冒険者プレート
冒険者及び冒険者見習いのための、身分証のようなもの
このプレートをかざして魔力を呼応させることで、ダンジョン内ではパーティを組むことが可能となる。
魔力の呼応は、任意でなくてはならない。
パーティ
冒険者プレートによって、ダンジョン内にて同行する者たちのこと。
また。
強き絆で結ばれた者たちを指すこともある。
「カルマ、こいつ借りるわよ」
「いいよー!」
「えっ」
それは。
四月も半分が過ぎた頃。
唐突に扉は開かれ。
俺とカルマさんの元へと、一人の女生徒が現れた。
その後――――、まるで決められた呪文を口に出すがごとく、それはもうすらすらと言い放ち、俺の手を引いて自習室から連れ出す女生徒。
腕力の強さ以上に、そのスピーディさに、俺の脳はついていけない。
「えっ? えっ? ……えっっ!???」
狼狽する俺とは対照的に。
動じることなく彼女はすたすたと歩いていく。
歩幅は均一。
けれど、急いでいるけど走っていない。育ちの良さが伺える歩行術だった。
「ちょ、なんなんだよ……!」
白い彼女の掌は。細い見た目に反して力が強い。
さながら万力に締め付けられているかのように、がっちりと俺の手をホールドして離さない。
「待てって! 説明をしろよ……!」
クールな出で立ち。綺麗な所作。
しかしそれとは相反する、勝気な眉と情熱の瞳。
「待てって! ――――ひねもず!」
肩口で切りそろえられた赤い髪がぴたりと揺れて。
彼女、捻百舌鳥 逆示は動きを止めた。
一瞬の後。
俺の手を握ったまま彼女はくるりと振り返り、口を開く。
「付き合って、月見くん」
育ちの良さそうな令嬢……に見える女は。
そうして整った音圧で、綺麗に力強く、言うのだった。
「ダンジョンよ」
「そんな気はしたよ」
悲しいかな。
カルマさんとつるんでからこっち、トラブルが舞い込んでくる可能性は、俺も考慮していたのであった。
捻百舌鳥 逆示。
彼女の名前を知らないヤツは、この学園にはいないだろう。そう言わしめるほどには、ひと際有名な人物である。
魔力により変色したというには、あまりにも綺麗に染まりすぎた赤い髪。
きりっとした目つきには、勝気な中にもどこか上品さを醸し出している。
スタイルもよく、噂によるとFカップ。腰の位置も高く、手足もすらりと長いフィギュア体型。
いつもつけている、お決まりの髪留めだけが似合っていない。しかしそこも、彼女を取り巻く話題の一つとなっている。
そんな外見に加え。
仰々しい名前。
てきぱきとした所作。
俺と同じ編入歴なのにも関わらず、常に成績上位キープ……などなど。
パーツだけにとどまらず、行動までもが目立つご令嬢なのだ。
そして。彼女もまた、カルマさんと同じく。
小学生の頃から有名なスポーツ選手であり。
テレビで特集されるほどの知名度を持つ、女子テニス界のスターであった。
誰が呼んだか握りのエース。
幼少期から数々の記録を塗り替えた彼女は――――何故かこうして、ダンジョン学園に編入していたのであった。
「捻百舌鳥 逆示よ」
「あぁ、うん。知ってるよ」
ひねもず すめし。
常に名前にルビを振って欲しい女、ナンバーワンである。
漢字がとにかく仰々しい。
何かの技名だと言われても納得できるくらいだ。
「アナタに用があったのよ、月見くん」
「それはここに連れてくる前に言ってほしかったかな」
静かに淡々と。
しかしはっきりとした意思表示を、言葉で伝えてくる。
こういった主張をし慣れてる感がある。普段からというか、ずっと前からこうなのかもしれない。
「まぁ、道すがら話そうか。ダンジョン行くんだろ?」
「え……、そ、そうね」
「それじゃあ一旦冒険者用の装備を持ってくるから。ちょっと待っててくれ」
つかつかと歩いていたものだから、ここは既に校舎外に続く玄関通路だ。
一度引き返して荷物を取りに戻らないと、このままではダンジョンに行くことは出来ない。
「……ねえ月見くん」
「ん?」
「あなた、人を疑ったりとかしないの?」
「は?」
玄関通路はがやがやしていたため、一瞬聞き間違いかと思ってしまった。
綺麗な顔に少しだけしわを寄せて、彼女は訝し気な表情をこちらへ向ける。
……どういうことだ?
「いやいや。そっちが誘ったんだろ」
「そうだけど。なにかほら、罠じゃないかとか」
「何で捻百舌鳥が俺を罠にかけるんだ?」
「……いや、その」
珍しくどうにも煮え切らない態度の彼女。
まぁ俺も、話でしか彼女のことを知らないし。普段はこんな感じなのかな?
「ちょっとは疑いなさいよ」
「ぐぉ」
違ったみたいですね。
淀みの無い、綺麗な動きで胸ぐらを掴まれた。
百六十センチくらいの身体にしては、あまりにも力が強すぎる……。
「なん、なんなんだよ……! そっちから誘っておいて!」
「そうじゃなくて、アナタと私の温度差の問題よ!」
「いやいや、お前が先に(手を)握ったんだろ!」
「でもアナタも(部屋を)出たじゃない!」
「あんな強く握られたら(抵抗するのは)無理だよ!」
「(走るという意味での)かければいいじゃない!」
「急にあんなことされて我慢できるか!」
「柔なオトコね! ――――はっ!?」
『…………………………』
ヒートアップした言い合いは、どうやらだんだん周囲に聞かれていたらしく。
思い返してみると、ちょっと色々と省略しすぎていたため、もしかしなくても周囲に誤解されるような会話だった。
『出たとか……』
『いや、出したんじゃない?』
ひそひそはざわざわへと変わる。
すでに俺たちの周りには、けっこうな数の人だかりが出来てしまっていた。
『そりゃあのビジュアルのやつに強く握られたらなぁ……』『なんか、捻百舌鳥さんの方から誘った……みたいな?』『あたしもそう聞こえたけど……』『つーかアレ玉突き野郎じゃね?』『まだ学校居たんだ』『気にくわねえなぁ』
『二人の温度差が問題だって……。認知しないって……』『中〇し迫ったのって女の方?』『いや出したかったのは男なんだろ?』『オトコだねー』『いや認知しないのは男らしくないでしょ……』『おっぱいでかくね?』『前よりでかくなってね?』『髪留め似合ってないよね?』『そこ以外はマジでパーフェクト』『服の繊維になりたい』『俺は化生パウダー』『アイライナーの座は貰った』『え、じゃあ妥協してクソダサ髪留めにするわ』『髪留めはマジでださい』
『なんかエースが〇〇〇握ったって』『出したの?』『え、今握ってんの?』『あの男の〇〇〇そんなにイイの?』『俺も握って欲しいんだけど』『握りのエースってそういう?』『でも握力やばいらしいけど、それって耐えられるの?』『男の〇〇〇も硬いんじゃね?』『じゃあそんな硬いの握ったってことかよ!?』『〇〇〇が鉄みたいに硬いって』『え、男の人ってそんなに硬くなるの? こっわ』
人が。
人が多い。
言いたい放題囁かれた彼女は、わなわなと震えた後、言い放った。
「――――〇〇〇は握ってない!!」
なるほど。
怒りで自分が見えなくなるタイプと見た。
人だかりも散り、再び玄関通路へと集合する俺と捻百舌鳥。
「すめしで良いわ。そっちの方が言いなれてるでしょ?」
「日常会話であんまり酢飯も言わないけどな」
ちなみにイントネーションは『す』の、頭高である。
カルビと一緒よとは、彼女の言。
とにかく。
俺たちは集合し、汎用ダンジョンがある方へと道なりに進む。
「……で、何だったんだよさっきのは。ちょっとは疑えとかなんとか」
「だって。アナタがあまりにも、人を簡単に信用するから」
と言われてもな。
「俺だってすめしのことはよく知らないけどさ」
「そうでしょう?」
「でもほら、カルマさんが『いいよ』って言ってただろ?」
「は……?」
「あ、正確には、太陽みたいな笑顔でハンズアップしながら、『いいよー!』だっけ」
とにかく。
「俺が信用してるあの人がオッケーを出したんだ。
ならたぶん、大丈夫ってことなんだろうさ」
それを受けて、彼女はぽかんとした顔を見せた。
「アナタ……、そこまでキバちゃんを信用してるのね」
「キバちゃん? あぁ、カルマさんのことか……」
そんな可愛らしい呼び方するのか。
確かにカルマさんはちゃん付けで呼ばれてそうではあるが、他人をちゃん付けで呼ぶ捻百舌鳥 逆示というのは想像つかないな。
いや、イメージが先行してるだけなのかもな。
もしかしたら中身は普通の女の子なのかもしれない。
「キバちゃん、もずみんの間柄よ」
「いやもずみんは草だろ」
「さすがに冗談よ」
「冗談の境界線が分からなさすぎる……」
淡々とした表情でギャグを言わないでほしい。
ボケるなら分かりやすく。
コミュニケーションの基本である。
まともに会話するようになって、まだ一時間足らずだからな?
何ならお前のキャラクター性すら、こちらは把握してないんだからな?
