今から六年前。
西暦二千十六年、初春。
世界中に突如として、『ダンジョン』なるものが発生した。
人々は混乱し、狼狽し、動揺し、困惑し、迷走し、――――そして順応した。
社会というのはとても複雑で、単純だ。
一つの決まり事さえ決まってしまえば、それをフックに様々な物事が芋づる式に進んでいく。そんなことを、中学生ながらに俺は思った。
まぁ実際はもっと複雑だったりするのだろうが、俺たちが生きていく上ではあまり変わっていない。
医療系、飲食業、美容・ファッション、公務員。
事務、秘書、建築、スポーツ選手や教員、その他もろもろの職種の中に。
冒険者という職業が、追加されただけのことである。
そして――――現在俺に訪れているピンチは。
そんな世界になった中の、ごく一部地域の出来事だ。
ここは、世界中に数多発生するダンジョンの中の、Cランクダンジョン。
普段学園で潜っている、ランク調整がされていて、安全で、いたる所に監視カメラが設置されている汎用ダンジョンとは違い――――プロが潜るダンジョンだ。
俺たち学生とプロの間には明確に差がある。
安全などなにもなく。
死と隣り合わせ。それが常。
それは分かっていた。
分かっていたのだが……、気が急いてしまい、つい挑んでしまった馬鹿野郎が、何を隠そうこの俺だ。
そしてそんなダンジョン内にて。パーティメンバーに置き去りにされ、途方に暮れていた、そんな折。
「あはははははッッ!」
プール開きの小学生よろしく、元気にはしゃぎまわる彼女。
騎馬崎 駆馬先輩に救出された。
いや、救出されたと言えば聞こえは良いが。
そこからひねり出されたのは、新たなる問題だった。
「ボクと一緒に最奥を目指そう!」
どうにか無事に帰ろうと思っていた俺に対し、カルマ先輩はそんな誘いを口にする。
「えぇ……? い、嫌ですけど……」
「あはは! 秒で断るね!」
笑いながらも彼女は俺の服の端を掴んだ。
こつこつ貯めて買った冒険者用の外套である。丈夫なのが仇となり、掴まれている限り逃げ出せなかった。
小柄ながら力が強い……!
「え? 何でイヤ?」
きょとんとした瞳で真っすぐに俺を見つめる彼女。
純粋な疑問なのだろうけれど、明るさの中にもエネルギーが混じるその瞳は、得体の知れない『圧』も同時に感じた。
「その……、俺はクリアを目標にしてなかったというか……」
俺は彼女に、ここのダンジョンに挑んだ理由を説明することにした。
「そもそも俺たち学生の評価基準は、プロのソレとは違うでしょう?」
「そうだねぇ」
プロはダンジョンをクリアして生計を立てなければならないが、見習いである俺たちは、ダンジョンを『どれくらい踏破したか』で評価を得られる。
勿論クリアするに越したことは無いが、それが出来ないのは最初から分かっているワケで。
ちなみにこれくらい無茶な話。
俺(見習いFランク)<<<超えられない壁<<カルマ先輩(見習いBランク)<<<平均のプロの壁<<<プロCランク(今いるダンジョン!)<<<<それ以上
確かにダンジョンというものは、『クリア』がある。
この世界に発生しているほとんどのダンジョンは、その最奥に設置されている宝箱内アイテムを取れば、ダンジョンが消滅し外に脱出することが出来るのだ。
つまり俺がこの場所から外に出て評価を得るには、最奥に行くか、入口まで引き返すかの二択なわけで。
「そして俺たちパーティは、後者を選ぶ予定だったんです」
「ふむふむ。なるほどね?」
そもそも最初から、クリアしようとは思っていない。
そんな俺の説明に、カルマさんは納得いかないような顔のまま頷いた。
本来ならば。
俺たち冒険者見習いは、プロが挑むようなダンジョンには来ない。
評価を上げるにしても、学園内でランクを調整された汎用ダンジョンに挑むのが普通だ。
汎用ダンジョン内はモニターされており、命の危険がせまったり、トラブルに見舞われたりしたさいには、即試験を中断してくれる。
「ただそこで選択肢。
真っ当に試験をクリアするよりも……」
