大きかった。
おそらく二メートルを超える巨躯。
丸みを帯びたボディライン的に考えて、おそらく女性だろう。
しかしその大きさに反して、両手のひらを胸のあたりでぎゅっと組み不安そうに肩をすぼめている。
前髪は長く、瞳は見えない。
けれど、あわあわさせている口元だけでも分かるほどに、困惑と狼狽を繰り返していた。
「とりあえず……、もう一度休憩でいいかな? すめし」
「こっちは見ないようにね……」
この五分足らずの間に。色々な感情を動かしすぎて。
ちょっと俺たちは、疲労困憊である。