はぁと俺がため息をつくと、彼女は仕切り直しとばかりに手を叩いて言った。
「まぁ――――分かりました。
ありがたく、同行していただくわ」
「そりゃ何よりだ」
彼女は立ち止まり、綺麗な指をこちらにすっと向ける。
「あらためて。捻百舌鳥 逆示よ。よろしく、月見くん」
それはどことなく。
ルビが振ってあるような。
こちらへの親切心に溢れている、心が近まったような、挨拶だった。
「球太郎か、もしくはカルマさんと同じく、タマでいいよ」
よろしくと、俺も手を握り返した。
連れ立った時と、互いに同じ手の形だったけれど。
今はとても、心地のよい握り返しだった。
すめしのことを話すと同時。
少しだけこの学園のことを話しておこうと思う。
カルマさんの経歴説明時にも少し触れたが、ここは元々有名なお嬢様学校だったのだ。
セピア丘学園。
元、女神ヶ丘女学院。
通称メガジョ。そんな場所。
地元でも有数の大きな学校で。小中高からはじまり、大学院まで全て一貫。途中入学もアリ。
とんでもない敷地にとんでもない生徒を誇る、名物お嬢様学校と言える場所だった。
しかし遡ること六年前。
なんの世界のいたずらか、ダンジョン発生地の一つに、この学園の土地は選ばれた。
世界各国に突如として発生した所謂『ダンジョン現象』は、瞬く間にこの女学院を破壊し、崩壊させ、作り替えた。
ただ、そこは経営陣。
世界情勢にも常に目を向けていた彼らはすぐさま状況を察知し、頭を切り替えた。
百年を超える歴史にあっさりと終止符を打ち、被害に遭った生徒たち含む事後処理も完璧にこなした後、ここをダンジョンへ潜る者たち――――すなわち、『冒険者』育成施設に変造したのだった。
常に新しいダンジョンが発生してくる土地。
元々あった学院の施設は、ある意味完璧にマッチした。
世界有数の冒険者育成施設に姿を変えたココは、昔の女学院以上に知名度を跳ね上げ、六年経った今でもトップクラスの冒険者学校に当たる。
そんな我らがセピア丘学園は。レベルは高いが入るのは簡単で。ただし出るのが難しいという、どういう経営方針を辿ったのかは分からないが、そんな校風となったらしい。
十歳から二十二歳までの冒険者志望なら、誰でも大歓迎。
しかし将来も、命の保証も、いっさいしない。
ここに入ったからには、ある意味プロとして扱うということなのだろう。
個人個人に降り注ぐ、責任部分も含めて。
だから通う人の年齢はばらばら。学年もあってないようなものだ。
例えば俺は、高校二年生の春に。
例えばカルマさんは、高校三年生の春に。
年は一つ離れているものの、経歴は一緒。
同じ年に入学し、同じ一年を過ごしてきた、いわゆる『同期』に当たる。
すめしに関しても、同期なのだが――――、コイツの場合は、俺たちとは少し事情が異なってくる。
彼女は小学六年生まで、この学園に居た。
まだ校名が女神ヶ丘女学院であった頃。
そして、ダンジョンが発生してきたそのときまで。
この学園の土地の生徒だったのである。
「ハッ!」
「おお~……」
二人して汎用ダンジョンを進む。
剣を振るってモンスターを倒すすめしを、俺は後ろから呑気に眺めていた。
「ちょっと、気を抜かないでよ?」
「大丈夫だよ。一応備えてるから」
「ならいいけど」
言って彼女は、すたすた先へと進んでいく。
軽鎧とは言え、魔法剣士用のプレートを纏っているとは思えない足取りだ。筋肉量の無い俺が着たら、もしかしたら短時間歩いただけでもバテてしまうかもしれない。
「つまり、私の身体が太いって言いたいの?」
「言ってないだろ」
「確かに太腿と胸は、平均よりも大きめね」
「人にもよるけど、それは基本的に加点要素だぞ」
「腰も頑張って肉を付けようとしているわ」
「逆にそこにはあんまりついてないのか。理想形じゃん」
「太いのかしら……」
「太くないって。
それに、お前で太かったら大体の女子は太り気味だよ」
「そうなのね。ありがとう」
「そこで素直に受け取るのも、逆に嫌味な気もするな」
すめしは淡々と。
勝気な表情のまま、笑うことなく彼女は返事をする。
日常会話(?)をしながらも、颯爽と先を行く彼女の赤い髪を、ダンジョンの風が柔らかく撫でた。
さて。
俺たちが今日参加しているのは、学園で行われる技能テストだ。
本来ならばパーティごとに定められたダンジョンへ潜るのだが、今回は違う。
「二人から四人でチームを組んで参加。しかも、他のチームとの点取り合戦かあ」
「そう。どうしても参加しておきたくてね」
ワンフロア・迷宮タイプのダンジョンへと、複数の冒険者(見習い)がそれぞれのスタート地点から同時出立。
迷宮内に潜む大量のモンスターを、どれだけ多く倒せるかの勝負らしい。
「じゃあカルマさんも誘えばよかったんじゃないか? 最大四人で参加できるんだろ?」
「これ、二人以上に人数を増やすと、一体あたりの得点が減るのよ」
「なるほど。つまり、最大四人で大量のモンスターを倒すやり方でもいいし、少数精鋭でモンスターを倒していってもいいわけか」
「そういうこと」
なるほどなと俺は頷く。
得点分散があるのならば、確かに二人で挑んだ方が効率良いかもしれない。
それにすめしは、一人で戦ってたとしても、四人分くらいの働きで大量のモンスターを倒せるだろうし。
ペアさえ組めれば誰でも良かったのかもしれない。
……と納得しかけたところで。
まだ解消できていない疑問は残っている。
「だから……。それで、何で俺?」
クエスト条件の理由はまでは分かったのだが、それはやはり、わざわざ俺でなくても良かったはずだ。それこそ、顔見知りのカルマさんとか。
参加する道中では、会話の流れとかでそこを確認出来なかったからなぁ。
俺が訪ねるとすめしは、口調を変えずに言葉を発した。
「カルマが自慢してたのよ、あなたのこと」
「そうなんだ?」
そして年上なのに呼び捨てなのか。とは、ここでは一旦スルーしておくとして。
あのダンジョン攻略の後も。
俺たちは都合二度ほど、パーティを組んで連携を高めあった。
けれどカルマさん、自慢とかするのか……。
うーん……、あ、でも若干想像できるな……。
「でも、それにしたってEランクの俺と、ねぇ……」
俺がぽつりと漏らすと、すめしは首をかしげる。
「え、あなたってまだEのままだったの?」
「申請出すときに確認しなかったのかよ?」
「名前と見習いナンバーだけで良かったから、ついね。
パーティ組むから、そのときに確認すればいいと思っていたわ」
すめしは意外と大雑把だった。
俺のステータスを確認した後、「本当ね」と頷く。
「本当ならDには上がってる功績らしいんだけどね。
ただ、組んでるのがカルマさんだからさ。ほとんど彼女のお陰だろうって判断みたい」
実際その通りだし。
かつ――――、俺はこれまでのマイナスイメージもある。
ランク制度は、基本的には加点方式だからクエストをクリアしていけばいつかはランクが上がるものなのだけれど。俺の場合はこれまでに、『パーティに迷惑をかけている』というマイナス点があるのだ。
「そういう項目は無かったはずだけれど」
「そうなんだけど……、俺の場合は、これまでがあまりにもすぎてさ」
これまで参加したクエストには。
傍から見れば、俺のせいで失敗したというクエスト結果があまりにも多すぎる。
一緒に組んだDランクの前衛たちも、俺以外と組んでいたらとっくにCに上がっている……ということも起こりえるのだ。
「他の人の貴重な時間を無駄にしてた……かもしれないんだ。甘んじて受けるさ」
「……そう」
「そうなんです」
というわけで、しばらくはどんなに頑張ってもせいぜいDに上がるくらいだろう。
卒業見込みのAには、まだまだ遠い。
ちなみにカルマさんは。
昇級こそ無かったが、あれから少しだけ座学にも出るようになり、教員たちの評価が少しだけ変わってきているらしい。
……そうなっただけでも、頑張ってクエストをクリアした甲斐もあるってものだ。
「まぁ、タマが納得しているなら、それでいいわ」
「してるさ。それに、まだまだ頑張るよ俺は」
「そうなのね」
「というか親の反対を押し切って来てるからね……。もう半ば、諦められないと言いますか……」
ため息をつき肩を落とすと。
ふいに頭を撫でられた。
無表情気味のすめしの掌が、俺の頭の輪郭をなぞる。
「……おっと?」
「えぇ。頑張っているみたいだから」
何だかカルマさんみたいな行動だった。
彼女のときもそうだが、頭を撫でるにはある程度近くに来なければならない。
鎧の上からだというのに、胸の形に膨らんだ部分が当たりそうで、やや動揺してしまう。
「ど……、どうも……?」
籠手越しのなでなでだが、妙に温かみを感じた。
ううむ、捻百舌鳥 逆示。
ともするとバブみを感じてしまいそうになる危うさがある。
「……ってまた逸れてる!
結局、俺に声をかけた理由ってのが不明瞭なままなんだけど」
「そうね。それは――――、ッ……!」
話を続けようとした瞬間だった。
ダンジョン内モンスターと、遭遇する。
大きさとしては俺たちの腰元くらいの、小さなゴブリンタイプのモンスターだった。
緑の肌に、小さいが尖った牙と、敵意むき出しの視線が光る。
「タマ。構えて」
「おう」
「あなたの力、私に貸して頂戴」
その凛とした声は。
ダンジョンに響き、開戦を告げる合図となった。
女神ヶ丘女学院
めがみがおかじょがくいん。通称メガジョ。
女神ヶ丘と呼ばれる海側の土地に、古くからあった学校機関。
元々は中高のみだったが、次第に拡張・拡大・合併などをしていき、小学校から大学院までが入る教育機関となった。
土地は陸側と海側があり、ダンジョン化したのは海側の方である。
余談だが。
メガジョに彼女がいるということが、周辺の男子のステータスになっているとかなっていないとか。そんな噂がまことしやかに飛び交っており、それを耳にした女子は「男子はつぶれろ」と念仏をつぶやいているらしい。
捻百舌鳥 逆示の戦闘スタイルは、分かりやすく言うと魔法剣士だ。
テニスで培った身体能力で剣を振るい。
赤い髪のイメージ通り、炎の魔法を放つ。そんな戦闘スタイル。
両断。破断。
放射。延焼。
時と場合によって臨機応変に対応できるその立ち回りは、魔法と剣技を操る職業として、ほぼ理想形と言って良いだろう。
「すめし、右!」
「分かってるわ!」
彼女の振るった剣が、まるでバターにナイフを入れたかのように、ゴブリンの身体を両断する。
逆サイドから詰め寄る残りの二匹も、彼女の放った炎魔法により、黒塵と化していた。
「ゴぁ、ァ、ァ、ァ……」
散って行くゴブリンたちを背に、状況は終了した。
俺が手に魔力を込めた意味を、もう少し組みとって欲しかった。
「力、借りるまでも無かったわね」
「言うな」
「掌に魔力を集中させて、見事に終わったわね」
「だいぶイジるじゃん」
「冗談よ」
だから冗談に聞こえない。
クールな出で立ちも大概にしてほしいものである。
口角くらい上げればいいのに。
「お、ポイントになったな」
「そうね」
ゴブリンたちの瘴気は中空で一度一ヵ所に集まり、瞬間的にポイントを表示した後、再び霧散していった。
「なるほど。これが点数表示か」
「ポイントで競い合う試験は初めて?」
「だな。この手の試験って、だいたいは少数人数で挑むものが多いだろ?