「はい。プロも挑むようなダンジョンに潜って、『踏破率』――――つまり、『何階層まで進んだか』で評価を得ようとした、んですが……」
「結局上手くいかず、命を落としかけたんだね~!」
なるほどね! と元気に頷くカルマさん。
どこに元気になれる要素があるのか問い詰めたい。
まぁ、そんな理由があったので。
「そもそも俺たちは、この三階層まで進んだら、引き返すのが目的だったんですよ。
……他のパーティメンバーは、それよりも先に逃げてしまいましたが」
俺だって本来なら引き返したかったが、道に迷った挙句にモンスターから逃げ惑う過程で、階下に降りざるを得なかったのだ。
本来ならばいの一番に脱出したかったくらいである。
「ふむふむ、オッケー!」
彼女は変わらず元気に、「事情は分かったよ!」と頷いた。
もしかして、こちらを元気づけようとするため、わざと明るく振る舞っているのだろうか。
「じゃあ戻ろうか! ボクが上まで連れてってあげるから」
カルマさんはそう言うと、てきぱきとした動きで先に進んで行こうとする。
「え!? あ、いや、ちょ……、ちょっと!」
そんな彼女に、俺は一度待ったをかけた。
「ん? 何で待った?」
「あ……、いや」
なんというか。
展開がスピーディすぎる。
自業自得でピンチに遭い、そこへ颯爽と有名人が現れ、命を救われたかと思ったら、手持ちのスキルがよく分からないものに変わっていた。
「……っていうのが、今の俺なんですけど」
「あははははは!」
「ここで笑いだすのは狂気なんだよなァ!」
笑いながらもカルマさんは。
とてつもなく真っすぐな瞳で見返してきた。
「ボクはね。キミを助けにこのダンジョンに入ったんだ」
「え……?」
「プロのダンジョンは、前のパーティと一時間開ければ別パーティも入れるじゃない。
だから、急いで追いかけて来たよ!」
「え……、誰と?」
「ボクが二人いるように見える?」
「六人用のダンジョンに一人で入ったんですか!?」
「あはははははは! ――――おりゃあ!」
真っすぐなエネルギーで笑っていたと思ったら、奇襲をしようと迫っていたスケルトンをノーモーションで蹴り飛ばす彼女。
「メンツを見て、万が一が起こりそうだなーと思ってさ」
「ど、どういう……、うわぁ!」
「また奇襲だね。おりゃー!」
先ほどよりもやや可愛らしい声で蹴りを放つ。
次々と襲い来るスケルトンの群れは、バラバラになって散っていく(ちなみにこのスケルトンも、上級のスケルトンだ。一体一体がけっこう強いはず)。
「ここにいるとどんどん敵が湧いてきちゃうね!」
「楽しそうに言わないでください!」
「あはは! とりあえず、脱出だ!」
言って彼女は笑いながら、手を差し出した。
俺はまるで、夜会をロマンチックに抜け出すお姫様のように、つい手を取ってしまう。
「――――あ」
「よし、行こう!」
手を引かれて、その場から駆け出す。
謎は色々ある。
どうして俺を助けるために、わざわざ有名人兼実力者が来てくれたのか。
どうして俺と、パーティを組もうと思っているのか。
あのスキル変化は一体何なのか……などなど。
けれど。そんなことが頭の中からトぶくらい。
破天荒に、強烈に、縦横無尽に爽快に。
騎馬崎 駆馬は駆けていく。
そんな風にして、この日。
俺は彼女に救われて。
最底辺冒険者見習いという立場を、一気に脱却することとなる。
これは。
覚醒の物語。
これまでうだつの上がらなかった月見 球太郎が。
力技で、ほぼ無理やり上級ランクへと覚醒させられる――――
サクセスストーリーに似た、何かである。
プロフィール・1
名前:月見 球太郎(タマ)
身長/体重:172センチ/60キロ
職業:付与術士
物理攻撃:F 魔法攻撃:E
物理耐久:F 魔法耐久:D
敏捷:D 思考力:F
魔力値:D 魔吸値:F
常時発動能力
回復量増加:E
任意発動能力
魔法上昇:E、攻撃上昇:E、回復術:E、
ボール出し:A+++(元・防御上昇:C)、