そうなると必然的に、パーティ全員攻撃型になりやすいんだよ」
その方が効率が良いというか。
サポートタイプの冒険者(見習い)だと、相当ランクの高い人じゃ無いと声はかからないんじゃないだろうか。
まぁ……。単に俺が嫌われていたり、悪評が付きまとっていたりって理由もあるんだろうけど。
「まだ周囲に、第二陣もいるわね。気を抜かないように」
「おう、了解だ」
迷宮タイプのダンジョンは、通路が狭い代わりに、隣の通路を歩いているモンスターの息遣いや足音もキャッチできる。
確かに近くを歩くモンスターの気配がある。
それまでに、俺と組んだ理由をはっきりさせておこう。
「……それで。何で俺だったんだ?」
ゴブリンたちが出る前、その理由を聞こうとしていたところである。
俺の言葉にすめしは、「えぇ」と頷いて答えた。
「カルマが自慢してくるっていうことまで話したんだっけ」
「そうだな。
どんなことを言ってたんだ?」
「そうね、主に――――」
『タマはいいよ! エモいよ! とにかくイイ子で、一緒にクエストに行くと超テンション上がるんだよ! いいだろーすめし!』
「とのことよ」
「なんにも情報が伝わってない!?」
「トランプで言えばジョーカーだということだけは、伝え聞いているわ」
「ふわっとしてる!」
「でもカルマってトランプ弱いから……。ジョーカーの意味を間違って使っている可能性もあるわね」
「そうかもしれない……」
あの人にとってジョーカーとは、『初手で切っても良い強い手札』くらいの認識でもおかしくない。
そしてカルマさん、トランプ弱いのか。でも言われてちょっと納得だった。
「というか、すめしたち二人がそういう遊戯めいたものを行っているシーンが、全然想像できないんだけど」
「失礼ね。やることはやってるわよ」
「その言い方だとカルマさんと百合百合してるみたいになるけど」
「あ、いやその。違うわよ。そういうのはまだ男女ともに無いし、そういうコトは一人で、」
「おおぉい!? 何のカミングアウトだよ!?」
「っと、危ないわね。……ギリギリだったわ」
「いやほぼ言ってたよ!」
「こんな会話だけでイクわけないでしょ!? 中学生じゃないんだから!」
「待て待てすめし! もうグレーゾーンは通り過ぎてる! お前風に分かりやすく言えば、これまではギリギリダブルスコートだったけど、今はもう観客席くらいにボールが落ちてるから!」
「まぁネットインが続くよりはマシでしょ」
「むしろこの話題のラリーを続けないで欲しかったんだよなあ……」
お互いに、けっこう無茶な話題でも拾っちゃう性質みたいだからさ。
「ふぅ……。
じゃあ、話題を戻すわね」
「おう?」
「元々は、『カルマがあなたをどんな風に言っていたか』の話だったでしょ?」
「あぁそういえばそうだったな。
他にも何か言ってたのか?」
俺の質問に、すめしは綺麗に頷いた。
「〇〇〇が、だいぶかたいって――――」
「だからそのラリーを開始するなって!!!」
つーか。
あの人何話してんの?
あの人何話してんの!?
世界的にも有名な元・天才テニスプレイヤーに、どんな情報伝えてんだよ!
「よくよしよししてあげているとは、そういう意味なのね?」
「違う」
「良くシテもらってるというのも、そういう意味なのね?」
「違うから!」
「いいのよ、月見くん。ちなみにこのクエスト、途中離脱はできたかしら?」
「露骨に距離を取ろうとするな!」
「大丈夫よ。節度ある関係なら、私からは何も言うことはないもの」
「誤解だすめし。俺とあの人の間に、そういうロマンス的な要素は一切ない」
「そういう関係じゃないのに、〇〇〇の具合を知っている方が問題だと思うの」
「具合とか言うな」
破壊力が高いよ。
直接的な単語を使っていることよりひでえ。
「羞恥心はとっくに無いわ、私。
そうじゃないと、カルマの知人なんて勤まらないでしょう?」
「ひっでえ理由」
共感性百パーセントだけどさ。
しかし、あの人経由でつながる人脈っていうのも、変な縁だな……。
「じゃあ話題を戻すわね」
「今度こそ戻してくれよ?」
「今度こそ大丈夫よ。
まぁあなたの戦闘スタイルだけど、魔力球を提供するだけというのは聞いているわ」
「それは良かった……」
話題をちゃんと戻してくれて、二重の意味で良かった。
「えーっと……。でもそれじゃあ、ますます謎なんだが?」
俺の役割を、謎のポジション・『ボール出し』と知った上で組んだということだ。
多少の強化魔法や回復も使えはするが、すめしにとってはそんなもの必要としないだろう。
「言ったでしょ? 彼女が自慢するって。
だから私も、打ってみたくなったのよ」
「打つ? 何を?」
「だから。あなたのボールを」
言って彼女は剣を抜いたかと思うと、そこへ魔法を送り込む。
「カルマから話を聞いたときから、密かに練習してたのよ」
魔力は次第にカタチを帯び、楕円で平べったい形状へと固まっていく。
「それ……、ラケット!?」
「これであなたの『魔力球』を、打つことが出来る」
隣の通路に居たモンスターが、こちらをターゲットと認定する。
複数では無く単体だが、身体の大きいゴーレムタイプである。
それと同時。
彼女は先ほどまでの、剣士のような構えでは無く。
テニスプレイヤーがこれからボールを打つための、フォアハンドストロークの姿勢を見せた。
右手に剣を構えて肩を開き、やや中腰の姿勢を取るすめし。
彼女の強気な瞳が、こちらをちらっと見た。
「だ、出せってことか……! 今、ここで……!?」
魔力の話である。
いや、さすがにこの会話の流れでは分かるか。
ともかく。
元より俺に、いや、俺たちに選択肢は無い。
既に向こうからモンスターが、鈍重な足音を響かせながらこちらに走ってきている。
あの巨腕で攻撃を受けたら、いくら低ランクモンスターの一撃とはいえ、大きなダメージとなるだろう。
「よ、よし……!」
俺は両手に魔力を込め、カルマさんへ提供するときと同じように、特大の魔力球を生成した。
杖を使わなくなった俺は、現在魔法手袋を使っている。
杖よりも魔法の媒介としては弱いが、その分杖を持たなくて済むので、両手が空くというメリットがある。
ただ、あまりにも魔力が通りやすすぎるせいか。
どうにもサイズ調整が安定しない。
前みたいにサッカーボール大に凝縮出来る事もあるのだが……、今日はいつものように、大玉タイプである。
「受け取れ、すめしっ!」
「え――――、は、はぁッ……!?」
「え?」
これまでのクールな出で立ちからは想像できない、頓狂な声を出すすめし。
放物線を描き飛んで行く魔力球は、いつものように止まらない。
ある程度はコントロールが出来るようになったので、一応彼女のラケット付近に行くよう調節したのだが――――
「これは……! む、無理ッ……!」
彼女はどうにか俺の魔法球を弾き飛ばそうと試みたが――――失敗した。
「え、失敗って!?」
瞬間。
ちゅどん! という音と共に、すめしの居る地点は彼女ごと爆発に見舞われる。
黒煙の中。ボロボロの大ダメージを負った彼女の姿が現れた。
「だ、大丈夫かすめしー!?」
「へ、平気、よ……」
「明らかに平気そうじゃねえ!?」
「ガフッ……!」
口の中から黒煙を吐き出す彼女。
綺麗な白い肌も赤い髪も、魔法煙により真っ黒に染め上げられていた。
爆発実験に失敗した科学者みたいである。
「すめし、前! 前!」
「くっ……、こンのぉッ!」
苛立ちを発散するように。すめしはそのまま剣を振るった。
テニスラケットの形をした、剣のようなナニカは、そのままゴーレムの腕と衝突して。
そして腕ごと、ゴーレムの身体を粉砕した。
肩で息をしながらも残心をとったかと思うと、すっと剣を天井に掲げ、勝鬨を上げる。
「だっしゃああああッッ!」
「すめし、キャラ! キャラブレがすげえ!」
「うっさい! あなたのせいでしょうがッ!」
「理不尽な!?」
何というか。今のは。
月見 球太郎の、正しくない使い方の一例みたいにして、戦闘は終わった。
「とりあえず……、休憩、しましょ……」
「お、おう……」
本日の俺の成果は。
魔物除けを設置したのと、すめしへの攻撃《ーファイア》だけである。
捻百舌鳥 逆示とのクエストは。
あまりにも、愉快すぎた。
プロフィール・3
名前:捻百舌鳥 逆示(すめし)
身長/体重:160センチ/52キロ
職業:魔法剣士
物理攻撃:B+ 魔法攻撃:B+
物理耐久:B 魔法耐久:C
敏捷:B 思考力:C
魔力値:B+ 魔吸値:B
常時発動能力
炎耐性:D、氷耐性:D、風耐性:D、雷耐性:D、光耐性:D、闇耐性:D
状態異常耐性:E
任意発動能力
炎魔法:C、回復術:D、状態異常回復術:D、
過去回想。
その日。
女神ヶ丘女学院初等部に在籍していた捻百舌鳥 逆示は、衝撃を受けた。
もう半月もすれば中等部に上がろうかという三月の頃。
ソレは、起こった。
学園の半分を塗り替える出来事。
異なる世界の侵食。
異質で異常な異物の混入。
フィクションのような目の前で巻き起こる光景は、しかし現実のことであると、そのときの彼女は思ったらしい。
「それが――――ダンジョン現象か」
魔物除けを設置して、一息つく。
すめしを落ち着かせるため、あえて戦闘以外の話題をしていたところ、彼女の過去話に着地した。
そのまま花が咲きそうだったので、俺は話を聞いてみることに。
当時を知る者からの話だ。
歴史にさほど興味が無くとも、心は動かされる。
「目の前でそれを見たんだな」
「えぇ。びっくりしたわ」
「だったらもっと表情筋を動かせよ……」
俺だったらびっくりどころか、あまりの衝撃で記憶を失っていてもおかしくない。
というか実際に、そういう症状を訴えた生徒も少なくなかったのだとか。
「それからしばらくは、元・女神ヶ丘の生徒として、人間坂高校に通ってたの」
「あぁ、隣の市の?」
「そうよ。学園側の配慮で、一旦違う土地に行ったほうがいいんじゃないかって」
「なるほど……。
で、その後。テニスを続けて一躍有名になって、この土地に戻って来たのか」
「名前はセピア丘に変わったけれどね。
でもまぁ、土地に愛着ってあるじゃない?」
「へぇー」
俺の相槌にすめしも頷き、ぐいっと豪快に水を飲みほして言う。
「丘側の校舎から見える海。その光景が、好きだったのよ」
「そっちって……、もろにダンジョン現象が起こった方角じゃん」
「そうよ」
女神ヶ丘は、元々海に面したところに学園施設を設けていた。
広い施設の半分ほどがダンジョン現象に侵食されたのだが、そのほとんどが、海側の部分なのである。
綺麗な景観を誇っていたと、すめしは語る。
俺はその光景は見たこと無いけれど、初等部で丸五年過ごした彼女が言うのだ。相当なものだったと見て間違いないだろう。
「だから、取り戻したいと思ったのよ」
「何を?」
「その景観を」
は?
それってつまり……。
「すめしがこの学園に戻ってきたのってさ。
このダンジョン現象を、消滅させたいから……なのか?」
「そうよ」
彼女は。
変わらずクールな表情と、曇りなき眼で頷いた。
「何も世界中のダンジョン現象をどうこうしようという気は無いわ。
けれど、私は私のために、この土地を元に戻したい。それだけよ」
「いやいやそれだけって! それでも壮大すぎるだろ!」
何せ、世界中で研究がなされているにも関わらず、解決策が分かっていないのだ。
強くなればいいってわけでもないだろうしなぁ。
「だから私は、プロの冒険者になって、研究も続けたいの」
「はぁ~……、なるほど……」
すげえことを考えるもんだ。
「ってことはすめしは、もしもこの場所からダンジョンを切除することが出来たら、今度は世界中のダンジョンを消して回るのか?」
「いえ? 私はそこまでお人よしでは無いわ。
協力要請があったら行くけれど……、それも、ギャラによるわね」
「しっかりしてんな」
「そりゃそうよ。
だって私は、『プロテニスプレイヤー』ではなく、『プロ冒険者』を職業にすると決めたのだから」
「プロ……。職業、か……」
そう口にされて、改めて実感しなおした。
俺も、カルマさんも、ここに参加している奴らだって、みんなこの職業で食っていくために学んでいる。
辛いことに耐えられたのも、そのゴールがあるからだ。
「だから……。カルマとダンジョンで一緒になったときは、ちょっと嬉しかったわ。
何せ彼女、向上心の塊でしょ?」
「そうだな。あの向上心……というか挑戦心は、見ていて気持ちいいよな」
その熱に引っ張られるというか。
まぁ俺は、気持ち以外にはついて行けてないんだけど。
「というか、すめしとカルマさんってパーティ組んだりするんだ?」
「してないわよ。
ほら、プロのダンジョンには、時間差で入れたりするじゃない。そのときにすれ違ったりね」
「あぁそういう……」
二人とも高ランクだもんな。
「まぁすめしもカルマさんも、誰かとパーティを組んだことが無いわけではないんだよな?
でも、それじゃあ尚更、二人でパーティ組んだことが無いっていうのは珍しいな」
疑問に思い質問してみると、すめしは「そうね」と、やや苦い顔をして言った。
「私も彼女のも、『最後は自分で決めたくなる』のよね……」
「あー……、アタッカー故に……」
「そう。平たく言えば、事故るのよ」
それは衝突するという意味では無く。
むしろ考え方が合いすぎて、狙いどころがかぶるのだ。
「大型モンスターへの最後の一撃。それが例えば、ピンポイントで頭を狙うものだったとして……。
そこへ共に駆け出していく私とカルマ。頭をぶつけて悶絶する私とカルマ。ぐだぐだになるパーティ。……どうかしら?」
「すげえ! ありありと想像できる!」
悲しいかな。
冒険者は、強い人だらけで集まったとしても、決して相乗効果が生まれるわけではないのです。
「うーん……。難しいな。
仲が悪いわけではないからこその、ぶつかりか」
「えぇ。でも、言い合いとかはしたことないわ。戦術や戦闘方法については、よく意見を交わし合ってるけれど」
「そうなんだ」
「私と考え方は違うけれど、聞いていて参考になるもの。彼女も楽しそうに話しているし」
「まぁそうだよな」
むしろあの人が、楽しく無さそうに人と話しているところの方が想像できない。
「私も同意だわ。
そうね……。だから、不仲では無いと思う」
「そうなんだ……」
「さすがのカルマも、嫌いなやつと一緒にお風呂には入らないと思うし」
「そうなんだ!?」
「いや……、普通そうでしょ」
「いや、今の驚きはそこじゃなくてだな……」
一緒に風呂に入るくらい仲が良いとは。
それもう親友とする行為じゃん。
「だからあなたも好かれてるともうわよ、タマ」
「ん? あぁ……、聞いたんだっけ。あの人に風呂に入れられたこと」
半ば強引だったけどな。
俺の〇〇〇の話題を知っているということは、つまりそういうことなのだろう。
「羞恥心は無くなったけれど、常識を捨てているわけではないのよ私。
だから異性と軽々しく入浴することは、私たちの年齢的に考えて、正直どうかと思うわ」
「だよな!」
良かったよそこの感性がまともで!
やっぱ俺がおかしいわけじゃ無かったんだよなァ!?
「あの人、ナチュラルに薄着になるからさ……。薄着っていうか、脱衣っていうか」
「ありありと想像出来るわね」
さしものすめしも、苦い顔をして顎に手を当てていた。
「最初のパジャマパーティで、私の入浴に乱入してきたときもそうだったわ。
せっかくお笑いライブDVDとタコパの余韻に浸りつつ、お気に入りのパジャマに着替えることに想いを馳せていたというのに。台無しよ」
「突っ込まないぞ」
何だそのチョイス。
クール美人キャラがやることじゃないだろ。
「ちなみにカルマのパジャマは『むーむーオウルくん』よ」
「それって対象年齢三歳くらいのやつだよなあ!?」
百五十センチが小柄だとしても、それでもサイズはあるのか!?
「さぁ……? でも選手時代から、遠征や強化合宿のさいは、絶対持っていってたみたいだけど……」
「あんなバケモノみたいな動きしてた裏で、そんな衣装で寝てたのかよ」
いや人の趣味に文句はつけないけどさ。
そしてちょっと想像出来てしまうのが嫌だ……。
全然お姉さんキャラじゃないじゃん。
「まあ話題をお風呂に戻すとして、カルマは意外とスタイルいいわよね。
やせ形に見えても下着をつければちゃんと谷間はでき――――あ、流石にこれ以上は言えないことね」
「だいたい全部言ってるよ!
そして意外と胸があることは、本人からも聞いてるし!」
どうして双方から、カルマさんの胸の話題を耳にしなければならないのか。
欲情させたいの? 浴場の話だけに。――――とはさすがに言わなかったけれど。
「彼女、天然でビッチなところがあるわよね。ビッチというか、ユルい?」
「まぁ、距離が近い女子っていうのは、思春期男子にとってそれだけで凶器だからね……」
だから。すめしが普通の距離感で良かったよ。
一瞬だけ近かったり、初手で手を握ってきたりはしてたけど。
「まぁ話がやや逸れたけれど。
そんなカルマとは、仲良くさせてもらってるわ」
「なるほどね……」
対等な関係というか。
互いが互いを認め合ったうえでの、友情を育んでいるわけか。
そう俺が納得していると、彼女はすっと言葉を滑り込ませる。
「だから私は、自分から彼女の元を訪れたし――――あなたにも声をかけたのよ、タマ」
「……は? お、俺? そこで、何で俺のハナシ?」
突然焦点を当てられて、動揺してしまう。
「向上心。あなたにもあるでしょ?」
「お、俺……、も……?」
しどろもどろになっている俺へ、彼女は「えぇ」と頷いて続けた。
その言葉は、言及するようではなく。むしろ「当然でしょ?」というニュアンスの、事実確認のような言葉尻だった。
「あなたもカルマと、本質は同じ。
挑戦を見つけ、向上心を持ち、どんな環境でももがいていた」
「そ、そうか……?」
「普通は『玉突き事故野郎』なんて悪評で呼ばれてたら、早々にここから居なくなってるわよ」
「それは……」
後が無かったし、金銭の問題もあった。
けど……、まぁ確かに。それだけでも無かったかもな……。
「向上心とは、違うかもしれないけどなぁ」
「改善策を考えることは、使ってるエネルギーは同じだと思うわ」
言うとすめしはじっと俺の目を見る。
「あなたはこれまで、『自分』を理解するのに時間がかかっていた」
月見 球太郎という人間の持つ特性。強み。
思考の癖や思い浮かぶ戦略。
内側に眠っていた全体強化の常時発動能力さえ、理解出来ていなかったくらいだ。
「でもあなたは、自分自身を理解した」
「――――、」
「だからこれから先。あなたの土台には色々なものが乗っかっていくと思う」
それは。カルマさんが俺に言った言葉と同種のものだった。
強敵との経験。
高ランク者との経験。
俺の中にある、思考回路のアップデート。
「いい、タマ?」
うすく柔らかく動く唇と共に、
彼女は俺の肩に触れ、真っすぐに瞳を覗き込んだ。
「――――、」
「……、」
紫がかった情熱の瞳が。
俺の視線を離さない。
「あなたは頑張っているし、頑張ってきた。
前に進もうともがくエネルギーはね。成功しようが失敗しようが、それを持っているだけで偉いのよ」
「すめし……」
「恩師の言葉の受け売りだけどね」
「……そうなのか」
「うーん……。『偉い』じゃ無くて、『強い』だったかしら」
「記憶曖昧じゃん」
「だって言われたの五歳の頃よ? 一言一句覚えてるなんて無理よ」
台無しにもほどがあった。
まぁ、ニュアンスは伝わったよ。
「それにね」
「ん?」
彼女は立ち上がり、休憩は終わりと剣を腰に戻し。
堂々と胸を張って言った。
「少なくともこのクエスト。
私と一緒に居る限り、失敗はあり得ないわ」
颯爽たる態度は、俺にも熱として伝播する。
「カルマも言っていたみたいだけど……。
あなたに足りていないのは、結果としての成功体験よ。それを積み重ねるだけで――――、きっとあなたは、化ける」
それは情熱でも決意でもなく、決定事項のような言い回しだった。
「私があなたを導いてあげる。
だから、ついてきて」
あまりにも強すぎる彼女は、この一時に限り。
俺の、師となるのだった。
私、捻百舌鳥 逆示から見た月見 球太郎の評価は。
一言で表せば、『勿体ない』だった。
「位置取り、完璧。思考の方向性、完璧。視野の確保、完璧――――」
だからこそ。
「身体能力がゴミ」
「言い方ァ!?」
モンスターを退けた私は。
先ほどの戦闘で回避行動をとりまくり、そこらをごろごろと転がり回って汚れだらけになっている彼を見て、言い捨てた。
「あらごめんなさい。カルマの口のテンションがうつってしまったわ」
「人のせいにするな! あとカルマさんはそんな口調じゃねえよ!?」
「顔が近いわ。あとファッションがダサい」
「変な髪留めしてるヤツに言われたくねえけど!?」
「失礼ね」
「いやどう考えても先に失礼なこと言ったのはお前だろ!」
そうかしら。
カルマにはこういうノリのコミュニケーションで成立しているのだけれど。
「だいたい、『変な』というなら、あなたの魔法よね」
「ん? 『ボール出し』の事か?」
彼の使用する魔法は、所謂『オリジナルスキル』と言われるものだ。
「俗称では無く、正式名称が『ボール出し』になっているものね」
騎馬崎 駆馬のステータス蘭に表示されているらしい、A+ランクスキル・白い足。
これも元は、疾風蹴りという斥候職が覚える汎用技だったという。
「けれど、使い続けるうちに、違うスキルへと変化するらしい……か。
カルマさんの場合は、単純に上位版の攻撃方法ってかんじだけど」
「あなたのスキルは、全く違うスキルになっているわね」
「だな。けど、不思議と防御上昇と同じ感覚で放てるんだよ」
「そうなのね」
防御上昇は元々、術者の魔力を『強固』にして自分ないし他者に付与する魔法だ。
この、『強固』にするというところが、ボールの強固さになっているのかしらと思ったけれど……、
「不思議だよなぁ」
「……そうね」
なんだか。
彼の能天気さを見ていると、詳しく考えるのがばかばかしくなってくるわね。
というか。防御上昇という切り札を失っているにも関わらず、状況を飲み込みすぎじゃない?
「あぁまぁ。理不尽にはなれてるからなあ」
「……変なところで強いわよね」
褒めてるわけではない。
褒めてるわけではないけれど……、思わずもう一度頭を撫でたくなる健気さを感じさせる。
どうしても可愛がってあげたくなる、カルマとは違った魔性を持っている気がするわねタマは。
「まぁいいわ。
タマ、今度もボール出し、お願いね」
「え、またやるのか?」
「何よ。私には無理って言いたいの?」
「そうじゃないよ。どっちかと言うと、俺側の問題だ」
彼は言うと、にぎにぎと手を握ったり開いたりして続ける。
「今日はどうも、サイズの調整が難しくて。指関節も微妙に硬い気がしてさ」
「…………、」
魔力って普通、身体の中で調節するものじゃないの?
え? この人、手先で調整してるの?
「……馬鹿なの?」
「突然の悪口!」
「いや真っ当な意見よ。
でもまぁ、お互いの主張がぶつかってしまうことはあるわよね」
「俺の方は全く主張してないのに!?」
そうだったかしら。
「私、意外とコミュニケーション苦手なのよね」
「意外でも何でもないけど……。学園でもあんまり人と話してないだろすめし」
「あなたに言われたくないわ」
「それもそう」
ただまぁそうね。彼のいうことも一理ある。
スポーツが出来ることと、円滑にコミュニケーションが出来ることと、団体競技が出来ることは、全て別物である。
ある意味私はその極地に居た。
「言われてみれば、ダブルスも苦手だったわ」
「そうだろうなぁ」
「全部自分でやりたくなってしまうのよね」
「うんうん、そんな気はしたよ」
「何でも分かるのね、素敵よタマ」
「変な好感度の上がり方してない?」
失礼ね。
私は私を理解してくれるヒト、好きよ?
「ふぅ」
とりあえず雑談を切り上げて、私は問題点を改めて口にする。
「タマの問題点はあまりにも多いわ。
体の使い方がなってない。足が遅い。動きが悪い。力が無い。ファッションセンスが悪くてちょっとご当地袋麺みたいな匂いがする。以上よ」
「後半二つは関係なくない!? というか、袋麺みたいな匂いってなんだよ!」
「う〇かっちゃん、よ」
「じゃあイイ匂いじゃん!」
「でも戦闘中に嗅ぐとお腹空いてくるわ。食べたくなるし」
「そんな匂いをさせてるのか俺……」
「しまった。切り上がらないわね、雑談」
何だか彼とはずっと雑談に興じている気がする。
道中戦っている時間の方が長いはずなのに、圧倒的に描写が少ないというか。
「何にせよ動き方ね。
カルマはあなたの動きも評価していたみたいだけど、私はそうは思わない」
「どうしてだ?」
カルマが評価して私が評価しない理由。
それは、互いがプレイしていたスポーツにも起因しているだろう。
「サッカーはチームプレー。いくら身体能力が低くても、『ここにいてほしい』という場所に陣取ってくれれば、評価は大きく変わる」
「ポジショニングってやつだな。確かカルマさんも、そこを褒めてくれたっけ」
その部分は私も疑っていない。
タマはすでに、何度かカルマと共にダンジョンへ潜ったみたいだけれど。
彼女に攻撃が集中し、タマが様子を伺えるのも、このポジショニングがしっかりしているからだ。
「けれど私はテニス出身。それも、ダブルスはほとんどしたことが無い」
「あぁなるほど……。団体競技じゃなくて、個人競技。
だから、『自分で何とかする力』を、一番に評価するわけか」
「そうね」
だからもっと、考え方を変えてもらった方がいいだろう。
「カルマに対しては、同じフィールドプレイヤーとしての、『パスを出す』という考え方でいいと思うわ。
けれど私に対しては、違う考えでいてもらった方がいいと思う」
「違う考えっていうのは?」
「それは……、その、流石に私の口からはちょっと……」
「え、卑猥なコト言おうとしてる!?」
「違うわよ!」
まったくもう。
ペースが乱れる。
彼と話していると、日ごろ気を張っている自分が居なくなる。
気を紛らわすために、楽しいことを頑張って見つけようとしているのに。
不思議と、彼といると。
勝手に楽しくなっている自分が居る。
「本当に、かっこいいわねあなたは」
「えぇ……? 突然褒めるじゃん……」
いいえ。
全然、突然じゃないわ。
だってずっと、私はあなたを評価しているもの。
理解できないものでも理解しようとする。
あなたのその、ひたむきさを。
すめしの言うように、『考え方』を変えてみる。
そもそもからして。俺のこの魔法球の特徴は、超威力であることと、サイズをある程度変更することが出来る。この二つだ。
なら俺は、どんなときにこのサイズを調整できていただろうか。
最初カルマさんに助けてもらったときに出した球は、沸き上がってくる衝動のままにぶちまけたので、そもそも球体が出ることすら分かっていなかった。
カルマさんの仮説では。
彼女から感ぜられる『サッカー』の要素に反応して、俺の中の魔力が球体を象ったのではないかとのことだった。
つまり俺のこの魔法は、『人』に反応するのだ。
デーモンを倒すときに予測して放った魔力球は、彼女が一番蹴りやすい、サッカーボールの大きさにまで落とし込めていたし。
と、いうことは。
俺が一番考えなければならないのは、ソイツとの関係値だ。
「タマ、考えているところ悪いけど、もう一度ゴーレムよ」
「うっ……、マジか。今いいところなのに……!」
考えがまとまり、何かが閃きそうだったところでエンカウントしてしまった。
「どうする? あなたは後ろで休んでる?」
「いや……、役に立つかどうかはさておき、俺も参加はするよ」
「分かったわ。無理はしてもいいけど、無茶はしないように」
たぶんこの言葉は、俺を気遣ってのものではなく、『さっきみたいなヘマはするな』というメッセージだ。
いやぁ。
変に気を使われるより、こういう激励の方がありがたい。
すめしはきっと、信じているのだ。
俺なら、期待に応えてくれると。
まったくこの天才少女め。お前もカルマさんと同じように、俺を高ランクに引き上げてくれるつもりでいるのか。
「行くわ! ……ハァッ!」
すめしは剣を抜き、ゴーレムへと斬りかかる。
これまで戦ってきたやつよりも、更に大きい。この通路は人間三人分くらいの幅なのだが、それとほぼ同等の幅。そしてそれに準ずるくらいにでかい。天井ギリギリの四メートルくらいだ。
「大きさとしては今日イチ。この間のデーモンサイズだ……」
攻撃力はさほど高く無さそうだが、防御力が高そうだ。
だいたいこういう場合は、付与術士が前衛に攻撃力上昇などの魔法をかけて戦ってもらうのだが、悲しいかな俺の魔法の力は弱い。
「ねぇ付与術士って、そこを伸ばしていくのが第一じゃ無いの?」
「言うな」
戦いながらすめしは今更なツッコミを飛ばす。
その第一すら伸ばせなかったのが、何を隠そうこの俺だ。
魔法球を生成することと言い……、俺の適正ってもしかして付与術士じゃないのでは?
「い、一応Eランクで良ければかけれるけど……?」
「焼け石に水ね。……フッ!」
ギィン! と、岩と剣がぶつかる音がする。
巨腕をどうにか剣でさばきながら、すめしの奮闘は続いていた。
そして大きくバックステップをとり、こちらへと近寄ってくる。
ゴーレムもすめしを警戒しているのか、距離をとったまま警戒態勢に入っていた。
「……あのゴーレム。一定以上の攻撃じゃないと、ダメージにならないよう設定されてあるわ」
「マジか。……あ、本当だ」
言葉に従って巨岩を見ると、すめしが与えた斬撃痕が、みるみる回復していっていた。
「常にダメージを与え続けるか……、大きな攻撃で一気にカタを付けないとダメってことか」
「そうみたいね」
「とんでもないモンスターを配置したもんだな」
「えぇ。試験前にも言われていたわ。『見習いでは倒せないようなモンスターを徘徊させますので、参加者はそれを潜り抜けながらポイントを稼いでください』って」
「馬鹿なのかお前は!?」
じゃあ逃げの一択じゃん!
端から倒せるように設定されてねえのかよ!
「だから、こっちが一定の距離を取ったら動きを止めてるのか……」
今はつまり、半ば待機モードってところなのだろう。
けれどすめしは……。
「倒せそうだから倒すわよ?」
「お前もカルマさんと同じかよ……」
挑戦できそうなやつがいたら挑戦する。
うん。お前は俺のことを『カルマと同じ』と評価してくれたけど、やっぱ理解は出来そうにないわ。
「でも……、あなたが答えを出せば。いけるはずよ」
「え……?」
「今考えてること。私で試してみていいから」
変わらずクールな口調のまま。
けれどどこか、熱を込めて。彼女は言った。
「あなたの向上のため、私を便利につかいなさい」
「すめし……」
「ステータスとしては平均的に高い。
こんな使いやすい女、他に居ないと思うけど?」
対応力の鬼ってことか。
分かったよ。言い回しはだいぶ気になるが、その案に乗ってやる。
「血の気が多くなったよなあ、俺も……」
「何せ、カルマと一緒に居るしね」
否定できない言葉と同時。
戦闘は再開される。
すめしは再びゴーレムへと走り、剣戟を繰り広げていた。
そして。
俺は。
「……ポジショニングだ」
つぶやく。
思考を、まとめていく。
カルマさんに対して『サッカーボール』大の魔法球を提供できたのは、彼女と俺の関係性を、想像出来ていたからだ。
俺は図々しくも、彼女のチームメイトとして、自身を配置していた。
もっと具体的に掘り下げよう。
戦闘が繰り広げられているダンジョン内を、無意識下でサッカーフィールドに見立てたとして。
カルマさんは先頭でパスを待つフォワード。俺は中盤からパスを放り込むミッドフィルダーだ。
足を使ったパスではないけれど。
そこはイメージの問題。
パサーの俺は、彼女のことを最大限に考えて、一番蹴りやすいボールを提供する。
そこに――――ある意味勝手に、サイズがついてきた。その結果。
デーモンを倒すための魔法球は完成した。
「ふぅ……」
ではすめしの場合は?
テニスには、他者からのパスなんてないし。
そもそも対戦競技において、相手が放ったボールは。すめしにとっては、撃ちにくいところに来るものだ。
だからすめしにボールを提供するときは、カルマさんのときのように、同じフィールドに立つ人間ではいけないということで。
ポジショニングを、考え直さなくてはならない。
テニスにおいて、相手が撃ちやすいボールを出すポジション。
それは。対戦相手でも、ダブルスパートナーでも無い。
「それは……!」
「……!? タマ!?」
俺は一目散に、前線へと走り出す。
常に後ろのポジションからボールを提供していた、カルマさんとは違う。
相手に打ちやすいボールを提供できるポジション。
それは文字通り、ボール出し係である――――
「練習パートナーだ……!」
ゴーレムから繰り出される巨腕を掻い潜る。
ローリングしながら股下を潜り抜け、後方へと回り込む。
けれど脇から、すめしがこちらを助けようとしているのが見えたので、俺は彼女を声で制した。
「すめしはそこを動くな!」
「……っ!」
「備えろ!」
俺の言葉にすめしは、決意を秘めた瞳で頷いた。
剣に魔力が宿っていく。
その魔力は少しずつ楕円形を象っていき――――テニスラケットのカタチとなった。
「行くぞ……!」
鈍重な動きで、ゴーレムはこちらへと振り向こうとする。
けれど今俺が集中しなければならないのは、コイツの動きではない。
俺と――――すめしの関係性だ。
イメージを膨らませる。
ここはテニスコート。試合中では無く、練習場の風景である。
すめしはフォアハンドストロークの練習中だ。
俺は極力、彼女の練習になるように。
打ちやすいボールを提供する、練習パートナーである。
「ボールよ……、出ろッ!」
中腰で構え、右手と共に掲げた剣で打ちやすいように。
そのボールを、宙へと舞わせる。
それは。
直径七センチほどの、公式球サイズ。
見紛うこと無く、テニスボールサイズの魔法球だった。
「……本当に出した」
一瞬驚きの声を出したのはすめしだ。
俺もほっとした後、しかし次の瞬間には、違う問題が出てきたことに焦りを覚える。
「しまった! すめし、ノーバウンドで頼むッ!」
「ッ」
本来のストローク練習のリズムとしては。地面にワンバウンドして、胸元の高さへ浮き上がってきた球を打つ。これが基本だ。
けれど俺の魔法球は、地面に触れたらそこで爆発してしまう。
だから中空にある状態で打ってもらわなければならない。
けれどすめしは、焦ることなくフォームを解いた。
「大丈夫よタマ。
……言ったでしょ。対応力は、あるって」
それはラケットを横薙ぎに振るフォアハンドの構えでは無く。
天に弓を引くかのような――――スマッシュの構えだった。
「行くわよ、離れて」
「あっ! ……ととッ!」
そこまで頭が回っていなかった。
現在の位置関係は。
すめし 魔法球 ゴーレム 俺
となっているわけで。
このままいくと……
すめし 魔法球(発射!→) ゴーレム(爆散☆) 俺(?)
「いや、『(?)』じゃねぇえええええええ!!!」
俺も爆散するよ!
自分で提供した魔法球に殺されるとか、前世でどんな悪行を積んだんだ!
「ッ……!」
すめしもそのことを察したのか、やや顔が曇る。
しかしスマッシュの軌道は止まらない。
それに元より、チャンスはこの一瞬しか無いのだ。
ここを逃せばボールは地面に落ちてすめしのところで爆発するし、ゴーレムの攻撃だって止まらないだろう。
「や……あああああぁぁぁぁぁッッ!」
不安がよぎった直後。
すめしは更に、ラケットへと魔力を流す。
「何を……!?」
カルマさんの時とは違い、ボールから出る威力の種類が違っているように見えた。
外へ外へと広がるのではなく。
内へ内へ。
威力はそのままに。
それでいて、俺とすめしの魔力を掛け合わせ、凝縮させていっているようだ。
魔法剣士であるすめしだからこそ出来る、魔力コントロールなのかもしれない。
「あ――――ああああアアアッッ!」
そして。
彼女の咆哮と共に、打ち出される魔法球。
直径七センチの超高密度の魔力玉は、とんでもない膂力と共にゴーレムへ飛来し。
その体を、一点集中で貫いた。
ゴーレムの身体には、超ピンポイントで穿たれた孔が空いている。
「やった! って、……はぁ!?」
――――そして。そのゴーレムを穿った超密度の魔力球は、更に奥にあったダンジョン壁へと到達する。
しかしそれでもとどまる気配を見せず、壁を何層も破壊し、ずっと向こうまで貫いた後爆散した。
「ひ……、」
放ったすめしも俺も、ゴーレムのことなどすっかり忘れ、固唾を飲んだ。
「「人に当たってないよね(わよね)!?」」
幸い、被害は無さそうで良かった。
ダンジョン内で、しかも学園が管理する汎用ダンジョンで人殺とか、洒落にならなさすぎる。
「しかし、ゴーレムの核だけを打ち抜くなんてなぁ……」
「私の魔法コントロールがあればこそね」
「へぇ、どうやったんだ?」
「魔法と魔法で力任せに打っちゃうと、そこで暴発しそうだったからね。イメージとしては、私の身体全体へ、衝撃を逃がす感じかしらね」
「へぇ。よく分からないけど、あの一瞬ですごい対応したもんだ」
「まぁ……、これくらいは、ね……」
言いながらも、珍しく彼女は自慢げだった。
右手を腰に当て胸を張る。
それと同時。
ピキピキ……。
「ん?」
「え?」
ひびが入る音がしたかと思うと、すめしの着ていた鎧が、右腕部から順々に砕けていき――――
その奥から。
びりびりに敗れた黒インナーと、白い肌が露わになった。
「は……、きゃ、きゃぁぁぁぁああッッ!???」
「ちょ……!?」
衝撃を全身に逃がしたとか言っていたっけ。
もしかしたらさっきの衝撃は、全身の鎧とインナーを砕いたのかもしれない。
「うっお……」
「ちょ……、ちょっと、向こうむきなさい!」
「し、しまった! すまん!」
つい。
その深い谷間に目が奪われてしまった。
慌てて身体を隠していたので致命的な部分は見えていないけれど。
現在のすめしは、黒インナーに覆われていた肌の六割近くが露出されていた。
目を逸らした今も、破れたぴっちりインナーが肌に食い込んでいた光景が目に浮かぶ。
「す、すめし……、だいじょう、ぶ……?」
「だっ……、だいじょうぶ……。身体へのダメージは無いわ……」
「あっ、そ、そうです、か……」
背中越し。
それも俺の膝裏あたりから声が聞こえるということは、きっと彼女は座り込んでいるのだろう。
確かに、主に胴体部分中心に破けていたからな……。
衝撃が一番広がっている部位なのかもしれない。女騎士のアーマーブレイクを、まさか俺の魔力でやってしまうことになるとは思わなかった。
「って、ん……? 今度は何だ?」
ぱきぱきという、すめしの鎧に入ったものとは違った音がする。
見ると、先ほどのゴーレムは消滅しておらず。
再起動をして――――エラーが起こったような反応を見せていた。
「RRRR、LLLhhhhhh――――!」
「げぇッ!?」
胸部に大きな穴をあけたゴーレムは、両腕を振り上げる。
しかし進行方向はこちらではなく、大股で両腕をぐるんぐるん振り回しながら、どすどすとした足取りで通路を走り出してしまった。
「コアを破壊されてバグったのか……!? あっ……!」
その通路の奥に。
人影が見える。
「ひゃっ……!?」
「GGRRRRrrrrrr――――!」
声にならない音を発しながら、ゴーレムはそのまま突進する。
このままではあと五秒もしない間に、あの人影へとぶつかるだろう。
元々あのゴーレムは、倒せるよう調整をされているモンスターではないのだ。
抜きんでた実力を持ったすめしでようやく倒せたのに、普通の冒険者見習いなど、ひとたまりもないだろう。
「あぶ……、え……?」
「――――ッ!」
しかしその人影は。
迫り来るゴーレムの巨腕を、真正面から受け止めた。
「……は?」
「あ……、あぅぅ~……。な、なんですかぁ、コレぇぇぇ~……?」
ぎりぎりと。まるで力比べをするかのようにせめぎ合う、二つの影。
ゴーレムの大きさでよく分からなかったが、よくみるとその人影は、かなり大きなシルエットを持っている。
ゴーレムは四メートルほど。
しかしその人影も、その半分くらいはあるのだ。
俺の身体以上もあるゴーレムの両手を受け止める、人間にしては大きい腕。
そして。
「えぇ―――――いい~~~~ッッッ!」
力任せに。
ゴーレムを、突き飛ばした。
とんでもない威力で巨体は通路へと倒される。そして今度こそ機能を停止したのか、黒塵と化して消えて行った。
「あ……、あのう……。なに、なに、なに、が……?」
おどおどとしたその人影は。――――とても大きかった。
おそらく二メートルを超える巨躯。
丸みを帯びたボディライン的に考えて、おそらく女性だろう。
しかしその大きさに反して、両手のひらを胸のあたりでぎゅっと組み不安そうに肩をすぼめている。
前髪は長く、瞳は見えない。
けれど、あわあわさせている口元だけでも分かるほどに、困惑と狼狽を繰り返していた。
「とりあえず……、もう一度休憩でいいかな? すめし」
「こっちは見ないようにね……」
この五分足らずの間に。色々な感情を動かしすぎて。
ちょっと俺たちは、疲労困憊である。
本来ならば倒せないゴーレムと戦闘になったと思ったら、突如として抜群のチームワークをみせた俺たちはそれを討伐して、すめしが半裸になって、二メートルを超える女子と出会ったというのが、前回までの流れである。
「カオス展開ね……」
そうすめしは呟いた。
現在着てきた服はほぼ脱いでおり、俺の上着を乱雑に羽織った状態で手ごろな岩に腰掛けていた。
「か、替えの下着だけはあって、良かったですね……」
「そうね。壁になっててくれてありがとう」
「い、いえいえ……。無駄に大きいので、これくらいしか……」
「そういうつもりで言ったわけではないけど」
「はっ、はぅ……。ごめんなさい~……」
座ったまま見上げるすめしの首の角度は、本当に急こう配だ。
ほぼ直角レベルで見上げている。
おどおどした女性は肩をすぼめて申し訳なさそうに立っているが、それでも背が高い。
いや、背が高いというとスラッとしているイメージがある。
なので言い方を変えると……、『でかい』だ。
「うう、ご、ごめんなさい……。
でっかくて、邪魔で……、すみません……」
俯いて謝る彼女を、あらためて遠目から見やる(すめしの服の件があるので、あまり近づかないでいる)。
身長はたぶん、二メートル越え。
それに準じて、なんというかこう……、身体が、む、むちむちしていた。
決して太っているわけではない。
むしろ鍛えられているのか、よく見ると太腿や肩回り、腕の筋肉はけっこうついている。
腰も鍛えられてるっぽいし……、何より、その。
「タマ、どこ見てるか正直に言いなさい?」
「いやちがう誤解だ」
胸が。
巨大だ。
正直、エロいとかエロくないとか以前の問題で。
どんな人でも一度は目をやってしまうだろう。そんな、目立つパーツである。
「まぁ、仕方ないけどね。
かくいう私も見上げながら、でかいわねとは思っていたわ」
「そ、そうだよな……?」
「でも女性に対しては失礼よ。改めなさい」
「お……、おう……。確かに」
ごめんなさいと彼女に頭を下げると、「いえいえいえいえいえいえ」と高速で胸の前で手を振っていた。そしてその衝撃ですげえ弾む胸。
乳袋って本当に出来るんだなと思いました。
「で、どれくらいあるの?」
「えっ……!? え、ええーと……、その、ひゃ、百十センチで、Hになりまして……」
「ちょっ! ち、違うわよ! 身長よ!
ばか、男もいるのにそんなこと聞くわけないでしょ!?」
「ひゃい!? す、すみません~……」
俺は何も聞かなかった。そうだろう? だからこれ以上、外見と実数値の暴力で、俺の煩悩をブッ叩かないでほしい。
ひゃくじゅっせんちって? いちめーとるがひゃくせんちだから、つまり? というか、えっち……、えっちなかっぷ……。
「……男ってクソね」
「い、いや! 不可抗力だろ!?」
玉突き事故だよ! 俺が言うのもなんだけど!
くそう……。こういうときカルマさんなら、けっこう男心を加味してくれるというのに……。
というかすめしは、ずっと身長のこと話してたんだな。
女性のことを「でかい」と思いながら、物珍しそうに見るなって意味だったのか……。分かりにくいやつめ。
「まぁでもあなたも。そこまでボディライン出した装備着てるのが悪いわ。
そういう目で見られたくないのであれば、露出少ないのにしたらいいのに」
確かに。
控えめでおどおどとした性格とは裏腹に。彼女の装備はかなりぴっちり目のものだ。
胴体の露出こそ少ないものの、太腿と二の腕はほとんど出ている状態だし、身体のラインもけっこう分かる。
「なんか……、女子バレーみたいな……?」
「あっ、そう、そうなんです~……。
この服装が一番、激しい動きをするのに慣れてて……」
「あぁそうなのか。どうりで」
どこかで目にしたことのある雰囲気だと思っていた。
「買った当初から、だいぶ大きくなっちゃって……。
それでも使い続けてたら、こんなことに……」
大きく。
大きく、デスか……。
「タマ」
「はい大丈夫です! 邪なことは、決して!」
「いや……、これからどうするって話をしたかっただけなんだけど」
「あ、はい……」
ぶんぶんと頭を振って、煩悩(というかこの空気)を打ち払う。
どうしても圧倒され、ペースを乱してしまったけれど。ここがダンジョン内で、今がクエスト中だということを忘れてはならない。
「とりあえずえーと……。
そうだ、名前。自己紹介するか」
俺が言うとすめしも「そうね」と頷いた。
「私は捻百舌鳥 逆示よ。よろしく」
ルビの振ってある言い方だ。優しい。
「よ、よろしくお願い、します~……」
「えぇ……」
言って柔らかく、二人は握手を交わしていた。
すめしがどこかおっかなびっくりなのも、うなずける。
この子さっきから、おどおどしすぎだ。
すめし的には普通にしか喋っていないのに、既にその言葉の音にびびってしまっていた。
確かにはきはきしていて、圧倒されがちではあるけどな……。
「あ、俺か。えーと。
俺は、月見 球太郎。すめしとパーティを組んでるんだ」
よろしくなと言って手を振ると、彼女はこくこくと首を振って、ぶるぶるっと震え出した。
え……、今のでも何か、ビビらせるような何かがあったのか……?
すめしもそう疑問に思ったのか、俺より近い距離にいたので心配そうに声をかける。
「大丈夫? そんなに警戒しなくても、あの男はそこまで大した強さじゃないわよ」
「おい」
「なんなら、今の魔力アリの彼の全力よりも、地上に出たあなたや私のほうがよっぽど力もあると思うわ」
「うん、それはそう」
月見 球太郎はあまりにも非力である。
まぁそこは仕方ないのだが……、じゃあ尚更、こんなやつにビビることなんてないだろうに。
「あっ、ち、違うんです……。怯んでるんじゃなく、て……。
か、かんかん、感動して、て……」
「感動?」
首をひねるすめしに対して、彼女はやや俯き気味に言った。
「た、『玉突き事故』の、月見、せんぱい……ですよね。遠目からじゃ、分からなかったんですけど……」
「えっ? あー、まぁ……」
うわ。悪評が知れ渡っていた。
まぁこの学園に在籍してる人の、三分の一くらいには広まってるんだ。仕方ないと言えば仕方ないか。
ん? でも、感動ってどういう意味だ?
俺もすめしと同じように首をひねった直後。
背の大きな子は、意外にも俊敏な動きをして、こちらへと小走りに近寄ってきた(小走りというには一歩がでかいけど)。
「あの、あの……、せんぱい」
ずんと。
頭二つ分くらい上から、見下ろされる。
俺の頭は彼女のでっっっっかい胸のあたりだ。そこからほぼ直角で、見上げなければならない。
メカクレな顔は身体にしては小さく。少女のようだった。
「あの、わた、し……」
「は、はい……?」
大きな身体だが、小さな声だった。
そんな声のボリュームのまま。
彼女は言葉を落とす。
「ファ……、ファンでした……」
「「いやうそだろ!?」」
まだ名乗ってもいない前から。
その言葉はあまりにも衝撃的過ぎた。
鯨伏 るいというのが、彼女の名前だと判明した。
すめしが普通に「そう、るいね」と呼ぶので、俺もそれに習うことにした(ただ、呼び捨てにすると怖がられそうなので、暫定でちゃん付け)。
そんなるいちゃんは現在十七歳らしく。高校二年生になる年なので、俺とすめしよりも一つだけ年下だ。
せんぱいと呼ばれるのも頷ける話だが、その……、あまりにも色々とでかすぎるので、後輩感は正直無い。
ただ彼女の、引き気味というか、どこか窮屈そうな態度が。
年齢や立場に関係なく、『下に見てください』と言った感じがして。ちょっと気になる。
元々引っ込み思案なのもあるかもしれないけれど。
「あー、えっと?
で……、え、なに? 俺の、ファン……?」
アンチとかじゃなく、ファンだって?
そもそも『玉突き事故』野郎に、ファンとかつくもんなの?
「タマ、あなたこの子と面識あったの?」
「いやいや! さすがに会ってたら忘れないだろこのインパクトは! ……あ、ごめん」
「い、いえいえいえいえいえ! わたしはその、でっかくて、ごめんなさいな存在なので! 月見せんぱいが謝るようなことでは、けっして……!」
再び腕の動きに合わせてぼるんぼるんと胸が弾むが、こうも至近距離だとありがたみより『圧』の方がすごい。
挟まれたらすりつぶされてしまうのではないかという程の、肉密度だった。
「えーと……、ファン、ファンね……。え、何でファン?」
色んな衝撃により言葉が出なくなってしまったが、とりあえず確認しておこう。
俺の質問に、るいちゃんはもじもじしながら口を開く。
「す、すごいなあって……、思ったんです……」
「すごい? 俺が?」
「はい……」
僅かに頷いて、彼女は言葉を続ける。
「だって……。
あんなひどいあだ名付けられてて、ランクも万年上がってないのに、諦めずにいるし」
「うぐっ!?」
「力も無くて魔力もそんなになさそうで、ぜんぜん冒険者になれそうにないのに学園に残ってるし」
「ぐはあああ!?」
「今日もこんな怖い人に怒鳴られてるのに」
「私に飛び火した!?」
破壊力高い!
周りを巻き込む大災害だよるいちゃん!
「なんか……、こういう子に言われると凹むわね……」
「俺もけっこうダメージでかいよ」
以前すめしにも同じようなことを言われているのだが、ただの事実列挙だけだとここまで心に来るのか。
言葉を伝えるのに雰囲気って大事だな。
俺たちがまごついていると、
しかしるいちゃんだけは空気を変えず。
むしろ更に深刻な口調で、息を落とした。
「それ、なのに――――、」
「……え?」
そこで彼女は言葉を切って。
顔を覆って、その場にぺたりと座り込んだ。
「なのに、頑張ってて。
ほんとうに、ほんとうに……、すごいなあって思ってるんです……」
「る、るいちゃん……?」
座り込んでもそもそもが大きいので、俺の胸くらいに顔がくる。
だからその……、嗚咽の音も、よく聞こえる。
「ちょっと、泣いてるのるい?」
「あっ……、す、すみ、ま、……せん」
「いや、こっちはいいけど、大丈夫?」
俺も心配になって声をかける。
少しだけ涙を流したあと、彼女は鼻をすすりながらも言葉を紡いでいった。
「わた、わたしも……、その。タマせんぱいみたいに……、あの……、いじ、いじめ……、」
「いじめられてるのね?」
「…………、」
息をわずかに吐いて。小さくこくりと頷く彼女。
しかし成程。肩をすぼめたりおどおどしていたり、あと、すめしの口調に委縮していたりしたのは、それが原因か。
「俺は虐められてるというよりは、避けられてるの方が正しいかな」
まぁ、どっちが辛いかは人によるけど。
少なくともるいちゃんは、泣き出してしまうほど、心にダメージを負っていることは事実だ。
「もしかしてダンジョンに一人でいたのも……」
「そ、そうです……。
このクエストは、いっぱいの生徒が参加します。だから、一組一組はモニターされてなくて……」
「なるほど。置いてけぼりくらったってわけね」
「あれ? でもさ、るいちゃん。この試験、途中離脱は出来るでしょ?」
「それも……、取り上げられてて……」
「マジか……。最悪だなそのいじめてるやつ」
クエストによって様々だが。
今回のクエストで離脱を伝えるアイテムは、今使用している魔物除けの筒みたいに、発煙筒みたいな形状のものを渡されている。
本来ならば、声や合図を先に決めていて、モニターしている教官に即座に伝えるのだが。
今回のように、一組一組モニターが出来ない以上、物理的な救難信号が必要になってくる。
「ギブアップのための魔法筒は、必要とか不要とか以前の、命綱みたいなものよ。
それを取り上げてまでイタズラするなんて、度が過ぎてるなんてもんじゃないわ……!」
「す、すめし、落ち着け……」
お前の怒気でるいちゃんがめっちゃ怖気づいてる。
また泣き出しそうな勢いである。
「なら……、どこかで隠れてやり過ごすしかないか……? もしくは、教官がたまたま見てるであろうタイミングに賭けて、何かしら合図を送るか……」
「こちらからは、いつどのタイミングで見てるかなんてわからないわよ。下手したら会話も拾ってないだろうし。
私たちの魔物除けも、今持ってるものが最後だし。ダンジョンの中でずっと合図を送り続けるのは、得策じゃないわね」
「向こうが気づくかどうかも分かんないしなぁ……」
モニターされているときにギブアップを伝えるのも、実は色々大変なのだ。
例えば俺たちに何かしらのトラブルがあり、ここでじっと隠れ潜んでいたとして。
教官側からは、それがトラブルなのか、それとも『戦術的にそうしているのか』の判断が分からないためだ。
何せ、冒険者は色々な考えや信念を持って行動している。
傍目には混乱しているように見えるムーブでも、そいつにとってはファインプレイや必殺技のモーションだったり、魔法を放つためのルーティンだったりもするわけで。
音声が無ければ、尚更映像だけでは伝わりづらいだろう。
「私のさっきの半裸も、モニターされてないことを祈るわ」
「あー……それはたしかに」
まぁ今回は、大型モニターに映し出されるタイプでは無いからマシだろう。
最悪、教官に見られるだけである。今回の教官、女性だったし。
「同性でも見られたくないときもあるんだけど、それはまぁ置いておいて……。
実際どうしようかしら、タマ? 正直私、あんまり良い案が思い浮かばないわ」
「うーん……」
俺は腕組みをして考える。
るいちゃんは未だに涙をすすっていた。
そんな彼女の胸元からは、冒険者見習いのプレートが見える。
そこには、この間までの俺と同じ記号。
最底辺ランクの、『F』が示されていた。
「そっか、るいちゃんもFランクだったのか」
胸のサイズの話ではない。
シリアスな空気だけど、一応、念のため。
そんな心配をよそに、彼女は「はい」と静かにつぶやく。
「わた、わたしも……。この一年で、まったくランク上がらなかったんです……」
「そうかぁ。
ということは、試験自体には参加してたんだよね? 成果を上げられなかっただけで」
「はい……。といっても、ソロで参加できるものばかりですけど」
「まぁ普通はそうよね。
タマが謎の度胸を持っているだけで」
「どういうことだよ」
「あれだけ悪いうわさが流れてたのに、他の人とパーティ組みに行けるのは、心臓に毛が生えてないと無理でしょう」
ひでえ言われようだった。
それはともかくとして。
「るいちゃん、さっき自分で、俺の事すごいって言ってたけど。
きみだって逃げてないじゃないか。すごいよ」
「…………、」
「るいちゃん?」
俺がそう言うと、彼女はぽつりと言葉をこぼす。
「……わたしは、逃げなかったんじゃない」
それはまるで。
哀願のようにも、聞こえる言い方だった。
「――――逃げられないんです」